限定的だったイエネコとヨーロッパヤマネコとの間の遺伝的混合
イエネコ(Felis silvestris catus)とヨーロッパヤマネコ(Felis silvestris)との間の歴史的に限定的だった遺伝的混合を報告した研究(Jamieson et al., 2023)が公表されました。近東のリビアヤマネコ(Felis lybica)に起源があるイエネコは、ヒトとともにヨーロッパへと拡散しました。ヨーロッパにおいて、そうした家畜は在来の近縁野生種と遺伝的に混合していきましたが、イエネコと在来の野生種であるヨーロッパヤマネコとの間の遺伝的混合は歴史的にかなり限定的で、それは行動と生態の違いに起因した可能性が高い、と本論文は推測します。
●要約
イエネコは近東のリビアヤマネコに由来し、その後で人々とともにヨーロッパへと拡散しました。そのさいに、イエネコはヨーロッパヤマネコの在来個体群と交雑したかもしれません。侵入してきた家畜動物とその密接に関連する在来野生種との間の遺伝子流動は、ブタやヒツジやヤギやミツバチやニワトリやウシなど、他の分類群で以前に論証されてきました。ウシの事例では、とくにリビアヤマネコの核のゲノム規模データの欠如のため、この可能性の検出もしくは定量化が困難でした。これらの問題に対処するため、ヨーロッパと近東のヤマネコの、75点の古代ミトコンドリアゲノムと14点の古代の核ゲノムと31点の現代の核ゲノムが生成されました。その結果、ヨーロッパ本土とブリテン島における少なくとも2000年間の共生にも関わらず、ほとんどの現代のイエネコはヨーロッパヤマネコからの祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を10%未満しか有しておらず、古代のヨーロッパヤマネコはイエネコからほとんど若しくはまったく祖先系統を有していなかった、と論証されます。入されたイエネコと在来のヤマネコとの間のこの生殖隔離の古さと強度は、行動学的および生態学的違いの結果だった可能性が高そうです。興味深いことに、この長期の生殖隔離は現在、人為的活動の結果としての種の分布の一部で侵食されつつあります。
●研究史
マイクロサテライト(数塩基の単位配列の繰り返しから構成される反復配列)遺伝標識の以前の分析から、現代のイエネコはその祖先系統の大半がリビアヤマネコに由来する、と示唆されました。イエネコとその野生祖先(リビアヤマネコ)、およびヨーロッパヤマネコなどそれらの近縁種の遺骸は動物考古学的に区別が困難という事実にも関わらず、考古学的記録から、イエネコはヨーロッパへと拡散し、フランスとブリテン島に2800~2200年前頃に到達した、と示唆されています。
ミトコンドリアと核の遺伝学的手法は、ヨーロッパと近東のヤマネコからイエネコを区別するのに用いられてきました。これらのデータは、イエネコの移動、およびヨーロッパ南部の重複する自然分布の境界におけるヨーロッパと近東のヤマネコとの間の遺伝子移入の程度に取り組むのに用いられてきました(関連記事)。さらに多くの研究で、ヨーロッパ全域のヨーロッパヤマネコの個体群は人為的要因の結果としてイエネコからの遺伝子流動を受けてきた、と論証されました。
導入されたイエネコとヨーロッパヤマネコとの間のこの最近の遺伝子流動は、おそらく2点の理由から驚くべきことです。第一に、リビアヤマネコとイエネコは形態学的にイエネコおよびヤマネコ個体群の他の多くの組み合わせよりも分岐しておらず、交雑の物理的障壁の欠如が示唆されます。第二に、先行研究では、ブタ(関連記事)やヒツジやヤギ(関連記事)やミツバチやニワトリやウシ(関連記事)など、多くの家畜動物の分類群は全て、同所性で密接に関連する野生個体群との遺伝子流動を経てそのゲノム祖先系統の一部を獲得した、と論証されてきました。この法則の注目すべき例外は家畜イヌで、北半球全体におけるハイイロオオカミ(Canis lupus)との同所性にも関わらず、少なくとも過去11000年間に、遺伝子流動がほとんど若しくはまったく受けていません(関連記事1および関連記事2および関連記事3)。
ヨーロッパヤマネコとヨーロッパに到来後のイエネコとの間の交雑の時空間的パターンを確認するため、85ヶ所の遺跡で発掘された258点の考古学的なネコ標本(8500~100年前頃)からDNAが抽出されました(図1)。次に、75点のミトコンドリアゲノムと14点の低~中網羅率(0.1~4倍)の核ゲノム14点が生成され、分析されました。ネコ種間の交雑のパターンをより深く理解するため、16頭のヨーロッパヤマネコおよびリビアヤマネコを含む、現代の31個体の完全な核ゲノム(網羅率15倍超)が生成されました。以下は本論文の図1です。
