アジアの中期更新世ホモ属進化史の再検討

 アジアの中期更新世ホモ属進化史を再検討した見解(Bae et al., 2023)が公表されました。本論文は、中華人民共和国黒竜江省ハルビン市で、1993年に松花江(Songhua River)での東江橋(Dongjiang Bridg)の建設中に発見された、と報告されているホモ属頭蓋の分析(Ni et al., 2021)が、アジアの中期更新世ホモ属の進化史の再検討を促す重要な発見だったことを指摘します。このホモ属頭蓋は新種ホモ・ロンギ(Homo longi)と分類されており(Ni et al., 2021)、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)に分類される可能性もあると思います(関連記事)。以下、敬称は省略します。


●研究史

 ホモ・エレクトス(Homo erectus)やネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や現生人類(Homo sapiens)に容易に割りてることができないチバニアン(中期更新世)の人類化石は、伝統的に「古代型()ホモ・サピエンス」という包括的な集団に割り当てられてきました。しかし、ほぼ40年前のチバニアンの記録の洞察力に富んだ観察でイアン・タッターソル(Ian Tattersall)は、ヒトの化石記録に言及するさいに、このような意味での「古代型」という単語の使用を罵倒しました。タッターソルは、「古代型」という言葉のつく生物は他にしない、と正当に指摘しました。たとえば、イヌ(Canis domesticus)の初期型を「古代型」のイヌと呼ぶ人はいません。イエイヌの祖先は、常に「Canis familiaris」とみなされてきました。タッターソルの見解では、これら「古代型ホモ・サピエンス」化石1つ以上の正式な分類名が割り当てられるべきであるようです。そのため、「古代型ホモ・サピエンス」や「中期更新世ホモ属」などの用語は常に、提案された1分類群としては形態学的変動が大きすぎる屑籠とみなされてきました。屑籠分類群の使用の継続は、真の系統発生および進化的関係の理解の試みを妨げるだけです。

 最近数十年では、おもに西洋の古人類学者により、これら古代型ホモ・サピエンス化石を別の包括的な分類群であるホモ・ハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)に割り当てる動きがありました。これは、ヨーロッパとアフリカとアジア東部の【古代型ホモ・サピエンスとされた】化石の全てを含んでいます。しかし一部の研究者は、ホモ・エレクトスかホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)かホモ・サピエンスと命名されていない全てのチバニアン人類を表すホモ・ハイデルベルゲンシスの有用性に疑問を呈してきました(Roksandic et al., 2022)。少なくともその理由の一部は、ホモ・ナレディ(Homo naledi)が発見された南アフリカ共和国(Berger et al., 2015)や、ホモ・ロンギ(Homo longi)が発見された中国(Ni et al., 2021)などの場所における新たなチバニアン分類群の最近の刊行に起因します。さらに、アジア東部の人類がユーラシア西部およびアフリカの類似の年代の化とは大きく異なるように見えることを考えて、中国の化石をホモ・ハイデルベルゲンシス分類標本(hypodigm、ある集団の特徴を推測するための標本)に割り当てる試みについて、長く疑問が呈されてきました。


●利用可能な学名

 中国のチバニアンの人類化石記録は、この議論においてますます重要な役割を果たしつつあります。この期間の重要な観察は、元々の過程よりもずっと大量の人類の形態学的変動が存在していたことです。この差異の全てをどのように体系化するかが、この過程における次の論理的段階です。残念ながら、中国(および中国の記録に精通している多くの西洋人)古人類学者は伝統的に、チバニアンの人類化石記録を、ホモ・エレクトスとホモ・サピエンスとの間の移行とみなしてきたので、これらの化石は長きにわたって、単純に「古代型」もしくは「初期」ホモ・サピエンスと呼ばれてきました。これは、1928年のダヴィッドソン・ブラック(Davidson Black)のシナントロプス・ペキネンシス(Sinanthropus pekinensis)の正式発表と、2021年のホモ・ロンギの発表との間にほぼ1世紀が経過した理由の一部かもしれません。しかし、中国のチバニアンの人類分類名がシナントロプス・ペキネンシスとホモ・ロンギとの間で公式に刊行されず、利用可能ではなかったのは、本当でしょうか?本論文はこの問題を、とくに中国の記録が古人類学におけるこれらの議論にどのように重要なのか考慮して、もっと深く掘り下げます。じっさい、新たなホモ・ロンギの模式標本の最近の発表と記載(Ni et al., 2021)で、他のあり得る分類名がおそらく利用可能と提起されているようで、重要なことに、優先されると思われます。たとえば、ホモ・ダリエンシス(Homo daliensis)やホモ・マパエンシス(Homo mapaensis)です。

