ケブカサイのミトコンドリアDNAデータ
絶滅したケブカサイ(Coelodonta antiquitatis)のミトコンドリアDNA(mtDNA)データを報告した研究(Yuan et al., 2023)が公表されました。ケブカサイは寒冷適応の大型草食動物で、後期更新世においてユーラシア北部全域に広範に分布しており、14000年前頃に絶滅し、人為的影響の点でも注目されます。本論文は、ケブカサイ標本のmtDNAを解析し、既知のデータとの比較により、現在の中国北部がケブカサイにとって退避地だった可能性を指摘します。完新世と比較して気候が不安定で、寒冷な時期も珍しくなかった更新世において、ヒトも含めて動物の多くの分類群は、生息範囲を時に縮小させ、退避地で生き残り、好適な気候条件の到来とともに拡大したことが珍しくなかったのでしょう。
●要約
ケブカサイは、中期~後期更新世において北半球に広く分布した寒冷期の気候の典型的指標です。中国北部から多くの化石が発掘されてきましたが、その系統発生的地位や種内多様性や系統地理的構造は依然として曖昧です。この研究では、中国北部の後期更新世のケブカサイから4点のミトコンドリアゲノムが生成され、刊行されているデータと比較されました。ベイズ分析および網絡分析(network analyses)から、分析された個体には少なくとも4系統の母方のハプログループが含まれており、中国の標本はそのうち3系統に収まる、と示唆されます。本論文の標本のうち1点は、以前には特定されていなかった初期の分岐クレード(単系統群)であるmtDNAハプログループ(mtHg)Dに属しており、このmtHgは他のケブカサイのmtHgとは57万年前頃(95%信頼区間では76万~41万年前)に分離しました。このクレードの起源の時期は、ヨーロッパで進化したと考えられている、ケブカサイの最初の出現と一致します。
本論文の他の標本はmtHg-Cでクラスタ化し(まとまり)、これは以前にはアラスカ南東部のアレクサンダー諸島のランゲル島(Wrangel Island)の標本1点(ND030)でのみ確認されており、当初は孤立したクレードと考えられていました。このため、本論文の調査結果から、ND030は中国北部のmtHg-Cを有する個体の北方への拡散の子孫である可能性が高い、と示唆されます。さらに、中国のケブカサイ標本は、シベリアのケブカサイよりも高いヌクレオチド多様性を示します。本論文の調査結果は、更新世ケブカサイの潜在的退避地および重要な進化の中心地としての中国北部を浮き彫りにします。
●研究史
ケブカサイは絶滅したケブカサイ属の一種で、寒冷な気候にとくによく適応し、中期~後期更新世(46万~12000年前頃)にかけて北半球に広く分布し、その範囲はヨーロッパ西部からシベリア北東部に及びます。早くも数万年前には、ケブカサイはヒトと密接に関係し、多くの像が一部の洞窟で発見されてきました。「マンモス・ケブカサイ動物相」の象徴的要素の一つとして、ケブカサイは多くの先行研究で形態学的に調べられてきました。後期更新世ユーラシアのケブカサイの形態計測媒介変数はすべて種内差異の範囲内に収まる、と一般的に受け入れられています。中国北部とシベリアの後期更新世ケブカサイの形態学的特徴の分析により中国の個体群はシベリアの近縁個体群の子孫である、と先行研究は示唆しました。
古代DNAは、サイ科におけるケブカサイの系統発生的位置への洞察を大きく改善してきました(関連記事)。遺伝学的データから、絶滅したケブカサイは、現生のクロサイ(Diceros bicornis)やシロサイ(Ceratotherium simum)やインドサイ(Rhinoceros unicornis)やジャワサイ(Rhinoceros sondaicus)といった4分類群よりも、現存のスマトラサイ(Dicerorhinus sumatrensis)の方と密接に関連している、と裏づけられています。絶滅したサイのうち、ケブカサイはシベリアユニコーン(Elasmotherium sibiricum)とよりもニッポンサイ(Stephanorhinus kirchbergensis)の方とより密接な関係を示します。
ケブカサイの種内の遺伝的多様性に関しても最近のミトコンドリア研究はシベリアの標本群から母系3系統を検出しており、そのうちの標本1点(ND030)はランゲル島から発見され、較正年代は39652±952年前(以下、明記しない場合は基本的に較正年代です)で、同じもしくは近隣地域から発掘された他の個体と分離する遺伝的に異なるクレードを形成します。これまでのところ、この謎めいたケブカサイ単系統群(クレード)の地理的起源と過去の分布について、ほとんど知られていません。
