アジア南東部の人類の存在年代と関係

 アジア南東部の人類の存在年代と関係についての研究(Roberts et al., 2023)が公表されました。本論文は、アジア南東部の非現生人類(Homo sapiens)ホモ属である、ホモ・エレクトス(Homo erectus)とホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)とホモ・ルゾネンシス(Homo luzonensis)の存在年代、およびその関係について検証しています。ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスはホモ・エレクトスから進化した、との見解が有力だと思いますが(ホモ・フロレシエンシスについては、ホモ・エレクトスよりもアウストラロピテクス属的なホモ属的人類から進化した、との見解の方が有力かもしれませんが)、本論文は、この3分類群が時間的に重複している可能性を示しており、ホモ・エレクトスからホモ・フロレシエンシスおよびホモ・ルゾネンシスが進化したならば、異所性種分化か同所性種分化事象につながる行動過程の結果かもしれない、と指摘します。


●要約

 9万~6万年前頃のアジア南東部におけるホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスの存在は多くの人に驚きと受け止められ、独特な種としての分類と、その発見された島を退避地とすることを裏づけるのに用いられてきました。本論文は、ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスがホモ・エレクトスに対して、時間的に途切れず出現した、という帰無仮説を統計的に検証します。本論文は、新たな記録の例外性について、「不意打ち検定」を用いて、帰無仮説を統計的に検証します。その結果、ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスはホモ・エレクトスと比較して時間的に区別されない、と論証されます。

 したがって、ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスの存続は驚きとみなされるべきではなく、ホモ・エレクトスの時間的人家的範囲外にあると確実には推測できず、ルソン島とフローレス島は退避地として裏づけられません。同様に、ジャワ島のガンドン(Ngandong)の後期ホモ・エレクトスは、おもにアジア本土のそれ以前のホモ・エレクトスと時間的に異なるとは論証されません。さらに、ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスがホモ・エレクトスの予測される時間範囲外となる前には、かなりの数の化石発見が必要になるでしょう。ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスがホモ・エレクトス集団の子孫ならば、本論文の結果は、異所性種分化の地理的過程か、あるいは同所性種分化事象につながる行動過程のどちらかを示します。


●研究史

 ホモ・フロレシエンシス(関連記事)とホモ・ルゾネンシス(関連記事)は、例外的な化石発見を表しています。両種の発見はたいへん予想外で、アジア人東部の化石人類の珍しい事例を表しており、解剖学的に独特です。じっさい、解剖学的根拠に基づくと、両種をその祖先かもしれないホモ・エレクトス集団と比較して別種と分類することに強い議論があります(関連記事)。

 行動的観点でホモ・エレクトスからホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスを区別することは、より困難です。ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスは両方とも、おそらくは動物の屠殺と植物資源の処理のための便宜的な石器技術と関連しています。初期のホモ・ルゾネンシスも、同様の行動を示すかもしれません。アジアにおける他の行動の証拠は、ホモ・エレクトスの注目すべき例外(関連記事)を除いて全ての種で疎らですが、そうした事例は確かに、さまざまな探索努力の結果かもしれません。したか、これら3種【ホモ・エレクトスとホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシス】間の解剖学的違いは、それぞれのエネルギー収支や手先の能力や移動効率や認知過程や植生の重点に影響を及ぼしたでしょう。したがって、明確な考古学的証拠がない場合でさえ、その行動の少なくとも一部の側面における区別はあった可能性が高そうです。

 ひじょうに広範な水準でのみ考慮されてきたこれらの種間の違いの一つは、その時間的存在です。じっさい、ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスの後期の存在(9万~6万年前頃)が広く知られており、その重要性について認識されているにも関わらず、これがアジアにおけるホモ・エレクトスの時間的占拠および人口集団の分離の問題とどのような関連しているのか、調べた研究はありません。これらの問題は、ホモ・フロレシエンシスの最近の年代測定改訂(関連記事)や、ホモ・エレクトスがジャワ島のガンドン(Ngandong)において112500年前頃まで存続した、との発見(関連記事)の後では、さらに関連しています。そのため、この議論の現状は、より小柄な人類2種【ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシス】はホモ・エレクトスより4万年以上長く存続したと考えられているものの、この2種がどう関連しているのか、あるいはこの推測が信頼できるのかどうか、ということについての知識の重要性についてほとんど知られていない、というものです。

 これら3種【ホモ・エレクトスとホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシス】の時間的特徴について、いくつかの基本的問題が未解決になっており、アジアの化石記録の断片的性質を考えると、ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスの後期の存続は予期せぬものか、驚くべくものでしょうか?ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスは、後期更新世のホモ・エレクトスと時間的に分離できるでしょうか?ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスの後期の存続は、フローレス島(ホモ・フロレシエンシス)とルソン島(ホモ・ルゾネンシス)がこれらの人口集団にとって退避地として機能した、という見解を裏づけますか?