●ネコ属における古代の網状構造
現代および古代のイエネコのゲノムの遺伝的祖先系統を確証するためにまず、外群としてシングルキャット(Felis chaus)を用いての完全な核ゲノムの使用により、ネコ属系統の進化的関係が再構築されました(図2A)。系統発生分析から、リビアヤマネコは、ヨーロッパヤマネコやステップヤマネコ(Felis lybica ornata)やハイイロネコ(Felis bieti)を含めて全ての他のヤマネコに対して外群を表している、と示されました(図2A)。これは、ステップヤマネコとリビアヤマネコが単系統集団を形成しない、と示唆しており、ステップヤマネコとリビアヤマネコは姉妹群と示す現在の国際自然保護連合(International Union for Conservation of Nature、略してIUCN)の分類は再考を要する、と示唆しています。さらに、D統計分析は少なくとも2回の過去の混合事象を裏づけており、一方はリビアヤマネコとヨーロッパヤマネコ、もう一方はリビアヤマネコとステップヤマネコに関するものです(図2B)。以下は本論文の図2です。
これらの混合の痕跡はイエネコからヤマネコ個体群への遺伝子流動の現代の事例に起因するかもしれませんが中石器時代(8459~8272年前頃)のスコットランドのヤマネコを用いて、同じ有意なD統計兆候が見つかりました。この中石器時代のスコットランドのヤマネコは、発見地のアンコラン(AnCorran)に因んでアンコラン_1と呼ばれ、イエネコの出現とスコットランドへの到来の両方に先行します。この結果は、混合兆候の少なとも一部がヤマネコ系統間の古代の網状構造に起因することを示唆します。本論文の系統発生分析はさらに、イエネコとリビアヤマネコが姉妹クレード(単系統群)であることも確証し、マイクロサテライトとミトコンドリアDNA(mtDNA)データを用いての先行研究を裏づけます。
●ヨーロッパヤマネコに存在するリビアヤマネコ祖先系統の起源の解明
K(系統構成要素数)= 4と6両方のADMIXTURE分析から、本論文で分析対象とされたヨーロッパヤマネコはどれもリビアヤマネコ/イエネコ祖先系統を有していない、と示唆されました。クラスタ化(まとまり)に基づく分析の結果は解釈が難しい場合もあり、本論文の分析は、スコットランドの最近のイエネコとヤマネコの雑種として以前に同定された標本を含んでいませんでしたが、これらの結果は、現代のスコットランドのヤマネコは最近の遺伝子流動のためイエネコ祖先系統をある程度有している、と示した以前の分析と矛盾します。
ヒトのデータに関する最近の研究では、ADMIXTUREは、全ての分析された混合個体が類似の祖先系統の割合を有している場合、混合事象を検出できないかもしれない、と示されてきました。これが意味するのは、ほとんどのヨーロッパヤマネコが類似した水準のイエネコ祖先系統を有していた場合、ADMIXTUREは混合を検出できないかもしれない、ということです。この問題に対処するため、スコットランドの中石器時代のヤマネコ(8459~8272年前頃となるアンコラン_1)のゲノムが分析されました。アンコラン_1がイエネコ祖先系統を有していないかもしれない、という事実を利用するために、D形式(外群、リビアヤマネコ、ヨーロッパヤマネコ、アンコラン_1)のD統計が計算されました。イングランド北東部のキルトン城(Kilton Castle)の16世紀頃の個体(キルトン_2)と、ポルトガルの現代のヤマネコであるFSX360の2個体を除いて、本論文で分析されたヨーロッパヤマネコ9個体全てのD統計から、有意に負のZ値が得られ、この9個体は全てある程度のリビアヤマネコ/イエネコ祖先系統を有している、と示唆されます。