ケブカサイ属の構成員は、中国での長い歴史を経ました。ケブカサイ属の最初の既知の代表である370万年前頃のチベットケブカサイ(Coelodonta thibetana)は、現在の中華人民共和国チベット自治区のツァンダ(Zanda)県に生息していました。後期更新世には、ケブカサイは中国北部に広く分布していました。残念ながら、これまで数点の短いmtDNA断片だけが中国の標本から回収されてきており、予備的な評価では、中国の個体群はシベリアのケブカサイ属と密接な関係を示す、と示唆されています。この研究では、中国北部から収集された後期更新世のケブカサイ16個体から4点のミトコンドリアゲノムが生成されました(図1)。以下は本論文の図1です。
本論文は、これらの配列を以前に刊行されたデータと組み合わせて、利用可能な中国のケブカサイの母方の系統発生的地位を調べるため、この種(ケブカサイ)の種内分岐を洗練し、さまざまなmtHgの分岐年代を推定しました。本論文は、アジアのさまざまな地域から得られた後期更新世ケブカサイ標本のヌクレオチド多様性も計算しました。これらを組み合わせると、本論文の調査結果は、中国のケブカサイの分子進化への新たな洞察を提供し、この絶滅したケブカサイの過去の画策自称のより深い理解に寄与します。
●ミトコンドリアゲノム
中国北部の後期更新世ケブカサイ標本から4点のミトコンドリアゲノムが生成され、呼び出し可能な塩基は12660~16233塩基対で、平均深度は3.31~20.60倍です。DNA断片は、古代DNAの特徴と一致する、5′末端におけるシトシン(C)からチミン(T)への脱アミノ化率の上昇と、短い平均長(56~74塩基対)を示します。標本CADG739の年代は44535~43349年前頃(較正年代の中央値は43942年前)で、他の標本3点(CADG744とCADG900とCADG912)は較正範囲(48000年前頃)を超えています。BEASTでの分子時計分析を用いると、各標本の中央値の年代はそれぞれ、62453年前と51721年前と59810年前です。
●ベイズ系統樹
ミトコンドリアゲノムの11704塩基対に基づくベイズ系統樹では、分析されたケブカサイ個体は4系統のよく裏づけられたmtHgに分類される、と示唆されます(図2)。mtHg-AおよびBは、シベリアのヤクーチア(Yakutia、サハ共和国)およびチュクチ(Chukotka)の標本により表され、これは先行研究(関連記事)と一致します。中国北部の標本4点のうち3点、つまりCADG739とCADG900とCADG912は、以前にはランゲル島の1個体(ND030)のみで表されていたmtHg-Cでクラスタ化します。中国北部の他の標本1点(CADG744)は、他の全てのケブカサイの基底部に位置する新たに特定されたmtHg-Dとして際立っており、強い裏づけ(100%の事後確率)があります。以下は本論文の図2です。
特定されたケブカサイのmtDNAの分岐年代を推定するため、起源および先端年代測定手法を用いてベイズ系統樹が計算され(図2)、以前の推定より低い、1年に1ヶ所の部位あたり6.90×10⁻⁹の置換(95%信頼区間では1年に1ヶ所の部位あたり5.56×10⁻⁹~8.47×10⁻⁹)というミトコンドリアゲノムの平均変異率が得られました。ニッポンサイとケブカサイとの間の分岐年代は555万年前頃(95%信頼区間では656万~464万年前)と推定され、これはミトコンドリアゲノムを用いての先行研究の推定に近いものです。
分析されたケブカサイ標本の最新共通祖先(the most recent common ancestor、略してtMRCA)の年代は、57万年前頃(95%信頼区間では76万~41万年前)と推定されています。mtHg-BとmtHg-A/Cとの間の分岐は40万年前頃(95%信頼区間では51万~30万年前)に起き、mtHg-AとmtHg-Cとの間の分離は33万年前頃(95%信頼区間では43万~25万年前)と推定され、これは先行研究(関連記事)より古くなります。さらに、mtHg-CのtMRCAの本論文の推定値は20万年前頃(95%信頼区間では27万~13万年前頃)です。
●中央結合網絡分析
中国のケブカサイの遺伝的多様性を完全に調べるため、中国北部のケブカサイのより多くの配列が塗り替えられ、563塩基対の部分的なシトクロムb(cytochrome b、略してcyt b)遺伝子に基づいて、中央結合網絡分析(Median-joining network analysis)が実行されました。BEAST分析と同一のパターンが生成され、4系統の母方のmtHgが特定されました(図3)。先行研究の中国の標本4点を含めて、合計8個体の中国のケブカサイは7通りのハプロタイプを形成し、3系統のmtHg(BとCとD)に収まります。先行研究の標本1点(HS12)はmtHg-Bでシベリアの個体とクラスタ化します。中国の標本8点のうち6点は、mtHg-Cに分類されます。標本CADG744は別の系統に属し、11704塩基対のミトコンドリアゲノム配列に基づくベイズ分析と一致します。以下は論文の図3です。