 これらの問題に取り組む潜在的手法は、以前の既知の標本と比較しての新たな存在の時間的例外性を評価するための、2005年の頻度論的検定に見いだすことができるかもしれません。じっさい、この手法が問うたのは、新たな記録はどれくらい驚くべきことか、ということです。この場合の「驚くべきこと」とは、αに対して定義されます(つまり、p<αならば、新たな発生は驚くべきことかもしれません)。この手法は以前に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の初期の事例の例外性、モーリシャス島沖合の沿岸島におけるドードーの存続性、運動記録の例外性、スコットランドにおけるヨーロッパケナガイタチの再発見の検定に用いられてきました。

 しかし、この研究の文脈では、最も関連する事例は、フランス南部のショーヴェ洞窟(Chauvet Cave)の旧石器時代芸術の調査です。当時、ショーヴェ洞窟は世界で最古となる精巧な洞窟壁画で、ヨーロッパ南部における次に古い年代の洞窟壁画より約5300年古い、と年代測定されていました。この根拠、つまり、他の洞窟芸術遺跡と比較しての時間的存在に基づくだけでは、ショーヴェ洞窟は大きな発見と考えられました。2005年の研究の分析では、ショーヴェ洞窟の芸術作品の年代への驚きは不当だった、と明らかになりました。本論文は、ホモ・エレクトスとそのより最近の近縁と推定されるホモ・フロレシエンシスおよびホモ・ルゾネンシスとの間の時間的関係の例外性を調べます。


●手法

 新たな記録の例外性についての統計的検定では関心は、新たな記録が以前の記録を生成した同じ過程により生成された、という帰無仮説の検定にあります。現在の仮定的状況では、これは、フローレス島のリアン・ブア(Liang Bua、略してLB)洞窟のホモ・フロレシエンシスの化石の存在は、アジアの他地域のホモ・エレクトスの記録と同じ過程により生成された、との帰無仮説の検証を意味します。じっさい、これは、ホモ・フロレシエンシスとホモ・エレクトスの化石となね人口集団が、少なくともその時間的関連の観点では、同じとみなすことができるのかどうか、検証することを意味します。同じ議論は、ルソン島北部のカラオ洞窟(Callao Cave)のホモ・ルゾネンシスおよびホモ・エレクトス化石の存在にも当てはまります。

 ホモ・フロレシエンシスおよびホモ・ルゾネンシスとと関連する年代とともに、アジアにおける最新のホモ・エレクトス化石の存在を特定することが必要でした(表1)。アジアにおけるホモ・エレクトスの長い時間的存在のため、調査の取り組みは100万年未満の存在に限定されました。これには、検証が良好な説明能力を有すると知られている範囲内でのkの維持という、追加の利点があります。人工遺物のみにより特徴づけられる遺跡から得られた年代測定の証拠は理論的に使用できますが、アジアにおける石器および屠殺遺跡についての強い種の関連がない場合、これは分析上の混乱をもたらすでしょう。

 唯一の例外はジャワ島のトリニール(Trinil)遺跡のの淡水貝(Pseudodon vondembuschianus trinilensis)の貝殻で(関連記事)、これは、決定的ではないものの、同じ場所から発見されたホモ・エレクトスの模式標本、およびアジア南東部の他の信頼できる年代測定のホモ・エレクトスの存在との関連のため、単一のモデル化された仮定的状況に含められました。いくつかの他の仮定的状況が、より弱い種の関連もしくは年代測定の不確実性のため調べられました。「ひじょうに曖昧な」もしくは「曖昧」ではあるもののホモ・エレクトスの関連ではない可能性が高そうな化石の存在は、除外されました。化石と関連する確実な年代がなかった場合、これらの存在も除外されました。年代が重複しない年代範囲で異なる化石の存在を表す限り、遺跡は複数回含めることができます。

