単一細胞水準でのコロナウイルスへの応答の地域集団間の差

 取り上げるのが遅れてしまいましたが、単一細胞水準での重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)への応答の地域集団間の差に関する研究(Aquino et al., 2023)が公表されました。SARS-CoV-2感染後のヒトの臨床症状は、個人間で大きな差異が見られ、その遺伝学的基盤や免疫学的基盤が解明され始めており、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)から現生人類(Homo sapiens)への遺伝子移入に基盤があることも指摘されています(関連記事1および関連記事2)。しかし、SARS-CoV-2に対する免疫応答の集団間での差の程度や駆動因子については、まだ明らかにされていません。

 本論文は、多様な祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を有する健常の提供者222人から採取され、SARS-CoV-2またはA型インフルエンザウイルスで刺激された末梢血単核球の単一細胞RNA塩基配列解読データを報告します。本論文は、SARS-CoV-2がA型インフルエンザウイルスと比べて、インターフェロン誘導遺伝子を誘導する活性が弱く、より不均一であり、また、骨髄系細胞でユニークな炎症性識別特性を誘導する、と示します。

 ウイルスに対する転写応答では、サイトメガロウイルスの潜伏感染に関連するリンパ球分化の増加など、おもに細胞存在量の変化によって誘導される顕著な集団間の差が見られました。発現量的形質座位解析や媒介分析によって、免疫応答の集団間の差異には、細胞の構成が広範な影響を及ぼしており、また、遺伝的多様体が特定の座位に強い影響を及ぼす、と明らかになりました。

 本論文はさらに、とくにアジア東部現代人でのSARS-CoV-2応答と関連する多様体に関して、自然選択が免疫応答における集団間の差を増大させている、と示し、ネアンデルタール人からの遺伝子移入がウイルスに対する骨髄系細胞の応答などの免疫機能を変化させる、細胞や分子水準の機構を明らかにします。この自然選択はアジア東部現代人の祖先において25000年前頃に起きた、と推測されます。

 最後に、共局在解析とトランスクリプトーム規模関連解析によって、SARS-CoV-2に対する免疫応答の遺伝学的基盤と新型コロナウイルス感染症(COVID-19)重症度の間の重複が明らかとなり、現在のCOVID-19危険性の違いに関与する因子に関する手掛かりが得られました。新型コロナウイルス感染症への関心は高く、今でも研究が盛んなようですが、そうした研究は進化的観点からも注目されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


進化遺伝学:ヒト集団間で見られるSARS-CoV-2に対する応答の多様性を単一細胞レベルで解析する

進化遺伝学:ヒト集団間でウイルス感染応答に違いがある原因

 今回、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)とA型インフルエンザウイルス感染に対する、異なる祖先系集団に属するドナーから得られた免疫細胞の転写応答について、単一細胞RNA塩基配列解読によって解析した結果が報告されている。



参考文献:
Aquino Y. et al.(2023): Dissecting human population variation in single-cell responses to SARS-CoV-2. Nature, 621, 7977, 120–128.
https://doi.org/10.1038/s41586-023-06422-9

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