古代と現代のゲノムデータから推測されるヒグマの進化史
古代と現代のゲノムデータからヒグマヒグマ(Ursus arctos)の進化史を推測した研究(Segawa et al., 2024)が公表されました。2010年代以降の古代ゲノム研究の進展は目覚ましく、やはり自身の由来に直結するとともに、医療など「実用的」分野への応用も期待されることから、ヒトを対象とする古代ゲノム研究が最も盛んでしょうが、非ヒト動物の古代ゲノム研究も着実に進展しています。本論文は、ヒグマの現代と古代のゲノムデータを分析することで、現代では失われてしまったヒグマの多様性などを示しています。
●要約
ヒグマは第四紀後期の大型動物絶滅の生き残りの1分類群です。しかし、ヒグマは全北区全域に広範に分布しているにも関わらず、広範な生息域の縮小を経ており、一部の地理的地域では絶滅さえしました。遺伝的データを用いての先行研究の試みは、ヒグマの進化史に貴重な洞察を提供してきました。しかし、ほとんどの研究は現在の個体群もしくはミトコンドリアDNA(mtDNA)に限定されており、現在よりも前の個体群の過程への洞察が制約されています。
本論文は、日本の本州とシベリア東部の後期更新世のヒグマ2個体から得られたゲノムデータを提示し、それを刊行されている現在および古代の全北区全域の範囲のヒグマのゲノムデータと組み合わせて、時空間的なヒグマ集団の進化的関係を調べます。現在の分布範囲外で標本抽出された後期更新世と完新世の個体群から得られたゲノムデータを含めることにより、現在の個体群には存在しない多様性が明らかにされます。注目すべきことに、現在の個体群は距離による孤立により駆動された可能性が最も高い地理的に構造化された集団を示しますが、このパターンはさまざまな地域での古代の標本では異なります。本論文の分析に古代のヒグマを含めることで、ヒグマの進化史への新たな洞察が提供され、第四紀後期に失われた集団の理解に寄与します。
●研究史
更新世~完新世の移行は気候の大変動期で、世界中での明確な特徴としての多数の大型動物の絶滅で頂点に達しました。しかし、それにも関わらず、多くの大型動物種は、局所的絶滅や版縮小や遺伝的多様性の喪失を経たかもしれないものの、依然として現在存続しています。最近再移住された地域に生息する集団の遺伝的組成を過去の退避地に位置する集団と比較することにより、現在の個体群から得られた遺伝的情報は、最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)後の氷期後再移住のパターンの研究に使用できます。しかし、現在の個体群に純粋に焦点を当てることは、結果が生き残った系統にのみ限定されることを意味しており、現在より前の集団の過程に関する理解を制約します。半化石個体群から得られた遺伝的情報(古代DNA)により、実際の時間における変化の追跡が可能となり、失われたかもしれない系統を解明し、変化への過去の応答の理解を全体的に深めます。
ヒグマは後期更新世大型動物絶滅の生き残りの1分類群です。ヒグマは最大の現生陸生肉食動物の1分類群で、全北区に分布しています。ヒグマの生存能力は、現在の集団で観察されるように、その生態学的柔軟性と広範囲の食性に起因するかもしれません。ヒグマは万能家雑食動物戦略を進化させてきており、肉食動物に特徴的な形態学的形質を有していますが、多くの生態系におけるその食性はおもに植物で構成されています。ヒグマは、現在の食性の柔軟性にも関わらず、完新世において広範囲の減少を経ており、一部の地域では気候および環境の変化やより最近ではヒトによって絶滅しました。たとえば、化石年表に基づくと、ユーラシアの比較的大きな草原地帯のヒグマ(Ursus arctos priscus)は、25000年前頃に消滅しました。ヒグマは恐らく後期更新世のヨーロッパにおいて生存によく適応していましたが、環境が完新世開始時に劇的に変化した後には、その大きさが適応的柔軟性を妨げたかもしれません。
1994年にヒグマが最初に利用されて以来、遺伝学はヒグマの現在の系統地理的構造への多くの洞察を提供してきました。しかし、生物地理学的仮説を立てるために用いられているミトコンドリアの遺伝的クレード(単系統群)は側系統的で、単一の地理的地域に固有ではなく、世界規模の推測を難しくしています。核ゲノム水準での系統地理的パターンを示した、全体的な現在の全北区の分布から得られた核ゲノムを用いた最近の研究はミトコンドリアを反映しておらず、代わりに距離による孤立に従う地理的に構造化された集団が見つかりました。より古い兆候は遺伝子流動と組換えにより分解された可能性があるので、現在の集団構造は最近の集団動態を反映しているかもしれない、と示唆されました。
ヒグマの古代DNAは、その進化史へのさまざまな洞察や、遺伝的多様性および移動パターンの時間的変化貴重な情報を提供してきました。しかし、ヒグマ種の研究はこれまで、単一の遺伝子座を表し。母系のみで継承されるmtDNAに基づいており、性別の偏った移動や遺伝子流動や不完全な系統分類により大きく混乱しているかもしれません。核データは、ミトコンドリアゲノムと関連する変化を回避する、機会を提供します(関連記事)。古代の核ゲノムデータはヒグマ数個体で利用TKですが、これまでのところ、さまざまな真性クマ類(Ursine bear、クマ亜科)種間の進化的関係の理解にのみ用いられてきており(関連記事)、ヒグマの経時的な種内関係の理解には使われてきませんでした。