●ヌクレオチド多様性
ヌクレオチド多様性推定から、中国北部のケブカサイはシベリアのヤクーチアおよびチュクチ(ランゲル島の個体ND030を含みます)より相対的な高いヌクレオチド多様性を有している、と明らかになります。
●中国北部の深く分岐したケブカサイ単系統群
本論文では、ベイズ分析および網絡分析の両方から、分析されたケブカサイには4系統の異なる母系クレード(単系統群)が散在する、と示唆されます。とくに、初期に分離した母系クレード(つまり、mtHg-D)が系統発生分析で新たに検出されます(図2および図3)。この古代のケブカサイ単系統群(クレード)は本論文では標本1点のみで表されていますが、いくつかの深く分岐したミトコンドリアもしくは核クレードが中国北部の後期更新世の大型草食動物および肉食動物で確認されてきており、たとえば、オーロックス(Bos primigenius)やステップバイソン(Bison priscus)やドウクツハイエナのアジア亜種(Crocuta crocuta ultima)やトラ(Panthera tigris)などです。さまざまな種のこれら異なる古代のクレードは同じ地域で長い進化史を経ており、中国北部は一部の第四紀哺乳類にとって退避地を表していたかもしれない、と示唆されます。
したがって本論文では、ダイワン気の気候および環境変化の圧力下での哺乳類の長期の占拠と移動と進化の調査において、この地域(中国北部)は多発域(hot-spot)の一つだろう、と提案されます。本論文の調査結果は、ケブカサイのmtHg-Dの起源と拡散に関する別の興味深い問題を提起します。化石遺骸に依拠して古生物学者は、ケブカサイ属の最古となる既知の代表であるチベットケブカサイ(370万年前頃)は中国西部のツァンダ盆地に起源があり、中国北部の泥河湾(Nihewan)盆地と臨夏(Linxia)盆地と共和(Gonghe)盆地の250万年前頃となる泥河湾サイ(Coelodonta Nihowanensis)へと進化した、と示唆してきました。その後、泥河湾サイは次第にロシアの西トランスバイカルで75万年前頃となるケサイ(Coelodonta tologoijensis)へと進化しも最終的にヨーロッパで46万~40万年前頃にケブカサイに進化しました。
本論文のベイズ分析はケブカサイのtMRCAを57万年前頃(95%信頼区間では76万~41万年前)と推定しますが、ケブカサイの利用可能な最初の出現は46万年前頃です。一般的に、分子推定の分岐年代は種の出現より早くなります。したがって本論文では、この深く分岐したクレードはケブカサイの最初の出現後すぐの個体群を表しているかもれず、後にその個体群はアジアへと拡散し、少なくとも6万年前頃までに中国北部に生息していた、と提案されます。あるいは、系統発生(図2および図3)およびヌクレオチド多様性を組み合わせると、本論文の結果は、ケブカサイの起源について代替的な仮定的状況も強く裏づけます。それは、この絶滅したケブカサイは恐らくヨーロッパではなく中国北部で進化した、というもので、これは将来の研究でさらに調査が必要です。
●ケブカサイのmtHg-Cの地理的分布モデル
mtHg-Cはランゲル島の標本1点(ND030、年代は39652±952年前)でまず分子的に同定され、孤立したクレードと考えられました。興味深いことに、本論文で新たに報告された標本4点のうち3点はmtHg-Cに分類され(図2および図3)、このクレードの既知の地理的近位を大きく拡張します。ランゲル島がユーラシア大陸部と10500年前頃までつながっていたことを考えると、mtHg-Cのあり得る地理的分布モデルは、以下の2通りの可能性で解釈できます。(1)一方は、mtHg-Cは当初、中国北部および近隣地域に限定されており、mtHg-Cの最新の個体であるランゲル島標本(ND030)は恐らく、中国北部からの個体群のその後の北方への拡散の子孫でした。(2)代替的な可能性は、mtHg-CはmtHg-Aからの分離(33万年前頃)後に一貫してアジアの広大な地域、少なくとも中国北部から極東シベリアのランゲル島までを占めていた、というものです。
より多くの中国の標本を含むもののより短いデータ一式を含む網絡分析ではmtHg-Cは少なくとも6万~4万年前頃には中国北部で支配的なmtHgだった可能性が高そうです。多くの遺伝子配列がランゲル島および近隣のシベリア本土の標本から回収されてきましたが、特定のランゲル島標本ND030(39652±952年前)を除いて、mtHg-Cに属すると検出された標本は存在しませんでした。上述の後の地理的に広い分布モデルと比較すると、本論文では、前者(1)の拡散の仮定的状況がアジア東部および北東部における後期更新世ケブカサイのじっさいの状態を反映しているかもしれない、と示唆されます。mtHg-C個体群のtMRCAは、20万年前頃(95%信頼区間では27万~13万年前頃)と推定されます。したがって本論文では、遺伝的に異なるmtHg-Cのケブカサイはおそらく中期更新世後期以降に中国北部に生息しており、それは温暖化する気候での北方への拡散事象を経ていて、既知の最北東の出現に到達した、と示唆されます。つまり、ランゲル島には遅くとも4万年前頃には到達しており、ランゲル島標本(ND030)は中国北部に起源があるはずだ、というわけです。
