『卑弥呼』第119話「有りや、無しや」

 『ビッグコミックオリジナル』2023年12月5日号掲載分の感想です。前回は、ヤノハが伊岐(イキ、現在の壱岐諸島でしょう)国のイカツ王と末盧(マツラ)国のミルカシ女王に、津島(ツシマ、現在の対馬でしょう)を訪れた後は加羅(伽耶、朝鮮半島)まで行こうと考えている、と打ち明けたところで終了しました。前号は休載だったので1ヶ月振りに読めることになった今回は、津島(ツシマ、現在の対馬でしょう)国の南端に位置する豆酘崎(ツツノミサキ)に、ヤノハの一行が近づく場面から始まります。ヤノハ一行を案内するのは、伊岐(イキ、現在の壱岐諸島でしょう)国の日守(ヒマモ)りで、伊岐から黒島までの示齊(ジサイ、航海のさいに、万人の不幸・災厄を一身に引き受けて人柱になる神職で、航海中は髭を剃らず、衣服を替えず、虱も取らず、肉食を絶ちます)を務めたアシナカです。アシナカは、間もなく津島の南端にある豆酘浦(ツツノウラ)に到着し、そこから1日川をさかのぼると雷邑(イカツノムラ)に達する、とヤノハに説明します。ヤノハ一行を乗せた舟は豆酘崎に停泊し、アシナカは、加羅(伽耶、朝鮮半島)を訪れていた那(ナ)国のトメ将軍の期間を待つことにします。トメ将軍が確実にこの付近を通るのか、ヤノハに問われたアシナカは、加羅から津島北端の鰐浦(ワニノウラ)に寄って豆酘浦まで南下するはずなので、ここでトメ将軍と落ち合い、日見子(ヒミコ)様(ヤノハ)のいる雷邑に案内する、と答えます。

 その数日前、伊岐国では、ヤノハが伊岐国のイカツ王および末盧(マツラ)国のミルカシ女王と面会していました。イカツ王は、同じイカツ族で、コミミという従兄弟が豆酘の上流の雷邑に住んでおり、日見子様を匿ってくれるはずだ、とヤノハに説明します。コミミとはコヤネ王の息子で、アビル王に誅殺された先の津島王だが、アビル王もイカツ一族を根絶やしにするほどの力はなく、豆酘に隠遁しているならば手を出さないと考えているようだ、とイカツ王はヤノハに説明します。ヤノハは雷邑でトメ将軍を待つことに決め、ミルカシ女王にもう30日ほど舟と漕ぎ手を要請し、ミルカシ女王は快諾します。イカツ王は日守りのアシナカを示齊として、2艘の舟でヤノハを護衛させる、と申し出ます。しかし、豆酘浦から雷邑に向かおうとしたヤノハは、今雷邑に向かうことに悪い予感がして、アシナカとともにトメ将軍を待ち、次の策を練ることにします。

 津島国の都である三根(ミネ)では、アビル王がヤノハの到着を予想し、対策を検討していました。アビル王は伺見(ウカガミ、間者)から、ヤノハが4日前に伊岐を出た、と報告を受けており、今頃豆酘付近にいるだろうから、遅くとも今後3日以内に津島に上陸するだろう、と予想します。家臣から形ばかりの歓迎の準備をするよう勧められたイカツ王は、ヤノハがまずコミミを訪ねるのではないか、と推測します。そこで加羅に行ったトメ将軍の帰還を待つだろう、というわけです。そうすると、中土(中華地域のことでしょう)に関するアビル王の大嘘がヤノハにばれるわけで、そうなれば日見子(ヤノハ)を殺すしかないだろう、とアビル王は言います。日見子様を殺せば筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)の5ヶ国との戦になる、と家臣は懸念しますが、海上で戦う限り我々が圧倒的に優勢で、背後には友軍の暈(クマ)国もいる、とアビル王は楽観しています。日見子様がまっすぐ三根に来た場合どうするのか、と家臣に問われたアビル王は、自分の申し出を飲めば殺さないし、飲まねば死んでもらう、と答えますが、家臣にはその申し出の内容が分からないようです。