 この好例が、形態学的類似性に基づいて、ハルビンで発見された頭蓋で表されるホモ・ロンギの模式標本はホモ・ダリエンシスに割り当てられるべきである、との議論が(社会的媒体で)なされたことです。この主張の正当化は、陝西省渭南市の大茘(Dali)遺跡の25万年前頃の頭蓋標本が、おそらくは新種として刊行され、優先権がある、ということです。本論文はこの主張の広範な再検討を行ない、呉新智(Xinzhi Wu)は大茘遺跡の頭蓋をホモ・サピエンスの亜種かもしれないと提案した、と結論づけます。英語での1981年の原著(P358)で呉新智は、「大茘頭蓋はおそらく新たな亜種ホモ・サピエンス・ダリエンシス(Homo sapiens daliensis)を表している」、と述べました。同論文の元々の中国語版でさえ、呉新智は「おそらく」という用語を用いて、大茘頭蓋を新たな亜種かもしれないと記載しました。さらに、呉新智のその後の刊行物の全てで、ホモ・ダリエンシスは別種として現れません。換言すると、呉新智は正式な分類学的用語で大茘頭蓋を議論もしくは検討しておらず、確かに最近の刊行物では新たな亜種もしくは種として議論もしくは検討していませんでした。じっさい、1981年の論文意外では、呉新智は大茘頭蓋化石を「古代型」ホモ・サピエンスと常に読んでいます。呉新智との多くの直接的な議論を含む本論文の著者の経験では、中国のチバニアンの人類は全てホモ・エレクトスと現代的なホモ・サピエンスとの間の移行的形態で、大茘頭蓋は現代のホモ・サピエンスに最も近い、と呉新智は強く信じていました。

 これは次に、誰が種名として「ホモ・ダリエンシス」を使用し始めたのか、という問題を提起します。本論文が把握している限りでは、デニス・エトラー(Dennis Etler)がホモ・ダリエンシスに言及した最初の研究者かもしれません。しかし、エトラーの論文でさえ、ホモ・ダリエンシスという名称は図で1回使われているだけで、本文では言及されていません。エトラーが大茘頭蓋を種水準に引き上げる意図があったのかどうか、不明です。エトラーがホモ・ダリエンシスを図に含めた時に考えていたことは正確には分かりませんが、エトラーは単純に「古代型ホモ・サピエンス」を一種の代用語である分類名に置き換えたようで、それはヨーロッパとアフリカのチバニアンの研究でよく見られるものです。国際動物命名規約(International Commission on Zoological Nomenclature、略してICZN)には、条件付きで提案された学名について明確な指示があります。それは、「条件付きで提案されて1960年以後に刊行された新たな学名もしくは学名命名法行為は、それによって利用可能になるわけではない」というものです。ホモ・ダリエンシスは正式に新種として提示されたわけではなく、現在のICZNの指針を考慮すると、ホモ・ダリエンシスという学名は現在利用できないようです。

 もう一つの可能性のある人類の学名は、広東省韶関市の馬壩(Maba)遺跡で発見された13万年前頃の重要な頭蓋化石に基づく、ホモ・エレクトス・マパエンシス(Homo erectus mapaensis)です。しかし、1959年の原著論文の再検討から、元々の分析は馬壩標本に種名もしくは亜種名にさえ割り当てようと試みなかったようです。じっさい、原著論文の最後の2文は以下のようにあります(本論文では中国語から英語への翻訳)。「馬壩人類は初期の古代型ホモ・サピエンス化石で、ホモ・エレクトスから古代型ホモ・サピエンスへのヒトの進化の理解における間隙を埋めます。したがって、ヒトの進化におけるこの重要な移行の理解にとって、この標本は証拠の重要な断片です」。したがって、ゴットフリート・クルト(Gottfried Kurth)が、ホモ・エレクトス・マパエンシスに言及した最初の人かもしれません。クルトは、「恐らくホモ・エレクトス・マパエンシスは、南方からのその後(中期更新世末?)の層として加えられるべきです」と述べています(本論文ではドイツ語から英語への翻訳)。しかし、暫定的に提案された亜種であることを考えると、それは、ホモ・エレクトス・マパエンシスもICZNの指針に従って利用できないとみなされるべきであることを示唆しているでしょう。ホモ・ダリエンシスとホモ・マパエンシスが利用できないことを考えると、これにより、中国、より広くアジアのチバニアンの人類化石記録にどの学名を割り当てるべきか、という問題が生じます。