●中国北部におけるケブカサイの進化中心地の可能性
系統地理学的調査から、進化の中心地の個体群は移動先の地域よりも豊富な遺伝的多様性を示す傾向にある、と示唆されます。シベリア北東部は以前に、後期更新世ケブカサイの進化の中心地として提案されました。本論文の調査結果から、中国北部は恐らく更新世ケブカサイのもう一つの進化の中心地だった、と示唆されます。本論文の網絡分析結果から、中国の標本は特定された4系統のmtHgのうち3系統に分類され、分析された中国の標本の合計8点は7つのミトコンドリアハプロタイプに分類されるものの、5つのミトコンドリアハプロタイプのみがシベリアの18点の標本で特定された、と明らかになります(図3)。これが示唆しているのは、後期更新世の中国のケブカサイはシベリアの同時代のケブカサイと比較して、ハプロタイプの高い多様性により特徴づけられる、ということです。さらに、基底部の分岐を表すクレード(mtHg-D)のケブカサイが中国北部に生息していました(図2)。したがって本論文はこの地域を、ケブカサイの重要な進化の中心地として強調し、中国北部の標本はケブカサイ種の進化の調査に重要な役割を果たします。
上述のように、シベリアよりも高いヌクレオチド多様性の水準が中国北部で検出され、これは後期更新世において中国北部に生息したケブカサイの大きな個体群規模を示唆しているかもしれません。それは、この地域におけるさまざまな遺跡から発掘された多くの化石資料により確証されます。しかし、分析された中国の標本の年代が全て4万年以上前であるのたに対して、シベリアのほとんどのヤクーチアおよびチュクチ個体が4万年前頃より新しいことにも要注意です。したがって、これらの標本におけるヌクレオチド多様性は、後期更新世末にケブカサイが絶滅した時のヌクレオチド多様性の喪失もおそらく反映しています。
さらに、多くの分子研究では、中国北部の「マンモス・ケブカサイ動物相」の構成員がそのシベリアの近縁分類群と密接に関連している、と実証されています。最近の古代遺伝学的分析では、ユーラシア絶滅シマウマ(Equus ovodovi)やステップバイソンやシカ科ノロ属種(Capreolus spp.)やシベリアアカシカ(Cervus elaphus)やカシミールアカシカ(Cervus hanglu)やワピチ(Cervus canadensis)など、一部の絶滅もしくは現存種は気候もしくは植生が変化すると中国北部とシベリアの間を拡散した、と推測されています。本論文の調査結果から、検出されたケブカサイの4系統のmtHgのうち少なくとも2系統(つまり、mtHg-BおよびC)は中国北部とシベリアの標本により共有されている、と明らかになります(図3)。先行研究が示唆したように、中国北部のケブカサイ標本はシベリアの個体群と広範に相互作用していました。中国北部をケブカサイの長期の退避地および重要な進化地として確証するには、この地域のさまざまな時空間的標本の追加のゲノムが必要で、とくに核DNAは、将来ケブカサイの包括的な分子進化を推測するのに貴重です。
●まとめ
この研究は、中国北部で発掘された後期更新世ケブカサイの4点のミトコンドリアゲノムの生成に成功しました。系統発生分析から、本論文で新たに提示された標本1点は異なる分岐したクレードを形成した、と明らかになり、これは恐らくはブカサイの最初の出現後ほぼすぐの最初の分岐クレードを表しています。本論文で新たに提示された他の3点の標本は、最初にランゲル島の標本1点により表される別のクレード内でクラスタ化します。本論文の調査結果は、このクレードの古代における北方への拡散を示唆し、既知の地理的範囲を大きく拡張します。さらに、利用可能な分子データから、中国のケブカサイはシベリアのケブカサイよりも高い遺伝的多様性を示す、と示唆されます。多数の化石資料を総合すると、本論文の遺伝的データから、中国北部は更新世ケブカサイの進化において重要な役割を果たした、と推測されます。
参考文献:
Yuan J. et al.(2023): Ancient mitogenomes reveal a high maternal genetic diversity of Pleistocene woolly rhinoceros in Northern China. BMC Ecology and Evolution, 23:56.