本論文は、現在と古代の核ゲノムの組み合わせ(図1a)を用いて、日本(網羅率は0.11倍、較正年代で32464±255年前、JBB-32K)とシベリア東部(網羅率は0.35倍、分子的な年代測定が61826年前頃で、最高確率密度95%では96783~27866年前、CGG_1_020006)の後期更新世の2個体から新たに生成された古ゲノムデータを組み込み、時空間的なヒグマにおける進化的関係を調べます。以下は本論文の図1です。
現代と古代のヒグマの関係は主成分分析(principal component analysis、略してPCA)で評価されました。Admixfrog(関連記事)を用いて、ユーラシアの古代のヒグマ8個体の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の割合が計算されました。この分析では、単一個体により表される3祖先系統が検証され、それは、ノルウェーのキルケネス(Kirkenes)で発見された個体により表されるヨーロッパ東部、ヒマラヤ、個体S235により表されるアジア中央部です。古代ユーラシアの個体が現在のヨーロッパもしくはアジアの個体とより密接に関連しているのかどうかは、D統計で調べられました。
●集団構造
用いられた手法(遺伝子型尤度、疑似半数体、EMU)に関わらず、PCAでは同様の結果が見つかり、東西の勾配においてさまざまな地理的場所のヒグマ間で明確な違いがありました(図1b・c)。ユーラシアのさらなる調査は、主成分1(PC1)と経度との間のひじょうに強い相関を示しました。32000年前頃の本州の個体(JBB-32K)は、現在の北海道のクマと最も密接にクラスタ化しました(まとまりました)。11000年前頃となるカナダのケベック州の標本1点は北アメリカ大陸のクマとクラスタ化しましたが、遺伝子型尤度もしくは疑似半数体データでは特定の地域とクラスタ化しませんでした。しかし、この個体はEMUで計算されたPCAでは最東端のクマとクラスタ化しました。
残りの古代の8個体は、地理に基づいて予測される位置でクラスタ化しませんでした。アイルランドのリートリム(Leitrim)県で発見された完新世の2個体(リートリム4号および5号)はヨーロッパ東端の個体群と密接にクラスタ化しましたが、アイルランドのクレア(Clare)県とスライゴ(Sligo)県で発見された後期更新世(Late Pleistocene、略してLP)の3個体(クレア12号とスライゴ13号および14号)、オーストリアで発見された後期更新世の個体(オーストリア_LP)、シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)とヤクーティア(サハ共和国)で発見された個体(デニソワ_LPとCGG_1_020006)は、ヒマラヤの1個体(図1aの濃い灰色)と最も密接にクラスタ化したものの、現在のどの個体とも一般的にはクラスタ化しませんでした。
PCAへの個体の位置づけにおける古代DNA損傷の役割の調査から、模擬実験された古代の個体群は、データの高品質版の使用時には同じ位置でクラスタ化し、遺伝子型尤度を用いると古代DNAの損傷に最も堅牢かもしれない、と示されました。これは、本論文の手法が古代DNAの損傷に堅牢で、その結果はデータの偏りに起因するのではなく生物学的であることを示唆しています。ユーラシアのデータセットにおいてPC3を視覚化すると、現在のヨーロッパの個体間の区別がより明確になりましたが、PC1で観察された構造化は保持されました。
●対での距離
全体的に、アイルランドのクマは一般的に、ヨーロッパの個体群とは最低の対での距離(pairwise distances、略してPWD)を示しますが、これは一部のアジアのクマと大きく重なっています(図2a)。オーストリア_LPとデニソワ_LPはヒマラヤの1個体と最低のPWDを示します。しかし、このヒマラヤのクマを除くと、オーストリア_LPが他の全てのクマと類似性が増加するか減少し、デニソワ_LP はヨーロッパのクマよりアジアのクマの方と密接です。PWDはCGG_1_020006とヨーロッパやアジアやヒマラヤの個体との間で重なりましたが、アジアの個体と比較すると一般的に最低でした。以下は本論文の図2です。
●祖先系統の割合
アイルランドの古代の個体群(スライゴ14号を除きます)の祖先系統のほとんどの比較的高い割合がヨーロッパ東部で、それにアジア中央部が続き、その次がヒマラヤだと分かりました(図2b)。完新世のアイルランドの2個体では、後期更新世の個体群(クマ12号で0.246、スライゴ13号で0.27、スライゴ14号で0.046)と比較して、ヨーロッパ祖先系統がわずかに多くなりました(リートリム4号で0.297、リートリム5号で0.318)。全ての古代の個体における祖先系統の最低水準は、3つの単一集団のみを考慮すると、ヒマラヤでした(0.09未満)。全ての古代の個体における祖先系統の大きな割合は、とくにスライゴ14号(0.91)とデニソワ_LPでは単一集団に割り当てることができなかったので、祖先的と示されました。オーストリア_LPはヨーロッパ東部(0.165)およびアジア中央部(0.168)祖先系統の類似した値を有しているのに対して、CGG_1_020006はヨーロッパ(0.149)もしくはヒマラヤ(0.059)と比較してわずかに多いアジア中央部祖先系統(0.205)を有しています。
