総合的な古代DNAデータ
総合的な古代DNAデータの報告(Mallick et al., 2024)が公表されました。2010年以降の古代DNA研究の進展は目覚ましく、世界中から多数の古代人のゲノム規模データデータが報告されてきました。これら多数の古代人のDNAデータは公開されていますが、研究の利便性のため、データ形式の統一やデータ品質の基準や関連情報(DNAが抽出された個体の発見場所や推定年代や特定の考古学的文化との関連)など、一元的な管理と概要の提示が必要なります。その目的で2019年以来、AADR(The Allen Ancient DNA Resource、アレン古代DNA情報源)が編集および公開されてきました。
AADRでは、公開されている古代人のDNAデータが100万ヶ所以上の一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)で表され、各個体の発見場所や年代や考古学的情報が伴っています。この他に、片親性遺伝標識となるY染色体やミトコンドリアDNA(mtDNA)の古代人のデータも公開されており、それぞれのデータベースについて解説した論文(Y染色体およびmtDNA)があります。ゲノム規模の古代人のDNAデータは2010年以降に続々と発表され、その地域と年代と数については、以下に掲載する本論文の図1でまとめられています。
この図は2022年末でのデータを反映していますが、ゲノム規模の古代人のDNAデータ数が急増中とよく分かります。地域別では、やはりヨーロッパとロシアが圧倒的に多くて約67%を示しており、この割合はずっと比較的安定しています。日本人の私としては、やはりアジア東部が最も気になる地域となりますが、アジア東部のデータが占める割合は、2015年の約1%から2022年には約8%に増加しています。これは、中国の古代DNA研究の飛躍的発展を反映しているのでしょう。古代DNA研究のような大規模なデータを扱う学術分野では、やはり経済力の影響が大きくなる傾向にあるのでしょう。
当然のことながら、どの地域でも完新世と比較して更新世のデータはずっと少なくなっています。本論文の図では2万年前頃以降が対象になっていますが、古代DNA研究が最も進んでいるヨーロッパおよびロシアと比較して、アジア東部がとくに劣っているのは、最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)が始まる前、つまり3万年以上前のデータ数ではないか、と思います。アジア東部では、LGM前となる古代人のゲノムデータは現時点で、北京の南西56km にある田园(田園)洞窟(Tianyuan Cave)で発見された4万年前頃の男性1個体、モンゴル北東部のサルキート渓谷(Salkhit Valley)で発見された34950~33900年前頃となる女性1個体、アムール川流域で発見された33000年前頃となる女性1個体の、合計3個体だけだと思います(関連記事)。一方ヨーロッパおよびロシアでは、現生人類(Homo sapiens)だけに限定しても、15個体程度のゲノムデータが得られています(関連記事)。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)といった非現生人類ホモ属を含めると、その数にはもっと大きな差がつくでしょう。
今後、アジア東部でも、LGM前の人類のゲノムデータが増えるよう希望しています。注目されるのは、LGM前のアジア東部の3個体はいずれも遺伝的に近く、「田園洞集団」としてまとめることができそうではあるものの、少なくとも現代人の主要な祖先集団ではなく、絶滅した可能性が高そうなことです。「田園洞集団」は、構成員である3個体の地理的分布から、LGM前にアジア北東部に広く存在していたかもしれません。では、アジア東部現代人の主要な祖先集団はLGM前にどこに存在したのかが問題になるわけですが、この集団は遅くとも19000年前頃までに遺伝的には南北の集団に分化していたようです(関連記事)。アジア東部現代人の主要な祖先集団がいつどのような経路でアジア東部に拡散し、遺伝的に南北に分化していったのか、今後の研究の進展が期待されます。
参考文献:
Mallick S. et al.(2024): The Allen Ancient DNA Resource (AADR) a curated compendium of ancient human genomes. Scientific Data, 11, 182.
https://doi.org/10.1038/s41597-024-03031-7
AADRでは、公開されている古代人のDNAデータが100万ヶ所以上の一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)で表され、各個体の発見場所や年代や考古学的情報が伴っています。この他に、片親性遺伝標識となるY染色体やミトコンドリアDNA(mtDNA)の古代人のデータも公開されており、それぞれのデータベースについて解説した論文(Y染色体およびmtDNA)があります。ゲノム規模の古代人のDNAデータは2010年以降に続々と発表され、その地域と年代と数については、以下に掲載する本論文の図1でまとめられています。
この図は2022年末でのデータを反映していますが、ゲノム規模の古代人のDNAデータ数が急増中とよく分かります。地域別では、やはりヨーロッパとロシアが圧倒的に多くて約67%を示しており、この割合はずっと比較的安定しています。日本人の私としては、やはりアジア東部が最も気になる地域となりますが、アジア東部のデータが占める割合は、2015年の約1%から2022年には約8%に増加しています。これは、中国の古代DNA研究の飛躍的発展を反映しているのでしょう。古代DNA研究のような大規模なデータを扱う学術分野では、やはり経済力の影響が大きくなる傾向にあるのでしょう。
当然のことながら、どの地域でも完新世と比較して更新世のデータはずっと少なくなっています。本論文の図では2万年前頃以降が対象になっていますが、古代DNA研究が最も進んでいるヨーロッパおよびロシアと比較して、アジア東部がとくに劣っているのは、最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)が始まる前、つまり3万年以上前のデータ数ではないか、と思います。アジア東部では、LGM前となる古代人のゲノムデータは現時点で、北京の南西56km にある田园(田園)洞窟(Tianyuan Cave)で発見された4万年前頃の男性1個体、モンゴル北東部のサルキート渓谷(Salkhit Valley)で発見された34950~33900年前頃となる女性1個体、アムール川流域で発見された33000年前頃となる女性1個体の、合計3個体だけだと思います(関連記事)。一方ヨーロッパおよびロシアでは、現生人類(Homo sapiens)だけに限定しても、15個体程度のゲノムデータが得られています(関連記事)。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)といった非現生人類ホモ属を含めると、その数にはもっと大きな差がつくでしょう。
今後、アジア東部でも、LGM前の人類のゲノムデータが増えるよう希望しています。注目されるのは、LGM前のアジア東部の3個体はいずれも遺伝的に近く、「田園洞集団」としてまとめることができそうではあるものの、少なくとも現代人の主要な祖先集団ではなく、絶滅した可能性が高そうなことです。「田園洞集団」は、構成員である3個体の地理的分布から、LGM前にアジア北東部に広く存在していたかもしれません。では、アジア東部現代人の主要な祖先集団はLGM前にどこに存在したのかが問題になるわけですが、この集団は遅くとも19000年前頃までに遺伝的には南北の集団に分化していたようです(関連記事)。アジア東部現代人の主要な祖先集団がいつどのような経路でアジア東部に拡散し、遺伝的に南北に分化していったのか、今後の研究の進展が期待されます。
参考文献:
Mallick S. et al.(2024): The Allen Ancient DNA Resource (AADR) a curated compendium of ancient human genomes. Scientific Data, 11, 182.
https://doi.org/10.1038/s41597-024-03031-7
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