https://doi.org/10.1186/s12862-023-02168-0
●要約
ケブカサイは、中期~後期更新世において北半球に広く分布した寒冷期の気候の典型的指標です。中国北部から多くの化石が発掘されてきましたが、その系統発生的地位や種内多様性や系統地理的構造は依然として曖昧です。この研究では、中国北部の後期更新世のケブカサイから4点のミトコンドリアゲノムが生成され、刊行されているデータと比較されました。ベイズ分析および網絡分析(network analyses)から、分析された個体には少なくとも4系統の母方のハプログループが含まれており、中国の標本はそのうち3系統に収まる、と示唆されます。本論文の標本のうち1点は、以前には特定されていなかった初期の分岐クレード(単系統群)であるmtDNAハプログループ(mtHg)Dに属しており、このmtHgは他のケブカサイのmtHgとは57万年前頃(95%信頼区間では76万~41万年前)に分離しました。このクレードの起源の時期は、ヨーロッパで進化したと考えられている、ケブカサイの最初の出現と一致します。
本論文の他の標本はmtHg-Cでクラスタ化し(まとまり)、これは以前にはアラスカ南東部のアレクサンダー諸島のランゲル島(Wrangel Island)の標本1点(ND030)でのみ確認されており、当初は孤立したクレードと考えられていました。このため、本論文の調査結果から、ND030は中国北部のmtHg-Cを有する個体の北方への拡散の子孫である可能性が高い、と示唆されます。さらに、中国のケブカサイ標本は、シベリアのケブカサイよりも高いヌクレオチド多様性を示します。本論文の調査結果は、更新世ケブカサイの潜在的退避地および重要な進化の中心地としての中国北部を浮き彫りにします。
●研究史
ケブカサイは絶滅したケブカサイ属の一種で、寒冷な気候にとくによく適応し、中期~後期更新世(46万~12000年前頃)にかけて北半球に広く分布し、その範囲はヨーロッパ西部からシベリア北東部に及びます。早くも数万年前には、ケブカサイはヒトと密接に関係し、多くの像が一部の洞窟で発見されてきました。「マンモス・ケブカサイ動物相」の象徴的要素の一つとして、ケブカサイは多くの先行研究で形態学的に調べられてきました。後期更新世ユーラシアのケブカサイの形態計測媒介変数はすべて種内差異の範囲内に収まる、と一般的に受け入れられています。中国北部とシベリアの後期更新世ケブカサイの形態学的特徴の分析により中国の個体群はシベリアの近縁個体群の子孫である、と先行研究は示唆しました。
古代DNAは、サイ科におけるケブカサイの系統発生的位置への洞察を大きく改善してきました(関連記事)。遺伝学的データから、絶滅したケブカサイは、現生のクロサイ(Diceros bicornis)やシロサイ(Ceratotherium simum)やインドサイ(Rhinoceros unicornis)やジャワサイ(Rhinoceros sondaicus)といった4分類群よりも、現存のスマトラサイ(Dicerorhinus sumatrensis)の方と密接に関連している、と裏づけられています。絶滅したサイのうち、ケブカサイはシベリアユニコーン(Elasmotherium sibiricum)とよりもニッポンサイ(Stephanorhinus kirchbergensis)の方とより密接な関係を示します。
ケブカサイの種内の遺伝的多様性に関しても最近のミトコンドリア研究はシベリアの標本群から母系3系統を検出しており、そのうちの標本1点(ND030)はランゲル島から発見され、較正年代は39652±952年前(以下、明記しない場合は基本的に較正年代です)で、同じもしくは近隣地域から発掘された他の個体と分離する遺伝的に異なるクレードを形成します。これまでのところ、この謎めいたケブカサイ単系統群(クレード)の地理的起源と過去の分布について、ほとんど知られていません。
ケブカサイ属の構成員は、中国での長い歴史を経ました。ケブカサイ属の最初の既知の代表である370万年前頃のチベットケブカサイ(Coelodonta thibetana)は、現在の中華人民共和国チベット自治区のツァンダ(Zanda)県に生息していました。後期更新世には、ケブカサイは中国北部に広く分布していました。残念ながら、これまで数点の短いmtDNA断片だけが中国の標本から回収されてきており、予備的な評価では、中国の個体群はシベリアのケブカサイ属と密接な関係を示す、と示唆されています。この研究では、中国北部から収集された後期更新世のケブカサイ16個体から4点のミトコンドリアゲノムが生成されました(図1)。以下は本論文の図1です。