●D統計位相検定
全ての古代のアイルランド個体群は、その年代に関係なく、類似のD統計結果を示します(図3)。しかし、LP(後期更新世)個体群と比較して完新世個体群においてより負のD得点へと向かうわずかな変化があり、完新世個体群におけるより多くのヨーロッパ祖先系統が示唆されます。後期更新世個体群の平均D得点は、クレア12号で−0.050、スライゴ13号で−0.056、スライゴ14号で−0.052となり、完新世個体群の平均D得点は、リートリム4号で−0.077、リートリム5号で−0.076となります。以下は本論文の図3です。
アジアの古代の個体群、つまりCGG_1_020006とJBB-32Kは、ヨーロッパの個体群とよりもアジアの個体群の方と密接な関係を示唆する、より多い正の値を示しました(図3)。対照的に、デニソワ_LPはゼロ周辺の値のクラスタ化を示し、現在のヨーロッパもしくはアジアの個体群との明確な類似性の違いがないことを示唆しています。しかし、0.01の平均的な正のD得点は、現在のアジアの個体群の方とのわずかにより高い類似性を示唆しているかもしれません。古代のオーストリア_LP個体も、ゼロに近い値のクラスタ化を示しますが、負のD得点へと向かう全体的な傾向(平均D得点は−0.01)はより多くのヨーロッパ祖先系統を示唆します(図3)。
●考察
ヒグマの現在の分布範囲外で標本抽出された後期更新世と完新世のヒグマ個体群(図1a)から得られたゲノムデータを含めることで、利用可能な現在のデータには存在しない古代の多様性が明らかになります。一般的に、古代の個体群は現在のヒグマ個体群で見られる明確な系統地理的細分化に従っておらず、地理的に構造化された集団は、距離による孤立によって起きた可能性が最も高そうです(図1)。したがって、ヒグマは第四紀後期の大型動物絶滅事象をうまく生き残ったものの、集団と多様性は過去の分布の大半の地域とともに失われました。
後期更新世以降の集団連続性のパターンはヨーロッパにおいて明らかではなく、古代のヨーロッパの個体群は本論文のPCA内では広く分布しており(図1b・c)、現在の地理的に最も密接な個体群の最も近くでクラスタ化していません。最も注目すべきは、古代ヨーロッパ(アイルランドとオーストリア)の個体群が、現在のヒグマ集団における多様性と下部構造のパターンに由来する、距離による孤立の仮説と一致しないことです(図1d)。本論文の調査結果は、ヒグマが以前には分離した集団で構成されていたことを示唆しています。アイルランドの完新世の2個体(5000~3800年前頃)はヨーロッパクラスタの一部のようで、ともに後期更新世のアイルランドの個体群(13700~12200年前頃)と比較して、PCAではヨーロッパのクマの方とより密接です。しかし、低水準のデータと選別基準のため、実際よりも、その最も密接なクラスタとより密接に関連しているように見えるかもしれません。
対での距離と祖先系統とD統計分析を考慮すると、完新世の個体群はわずかに多くのヨーロッパ祖先系統を有するだけです。ヨーロッパにおける現在のヒグマの系統地理的構造は、集団が氷期にはヨーロッパ南部へと縮小し、氷期後にヨーロッパの他地域に再移住した、という氷期後の再移住の「拡大/縮小」モデルと一致する、と考えられます。したがって、完新世アイルランドの2個体における現在のヨーロッパ祖先系統の増加は、侵入してきた現在のヨーロッパ集団の祖先との遺伝的交換に起因するかもしれません。失われた多様性は、現在のヨーロッパのクマと比較しての、後期更新世ヨーロッパのヒグマにおけるより高水準のミトコンドリアの多様性に関する以前の調査結果と一致します。
LP(後期更新世)ヨーロッパでは、ヒグマはより高い窒素(N)同位体(δ¹⁵N)値を有しており、より肉食的な食性が示唆されます。しかし、LP末と完新世に向かってδ¹⁵N値はより低くなり、環境が変化し、ヒグマが草食性の増加へと変わったことから、食性の柔軟性の証拠として提案されてきました。本論文では調査結果に基づいて、δ¹⁵N値の減少は代わりに、食性の変化した同じクマ集団ではなく、独特な遺伝的兆候を有していた、より肉食的なクマの減少を反映しているかもしれない、と示唆されます。古代アイルランドの個体群についての利用可能なδ¹⁵Nは、時代間の明確な違いを示しませんが(後期更新世では6.53と6.72、完新世では4.57と8.83)、限定的な標本規模のため、この仮説のさらなる調査は妨げられています。
PCAでは、すべてのLPのクマはヒマラヤのクマと密接な関係を示し(図1b・c)、ヒマラヤのクマ集団は過去においてずっと広範に分布していたかもしれない、と示唆されます。しかし、この調査結果は祖先系統的に共有されたアレル(対立遺伝子)の過剰出現と、集団固有のアレルの過小出現かもしれません。本論文のヒマラヤ個体のデータは1個体だけで、稀な多様体(最小限の少数派アレル頻度が0.05もしくは最小限の少数派アレル数が2個)選別され、古代の標本では低網羅率により引き起こされる無意味な情報が除外されています。Admixfrogは稀なアレルの同じ選別を使用せず、選別により引き起こされる偏りへの裏づけを提供し、本論文では、後期更新世個体群が比較的高水準の祖先的アレルと低水準のヒマラヤ固有の祖先系統を有している、と分かりました。ヒマラヤのクマと同じ集団に属していないことは、後期更新世ヨーロッパのクマの、ヒマラヤ個体ではなく現在のヨーロッパ個体群とのより密接な関係を示す、D統計の結果によりさらに裏づけられます。