古代および現代両方のヨーロッパヤマネコにおけるリビアヤマネコ祖先系統の割合が、f4比を用いて珪砂化されました。アンコラン_1とキルトン_2とFSX360が、混合していないヨーロッパヤマネコの代表として用いられました。ヨーロッパヤマネコにおけるリビアヤマネコ祖先系統の割合は、ドイツ東部のヤマネコにおける約3.5%~スコットランドのヤマネコにおける約21%の範囲でした。スコットランドのヤマネコにおける高水準の祖先系統はイエネコとの最近の交雑に起因する可能性が高そうですが、同じことが低水準のリビアヤマネコ祖先系統を有するドイツのヤマネコに当てはまるのかどうかは、依然として不明です。ヨーロッパ南東部の分布端のより近くに生息しているヨーロッパヤマネコの個体群が、混合に起因してリビアヤマネコ祖先系統をある程度自然に有しており、これらの個体群の祖先が導入されたイエネコとの交雑を経ていない可能性は依然としてあります。じっさい、ミトコンドリア分析では、リビアヤマネコと通常は関連するmtDNAハプログループ(mtHg)IVが、イエネコの導入に先行する古代のヨーロッパヤマネコにおいてヨーロッパ南東部(たとえば、紀元前7700年頃のルーマニア)で、および現代のヤマネコ(10個体、62%)において見つかった、と示されてきており、混合地帯の存在が示唆されます。
●現代と古代のイエネコにおける低水準のヨーロッパヤマネコ祖先系統
古代の14個体と現代の52個体を含む核ゲノムの主成分分析(principal component analysis、略してPCA)は、アンコラン_1およびキルトン_2の両方と現代のヨーロッパヤマネコ、とくにFSX360との類似性をさらに論証しました(図3)。この分析は、そのほとんど(12点のうち10点)がヨーロッパに由来する(図1)、本論文で分析された12点の考古学的なネコ標本(古代のヤマネコを除きます)が、その祖先系統の大半はヨーロッパヤマネコではなくリビアヤマネコ/イエネコに由来する可能性が高いことも示唆しました。アルプス山脈の北側における核でのリビアヤマネコ祖先系統の最初期の証拠は、イギリスのフィッシュバーン(Fishbourne)遺跡の1926~1827年前頃の個体(フィッシュボーン_2)で見つかり、おもにリビアヤマネコの核祖先系統を有するイエネコが、少なくともローマ期にはヨーロッパ北西部に存在した、と確証されます。以下は本論文の図3です。
本論文のPCAからさらに、マン島のパーウィック(Perwick)遺跡のローマ期のネコ(パーウィック_1)とアイルランドのエア(Eyre)遺跡の17世紀頃となるネコ(エア_3)を含む一部の古代のネコが、PCAではヨーロッパヤマネコの方へとわずかに動いていた、と示唆されました。この位置づけは、ヨーロッパヤマネコとの遺伝子流動の歴史の可能性を示唆しています。これを検証するために、まずADMIXTUREが用いられました。K=4では、ADMIXTUREは古代のイエネコのうち1個体、つまりカザフスタンのドフザンケント(Dhzankent)遺跡で発見された個体(1175~1010年前頃)と、ヨーロッパおよび近東の現代のほとんどの標本で、ヨーロッパヤマネコ祖先系統を検出しました。K=6では、ADMIXTUREは古代の2標本でのみ検出可能な水準のヨーロッパヤマネコ祖先系統を見いだし、それはアイルランドの17世紀のネコ(エア_3)とマン島のローマ期のネコ(パーウィック_1)です。
次に、D形式(外群、FSX360/アンコラン_1/キルトン_2、リビアヤマネコ、イエネコ)のD統計が計算されました。伝統とイングランドとアイルランドとイタリアとポルトガルとスコットランドとアメリカ合衆国を含む、ヨーロッパとトルコと北アメリカ大陸の現代および古代のネコを含む全ての検定から、有意なZ値が得られました。この結果から、本論文で分析された全てのヨーロッパ(古代と現代)とトルコ(古代)と北アメリカ大陸(現代)のイエネコはある程度のヨーロッパヤマネコ祖先系統を有していた、と示されます。
イラクとヨルダンとオマーンを含む中東の現代のネコを用いて、マダガスカルのネコのゲノムを用いて計算された同じD統計は、有意ではないか、有意の境界線でした。この結果から、これらヨーロッパ外のネコはヨーロッパヤマネコ祖先系統をごくわずかしか有していないか、まったく有していない、と示唆されます。これはD形式(外群、ハイイロネコ、リビアヤマネコ、イエネコ)のD統計分析を通じて確証され、これらの個体は遺伝子流動のないモデル下で予測されるよりも有意に多くのアレル(対立遺伝子)を共有している、と示されました。