本論文は、これらの配列を以前に刊行されたデータと組み合わせて、利用可能な中国のケブカサイの母方の系統発生的地位を調べるため、この種(ケブカサイ)の種内分岐を洗練し、さまざまなmtHgの分岐年代を推定しました。本論文は、アジアのさまざまな地域から得られた後期更新世ケブカサイ標本のヌクレオチド多様性も計算しました。これらを組み合わせると、本論文の調査結果は、中国のケブカサイの分子進化への新たな洞察を提供し、この絶滅したケブカサイの過去の画策自称のより深い理解に寄与します。
●ミトコンドリアゲノム
中国北部の後期更新世ケブカサイ標本から4点のミトコンドリアゲノムが生成され、呼び出し可能な塩基は12660~16233塩基対で、平均深度は3.31~20.60倍です。DNA断片は、古代DNAの特徴と一致する、5′末端におけるシトシン(C)からチミン(T)への脱アミノ化率の上昇と、短い平均長(56~74塩基対)を示します。標本CADG739の年代は44535~43349年前頃(較正年代の中央値は43942年前)で、他の標本3点(CADG744とCADG900とCADG912)は較正範囲(48000年前頃)を超えています。BEASTでの分子時計分析を用いると、各標本の中央値の年代はそれぞれ、62453年前と51721年前と59810年前です。
●ベイズ系統樹
ミトコンドリアゲノムの11704塩基対に基づくベイズ系統樹では、分析されたケブカサイ個体は4系統のよく裏づけられたmtHgに分類される、と示唆されます(図2)。mtHg-AおよびBは、シベリアのヤクーチア(Yakutia、サハ共和国)およびチュクチ(Chukotka)の標本により表され、これは先行研究(関連記事)と一致します。中国北部の標本4点のうち3点、つまりCADG739とCADG900とCADG912は、以前にはランゲル島の1個体(ND030)のみで表されていたmtHg-Cでクラスタ化します。中国北部の他の標本1点(CADG744)は、他の全てのケブカサイの基底部に位置する新たに特定されたmtHg-Dとして際立っており、強い裏づけ(100%の事後確率)があります。以下は本論文の図2です。
特定されたケブカサイのmtDNAの分岐年代を推定するため、起源および先端年代測定手法を用いてベイズ系統樹が計算され(図2)、以前の推定より低い、1年に1ヶ所の部位あたり6.90×10⁻⁹の置換(95%信頼区間では1年に1ヶ所の部位あたり5.56×10⁻⁹~8.47×10⁻⁹)というミトコンドリアゲノムの平均変異率が得られました。ニッポンサイとケブカサイとの間の分岐年代は555万年前頃(95%信頼区間では656万~464万年前)と推定され、これはミトコンドリアゲノムを用いての先行研究の推定に近いものです。
分析されたケブカサイ標本の最新共通祖先(the most recent common ancestor、略してtMRCA)の年代は、57万年前頃(95%信頼区間では76万~41万年前)と推定されています。mtHg-BとmtHg-A/Cとの間の分岐は40万年前頃(95%信頼区間では51万~30万年前)に起き、mtHg-AとmtHg-Cとの間の分離は33万年前頃(95%信頼区間では43万~25万年前)と推定され、これは先行研究(関連記事)より古くなります。さらに、mtHg-CのtMRCAの本論文の推定値は20万年前頃(95%信頼区間では27万~13万年前頃)です。
●中央結合網絡分析
中国のケブカサイの遺伝的多様性を完全に調べるため、中国北部のケブカサイのより多くの配列が塗り替えられ、563塩基対の部分的なシトクロムb(cytochrome b、略してcyt b)遺伝子に基づいて、中央結合網絡分析(Median-joining network analysis)が実行されました。BEAST分析と同一のパターンが生成され、4系統の母方のmtHgが特定されました(図3)。先行研究の中国の標本4点を含めて、合計8個体の中国のケブカサイは7通りのハプロタイプを形成し、3系統のmtHg(BとCとD)に収まります。先行研究の標本1点(HS12)はmtHg-Bでシベリアの個体とクラスタ化します。中国の標本8点のうち6点は、mtHg-Cに分類されます。標本CADG744は別の系統に属し、11704塩基対のミトコンドリアゲノム配列に基づくベイズ分析と一致します。以下は論文の図3です。
●ヌクレオチド多様性
ヌクレオチド多様性推定から、中国北部のケブカサイはシベリアのヤクーチアおよびチュクチ(ランゲル島の個体ND030を含みます)より相対的な高いヌクレオチド多様性を有している、と明らかになります。
●中国北部の深く分岐したケブカサイ単系統群