●分類学的分類

 どれくらい多くのチバニアンの人類分類群が中国に存在するでしょうか?広い水準では、先行研究(Ni et al., 2021)の系統発生分析は、アジアの中期更新世人類は単系統集団に属する、と示しており、これらの人類が単一の分類学的集団に割り当てられる可能性を示唆しました。しかし、アジアのチバニアンの人類化石記録における形態学的差異の範囲増加を考えると、重要なのは、いくつかの異なる種類の存在が明らかなので、さまざまな形態型への化石の体系化の開始です。図1で示されている提案された分類は、現在の記録の知識に基づいています。以下は本論文の図1です。
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 大まかに言えば現時点で、大茘頭蓋とハルビン頭蓋は、両者の一括を正当化する詳細な比較研究がないので、分けておくのがより適切でしょう。しかし、さらなる分析の後で、大茘頭蓋とハルビン頭蓋を同じ分類群に割り当てることができるかもしれません。もしそうなれば、大茘頭蓋はホモ・ロンギ分類標本に割り当てられるべきです。比較形態計測に基づくと、遼寧省営口市の金牛山(Jinniushan)遺跡の30万~20万年前頃の頭蓋や安徽省池州市(Chizhou)東至県(Dongzhi County)の華龍洞(Hualongdong)遺跡の30万年前頃の頭蓋は、最終的には同様にホモ・ロンギ分類標本に含められるかもしれません。

 河北省張家口(Zhangjiakou)市の陽原(Yangyuan)県の侯家窰(Xujiayao)遺跡で発見された12万~6万年前頃の歯や、河南省許昌市(Xuchang)霊井(Lingjing)遺跡で発見された125000~105000年前頃の頭蓋は、甘粛省甘南チベット族自治州夏河(Xiahe)県のチベット高原の白石崖溶洞(Baishiya Karst Cave)で発見されたホモ属の下顎骨化石(夏河下顎骨)や、歯顎の比較に基づいて、台湾沖で発見された澎湖1号(Penghu 1)下顎骨やデニソワ人は、今後何か別の分類群に割り当てられるべきかもしれませんが、先行研究(Ni et al., 2021)は、夏河下顎骨がホモ・ロンギに属する、と主張するかもしれません。

 馬壩頭蓋およびインドの(Hathnora)村で発見されたナルマダ(Narmada)頭蓋は長きにわたって、同様に自身の集団に分類されるべき、と考えられてきました。これらの分類のより詳細な評価は確かに認められますが、そうした分析は本論文の範囲外です。とにかく、アジアの人類化石記録における差異の範囲が増加しつつあるのは明らかです。この記録がより広範な議論においてどのような役割を果たしているのかは、やっとより完全に理解され始めたばかりです。


●今後の展望

 ユーラシアとアフリカにまたがるチバニアンの人類化石記録の増加は、その多様性、およびこれらさまざまな種類が相互にどのように関わっているのか、ということと関連する、多くの興味深い問題を提起します。この点で、中国の化石記録はこの議論のより深い理解の発展に重要な役割を果たします。中国からのこれらの寄与の一部として、どの人類の学名が有効か否かを評価することは重要です。ホモ・ロンギの他に、中国の人類化石記録により表される少なくとも2種類(侯家窰/許昌化石と馬壩化石)がおそらく存在するようです。ホモ・サピエンス・ダリエンシスとホモ・ダリエンシスとホモ・エレクトス・マパエンシスとホモ・マパエンシスは利用できず、検討から除外すべきです。


参考文献:
Bae CJ. et al.(2023): “Dragon man” prompts rethinking of Middle Pleistocene hominin systematics in Asia. The Innovation, 4, 6, 100527.
https://doi.org/10.1016/j.xinn.2023.100527

Berger LR. et al.(2015): Homo naledi, a new species of the genus Homo from the Dinaledi Chamber, South Africa. eLife, 4, 09560.
https://doi.org/10.7554/eLife.09560
関連記事

Ni X. et al.(2021): Massive cranium from Harbin in northeastern China establishes a new Middle Pleistocene human lineage. The Innovation, 2, 3, 100130.
https://doi.org/10.1016/j.xinn.2021.100130
関連記事

Roksandic M. et al.(2022): Resolving the “muddle in the middle”: The case for Homo. Evolutionary Anthropology, 31, 1, 20–29.
https://doi.org/10.1002/EVAN.21929
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