後期更新のシベリアの個体、つまり東部のCGG_1_020006と中央部のデニソワ_LPも、PCAでは現在の個体群と明確にクラスタ化はしません(図1b・c)。これはシベリアにおける多様性喪失を示唆しており、ヨーロッパにおける本論文の観察と一致し、現在の個体群では失われたLPシベリア個体群におけるミトコンドリア系統を示す先行研究と一致します。しかし、PC1および経度を比較すると、デニソワ_LPは距離による孤立の仮説と一致します。これは、中間的な地理的位置に基づいて予測されるように、デニソワ_LP を現在のヨーロッパとアジアの個体群の中間と位置づけるD統計結果(図3)によっても裏づけられます。CGG_1_020006の独特な位置づけは、そのミトコンドリアゲノムを調べた先行研究と一致し、その先行研究では、CGG_1_020006のミトコンドリアゲノムは現生ヒグマでは見つからないハプログループに属している、と分かりました。
日本では、全ての現在の北海道の個体はPCAではともにクラスタ化し、1集団であるように見えます(図1b・c)。これは、ミトコンドリアゲノムに基づいて北海道への複数回の移動事象を想定した以前の仮説と対照的です。ミトコンドリアの分岐年代から、ヒグマはユーラシア本土から日本列島で最大の島である本州へと少なくとも2回移動し、北海道には少なくとも3回移動した、と示唆されました。本論文の分析では、本州の後期更新世1個体(JBB-32K)は現在の北海道個体群の内部に収まるか、ひじょうに近くに位置します(図1b・c)。較正年代で32464±255年前というJBB-32Kの年代は、少なくともこの時点以降の集団連続性を示唆します。ミトコンドリアゲノムは、単一の遺伝子座を表しており、遺伝子流動と不完全な系統分類により偏るかもしれないので、解像度が限定的です。
日本列島のヒグマでは遺伝子流動が報告されてきており、雌雄両方のヒグマが拡散すると知られているので、これらの仮定的な移動事象は、少数個体の大規模な集団ではない移動に媒介された、すでに確立していた日本列島の集団への遺伝子流動を表しているかもしれません。津軽海峡における提案された陸橋は、北海道と本州を海洋酸素同位体ステージ(Marine Isotope Stage、略してMIS)6となる14万年前頃に接続しました。この時点で、海面は最も低く、北海道と本州との間のつながりを促進したでしょう。この比較的最近のつながりは、本論文の結果で見られる本州と北海道との間の共有された最近の祖先系統につながったかもしれません。
現在の北アメリカ大陸のヒグマでは、遺伝的に分岐したミトコンドリアの3系統が記載されており、ユーラシアからの3回の独立した移住事象との仮説につながります。対照的に、核データは、単一のメタ個体群(アレルの交換といった、ある水準で相互作用をしている、空間的に分離している同種の個体群の集団)と一致し、いくつかの部分集団は距離による孤立によって形成された可能性が高そうです(図1b)。較正年代で11279±30年前となるカナダのケベック州の古代のヒグマは失われた多様性を表しているかもしれず、それは、この個体が現在の北アメリカ大陸のどのクマともクラスタ化せず、ヒグマは20世紀後半にこの地域では絶滅した、と考えられているからです。ケベック州の個体は、LGM末に向かう最新の置換/移動を表しているかもしれません。この年代の前の標本を用いた先行研究は、ベーリンジア(ベーリング陸橋)東部における絶滅と分岐したミトコンドリア系統を明らかにしており、大きく異なる時点での北アメリカ大陸への拡散を示唆しています。
ヨーロッパのヒグマ数個体と北アメリカ大陸のヒグマ1個体の刊行された古ゲノムデータの利用は、ヨーロッパと北アメリカ大陸における失われた多様性の回復を可能としました。しかし、アジアの追加の2個体からの古ゲノムデータの生成により、全北区全体で本論文の推測を地理的に拡張できました。そうすることで、ユーラシアのヒグマは現在、2大陸(ユーラシア大陸と北アメリカ大陸)全体にわたる距離による孤立のパターンを示すものの、これが常に当てはまるわけではなかった、と分かりました。まとめると、本論では、ひじょうに低網羅率の古ゲノムでさえ、現代の個体群だけでは把握されない、ある種が経時的にどう変化するのか、ということについて重要な推測が可能である、と示されます。
参考文献:
Segawa T. et al.(2024): The origins and diversification of Holarctic brown bear populations inferred from genomes of past and present populations. Proceedings of the Royal Society B, 291, 2015, 20232411.
