新アッシリアの宮殿の煉瓦から得られた古代DNA

 新アッシリアの宮殿の煉瓦から得られた古代DNAを報告した研究(Arbøll et al., 2023)が報道されました。古代DNAの配列決定技術の最近の進展は、現代よりも前の文明【当ブログでは原則として文明という用語を使わないことにしていますが、この記事では「civilization」の訳語として使います】への貴重な洞察を提供してきました。しかし、これらの手法の可能性はまだ充分には実現されていません。

 この研究は、イラクのニムルド(Nimrud)にある、新アッシリアの王(在位は紀元前883~紀元前859年)であるアッシュル・ナツィルパル2世(Ashurnasirpal II)の宮殿で発見された、粘土の煉瓦の最近露出した断片の表面で得られた標本から古代DNAを抽出しました。この煉瓦は現在、デンマーク国立博物館に収蔵されており、その表面には楔形文字で「アッシリア王アッシュル・ナツィルパル2世の宮殿の財産」と刻まれています。この煉瓦は地元のティグリス川近くで採取された泥を主成分としており、籾殻や藁や動物の糞などの材料を混ぜて作られました。

 古代DNA分析の結果、植物の固有の34の分類群が検出され、多くの配列が確認されたのはキャベツとヘザーで、他にもカバノキ科やクスノキ科やセリ科やイネ科が確認されました。この研究で、粘土の塊の内部の汚染から効率的に保護された古代DNAが、2900年前頃の粘土の煉瓦から抽出に成功できる、という先駆的発見がなされました。この手法の科学的展望は大きく、古代および失われた「文明」のより深い理解につながる可能性があるので、将来の研究ではこの主題が推奨されます。

 この研究では植物の古代DNAのみが報告されていますが、標本によっては動物も含めて他の分類群が特定されるかもしれません。じっさい、ロシアのシベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見された上部旧石器時代のペンダントからはヒトとシカの古代DNAが確認されています(関連記事)。シベリアよりもずっと古代DNAの保存に適していないイラクにおいて既知の発見物である2900年前頃の煉瓦から古代DNAを解析できたことは、古代DNA研究の対象範囲が今後さらに拡大していくことを期待させます。


参考文献:
Arbøll TP. et al.(2023): Revealing the secrets of a 2900-year-old clay brick, discovering a time capsule of ancient DNA. Scientific Reports, 13, 13092.
https://doi.org/10.1038/s41598-023-38191-w

この記事へのコメント