本論文では、ベイズ分析および網絡分析の両方から、分析されたケブカサイには4系統の異なる母系クレード(単系統群)が散在する、と示唆されます。とくに、初期に分離した母系クレード(つまり、mtHg-D)が系統発生分析で新たに検出されます(図2および図3)。この古代のケブカサイ単系統群(クレード)は本論文では標本1点のみで表されていますが、いくつかの深く分岐したミトコンドリアもしくは核クレードが中国北部の後期更新世の大型草食動物および肉食動物で確認されてきており、たとえば、オーロックス(Bos primigenius)やステップバイソン(Bison priscus)やドウクツハイエナのアジア亜種(Crocuta crocuta ultima)やトラ(Panthera tigris)などです。さまざまな種のこれら異なる古代のクレードは同じ地域で長い進化史を経ており、中国北部は一部の第四紀哺乳類にとって退避地を表していたかもしれない、と示唆されます。
したがって本論文では、ダイワン気の気候および環境変化の圧力下での哺乳類の長期の占拠と移動と進化の調査において、この地域(中国北部)は多発域(hot-spot)の一つだろう、と提案されます。本論文の調査結果は、ケブカサイのmtHg-Dの起源と拡散に関する別の興味深い問題を提起します。化石遺骸に依拠して古生物学者は、ケブカサイ属の最古となる既知の代表であるチベットケブカサイ(370万年前頃)は中国西部のツァンダ盆地に起源があり、中国北部の泥河湾(Nihewan)盆地と臨夏(Linxia)盆地と共和(Gonghe)盆地の250万年前頃となる泥河湾サイ(Coelodonta Nihowanensis)へと進化した、と示唆してきました。その後、泥河湾サイは次第にロシアの西トランスバイカルで75万年前頃となるケサイ(Coelodonta tologoijensis)へと進化しも最終的にヨーロッパで46万~40万年前頃にケブカサイに進化しました。
本論文のベイズ分析はケブカサイのtMRCAを57万年前頃(95%信頼区間では76万~41万年前)と推定しますが、ケブカサイの利用可能な最初の出現は46万年前頃です。一般的に、分子推定の分岐年代は種の出現より早くなります。したがって本論文では、この深く分岐したクレードはケブカサイの最初の出現後すぐの個体群を表しているかもれず、後にその個体群はアジアへと拡散し、少なくとも6万年前頃までに中国北部に生息していた、と提案されます。あるいは、系統発生(図2および図3)およびヌクレオチド多様性を組み合わせると、本論文の結果は、ケブカサイの起源について代替的な仮定的状況も強く裏づけます。それは、この絶滅したケブカサイは恐らくヨーロッパではなく中国北部で進化した、というもので、これは将来の研究でさらに調査が必要です。
●ケブカサイのmtHg-Cの地理的分布モデル
mtHg-Cはランゲル島の標本1点(ND030、年代は39652±952年前)でまず分子的に同定され、孤立したクレードと考えられました。興味深いことに、本論文で新たに報告された標本4点のうち3点はmtHg-Cに分類され(図2および図3)、このクレードの既知の地理的近位を大きく拡張します。ランゲル島がユーラシア大陸部と10500年前頃までつながっていたことを考えると、mtHg-Cのあり得る地理的分布モデルは、以下の2通りの可能性で解釈できます。(1)一方は、mtHg-Cは当初、中国北部および近隣地域に限定されており、mtHg-Cの最新の個体であるランゲル島標本(ND030)は恐らく、中国北部からの個体群のその後の北方への拡散の子孫でした。(2)代替的な可能性は、mtHg-CはmtHg-Aからの分離(33万年前頃)後に一貫してアジアの広大な地域、少なくとも中国北部から極東シベリアのランゲル島までを占めていた、というものです。
より多くの中国の標本を含むもののより短いデータ一式を含む網絡分析ではmtHg-Cは少なくとも6万~4万年前頃には中国北部で支配的なmtHgだった可能性が高そうです。多くの遺伝子配列がランゲル島および近隣のシベリア本土の標本から回収されてきましたが、特定のランゲル島標本ND030(39652±952年前)を除いて、mtHg-Cに属すると検出された標本は存在しませんでした。上述の後の地理的に広い分布モデルと比較すると、本論文では、前者(1)の拡散の仮定的状況がアジア東部および北東部における後期更新世ケブカサイのじっさいの状態を反映しているかもしれない、と示唆されます。mtHg-C個体群のtMRCAは、20万年前頃(95%信頼区間では27万~13万年前頃)と推定されます。したがって本論文では、遺伝的に異なるmtHg-Cのケブカサイはおそらく中期更新世後期以降に中国北部に生息しており、それは温暖化する気候での北方への拡散事象を経ていて、既知の最北東の出現に到達した、と示唆されます。つまり、ランゲル島には遅くとも4万年前頃には到達しており、ランゲル島標本(ND030)は中国北部に起源があるはずだ、というわけです。