イエネコにおけるヨーロッパヤマネコ祖先系統の寄与推定の能力を向上させるため、f4ひりを用いて祖先系統の割合が計算されました。各イエネコがアンコラン_1とキルトン_2とFSX360(これらは全て混合していないヤマネコ個体です)により表されるヨーロッパヤマネコと、現代の3個体により表されるリビアヤマネコと、イスラエルのネコ2個体(FSI48とFSI51)とアラブ首長国連邦のヤマネコ1個体(FSI47)から祖先系統を受け取った、とする明示的なモデルが用いられました。この分析は、K=6でのADMIXTUREにより検出された2個体を含めて、古代のネコ6個体で有意な水準のヨーロッパヤマネコ祖先系統を検出しました。その古代のネコ6個体とは、デンマークのコンゲンス(Kongens)遺跡の725年前頃の個体(コンゲンス_3)、パーウィック_1、スコットランドのハンゲイト(Hungate)遺跡の972年前頃の個体(ハンゲイト_2)、アイルランドのティンバーヤード(Timberyard)遺跡の18世紀頃の個体(ティンバーヤード_1)、エア_3、オークニー諸島のスナスガー(Snusgar)遺跡の1050年前頃の個体(スナスガー_7)です。類似の結果が、qpAdmと構造体f4分析を用いて得られました。
全体的に、古代のイエネコにおけるヨーロッパヤマネコ祖先系統の割合は、0~14%(±2%)の範囲でした(図4)。わずかに低水準(0~11±1%)のヨーロッパヤマネコ祖先系統は、現代のイエネコ全体でも確認されました(図4)。これは、中国のイエネコのゲノムにおけるハイイロネコ祖先系統の割合を推定した最近の分析結果と一致しますが、ハイイロネコの限定的な分布はイエネコへの遺伝子移入の機会を大幅に低下させているかもしれません。全体的に、イエネコで見られるヤマネコ祖先系統の相対的に低い割合はイヌと類似しており、ブタやヒツジやヤギやミツバチやニワトリやウシで報告された割合よりもかなり低くなっています。以下は本論文の図4です。
●ヨーロッパヤマネコに存在するリビアヤマネコのmtHg
ヤマネコとイエネコとの間のこれら低水準の交雑は、ヨーロッパヤマネコで特定されたリビアヤマネコ祖先系統がイエネコとの混合によって媒介されなかった可能性を提起します。これが本当ならば、古代のネコの家畜状態の判断のための決定的な代理としてのミトコンドリアデータの使用が損なわれるでしょう。イエネコとリビアヤマネコとヨーロッパヤマネコは、IとIVという 2系統のmtHgに属します。mtHg-Iはヨーロッパヤマネコのみで見られますが、mtHg-IVは全てのイエネコおよびリビアヤマネコと複数のヨーロッパヤマネコで見られます。ヨーロッパヤマネコにおけるmtHg-IVの存在は、イエネコとの交雑の結果として解釈されてきましたが、これらの痕跡はその分布の端にある混合地帯に生息するリビアヤマネコとの交雑を経てヨーロッパヤマネコへともたらされたのかもしれません。
本論文で分析されたリビアヤマネコ4個体全てと現代のイエネコ22個体全てはmtHg-IVに属する、と分かりました。mtHg-Iが現代のヨーロッパヤマネコ16個体のうち10個体で見つかった一方で、他の6個体はmtHg-IV(mtHg-IV-A)でした。興味深いことに、mtHg-IVはドイツ東部のヤマネコ3個体でも見つかっており、そのうち、2個体は低水準(3~4%)のリビアヤマネコ祖先系統を、1個体は10%超のリビアヤマネコ祖先系統を有しています。これは、このドイツ東部のヤマネコ3個体が、イエネコとの最近(つまり、3~5世代前)の混合を通じてそのミトコンドリアゲノムを獲得したわけでなかった、と示唆します。しかし、mtHg-IVを有する全ての現代のヨーロッパヤマネコは、スコットランドの1個体を除いて、mtHg-IVの下位系統のIV-Aを有しており、このmtHg-IV-Aはイエネコの先行研究においても最も高頻度で特定されました。
この下位系統のmtHg-IV-Aは、本論文の全データセットおよび特定の地理的個体群では最も一般的で(全てのイエネコの74%)、その中にはブリテン島とアイルランド島の古代の個体(紀元前339~紀元後1799年となる43個体のうち28個体)も含まれます。このパターンから、ヤマネコにおける下位系統のmtHg-IV-Aはイエネコとの遺伝子流動を通じて獲得された可能性が示唆されます。ヨーロッパヤマネコにおけるmtHg-IV-Aの存在は、少なくともある程度はイエネコとの混合に起因しますが、ドイツ東部のヤマネコにおける低水準のリビアヤマネコ祖先系統は、ヨーロッパ南東部とアナトリア半島の混合地帯における古代の自然的な交雑が、ヨーロッパヤマネコへのmtHg-IVの拡大をもたらした、という可能性を提起します。まとめると、このパターンから、ミトコンドリアのデータだけでは古代のネコの家畜状態の判断に不充分である、と示唆されます。