 ホモ・フロレシエンシス(関連記事)とホモ・ルゾネンシス(関連記事)の時間的データは、それぞれの化石出土地のより最近の年代測定に由来します。ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスの両方では2点の年代が用いられ、それは分析の二つの解釈が実行されたことを意味します。最初は、各種の化石と関連する平均年代でした。ホモ・ルゾネンシスについては、先行研究で示されたように、これは第三中足骨と上顎歯について返された年代の平均でした。ホモ・フロレシエンシスについては、これはLB1とLB2とLB6の尺骨の平均年代で、化石層から年代測定された堆積物標本が伴います(注目すべきことに、石器と関連する年代測定された堆積物は含められません)。

 ホモ・エレクトスとの最小限のあり得る時間的間隙を調べた仮定的状況の提供のため、各種について最古の年代測定された個体標本も使用されました。ホモ・フロレシエンシスについては、これは化石堆積物の89000年前頃でしたが、ホモ・ルゾネンシスについては、66700年前頃の中足骨でした。フローレス島中央のソア盆地のマタ・メンゲ(Mata Menge)遺跡の70万年前頃となるホモ・フロレシエンシス化石(関連記事)は本論文では含められず、それは、関心の対象がホモ・フロレシエンシスの後期の存続だからです。初期ホモ・フロレシエンシス(70万年前頃)とホモ・エレクトスとの間の時間的重複は、充分に証明されています(図1)。以下は本論文の図1です。
画像

 本論文では、合計で5通りのホモ・エレクトスの存在の仮定的状況が調べられました。最初の4通りの仮定的状況は、ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスの年代の両方と比較して、時間的例外性について検証されました。ホモ・エレクトスの仮定的状況は、以下の通りです。(1)種同定および刊行された年代の確実な全てのホモ・エレクトス化石の存在は、信頼できるとみなせます。(2)種同定および刊行された年代の確実な全てのホモ・エレクトス化石の存在は信頼できるとみなせますが、例外はジャワ島のサンギラン(Sangiran)遺跡とガンドン遺跡です。この仮定的状況は、ホモ・フロレシエンシスおよびホモ・ルゾネンシスとアジア本土のホモ・エレクトスだけの間の存在の例外性を検証しました。(3)種同定および刊行された年代の確実な全てのホモ・エレクトス化石は信頼できるとみなせます。さらに、議論はあるもののホモ・エレクトスである可能性が高く、妥当ではあるもの確実ではない年代の化石も含まれます。(4)トリニールの年代測定された貝殻の追加を伴う、仮定的状況3の化石の存在です。第5のホモ・エレクトスの仮定的状況では、ホモ・フロレシエンシスもしくはホモ・ルゾネンシスに対する検証は行なわれませんでした。(5)仮定的状況3の化石の存在です。この場合、ホモ・フロレシエンシスもしくはホモ・ルゾネンシスの代わりに、ジャワ島のガンドン遺跡の最新の年代測定されたホモ・エレクトスの存在が、全ての他のホモ・エレクトス遺跡と比較しての時間的例外性について調べられます。

 t1>t2>・・・>tkで、kはホモ・エレクトスの最新標本から最古の標本に並べた順番です。2005年の研究では、これららは、ガンベル吸引域(Gumbel domain of attraction)の分布から生成された値のより大きな収集のkの最大値を表す、と仮定されます。ガンベル分布一般化された極値分布の一種を表し、さまざまな分布の最大値と最小値のモデル化に用いられます。より新しい標本がy年と仮定すると、対象はこのより新しい標本の例外性の評価に集中します。2005年の研究では、この新たな事例が以前の事例と同じ過程により生成された、との帰無仮説下で量が示されました。

 まず、2005年の研究の手法が、全ての記録の中心年代推定値に適用されました。しかし、ホモ・エレクトスの記録のほとんどは年代範囲により表されるので、年代推定値の不確実性に対処するため、再標本抽出手法も適用されました。全てのホモ・エレクトス標本の年代は、平均値として中央推定値を、中央推定値と範囲境界との間の差の半分を標準偏差として用いて、正規分布から無作為に抽出されました。そうした無作為に生成されたデータセットは2005年の研究で評価され、手順全体が1万回繰り返され、結果は全ての繰り返しにわたって平均値として表されました。中心年代と再度標本抽出手法が、ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスの年代の両一式で実行されました。