https://doi.org/10.1098/rspb.2023.2411
●要約
ヒグマは第四紀後期の大型動物絶滅の生き残りの1分類群です。しかし、ヒグマは全北区全域に広範に分布しているにも関わらず、広範な生息域の縮小を経ており、一部の地理的地域では絶滅さえしました。遺伝的データを用いての先行研究の試みは、ヒグマの進化史に貴重な洞察を提供してきました。しかし、ほとんどの研究は現在の個体群もしくはミトコンドリアDNA(mtDNA)に限定されており、現在よりも前の個体群の過程への洞察が制約されています。
本論文は、日本の本州とシベリア東部の後期更新世のヒグマ2個体から得られたゲノムデータを提示し、それを刊行されている現在および古代の全北区全域の範囲のヒグマのゲノムデータと組み合わせて、時空間的なヒグマ集団の進化的関係を調べます。現在の分布範囲外で標本抽出された後期更新世と完新世の個体群から得られたゲノムデータを含めることにより、現在の個体群には存在しない多様性が明らかにされます。注目すべきことに、現在の個体群は距離による孤立により駆動された可能性が最も高い地理的に構造化された集団を示しますが、このパターンはさまざまな地域での古代の標本では異なります。本論文の分析に古代のヒグマを含めることで、ヒグマの進化史への新たな洞察が提供され、第四紀後期に失われた集団の理解に寄与します。
●研究史
更新世~完新世の移行は気候の大変動期で、世界中での明確な特徴としての多数の大型動物の絶滅で頂点に達しました。しかし、それにも関わらず、多くの大型動物種は、局所的絶滅や版縮小や遺伝的多様性の喪失を経たかもしれないものの、依然として現在存続しています。最近再移住された地域に生息する集団の遺伝的組成を過去の退避地に位置する集団と比較することにより、現在の個体群から得られた遺伝的情報は、最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)後の氷期後再移住のパターンの研究に使用できます。しかし、現在の個体群に純粋に焦点を当てることは、結果が生き残った系統にのみ限定されることを意味しており、現在より前の集団の過程に関する理解を制約します。半化石個体群から得られた遺伝的情報(古代DNA)により、実際の時間における変化の追跡が可能となり、失われたかもしれない系統を解明し、変化への過去の応答の理解を全体的に深めます。
ヒグマは後期更新世大型動物絶滅の生き残りの1分類群です。ヒグマは最大の現生陸生肉食動物の1分類群で、全北区に分布しています。ヒグマの生存能力は、現在の集団で観察されるように、その生態学的柔軟性と広範囲の食性に起因するかもしれません。ヒグマは万能家雑食動物戦略を進化させてきており、肉食動物に特徴的な形態学的形質を有していますが、多くの生態系におけるその食性はおもに植物で構成されています。ヒグマは、現在の食性の柔軟性にも関わらず、完新世において広範囲の減少を経ており、一部の地域では気候および環境の変化やより最近ではヒトによって絶滅しました。たとえば、化石年表に基づくと、ユーラシアの比較的大きな草原地帯のヒグマ(Ursus arctos priscus)は、25000年前頃に消滅しました。ヒグマは恐らく後期更新世のヨーロッパにおいて生存によく適応していましたが、環境が完新世開始時に劇的に変化した後には、その大きさが適応的柔軟性を妨げたかもしれません。
1994年にヒグマが最初に利用されて以来、遺伝学はヒグマの現在の系統地理的構造への多くの洞察を提供してきました。しかし、生物地理学的仮説を立てるために用いられているミトコンドリアの遺伝的クレード(単系統群)は側系統的で、単一の地理的地域に固有ではなく、世界規模の推測を難しくしています。核ゲノム水準での系統地理的パターンを示した、全体的な現在の全北区の分布から得られた核ゲノムを用いた最近の研究はミトコンドリアを反映しておらず、代わりに距離による孤立に従う地理的に構造化された集団が見つかりました。より古い兆候は遺伝子流動と組換えにより分解された可能性があるので、現在の集団構造は最近の集団動態を反映しているかもしれない、と示唆されました。
ヒグマの古代DNAは、その進化史へのさまざまな洞察や、遺伝的多様性および移動パターンの時間的変化貴重な情報を提供してきました。しかし、ヒグマ種の研究はこれまで、単一の遺伝子座を表し。母系のみで継承されるmtDNAに基づいており、性別の偏った移動や遺伝子流動や不完全な系統分類により大きく混乱しているかもしれません。核データは、ミトコンドリアゲノムと関連する変化を回避する、機会を提供します(関連記事)。古代の核ゲノムデータはヒグマ数個体で利用TKですが、これまでのところ、さまざまな真性クマ類(Ursine bear、クマ亜科)種間の進化的関係の理解にのみ用いられてきており(関連記事)、ヒグマの経時的な種内関係の理解には使われてきませんでした。
本論文は、現在と古代の核ゲノムの組み合わせ(図1a)を用いて、日本(網羅率は0.11倍、較正年代で32464±255年前、JBB-32K)とシベリア東部(網羅率は0.35倍、分子的な年代測定が61826年前頃で、最高確率密度95%では96783~27866年前、CGG_1_020006)の後期更新世の2個体から新たに生成された古ゲノムデータを組み込み、時空間的なヒグマにおける進化的関係を調べます。以下は本論文の図1です。
