『卑弥呼』第123話「お告げ」

 『ビッグコミックオリジナル』2024年2月5日号掲載分の感想です。ついに同じ原作者の『イリヤッド』の123話と並び、できるだけ長く連載が続いてもらいたいものです。前回は、ヤノハが那(ナ)国のトメ将軍に、遼東公孫氏を呪い殺すつもりだ、と意図を打ち明けたところで終了しました。今回は、加羅(伽耶、朝鮮半島)の勒島(ロクド、慶尚南道泗川市の沖合の島)で、ヤノハが津島(ツシマ、現在の対馬でしょう)の方を見ている場面から始まります。トメ将軍はその様子を、かつて加羅まで行ったさいに航海の示齊(ジサイ、航海のさいに、万人の不幸・災厄を一身に引き受けて人柱になる神職で、航海中は髭を剃らず、衣服を替えず、虱も取らず、肉食を絶ちます)を務めることになったイセキとともに見ており、ヤノハの策が動き出したのだ、と悟ります。イセキは、伊岐(イキ、現在の壱岐諸島でしょう)国の日守(ヒマモ)りでトメ将軍一行の伊岐から黒島までの航海で示齊を務めたアシナカの縁戚のようです。

 津島国の厳原(イヅノバル)港では、田油津日女(タブラツヒメ、正体はアカメ)の神楽舞を見るために多数の人々が集まっており、ヌカデがその司会的な役割を担っています。ヌカデは、日没と同時に舞が始まる、と集まった津島国の人々に伝えます。津島国の「首都」である三根(ミネ)では、アビル王が2人の重臣から、田油津日女について説明を受けていました。田油津日女は筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)で厲鬼(レイキ)、つまり疫病を追い払った評判の祈祷女(イノリメ)で、その神通力は日見子(ヒミコ)、つまりヤノハをも凌ぐと言われている、というわけです。津島国のアビル王はヤノハから渡された薬物を乱用したためか表情は虚ろで、その祈祷女は日見子(ヤノハ)以上に胡散臭い女として聞いている、と重臣2人に伝えます。田油津日女は厳原で舞った後に津島国の邑々を巡る予定だが、どう対処するのか、と重臣2人に問われたアビル王は、まだ日見子を仕留めていなかったのだな、と詰問します。アビル王は自身を恐れて平伏する重臣2人に、好機だ、と伝えます。田油津日女が民の間でもてはやされている隙に日見子を討てば、日見子の死は誰の口の端にも上がらないだろう、というわけです。自分の指摘に感心する重臣2人にアビル王は、神と語るので去るよう命じます。

 日下(ヒノモト)国の庵戸宮(イオトノミヤ)では、吉備津彦(キビツヒコ)と名乗るようになったイサセリの前に、クニクル王(記紀の孝元天皇、つまり大日本根子彦国牽天皇でしょうか)の末っ子であるハニヤス(『日本書紀』の武埴安彦命でしょうか)が現れます。ハニヤスはいかにも美少年といった感じです。8年振りに甥のハニヤスと再会した吉備津彦は、ハニヤスが大きくなったことに驚きます。13歳になったハニヤスは自分の双子の姉であるモモソに用があったのだろう、と考えた吉備津彦は、巫覡(フゲキ)にでもなりたいのか、とハニヤスに尋ねます。するとハニヤスは、なりたいものは別にあると言って立ち去ります。妾腹の小童(ハニヤス)も次の王君候補なのか、と吉備津彦に問われたモモソは、天照様のご神託で次の王はネコ(記紀の開花天皇、つまり稚日本根子彦大日日天皇でしょうか)様と決まっている、と答えます。何か謀があってハニヤスを可愛がっているのか、と吉備津彦に問われたモモソは、ハニヤスがクニクル王に嫌われていて哀れだ、と答えます。ハニヤスは幼い頃から変わっており、生きたカエルの腹を裂いたり、野鳥の羽をもぎ取ったりしていた、とモモソから聞いた吉備津彦は驚きます。ハニヤスは生き物に興味があるようだから薬師にでもしようと考えて、モモソは薬の知識をハニヤスに授けていたわけですが、それを聞いた吉備津彦には何か策が浮かんだようです。