●中国北部におけるケブカサイの進化中心地の可能性
系統地理学的調査から、進化の中心地の個体群は移動先の地域よりも豊富な遺伝的多様性を示す傾向にある、と示唆されます。シベリア北東部は以前に、後期更新世ケブカサイの進化の中心地として提案されました。本論文の調査結果から、中国北部は恐らく更新世ケブカサイのもう一つの進化の中心地だった、と示唆されます。本論文の網絡分析結果から、中国の標本は特定された4系統のmtHgのうち3系統に分類され、分析された中国の標本の合計8点は7つのミトコンドリアハプロタイプに分類されるものの、5つのミトコンドリアハプロタイプのみがシベリアの18点の標本で特定された、と明らかになります(図3)。これが示唆しているのは、後期更新世の中国のケブカサイはシベリアの同時代のケブカサイと比較して、ハプロタイプの高い多様性により特徴づけられる、ということです。さらに、基底部の分岐を表すクレード(mtHg-D)のケブカサイが中国北部に生息していました(図2)。したがって本論文はこの地域を、ケブカサイの重要な進化の中心地として強調し、中国北部の標本はケブカサイ種の進化の調査に重要な役割を果たします。
上述のように、シベリアよりも高いヌクレオチド多様性の水準が中国北部で検出され、これは後期更新世において中国北部に生息したケブカサイの大きな個体群規模を示唆しているかもしれません。それは、この地域におけるさまざまな遺跡から発掘された多くの化石資料により確証されます。しかし、分析された中国の標本の年代が全て4万年以上前であるのたに対して、シベリアのほとんどのヤクーチアおよびチュクチ個体が4万年前頃より新しいことにも要注意です。したがって、これらの標本におけるヌクレオチド多様性は、後期更新世末にケブカサイが絶滅した時のヌクレオチド多様性の喪失もおそらく反映しています。
さらに、多くの分子研究では、中国北部の「マンモス・ケブカサイ動物相」の構成員がそのシベリアの近縁分類群と密接に関連している、と実証されています。最近の古代遺伝学的分析では、ユーラシア絶滅シマウマ(Equus ovodovi)やステップバイソンやシカ科ノロ属種(Capreolus spp.)やシベリアアカシカ(Cervus elaphus)やカシミールアカシカ(Cervus hanglu)やワピチ(Cervus canadensis)など、一部の絶滅もしくは現存種は気候もしくは植生が変化すると中国北部とシベリアの間を拡散した、と推測されています。本論文の調査結果から、検出されたケブカサイの4系統のmtHgのうち少なくとも2系統(つまり、mtHg-BおよびC)は中国北部とシベリアの標本により共有されている、と明らかになります(図3)。先行研究が示唆したように、中国北部のケブカサイ標本はシベリアの個体群と広範に相互作用していました。中国北部をケブカサイの長期の退避地および重要な進化地として確証するには、この地域のさまざまな時空間的標本の追加のゲノムが必要で、とくに核DNAは、将来ケブカサイの包括的な分子進化を推測するのに貴重です。
●まとめ
この研究は、中国北部で発掘された後期更新世ケブカサイの4点のミトコンドリアゲノムの生成に成功しました。系統発生分析から、本論文で新たに提示された標本1点は異なる分岐したクレードを形成した、と明らかになり、これは恐らくはブカサイの最初の出現後ほぼすぐの最初の分岐クレードを表しています。本論文で新たに提示された他の3点の標本は、最初にランゲル島の標本1点により表される別のクレード内でクラスタ化します。本論文の調査結果は、このクレードの古代における北方への拡散を示唆し、既知の地理的範囲を大きく拡張します。さらに、利用可能な分子データから、中国のケブカサイはシベリアのケブカサイよりも高い遺伝的多様性を示す、と示唆されます。多数の化石資料を総合すると、本論文の遺伝的データから、中国北部は更新世ケブカサイの進化において重要な役割を果たした、と推測されます。
参考文献:
Yuan J. et al.(2023): Ancient mitogenomes reveal a high maternal genetic diversity of Pleistocene woolly rhinoceros in Northern China. BMC Ecology and Evolution, 23:56.
https://doi.org/10.1186/s12862-023-02168-0
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