現代と古代のヒグマの関係は主成分分析(principal component analysis、略してPCA)で評価されました。Admixfrog(関連記事)を用いて、ユーラシアの古代のヒグマ8個体の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の割合が計算されました。この分析では、単一個体により表される3祖先系統が検証され、それは、ノルウェーのキルケネス(Kirkenes)で発見された個体により表されるヨーロッパ東部、ヒマラヤ、個体S235により表されるアジア中央部です。古代ユーラシアの個体が現在のヨーロッパもしくはアジアの個体とより密接に関連しているのかどうかは、D統計で調べられました。
●集団構造
用いられた手法(遺伝子型尤度、疑似半数体、EMU)に関わらず、PCAでは同様の結果が見つかり、東西の勾配においてさまざまな地理的場所のヒグマ間で明確な違いがありました(図1b・c)。ユーラシアのさらなる調査は、主成分1(PC1)と経度との間のひじょうに強い相関を示しました。32000年前頃の本州の個体(JBB-32K)は、現在の北海道のクマと最も密接にクラスタ化しました(まとまりました)。11000年前頃となるカナダのケベック州の標本1点は北アメリカ大陸のクマとクラスタ化しましたが、遺伝子型尤度もしくは疑似半数体データでは特定の地域とクラスタ化しませんでした。しかし、この個体はEMUで計算されたPCAでは最東端のクマとクラスタ化しました。
残りの古代の8個体は、地理に基づいて予測される位置でクラスタ化しませんでした。アイルランドのリートリム(Leitrim)県で発見された完新世の2個体(リートリム4号および5号)はヨーロッパ東端の個体群と密接にクラスタ化しましたが、アイルランドのクレア(Clare)県とスライゴ(Sligo)県で発見された後期更新世(Late Pleistocene、略してLP)の3個体(クレア12号とスライゴ13号および14号)、オーストリアで発見された後期更新世の個体(オーストリア_LP)、シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)とヤクーティア(サハ共和国)で発見された個体(デニソワ_LPとCGG_1_020006)は、ヒマラヤの1個体(図1aの濃い灰色)と最も密接にクラスタ化したものの、現在のどの個体とも一般的にはクラスタ化しませんでした。
PCAへの個体の位置づけにおける古代DNA損傷の役割の調査から、模擬実験された古代の個体群は、データの高品質版の使用時には同じ位置でクラスタ化し、遺伝子型尤度を用いると古代DNAの損傷に最も堅牢かもしれない、と示されました。これは、本論文の手法が古代DNAの損傷に堅牢で、その結果はデータの偏りに起因するのではなく生物学的であることを示唆しています。ユーラシアのデータセットにおいてPC3を視覚化すると、現在のヨーロッパの個体間の区別がより明確になりましたが、PC1で観察された構造化は保持されました。
●対での距離
全体的に、アイルランドのクマは一般的に、ヨーロッパの個体群とは最低の対での距離(pairwise distances、略してPWD)を示しますが、これは一部のアジアのクマと大きく重なっています(図2a)。オーストリア_LPとデニソワ_LPはヒマラヤの1個体と最低のPWDを示します。しかし、このヒマラヤのクマを除くと、オーストリア_LPが他の全てのクマと類似性が増加するか減少し、デニソワ_LP はヨーロッパのクマよりアジアのクマの方と密接です。PWDはCGG_1_020006とヨーロッパやアジアやヒマラヤの個体との間で重なりましたが、アジアの個体と比較すると一般的に最低でした。以下は本論文の図2です。
●祖先系統の割合
アイルランドの古代の個体群(スライゴ14号を除きます)の祖先系統のほとんどの比較的高い割合がヨーロッパ東部で、それにアジア中央部が続き、その次がヒマラヤだと分かりました(図2b)。完新世のアイルランドの2個体では、後期更新世の個体群(クマ12号で0.246、スライゴ13号で0.27、スライゴ14号で0.046)と比較して、ヨーロッパ祖先系統がわずかに多くなりました(リートリム4号で0.297、リートリム5号で0.318)。全ての古代の個体における祖先系統の最低水準は、3つの単一集団のみを考慮すると、ヒマラヤでした(0.09未満)。全ての古代の個体における祖先系統の大きな割合は、とくにスライゴ14号(0.91)とデニソワ_LPでは単一集団に割り当てることができなかったので、祖先的と示されました。オーストリア_LPはヨーロッパ東部(0.165)およびアジア中央部(0.168)祖先系統の類似した値を有しているのに対して、CGG_1_020006はヨーロッパ(0.149)もしくはヒマラヤ(0.059)と比較してわずかに多いアジア中央部祖先系統(0.205)を有しています。
●D統計位相検定
