『卑弥呼』第120話「秘薬」

 『ビッグコミックオリジナル』2023年12月20日号掲載分の感想です。前回は、ヤノハが那(ナ)国のトメ将軍に、裏切り者である津島(ツシマ、現在の対馬でしょう)国のアビル王を殺す、と宣言するところで終了しました。今回は、現在から数年前、暈(クマ)の国にある「日の巫女」集団の学舎である種智院(シュチイン)ので、ヤノハが今は亡き山社(ヤマト)の(というかヤノハが殺害した)モモソと会話している場面から始まります。ヤノハはモモソに、どうやれば天照様(天照大御神)が見えて、話ができるのか、尋ねます。一心に祈るしかないと思う、と答えるモモソに、それでも無理だったらどうするのか、とヤノハ尋ねます。するとモモソは。諦めて種智院を出て、別な生き方を探すよう、ヤノハを諭します。それでもヤノハはモモソに食い下がり、そもそも天照様は本当にいるのか、と尋ねます。モモソは嘆息し、種智院には門外不出の秘薬があり、作り方は義母(ヒルメ)から聞いたが、それを飲めば、見たい神が見え、お言葉が聞ける、とヤノハに教えます。ヤノハは色めき立ち、見たい神が見えるのは本当か、とモモソに尋ねます。しかしモモソは厳しい顔で、自分は薦めない、とヤノハに忠告します。それでもヤノハ、材料は何か教えてくれ、とモモソに頼み込みます。答えないモモソに対して、不貞腐れたようなヤノハは、天照様に選ばれたモモソは羨ましい、選ばれなかった者の身になって考えてみろ、と言います。ヤノハは諦めず、自分を含めた大勢のために薬の作り方を教えてくれ、と改めて懇願します。

 話は現在に戻り、ヤノハ一行が津島国の都である三根(ミネ)に到着し、津島国のアビル王のいる館へと迎え入れられます。アビル王は日見子(ヒミコ)であるヤノハに表面的には敬意を表して下座におり、ヤノハに会えたことは幸甚の至りと伝えます。ヤノハはアビル王に、初めて中土(中華地域のことでしょう)を統一した偉大な王(始皇帝のことでしょう)が毎日飲んでいたものと同じ長寿の秘薬を届けに来た、と伝えます。光栄至極と言ったアビル王は、家臣に白湯を持ってくるよう命じ、ともに飲むようヤノハに勧め、護衛のオオヒコとアカメは焦ります。ヤノハはやや焦った様子で、アビル王にのみ飲んでもらいたい、と言いますが、日見子様(ヤノハ)には自分以上に長生きしてもらわねばならない、とアビル王に言われると、付き合おう、と答えます。ヤノハが先に飲んだのを確認したアビル王は自分も飲み、かすかに花の香りがする、と言い、末摘花(スエツムハナ、ベニバナの古語)が入っている、とヤノハはアビル王に教えます。この様子を見たオオヒコとアカメは、ヤノハが不老長寿の薬とされてきた毒薬ではなく、筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)の他の同盟国の王に渡したのと同じ、健康促進の薬を渡したのだろう、と一安心したようです。薬を飲み終えたアビル王はヤノハに、要望を伝えます。ヤノハは中土への使者派遣を考えているが、もし道が開かれたならば、中土からの全ての品々を見分する、一大率(イチダイソツ)の役を自分に授けてもらいたい、というわけです。同盟を結んでいる伊都(イト)国のイトデ王に、一大率の役を任せる、とすでに約束している(第46話)ヤノハは、返答に詰まります。前回アビル王は、ヤノハが自分の申し出を飲めば殺さないし、飲まねば死んでもらう、と家臣に伝えていましたが、その要求とは一大率への任命だったわけです。少し思案したヤノハは、一大率を伊都国のイトデ王に与えようと考えていたが、今、天照様が目の前に降り、アビル王こそ一大率に相応しいと仰っている、とアビル王に伝えます。アビル王は喜びを隠さず、残りの薬を飲み干し、誠心誠意励む、とヤノハに誓います。アビル王はさらに、以前から伺いたいことがあった、と前置きして、天照様が降る時、日見子様(ヤノハ)はどのような気持ちになるのか、とヤノハに尋ねます。オオヒコはアビル王に、その問いは無礼では、と咎めますが、ヤノハはそれを制して、アビル王は神を見て、神のお声を聞きたいわけですね、と尋ねます。アビル王は、誰もがそうだろうが、卑しき人である自分には無理な話だ、と答えます。するとヤノハは、方法はある、とアビル王に教えます。自分の学び舎(種智院)には、神を見て、声を聞くことのできる秘薬があった、というわけです。ヤノハ、その薬がここに入っている、と言って小さな薬入れをアビル王に見せます。ヤノハはアビル王に、天照様どころか、見たい神と自在に会える、と伝えます。見たい神と言われてすぐに思い浮かばない様子のアビル王にヤノハは、津島国に最初に降り立った神は天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ、北極星の神)で、津島の民が侵攻するのは天照様ではなく男神である天日神命(アメノヒノミタマノミコト)だ、と指摘します。今ここで試すか、とアビル王を誘ったヤノハは、自分もその秘薬を飲んだように見せて、アビル王に渡します。一息に飲むようヤノハから指示されたアビル王は、秘薬を一気に飲み、咳き込んだ後で、恍惚とした表情になり、何が見えたのかヤノハに問われると、世界が七色に見えて眩しく、天日神命が見える、と感激したような表情で答え、アビル王の重臣は唖然としてその様子を見ていました。