 次に、ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスが時間的に異なることを保証するにはどれくらい多くのホモ・エレクトス化石の発見が必要なのか、検証されます。アジアにおける比較的疎らな中期~後期更新世の人類化石記録と、既知の存在の間隔を考慮して、1もしくは複数の仮定的状況が有意なp値を返さないかもしれない、と予測されました。少ない穴だらけの化石記録、つまり、人類化石の発見に以前には多くの努力が注がれていたことは、主要分析の結果にどのように影響を及ぼすかもしれないのか、理解を助けるために、追加の無作為に発見されたホモ・エレクトス化石を用いて、第二の分析一式が実行されました。つまり、均一な分布を用いて、全ての5通りの仮定的状況について新たな無作為に年代測定されたホモ・エレクトス化石の存在を作成し、これらの「発見」がどれくらい多く、有意な結果が保証される前に必要だったのか、調べられました。

 ホモ・エレクトスの時間的範囲は変化させなかったので、新たに生成された化石の発見は、仮定的状況1と3と4では936000~1125000年前頃、仮定的状況2と5では936000~335000年前頃に限定されました(表1)。各仮定的状況について、追加の記録(k)を無作為に一つずつ増やし、次に例外性検定が再次項され、それぞれの新たな記録が格限定範囲内から標本抽出されました。一つの追加の「発見」後に検定が再実行され、最大1000点の新たな化石が発見されるとモデル化されるように、これは段階的過程で行なわれました。中央推定値データのみが用いられ、主要分析で概説された再標本抽出過程は実行されませんでした。

 kの増加の影響を避け、ホモ・エレクトスの記録における密度増加の影響のみに焦点を当てるため、10点の最新の記録のみが検定の各再実行で用いられました。これが意味するのは、追加の化石の「発見」が既存の10点の最新の記録より古い場合、新たな記録は分析では用いられないものの、記録の合計数は以前として1増加する、ということです。それぞれの仮定的状況で各kについてこの過程の1000回の繰り返しが実行され、全ての繰り返しで得られた中央値のp値が特定されました。これから、どのk値が中央値のp値<0.05になるのか、あるいは、換言するとどの、k値がp<0.05を示す繰り返しの50%超をもたらすのか、特定されました。

 これらの分析には、強調すべき二つの制約があります。第一に、新たに追加された記録は均一な分布から標本抽出されましたが、2005年の研究の手法では、記録はガンベル分布により特徴づけられる、と想定されています。第二に、全ての新たな記録は現在のホモ・エレクトスの時間範囲内に収まり、最新のホモ・エレクトスの記録と検証された「外れ値」記録との間に収まらない、という固有の仮定があります。現実世界の化石発見は、これら二つのモデル化された化石発見の仮定的状況と正確に一致する可能性は低そうです。すべての分析は、この分析用に作成されたコードを用いて、R大4.0.3版で実行されました。


●分析結果

 主要な分析における全てのモデル化された仮定的状況は、α(つまり0.05)より大きいp値を返し(表2)、ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスの後期の存続は、既知のホモ・エレクトス化石の存在と比較して、驚くべきこと若しくは予想外ではない、と示唆されました。アジア本土のホモ・エレクトス化石に対してホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスを調べた仮定的状況2が、最も有意性に近くなりました。ガンドン遺跡におけるジャワ島の後期ホモ・エレクトスの存在も、それ以前のおもにアジア本土のホモ・エレクトスの存在と比較して、驚くべきものと考えることはできません。全ての仮定的状況で、この検定の平均推定値と再標本抽出の解釈は、その結果において密節に一致していました。

 時間的に驚くべきとみなされるために、ホモ・フロレシエンシスかホモ・ルゾネンシスかガンドン遺跡のホモ・エレクトスに必要な新たなホモ・エレクトス化石の発見数は、全ての事例でかなりの数でした(表3)。仮定的状況2は最小の要求数を示しており、ホモ・フロレシエンシスもしくはホモ・ルゾネンシスについて用いられた年代に応じて、その範囲は33~40点の新たな化石でした。仮定的状況5も同様で、ガンドン遺跡における存在が時間的にそれ以前のホモ・エレクトスとは異なる前に、追加の46点のホモ・エレクトス化石の発見が必要です。仮定的状況1と3と4では、304~700点に及ぶ新たな化石発見数のかなりの増加が必要でした。