全ての古代のアイルランド個体群は、その年代に関係なく、類似のD統計結果を示します(図3)。しかし、LP(後期更新世)個体群と比較して完新世個体群においてより負のD得点へと向かうわずかな変化があり、完新世個体群におけるより多くのヨーロッパ祖先系統が示唆されます。後期更新世個体群の平均D得点は、クレア12号で−0.050、スライゴ13号で−0.056、スライゴ14号で−0.052となり、完新世個体群の平均D得点は、リートリム4号で−0.077、リートリム5号で−0.076となります。以下は本論文の図3です。
アジアの古代の個体群、つまりCGG_1_020006とJBB-32Kは、ヨーロッパの個体群とよりもアジアの個体群の方と密接な関係を示唆する、より多い正の値を示しました(図3)。対照的に、デニソワ_LPはゼロ周辺の値のクラスタ化を示し、現在のヨーロッパもしくはアジアの個体群との明確な類似性の違いがないことを示唆しています。しかし、0.01の平均的な正のD得点は、現在のアジアの個体群の方とのわずかにより高い類似性を示唆しているかもしれません。古代のオーストリア_LP個体も、ゼロに近い値のクラスタ化を示しますが、負のD得点へと向かう全体的な傾向(平均D得点は−0.01)はより多くのヨーロッパ祖先系統を示唆します(図3)。
●考察
ヒグマの現在の分布範囲外で標本抽出された後期更新世と完新世のヒグマ個体群(図1a)から得られたゲノムデータを含めることで、利用可能な現在のデータには存在しない古代の多様性が明らかになります。一般的に、古代の個体群は現在のヒグマ個体群で見られる明確な系統地理的細分化に従っておらず、地理的に構造化された集団は、距離による孤立によって起きた可能性が最も高そうです(図1)。したがって、ヒグマは第四紀後期の大型動物絶滅事象をうまく生き残ったものの、集団と多様性は過去の分布の大半の地域とともに失われました。
後期更新世以降の集団連続性のパターンはヨーロッパにおいて明らかではなく、古代のヨーロッパの個体群は本論文のPCA内では広く分布しており(図1b・c)、現在の地理的に最も密接な個体群の最も近くでクラスタ化していません。最も注目すべきは、古代ヨーロッパ(アイルランドとオーストリア)の個体群が、現在のヒグマ集団における多様性と下部構造のパターンに由来する、距離による孤立の仮説と一致しないことです(図1d)。本論文の調査結果は、ヒグマが以前には分離した集団で構成されていたことを示唆しています。アイルランドの完新世の2個体(5000~3800年前頃)はヨーロッパクラスタの一部のようで、ともに後期更新世のアイルランドの個体群(13700~12200年前頃)と比較して、PCAではヨーロッパのクマの方とより密接です。しかし、低水準のデータと選別基準のため、実際よりも、その最も密接なクラスタとより密接に関連しているように見えるかもしれません。
対での距離と祖先系統とD統計分析を考慮すると、完新世の個体群はわずかに多くのヨーロッパ祖先系統を有するだけです。ヨーロッパにおける現在のヒグマの系統地理的構造は、集団が氷期にはヨーロッパ南部へと縮小し、氷期後にヨーロッパの他地域に再移住した、という氷期後の再移住の「拡大/縮小」モデルと一致する、と考えられます。したがって、完新世アイルランドの2個体における現在のヨーロッパ祖先系統の増加は、侵入してきた現在のヨーロッパ集団の祖先との遺伝的交換に起因するかもしれません。失われた多様性は、現在のヨーロッパのクマと比較しての、後期更新世ヨーロッパのヒグマにおけるより高水準のミトコンドリアの多様性に関する以前の調査結果と一致します。
LP(後期更新世)ヨーロッパでは、ヒグマはより高い窒素(N)同位体(δ¹⁵N)値を有しており、より肉食的な食性が示唆されます。しかし、LP末と完新世に向かってδ¹⁵N値はより低くなり、環境が変化し、ヒグマが草食性の増加へと変わったことから、食性の柔軟性の証拠として提案されてきました。本論文では調査結果に基づいて、δ¹⁵N値の減少は代わりに、食性の変化した同じクマ集団ではなく、独特な遺伝的兆候を有していた、より肉食的なクマの減少を反映しているかもしれない、と示唆されます。古代アイルランドの個体群についての利用可能なδ¹⁵Nは、時代間の明確な違いを示しませんが(後期更新世では6.53と6.72、完新世では4.57と8.83)、限定的な標本規模のため、この仮説のさらなる調査は妨げられています。
PCAでは、すべてのLPのクマはヒマラヤのクマと密接な関係を示し(図1b・c)、ヒマラヤのクマ集団は過去においてずっと広範に分布していたかもしれない、と示唆されます。しかし、この調査結果は祖先系統的に共有されたアレル(対立遺伝子)の過剰出現と、集団固有のアレルの過小出現かもしれません。本論文のヒマラヤ個体のデータは1個体だけで、稀な多様体(最小限の少数派アレル頻度が0.05もしくは最小限の少数派アレル数が2個)選別され、古代の標本では低網羅率により引き起こされる無意味な情報が除外されています。Admixfrogは稀なアレルの同じ選別を使用せず、選別により引き起こされる偏りへの裏づけを提供し、本論文では、後期更新世個体群が比較的高水準の祖先的アレルと低水準のヒマラヤ固有の祖先系統を有している、と分かりました。ヒマラヤのクマと同じ集団に属していないことは、後期更新世ヨーロッパのクマの、ヒマラヤ個体ではなく現在のヨーロッパ個体群とのより密接な関係を示す、D統計の結果によりさらに裏づけられます。