 その翌日、庵戸宮では、モモソがハニヤスに毒薬の知識を授けていました。モモソはまず、蠅殺茸(ハエノコロシダケ)もしくはベニテング茸と呼ばれる毒キノコを見せ、食べれば幻を見るものの死なない、と教えます。次にモモソが見せた毒キノコがヒカゲシビレ茸だと、ハニヤスには知っていました。これを食べると七色の幻が見えるものの、やがて廃人となり死に至る、というわけです。ハニヤスから他に確実に人が死ぬ薬を尋ねられたモモソは、一番確実なのは附子(ブス、トリカブト)で、他にはオオゼリ(ドクゼリ)もお勧めだ、と答えます。どれか試してみるか、とモモソはハニヤスに勧めます。毒を極めたいなら死なない程度に食べないとならない、というわけです。モモソは、時には神が見えるという人もいる、と言ってヒカゲシビレ茸の粉末をハニヤスに勧めます。その粉末を少量舐めたハニヤスは、何か大きな影が見える、と恍惚とした表情で言い、亀の化け物だ、とモモソに伝えます。するとモモソは、日下では、サヌ王(記紀の神武天皇と思われます)が天照を広めるまで亀の神様が治めていたので、ハニヤスの背後には古き神様が憑いている証だ、と言います。どういう意味なのか、ハニヤスに問われたモモソは、ハニヤスが次の王になるべきだった、と亀神様が言っているのだ、と答えます。それを聞いたハニヤスは、亀がゆっくり回っており、回転したら日下湖(ヒノモトノウミ)の水が大洪水で、日下全土が沈んでいく、と怯え始めます。その様子を見たモモソはハニヤスに、目を開けるよう命じます。モモソはハニヤスに、今ハニヤスが見たのはお告げだ、と伝えます。クニクル王君が早急にどんな形でも退位しなければ、日下は滅びるとの預言だ、というわけです。どうすればよいのか、ハニヤスに尋ねられたモモソは、亀の神はハニヤスにだけ告げたのだから、ハニヤスが決めることだ、と答えます。

 厳原港では、田油津日女の舞に津島国の民衆が夢中になっており、港には、ククリの読み通り、誰もいませんでした。ククリは、山社(ヤマト)国にある「日の巫女」集団の学舎である種智院(シュチイン)で、戦女(イクサメ)の教官を務めています。ヌカデは、伊岐(イキ、現在の壱岐諸島でしょう)国のイカツ王の従兄弟で、津島国の先代の王(コヤネ王)の息子であるコミミのいる雷邑(イカツノムラ)へと向かいます。雷邑では、ヌカデがコミミに日見子様(ヤノハ)からのお告げを伝えていました。それは、アビル王はもはや生きた死人で国を治めるに値しないので、父親の無念を晴らすために今こそ決起せよ、というものでした。勒島ではトメ将軍がイセキに、以前から話していた駅役(エキヤク、大陸の国々から倭にわたる人々や品々や情報を中継ぎする役目)を引き受けるよう、説得していました。自分に駅役が務まるのか悩んでいるイセキに、日見子様についていけば生涯退屈しない、とトメ将軍は言います。あんな面白いお方はこの世に二人といない、とトメ将軍がイセキに伝えるところで、今回は終了です。


 今回は、津島国でヤノハとは裏で敵対していたアビル王を打倒する計画が動き出したこととともに、日下国での陰謀が描かれました。トメ将軍が面白い生き方を優先する人物であることは序盤から描かれており、これまでの展開と人物造形に沿った話になっていたと思います。注目されるのは日下国での陰謀で、モモソは異母兄で現在の日下王であるクニクルを排除しようと考えており(第119話)、そのためにハニヤスを利用しようと考えているのでしょう。ハニヤスが『日本書紀』の武埴安彦命だとすると、後に崇神天皇に対して反乱を起こしたわけですから、野心的なところもあるという人物造形なのかもしれず、それをモモソと吉備津彦は利用するつもりなのでしょう。ただ、モモソは次の王としてネコ王子を想定しており、ハニヤスが父であるクニクル王を殺害か何らかの手段で退位に追い込んだとしても、即位できるわけではなさそうです。あるいは、武埴安彦命の反乱記事はネコ王の代の王君殺害が(意図的に?)誤って伝わったもの、という設定なのでしょうか。本作がどこまで描かれるのか分かりませんが、ハニヤスが登場したわけですから、記紀の崇神天皇の治世も連載当初から構想にあるのかもしれません。本作では、崇神天皇、つまり御間城入彦五十瓊殖天皇は今回登場しなかったミマアキのことではないか、と序盤で予想しましたが(第20話)、最終的には、何らかの形での山社連合と日下連合の合併も考えられます。日下情勢がかなり詳しく描かれるようになり、山社連合と日下連合の関係が最終的にどう決着するのか、たいへん楽しみです。

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