●考察

 アジアにおける後期更新世化石人類の存在の時間的特徴に関するこれらの問題は、上述の研究史で提起されました。各問題は、年代測定された存在の既知の標本と比較して新たな発見の時間的例外性評価のための2005年の研究の検定を用いて対処されました。その結果は、ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスの後期の存続は、ホモ・エレクトスの化石記記録と比較して、驚くべきで若しくは予想外とみなすべきではない、と論証している点で一致します(表2)。換言すると、ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスはホモ・エレクトスの予測される時間的範囲外にはいません。したがって、これら9万~6万年前頃となる小柄な人類種の発見は、アジアにおけるホモ・エレクトス化石により確立されたより広範な時間的分布内に当てはまります。

 この結果からさらに、その時間的存在の観点では、これらホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスの存在は現時点で、両者が別の人口集団に属するものとしてホモ・エレクトスと充分に異なると現時点でみなすことはできない、と示唆されます。つまり、ホモ・エレクトスとホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスの区分について解剖学的主張を捨て去るならば(本論文はそうしませんが)、ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスの化石は化石存在の同じ時間的単位、したがってホモ・エレクトスと同じ種に属す、という帰無仮説を論駁できないでしょう。じっさい、人類を含む密接に関連する生物の明確な個体群もしくは種を定義する一つの方法(関連記事1および関連記事2)は、「発見」の時間的特徴を介することです。これは部分的には、遺伝的変異が経時的に蓄積するからで、個体群間の時間的区別が大きくなるほど、遺伝的区別も大きくなります。

 「発見(この場合は化石の存在)」の異なるクラスタ(まとまり)が統計的手法を用いて時間的に区別できるならば、それ以前の個体群は別種に属ているか、絶滅したかもしれないか、個体数が激減した可能性があるか、特定の地域に残った、との見解への裏づけとなり、完全に分離および/もしくは遺伝的に異なる個体群がその後の年代で証明されます。現在の状況において、有意な時間的間隙がより小柄な人類2種【ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシス】とホモ・エレクトスとの間で特定されたならば、これは時間的に別々の人口集団としての命名の裏づけになるでしょう。次に、別種としての命名への追加の裏づけとなります。したがって、本論文の結果から、ホモ・エレクトスとホモ・フロレシエンシスもしくはホモ・ルゾネンシスとの間の種水準の違いを判断するさいに、時間的証拠は解剖学的証拠への追加に用いられるべきではない、と示唆されます。

 本論文の結果から、これら3人口集団【ホモ・エレクトスとホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシス】はアジア南東部の後期更新世の一時期に共存していたかもしれない、と示唆されます。これは、2つのより小柄な人類【ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシス】が、時間的孤立を含む進化的過程により進化してきた可能性を減少させ、9万~6万年前頃までホモ・エレクトスとのある程度の相互作用を示唆しているかもしれません。ホモ・フロレシエンシスの場合、ホモ・エレクトスとの相互作用の可能性は、65万年以上存在していたかもしれません。したがって、本論文の結果(現在の化石証拠により情報が得られます)は、地理的孤立(異所的種分化)もしくはホモ・エレクトスからのホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスの同所的種分化につながる人口集団分岐を促進した、行動的要因を示しています。あるいは本論文の結果は、ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスはホモ・エレクトスその子孫ではないものの、まだ特定されていない化石種の子孫である、と提案する(関連記事)仮定的状況とも一致するでしょう。

 後期更新世におけるこれらの種間の明確な時間的分離の欠如について、二つの説明が可能で、これらのどの代替的な進化的仮定状況が正しいのか最終的に判断するのに影響を及ぼします。現在のアジアの化石記録は、更新世における格人口集団の時間的範囲の性質を正確に示しているかもしれません。つまり、これら3種は更新世数に同時に存在しており、それぞれジャワ島(ホモ・エレクトス)とフローレス島(ホモ・フロレシエンシス)とルソン島(ホモ・ルゾネンシス)に限定されていたかもしれません。仮定的状況5の結果からさらに、ジャワ島のガンドン遺跡における後期ホモ・エレクトス化石の存在は現時点で、それ以前のおもにアジア本土のホモ・エレクトスと比較して、時間的に異なる人口集団とはみなすべきではない、と示唆されます。これは、後期更新世において、アジア本土とマレー諸島におけるホモ・エレクトスの存在を示唆しているかもしれません。

