イベリア半島東部の旧石器時代の洞窟壁画
イベリア半島東部の旧石器時代の洞窟壁画を報告した研究(Ruiz-Redondo et al., 2023)が公表されました。本論文は、スペインのバレンシアにあるドネス洞窟(Cova Dones)の上部旧石器時代の洞窟壁画の予備的分析結果を報告しています。イベリア半島には旧石器時代の洞窟壁画が多く、現生人類(Homo sapiens)だけではなく、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)も洞窟壁画を残した可能性が指摘されていますが、議論になっています(関連記事)。とはいえ、一部の洞窟壁画を残したのがネアンデルタール人である可能性は高いと思います(関連記事)。
●要約
本論文は、スペインのバレンシアのドネス洞窟における旧石器時代洞窟芸術の最近の発見の詳細を提示します。予備的結果は豊富な図画群を明らかにし、地中海の上部旧石器時代芸術では珍しく、イベリア半島東部沿岸では以前には知られていなかった特徴があります。
●研究史
伝統的に、更新世の洞窟芸術の分布は、スペイン南部とイタリアの地域を含む「周縁部」のある、フランコ・カンタブリア地域に集中してきました。口の旧石器時代岩絵遺跡の70%はこの地域にありますが、近年では、ヨーロッパとアジア全域で発見がありました。フランコ・カンタブリア地域外の発見は常に、旧石器時代の象徴性の知識を高めることと関連しています。
イベリア半島東部海岸沿いでは、状況は逆説的です。この地域には装飾品の観点で重要な更新世の動産芸術遺跡がありますが、旧石器時代の洞窟芸術遺跡は少なく、9ヶ所が更新世と確実に特定されており、合計では最大21ヶ所になるかもしれません。描かれた形象の少なさは著しく、それは、バレンシア共同体とカタルーニャを合わせた地域には、多くてもわずか3点しかないからです。
●予備的な結果
この状況で、2021年夏のドネス洞窟の岩絵の発見は、地中海地域の「図画行動」の研究に大きく貢献します。この遺跡は深さが約500m単一の回廊洞窟で、バレンシアのミラレス(Millares)市の急峻な峡谷に開けています(図1)。以下は本論文の図1です。
いくつかの鉄器時代の発見にも関わらず、旧石器時代遺骸の存在は、オーロックスの頭を含む、4点の描かれた画題が確認された2021年の非公式の調査まで知られていませんでした(図2a)。2023年のさらなる研究により、画題の量と多様性、技術的特徴の豊富さと詳細を考慮して、この遺跡が主要な旧石器時代芸術の聖域と特定されました。以下は本論文の図2です。
これまでのところ、洞窟の3ヶ所の異なる地点に位置する、少なくとも19点の動物形状の表現を含む、110点以上の図画単位が特定されてきました。洞窟の奥深くにも関わらず(主要な装飾地域は入口から約400mにあります)、含まれる全ての地点と区画と形象は、登る必要なしに容易に近づけます。描かれた動物は、7頭のウマ、7頭の雌のシカ(アカシカ)、2頭のオーロックス、1頭の雄シカ、2頭の曖昧な動物です。芸術の残りは、定型的な標識(長方形と蛇行)、「マカロニ」(指もしくは同靴で柔らかい表面全体を引っ掻いて作られた「溝」)のいくつかの区画、孤立した線、保存状態の悪い未確認の絵で構成されています。
芸術作品の技術的特徴の多様性と希少性は注目に値し、それはこれらの芸術作品にはさまざまな種類の線刻と絵が含まれているからです。線刻は形象の古典的な単一的特徴の輪郭で構成されていますが(図3a)、壁の表面に「月の乳(mondmilch)」(石灰岩の沈殿物の一種)を引っ掻いたことにより形成された形象も含まれます(図3b)。以下は本論文の図3です。