 日下(ヒノモト)国の庵戸宮(イオトノミヤ)では、吉備津彦(キビツヒコ)と名乗るようになったイサセリと、その姉であるモモソが面会していました。吉備津彦は日下国の軽(カル)にある堺原宮(サカイハラノミヤ)にクニクル王(記紀の孝元天皇、つまり大日本根子彦国牽天皇でしょうか)を訪ねて、金砂(カナスナ)国にもう1回戦を仕掛けるよう進言しましたが、クニクル王は、現在民や兵は長い戦で疲れ果てているので、せめて自分の治世では誰とも戦わない、と答えました。吉備津彦は、諸国の統治が危うい時に戦を避けようとするクニクル王に失望し、姉で日下の日見子であるモモソに相談に行ったわけですが、モモソはクニクル王の言葉について天照様のお考えを聞いてみると言い、明日もう一度自分を訪ねるよう、吉備津彦に要請します。翌日、モモソは訪ねてきた吉備津彦に、クニクル王君には息子のオオビコ(四道将軍の一人とされる大彦命でしょうか)およびネコ(記紀の開花天皇、つまり稚日本根子彦大日日天皇でしょうか)と皇女のトト(倭迹迹姫命でしょうか)の3人の子供がいる、と話しかけます。唐突なクニクル王の子供の話に困惑する吉備津彦に対してモモソは、オオビコは身体も大きく気が強くて、立派な物部(モノノフ)にはなるだろうがオウキミに向いているとは思えず、それと比較して弟のネコはなかなか聞き分けがよい、と言います。モモソは、昨夜天照様に、クニクル王のお考えは有りや、無しや、と尋ねたことを吉備津彦に伝えます。その答えは「無し」で、というか天照様はたいへんご立腹だったので、クニクル王には早々に退位していただき、自分たちの言葉に耳を傾ける、新たな王君を立てよう、と吉備津彦に提案します。

 ヤノハ一行が雷邑に向かわず豆酘崎で1日待つと、オオヒコがトメ将軍の舟の接近に気づきます。ヤノハは洞窟の奥にトメ将軍を招き、二人きりになってトメ将軍から報告を受けます。アビル王は裏切り者だったのか、とヤノハに問われたトメ将軍は、アビル王は裏切り者で、30年も前の中土の歴史を語っていた、と答えます。ヤノハは、なかなか巧妙な嘘をつく、とアビル王に感心します。ヤノハはトメ将軍に、雷邑に行き、コミミに、津島国の次の王になるつもりは有りや無しや、と尋ねるよう指示します。その間にどうするのか、トメ将軍に問われたヤノハが、アビル王のいる三根に向かう、と答えて、裏切り者には早々に消えてもらわねばならない、と語るところで今回は終了です。


 今回は、ヤノハとアビル王とモモソおよび吉備津彦の思惑が描かれ、話が大きく動き出すのかな、と予感させる内容になっており、たいへん楽しめました。アビル王がヤノハに何を提案しようと考えているのか、今回は明かされませんでしたが、暈国との秘密同盟以上の利益を得られるような提案なのでしょうか。ヤノハもアビル王も互いを殺すことに躊躇していないようで、ヤノハはオオヒコも含めて護衛を連れてはいるものの、いわば敵地だけに、この窮地をどう脱するのか、注目されます。ヤノハは伊都(イト)国から末盧国に向かう途中で日下の配下から襲撃を受け、窮地に陥っただけに、油断はしていないでしょうが、状況が不利であることは否めません。

 日下の状況も注目されます。クニクル王は先代のフトニ王(大日本根子彦太瓊天皇、つまり記紀の第7代孝霊天皇でしょうか)の太子として登場した頃から、温厚な人物のように描かれていましたが、それがモモソと吉備津彦にはたいへん不満なようです。それでも、吉備津彦はクニクル王の退位までは考えていなかったようで、恐らくは譲位の制度がなく、退位とは死を意味しているからなのでしょう。吉備津彦の冷酷なところはこれまで度々描かれてきましたが、モモソは吉備津彦以上に冷酷なのかもしれません。モモソは、自分たちの傀儡になりそうなネコ王子を次の王君に擁立しようと考えているようで、日下の王位は記紀の系譜通りに継承されることになりそうです。今回、クニクル王の長男がオオビコと明かされ、モモソの系譜は孝霊天皇の娘に倭迹迹日百襲姫命と一致しますから、作中設定では、記紀には日下の系譜が伝えられたことになりそうです。

 これは本作がどう完結するのかとも関わってきそうで、単純に考えると、最終的には日下が筑紫島の山社(ヤマト)連合を制圧することになりそうです。つまり、ヤノハが敗北するわけですが、記紀の系譜を比較的忠実に取り入れつつ、捻ってくる本作ですから、山社連合と日下連合が何らかの形で統合し、それが記紀に伝えられることになるのかもしれません。クニクル王の長男であるオオビコは四道将軍の一人である大彦命なのでしょうが、今回も登場したヤノハの護衛官であるオオヒコの事蹟も取り入れられるのかもしれません。四道将軍以上に本作で重要となりそうな倭迹迹日百襲姫命についても、日下のモモソだけではなく、序盤でヤノハに殺された真の日見子だったモモソと、ヤノハの事蹟も組み込まれるのかもしれません。今回登場しなかったミマアキが、御間城入彦五十瓊殖天皇、つまり第10代崇神天皇として伝えられるようになるのではないか、と序盤で予想しましたが(第20話)、最終的には、何らかの形での山社連合と日下連合の合併も考えられます。今後は、山社連合と日下連合と暈の倭国内での主導権争いだけではなく、遼東公孫氏や魏や呉も描かれそうですから、ますます壮大な話が展開されていくのではないか、と大いに期待しています。

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