 ヤノハ一行は三根を出て、乗船します。オオヒコはヤノハに、ヤノハが毒を飲んだ時は心臓が止まる思いだった、と打ち明けます。ヤノハは、アビル王が必ず共に飲もうと言うはずと予想し、同盟国の他の王に配った末摘花の薬を上澄みにして二層にしていた、とオオヒコとアカメに真相を伝えます。アビル王に一大率を約束した真意についてアカメに問われたヤノハは、アビル王の背後に控えていた重臣二人の顔を見ると、そう言わねば自分たちは殺されていた、と答えます。アビル王を恍惚とさせたもう一つの薬について問われたヤノハは、それがモモソに伝えられた秘薬だった、と答えます。その秘薬はヒカゲシビレ(ヒカゲシビレタケという幻覚作用のあるキノコ)から作り、飲めば神が見え、その神は飲んだ者を無条件に褒めそやし、飲んだ者のあるがままを鼓舞する、とヤノハはモモソから教えられていました。では飲むべきだ、と喜んで言うヤノハを、だから飲んではいけない、とモモソは諭します。薬が切れると無気力になり、その薬に依存し、飲むのをやめられなくなり、わずかな間に「生きた死人」になるから、というわけです。ヤノハはる豆酘崎(ツツノミサキ)に戻って、トメ将軍を待つことにします。伊岐(イキ、現在の壱岐諸島でしょう)国のイカツ王と同族で、アビル王に誅殺された先代津島王のコミミ殿がアビル王を倒すことに同意したらどうするのか、オオヒコに問われたヤノハは、もちろん助ける、と答えます。同じ頃、三根ではアビル王がヤノハから渡された薬を恍惚とした表情で眺め、飲もうとしていました。アビル王は手強い相手だと言うオオヒコに、コミミ殿が挙兵する頃には、アビル王は廃人になっているだろう、とヤノハが語るところで今回は終了です。


 今回、山社のモモソがヤノハに殺害されたのは数年前と示されました。現時点で228年と推測されるので(第117話)、ヤノハがモモソに殺害されたのは225年頃、物語が始まり、ヤノハとモモソが出会ったのはその少し前ということになりそうです。序盤(第11話)の時点で、光武帝の時代の遣使は150年前、安帝の時代の遣使は100年前と語られていましたから、本作開始時点で207年頃だと推測していましたが、どうも223~225年頃に物語は始まったようです。そうすると、物語が始まった時点でヤノハは10代半ば~後半くらいに見えたので、誕生は207年頃でしょうか。そうすると、ヤノハは現在20歳くらいで、『三国志』から推測すると、240年代後半に40歳前後で死亡することになりそうです。まあ、ヤノハの最期がどう描かれるのか、まだ予想しづらいところですし、あるいは250年代にもヤノハは生きており、物語は続くのかもしれませんが。

 ヤノハとアビル王との駆け引きは、これまでに描かれてきたヤノハの知恵と度胸が活かされた、なかなか面白い場面になっていました。山社のモモソは序盤で死亡しましたが、その後も霊として度々ヤノハの前に現れる、今回は回想で登場するなど、やはり重要人物のようで、今後もたびたび登場しそうです。ヤノハが津島国の王を交代させた後で、暈の鞠智彦(ククチヒコ)がどう反応するのか、まだ筑紫島諸国の征服を諦めていない日下(ヒノモト)は今後どう動くのかなど、倭国内での物語の進展とともに、ヤノハや鞠智彦や日下が中土とどう関わってくるのかも、たいへん注目されます。

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