この技術は旧石器時代の洞窟芸術では稀で、以前にはイベリア半島東部では知られていませんでした。この描画技術は確かに驚くべきもので、画題は通常の希釈したオーカー(鉄分を多く含んだ粘土)もしくはマンガン粉末の代わりに、赤色粘土の壁への塗布により作成されました。この鉄の豊富な粘土は、洞窟の床に多く存在します。地中海地域およびそれ以外の地域では、こうした技術の事例はたとえば、アルダレス洞窟(Cueva de Ardales)やベルニファル(Bernifal)やヒグエロン(Higuerón)やラ・パシエガ(La Pasiega)洞窟やピレタ(Pileta)やルフィニャック(Rouffignac)で知られていますが、ラ・ボーム・ラトローヌ(La Baume Latrone)を除いて、これらの遺跡の全てで稀です。ドネス洞窟では、描かれた全体の総体(80点超の図画単位)は、この技術を用いて作成されています。
●年表
新鮮な粘土で描かれた形象は稀で、その年代測定は困難と知られています。ドネス洞窟では、絵の古さは、塗布された粘土が湿潤環境、とくにいくつかの継承の異なる領域を覆う厚い方解石の層の存在において乾燥するまでの時間があった、という事実により裏づけられます(図4a)。以下は本論文の図4です。
「マカロニ」の年代も、一般的には評価困難です。絵を描いた技術の単純性のため、確実に旧石器時代に分類するのは困難ですが、風化過程の発生(つまり、古錆)のため、長期間と推測できます。ドネス洞窟では、他の証拠がこれらの痕跡の一部は旧石器時代の年代と示唆しています。洞窟の壁にはホラアナグマの爪痕が点在しています。そのうちの一つは、いくつかの指の溝と部分的に重なっています(図4b)。この種のヨーロッパにおける提案された24000年前頃の絶滅年代は、この区画の下限を提供します。
より詳細な時間様式分析が行なわれる前でさえ、いくつかの特徴は遺跡の年代確立に役立てます。「地中海3本線雌シカ」は、地中海旧石器時代芸術ではよく知られた画題です。スペインのマラガ(Málaga)県のネルハ(Nerja)洞窟では、放射性炭素年代が、これらの表現の一つのある1区画で得られました。その結果(19900±210年前、IntCal20を用いると較正年代では85.2%の確率で24545~23680年前)は、グラヴェティアン(Gravettian、グラヴェット文化)からソリュートレアン(Solutrean、ソリュートレ文化)への移行(較正年代で26000~24000年前頃)年代分布を示唆します。長方形の標識は、上部旧石器時代を通じて遍在する画題ではありません。
パルパッロ(Parpalló)の近くの遺跡については、これらの図の較正年代は、層序の位置に基づいて24500~21100年前頃、と示唆されています。これらの結果は、コムテ(Comte)やネルハやラ・ピレタ(La Pileta)やラス・モティージャス(Las Motillas)やラス・エストレラス(Las Estrellas)アンブロシオ(Ambrosio)など、地中海イベリア半島旧石器時代芸術に存在する他の長方形標識との矛盾を示しません。最後に、オーロックスとウマの様式は、完全に診断できるわけではないものの、絵の年代の評価に使用できます。継承の様式分析は、マグダレニアン(Magdalenian、マドレーヌ文化)前の年代(2万年以上前)を示しており、ホラアナグマの絶滅の年代を考えると、岩絵の少なくとも一部は24000年以上前に違いない、と推測されます。
●まとめと将来の研究
ドネス洞窟の岩絵は、地中海旧石器時代芸術において重要な発見です。この計画はまだその初期段階ですが、予備的な結果はこの遺跡の研究について多大な可能性を明らかにし、この壁画群がおそらくイベリア半島東部沿岸では最重要と確証します。その図像的および技術的特徴から、これはイベリア半島東部の数少ない主要な更新世の装飾遺跡となり、将来の研究により可能性が確認されれば、最近発見されたフォント・メジャー洞窟(Cova de la Font Major)もこの分類に含めることができるでしょう。将来の研究は洞窟の壁を調査し続け、岩絵の明らかに独特な技術的側面とその年代および考古学的背景に焦点が当てられるでしょう。
参考文献:
Ruiz-Redondo A, Barciela V, Martorell X.(2023): Cova Dones: a major Palaeolithic cave art site in eastern Iberia. Antiquity, 97, 396, e32.