後期更新のシベリアの個体、つまり東部のCGG_1_020006と中央部のデニソワ_LPも、PCAでは現在の個体群と明確にクラスタ化はしません(図1b・c)。これはシベリアにおける多様性喪失を示唆しており、ヨーロッパにおける本論文の観察と一致し、現在の個体群では失われたLPシベリア個体群におけるミトコンドリア系統を示す先行研究と一致します。しかし、PC1および経度を比較すると、デニソワ_LPは距離による孤立の仮説と一致します。これは、中間的な地理的位置に基づいて予測されるように、デニソワ_LP を現在のヨーロッパとアジアの個体群の中間と位置づけるD統計結果(図3)によっても裏づけられます。CGG_1_020006の独特な位置づけは、そのミトコンドリアゲノムを調べた先行研究と一致し、その先行研究では、CGG_1_020006のミトコンドリアゲノムは現生ヒグマでは見つからないハプログループに属している、と分かりました。
日本では、全ての現在の北海道の個体はPCAではともにクラスタ化し、1集団であるように見えます(図1b・c)。これは、ミトコンドリアゲノムに基づいて北海道への複数回の移動事象を想定した以前の仮説と対照的です。ミトコンドリアの分岐年代から、ヒグマはユーラシア本土から日本列島で最大の島である本州へと少なくとも2回移動し、北海道には少なくとも3回移動した、と示唆されました。本論文の分析では、本州の後期更新世1個体(JBB-32K)は現在の北海道個体群の内部に収まるか、ひじょうに近くに位置します(図1b・c)。較正年代で32464±255年前というJBB-32Kの年代は、少なくともこの時点以降の集団連続性を示唆します。ミトコンドリアゲノムは、単一の遺伝子座を表しており、遺伝子流動と不完全な系統分類により偏るかもしれないので、解像度が限定的です。
日本列島のヒグマでは遺伝子流動が報告されてきており、雌雄両方のヒグマが拡散すると知られているので、これらの仮定的な移動事象は、少数個体の大規模な集団ではない移動に媒介された、すでに確立していた日本列島の集団への遺伝子流動を表しているかもしれません。津軽海峡における提案された陸橋は、北海道と本州を海洋酸素同位体ステージ(Marine Isotope Stage、略してMIS)6となる14万年前頃に接続しました。この時点で、海面は最も低く、北海道と本州との間のつながりを促進したでしょう。この比較的最近のつながりは、本論文の結果で見られる本州と北海道との間の共有された最近の祖先系統につながったかもしれません。
現在の北アメリカ大陸のヒグマでは、遺伝的に分岐したミトコンドリアの3系統が記載されており、ユーラシアからの3回の独立した移住事象との仮説につながります。対照的に、核データは、単一のメタ個体群(アレルの交換といった、ある水準で相互作用をしている、空間的に分離している同種の個体群の集団)と一致し、いくつかの部分集団は距離による孤立によって形成された可能性が高そうです(図1b)。較正年代で11279±30年前となるカナダのケベック州の古代のヒグマは失われた多様性を表しているかもしれず、それは、この個体が現在の北アメリカ大陸のどのクマともクラスタ化せず、ヒグマは20世紀後半にこの地域では絶滅した、と考えられているからです。ケベック州の個体は、LGM末に向かう最新の置換/移動を表しているかもしれません。この年代の前の標本を用いた先行研究は、ベーリンジア(ベーリング陸橋)東部における絶滅と分岐したミトコンドリア系統を明らかにしており、大きく異なる時点での北アメリカ大陸への拡散を示唆しています。
ヨーロッパのヒグマ数個体と北アメリカ大陸のヒグマ1個体の刊行された古ゲノムデータの利用は、ヨーロッパと北アメリカ大陸における失われた多様性の回復を可能としました。しかし、アジアの追加の2個体からの古ゲノムデータの生成により、全北区全体で本論文の推測を地理的に拡張できました。そうすることで、ユーラシアのヒグマは現在、2大陸(ユーラシア大陸と北アメリカ大陸)全体にわたる距離による孤立のパターンを示すものの、これが常に当てはまるわけではなかった、と分かりました。まとめると、本論では、ひじょうに低網羅率の古ゲノムでさえ、現代の個体群だけでは把握されない、ある種が経時的にどう変化するのか、ということについて重要な推測が可能である、と示されます。
参考文献:
Segawa T. et al.(2024): The origins and diversification of Holarctic brown bear populations inferred from genomes of past and present populations. Proceedings of the Royal Society B, 291, 2015, 20232411.
https://doi.org/10.1098/rspb.2023.2411
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