 あるいは、アジアの人類化石記録は現時点で、ホモ・エレクトスの時間的特徴の信頼できる理解を得るにはあまりにも穴が多すぎるのかもしれません。これが意味しているかもしれないのは、本論文の分析は現時点の証拠に基づいて最も妥当な仮定的状況を提示しているものの、これは追加の発見につれて変わるかもしれない、ということです。じっさい、より多くの化石が発見されて年代測定されるにつれて、ホモ・エレクトスの化石記録における間隙が埋められていく、と期待できます。ガンドン遺跡における次のホモ・エレクトスの存在への間隙が大きく縮小すれば、ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスまでの5万~2万年の間隙が有意になる可能性は高くなるでしょう。たとえば、ガンドン遺跡と13万年前頃の間の4ヶ所の新たな遺跡が発見されれば、結果は有意性に近づき始めるでしょう(たとえば、仮定的状況1では、平均年代と中央推定値と130000~112500年前頃となる4ヶ所の無作為に標本抽出された新たな遺跡ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスについてそれぞれp値0.117と0.072が返されます)。サンブンマチャン(Sambungmacan)およびガウィ(Ngawi)遺跡がこの期間と確実に年代測定された場合(その年代の不確実性のため、本論文の分析からこの両遺跡は除外されました)、そうした仮定的状況は現実化するかもしれません。今度はこれが、小柄な2種【ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシス】はホモ・エレクトスの時間的範囲と比較して予期せぬ年代まで存続した、と示唆するより堅牢な根拠を提供するでしょう。

 追加の化石発見が現時点での推測を覆すかもしれないのかどうか(ホモ・エレクトスの現在の時間的範囲は変化しないと仮定して)理解するのを助けるため、既存の時間的境界内での無作為に年代測定されたホモ・エレクトス化石の存在の発見がモデル化されました。これは、追加の化石一つの発見後に不意打ち検定が再実行されるよう、段階的過程で行なわれました。これは、有意なp値が返され、ホモ・エレクトスかホモ・フロレシエンシスかガンドン遺跡のホモ・ルゾネンシスが主要なホモ・エレクトスの存在から時間的に区別され始めるまで、繰り返されました。この過程はそれぞれの仮定的状況内における各k(記録)で1000回実行され、どのk値が中央p値<0.05になるのか、特定されました。この技術を用いて、別の304~700点のホモ・エレクトス化石の発見が、ホモ・フロレシエンシス(304点)とホモ・ルゾネンシス(700点)がホモ・エレクトスの現在の時間的範囲から時間的区別されるとみなせる前に必要でした。この例外的に多い必要な数は、上述の推測を強化し、現在の発見率を考慮すると、これら3種【ホモ・エレクトスとホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシス】はその時間的区別の裏づけに明確な証拠を決して示さないかもしれない、と示唆します。後者の点は、112500年前頃未満と年代測定されるかもしれない将来のホモ・エレクトスの発見(本論文ではモデル化されませんでした)により、強化されます。

 アジア本土(もしくは主に本土)のホモ・エレクトスと、ホモ・フロレシエンシスおよびホモ・ルゾネンシスおよびガンドン遺跡のホモ・エレクトスとの間の時間的不連続性はより大きく(仮定的状況2と5)、わずか33~46点の新たな化石の発見が必要です。それにも関わらず、これは現在の発見率と比較して多い数とみなされ、現時点では、化石記録はマレー諸島におけるこの3種【ホモ・エレクトスとホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシス】すべての後期の存続が、アジア本土におけるホモ・エレクトスの予測される時間的範囲内に収まると示唆している、と考えられます。