https://doi.org/10.15184/aqy.2023.133
●要約
本論文は、スペインのバレンシアのドネス洞窟における旧石器時代洞窟芸術の最近の発見の詳細を提示します。予備的結果は豊富な図画群を明らかにし、地中海の上部旧石器時代芸術では珍しく、イベリア半島東部沿岸では以前には知られていなかった特徴があります。
●研究史
伝統的に、更新世の洞窟芸術の分布は、スペイン南部とイタリアの地域を含む「周縁部」のある、フランコ・カンタブリア地域に集中してきました。口の旧石器時代岩絵遺跡の70%はこの地域にありますが、近年では、ヨーロッパとアジア全域で発見がありました。フランコ・カンタブリア地域外の発見は常に、旧石器時代の象徴性の知識を高めることと関連しています。
イベリア半島東部海岸沿いでは、状況は逆説的です。この地域には装飾品の観点で重要な更新世の動産芸術遺跡がありますが、旧石器時代の洞窟芸術遺跡は少なく、9ヶ所が更新世と確実に特定されており、合計では最大21ヶ所になるかもしれません。描かれた形象の少なさは著しく、それは、バレンシア共同体とカタルーニャを合わせた地域には、多くてもわずか3点しかないからです。
●予備的な結果
この状況で、2021年夏のドネス洞窟の岩絵の発見は、地中海地域の「図画行動」の研究に大きく貢献します。この遺跡は深さが約500m単一の回廊洞窟で、バレンシアのミラレス(Millares)市の急峻な峡谷に開けています(図1)。以下は本論文の図1です。
いくつかの鉄器時代の発見にも関わらず、旧石器時代遺骸の存在は、オーロックスの頭を含む、4点の描かれた画題が確認された2021年の非公式の調査まで知られていませんでした(図2a)。2023年のさらなる研究により、画題の量と多様性、技術的特徴の豊富さと詳細を考慮して、この遺跡が主要な旧石器時代芸術の聖域と特定されました。以下は本論文の図2です。
これまでのところ、洞窟の3ヶ所の異なる地点に位置する、少なくとも19点の動物形状の表現を含む、110点以上の図画単位が特定されてきました。洞窟の奥深くにも関わらず(主要な装飾地域は入口から約400mにあります)、含まれる全ての地点と区画と形象は、登る必要なしに容易に近づけます。描かれた動物は、7頭のウマ、7頭の雌のシカ(アカシカ)、2頭のオーロックス、1頭の雄シカ、2頭の曖昧な動物です。芸術の残りは、定型的な標識(長方形と蛇行)、「マカロニ」(指もしくは同靴で柔らかい表面全体を引っ掻いて作られた「溝」)のいくつかの区画、孤立した線、保存状態の悪い未確認の絵で構成されています。
芸術作品の技術的特徴の多様性と希少性は注目に値し、それはこれらの芸術作品にはさまざまな種類の線刻と絵が含まれているからです。線刻は形象の古典的な単一的特徴の輪郭で構成されていますが(図3a)、壁の表面に「月の乳(mondmilch)」(石灰岩の沈殿物の一種)を引っ掻いたことにより形成された形象も含まれます(図3b)。以下は本論文の図3です。
この技術は旧石器時代の洞窟芸術では稀で、以前にはイベリア半島東部では知られていませんでした。この描画技術は確かに驚くべきもので、画題は通常の希釈したオーカー(鉄分を多く含んだ粘土)もしくはマンガン粉末の代わりに、赤色粘土の壁への塗布により作成されました。この鉄の豊富な粘土は、洞窟の床に多く存在します。地中海地域およびそれ以外の地域では、こうした技術の事例はたとえば、アルダレス洞窟(Cueva de Ardales)やベルニファル(Bernifal)やヒグエロン(Higuerón)やラ・パシエガ(La Pasiega)洞窟やピレタ(Pileta)やルフィニャック(Rouffignac)で知られていますが、ラ・ボーム・ラトローヌ(La Baume Latrone)を除いて、これらの遺跡の全てで稀です。ドネス洞窟では、描かれた全体の総体(80点超の図画単位)は、この技術を用いて作成されています。