 本論文の化石発見模擬実験は、重要な2点を強調します。第一に、アジアの化石記録は現時点でひじょうに穴が多く、追加のモデル化なしでホモ・エレクトス化石の遺跡が、確実に定義される「起源」もしくは「消滅」の年代を示す前に、かなりの数の発見が必要です。第二に、これらの模擬実験は、現時点で、ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスがホモ・エレクトスと比較して時間的に異なる、と示唆することがいかに信頼できないか、論証します。これは、より最近の(より新しい)ホモ・フロレシエンシスおよびホモ・ルゾネンシス化石が将来発見されないだろうことを意味してえらず、現在のホモ・エレクトスの範囲も変わらなければ、そうしたより新しい発見は、前者(ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシス)が後者(ホモ・エレクトス)の予測される時間的範囲外にあることを論証できるかもしれません(つまり、ホモ・エレクトスと、より新しいホモ・フロレシエンシスおよびホモ・ルゾネンシスとの間の相対的な間隙は増加します)。

 明確にしておきたいことですが、本論文は、ホモ・エレクトスが9万~6万年前頃に生存していたかもしれない、とは論証していません。これを提案するには、他の技術が必要でしょう(関連記事)。不意打ち検定が行なったことは、現在の化石記録を考えると、ホモ・エレクトス化石が将来これらの年代【9万~6万年前頃】で観察されていも驚くべきことではないだろう、と論証しています。これは、現時点で、ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスがホモ・エレクトスよりも後に存続した、と確実に述べられないことを意味している、と推測されます。2021年の研究は、これが行動および生物学的進化の理解に及ぼすかもしれない影響を詳細に論じています。本論文の結果は、人類集団の出現と消滅と存在と欠如を理解するために、固定された境界として既知の化石のうち最古のものを使うことから離れるべきである、という2021年の研究の忠告を補強します。

 最後に、ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスの後期の存在は、フローレス島(ホモ・フロレシエンシス)およびルソン島(ホモ・ルゾネンシス)がこれらの種にとって退避地として機能した、との仮説の裏づけに使用すべきではありません。それは、フローレス島とルソン島が退避地(アジアの他地域もしくは他の人類種からの生態学的変化)ではなかったことを意味しておらず、単純に、時間的データがこの推測を裏づけない、と意味しています。この結論は、ホモ・フロレシエンシスおよびホモ・ルゾネンシス化石の存在が、ジャワ島や中国における他の化石人類の存在につながったのと同じ過程により発生するかもしれない限り、上述の同じ論理に従います。ウォレス線を含めて地理的および地形的および生態学的要因は依然として、島嶼部(およびより広範な地域)が退避地として機能した、との提案を裏づけるかもしれません。

 本論文は把握している限りでは、古人類学内における2005年の研究の時間的例外性検定の最初の適用です。化石の発見がその種の最古および最新のものとして大騒ぎになるかもしれない分野では、不意打ち検定は時間に基づく派手な誇示が正当なのかどうか評価するための経路を提供します。より重要なことに、この手法は時間的に断片化された化石発見のある種と属の個体群構造評価の方法を提供します。したがって、不意打ち検定は、既存の人類化石の存在を用いて、さまざまな種が存在した時代と場所の理解を改善できる、統計学的手法数の増加に加わります。

 結論として、本論文では、現在のアジアの化石記録における時間的間隔が、ホモ・エレクトスの予測される時間的範囲外でホモ・フロレシエンシスもしくはホモ・ルゾネンシスが存続していた、と確実に示しているわけではない、と論証されます。換言すると、フローレス島のリアン・ブア洞窟とルソン島のカラオ洞窟はこの地域における非現生人類化石の最新の存在ではあるものの、ホモ・エレクトスの化石記録がどれだれ断片化されているのか考えると、これらの種間の時間的区別の推測に確実に使用することはできません。本論文の結果は、ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスがホモ・エレクトス人口集団の直接的子孫である場合でさえ、異所性種分化の地理的過程か、同所性種分化事象につながる行動的過程の変化を示しています。あるいは、本論文の結果は、ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスの別の化石祖先を示唆する仮定的状況とも一致するでしょう。将来、追加の化石が発見されれば、これらの仮定的状況のうちどれの可能性がより高いか判断可能になるかもしれませんが、本論文の分析は、これにはかなりの数の発見が必要かもしれない、と示します。


参考文献:
Roberts DL. et al.(2023): Homo floresiensis and Homo luzonensis are not temporally exceptional relative to Homo erectus. Journal of Quaternary Science, 38, 4, 463–470.
https://doi.org/10.1002/jqs.3498

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