●年表
新鮮な粘土で描かれた形象は稀で、その年代測定は困難と知られています。ドネス洞窟では、絵の古さは、塗布された粘土が湿潤環境、とくにいくつかの継承の異なる領域を覆う厚い方解石の層の存在において乾燥するまでの時間があった、という事実により裏づけられます(図4a)。以下は本論文の図4です。
「マカロニ」の年代も、一般的には評価困難です。絵を描いた技術の単純性のため、確実に旧石器時代に分類するのは困難ですが、風化過程の発生(つまり、古錆)のため、長期間と推測できます。ドネス洞窟では、他の証拠がこれらの痕跡の一部は旧石器時代の年代と示唆しています。洞窟の壁にはホラアナグマの爪痕が点在しています。そのうちの一つは、いくつかの指の溝と部分的に重なっています(図4b)。この種のヨーロッパにおける提案された24000年前頃の絶滅年代は、この区画の下限を提供します。
より詳細な時間様式分析が行なわれる前でさえ、いくつかの特徴は遺跡の年代確立に役立てます。「地中海3本線雌シカ」は、地中海旧石器時代芸術ではよく知られた画題です。スペインのマラガ(Málaga)県のネルハ(Nerja)洞窟では、放射性炭素年代が、これらの表現の一つのある1区画で得られました。その結果(19900±210年前、IntCal20を用いると較正年代では85.2%の確率で24545~23680年前)は、グラヴェティアン(Gravettian、グラヴェット文化)からソリュートレアン(Solutrean、ソリュートレ文化)への移行(較正年代で26000~24000年前頃)年代分布を示唆します。長方形の標識は、上部旧石器時代を通じて遍在する画題ではありません。
パルパッロ(Parpalló)の近くの遺跡については、これらの図の較正年代は、層序の位置に基づいて24500~21100年前頃、と示唆されています。これらの結果は、コムテ(Comte)やネルハやラ・ピレタ(La Pileta)やラス・モティージャス(Las Motillas)やラス・エストレラス(Las Estrellas)アンブロシオ(Ambrosio)など、地中海イベリア半島旧石器時代芸術に存在する他の長方形標識との矛盾を示しません。最後に、オーロックスとウマの様式は、完全に診断できるわけではないものの、絵の年代の評価に使用できます。継承の様式分析は、マグダレニアン(Magdalenian、マドレーヌ文化)前の年代(2万年以上前)を示しており、ホラアナグマの絶滅の年代を考えると、岩絵の少なくとも一部は24000年以上前に違いない、と推測されます。
●まとめと将来の研究
ドネス洞窟の岩絵は、地中海旧石器時代芸術において重要な発見です。この計画はまだその初期段階ですが、予備的な結果はこの遺跡の研究について多大な可能性を明らかにし、この壁画群がおそらくイベリア半島東部沿岸では最重要と確証します。その図像的および技術的特徴から、これはイベリア半島東部の数少ない主要な更新世の装飾遺跡となり、将来の研究により可能性が確認されれば、最近発見されたフォント・メジャー洞窟(Cova de la Font Major)もこの分類に含めることができるでしょう。将来の研究は洞窟の壁を調査し続け、岩絵の明らかに独特な技術的側面とその年代および考古学的背景に焦点が当てられるでしょう。
参考文献:
Ruiz-Redondo A, Barciela V, Martorell X.(2023): Cova Dones: a major Palaeolithic cave art site in eastern Iberia. Antiquity, 97, 396, e32.
https://doi.org/10.15184/aqy.2023.133
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