本論文の分析から、リビアヤマネコの核祖先系統を有するイエネコはブリテン島に少なくとも2000年前頃(1926~1827年前頃)には存在し(フィッシュボーン_2)、ヨーロッパヤマネコとイエネコはそれ以来ヨーロッパ北部全域で共存してきた、と示唆されます。この長期の共存にも関わらず、本論文で分析されたイエネコのゲノムにおけるヨーロッパヤマネコからの祖先系統の割合は、35個体のうち30個体が10%未満で、35個体のうち17個体が5%未満でした。さらに、イングランドの中世のキルトン城遺跡のネコ4個体のミトコンドリア分析から、現代のイエネコにおいて世界的に最も一般的なmtHgである下位系統のIV-A(4個体のうち2個体)と、ヨーロッパヤマネコでのみ見られるmtHg-Iの両方を有する個体がこの遺跡では共存していた、と明らかになりました。mtHg-Iを有するキルトン城遺跡のヤマネコの1個体(キルトン_2)の核分析はイエネコ祖先系統の欠如を明らかにしており、イエネコからヨーロッパヤマネコへの遺伝子移入は過去には限定的だった、と示唆されます。
これらの結果から、イエネコは20世紀まで人々により強い意識的な選択を受けていなかったものの、ヨーロッパヤマネコからの少なくとも部分的な生殖隔離につながった、人々との関連の結果として生物学的適応を獲得した、と示唆されます。イエネコはずっと人口密度の高い人為的環境での生活に耐える能力を有していますが、食料が豊富ではない他の生息地では、より大きくてより攻撃的なヤマネコにより競合的に排除される可能性も高そうです。雄の繁殖行動における違い(つまり、雄のヤマネコは冬と春にのみ繁殖的に活動しますが、イエネコは通年繁殖的に活動します)と組み合わせると、この生態学的分離が、交雑の機会と雑種の生存能力を減少させた可能性は高そうです。これらの要因は、古代と現代両方のイエネコにおけるヤマネコ祖先系統の割合が、他の導入された家畜分類群よりかなり低く、イヌと類似している理由を説明できるかもしれません。一つの仮説は、イヌやネコなど肉食動物に要求される人為的環境における生存のための行動の変化を考えると、かなり野生の祖先系統を有する肉食動物は歴史的に、草食の家畜動物と比較して生存および繁殖の能力がずっと低かった、というものです。
遺伝子移入へのこの一般的で長期的な抵抗にも関わらず、いくつかの研究は、フランスとスコットランドの両方における、イエネコから在来のヨーロッパヤマネコ個体群への最近の遺伝子流動に関する証拠を提示してきました。ブリテン島では、これは、19世紀の前にはじくの、20世紀後半に激化した、ヤマネコの分布の大幅な減少により引き起こされた可能性が高そうです。これは、生息地の悪化と侵入してきたヒトの存在が、少なくとも2000年間にわたってイエネコとヨーロッパヤマネコのゲノムの完全性を維持してきた生殖隔離の侵食につながった、と示唆しています。
参考文献:
Jamieson A. et al.(2023): Limited historical admixture between European wildcats and domestic cats. Current Biology, 33, 21, 4751–4760.E14.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2023.08.031
●要約
イエネコは近東のリビアヤマネコに由来し、その後で人々とともにヨーロッパへと拡散しました。そのさいに、イエネコはヨーロッパヤマネコの在来個体群と交雑したかもしれません。侵入してきた家畜動物とその密接に関連する在来野生種との間の遺伝子流動は、ブタやヒツジやヤギやミツバチやニワトリやウシなど、他の分類群で以前に論証されてきました。ウシの事例では、とくにリビアヤマネコの核のゲノム規模データの欠如のため、この可能性の検出もしくは定量化が困難でした。これらの問題に対処するため、ヨーロッパと近東のヤマネコの、75点の古代ミトコンドリアゲノムと14点の古代の核ゲノムと31点の現代の核ゲノムが生成されました。その結果、ヨーロッパ本土とブリテン島における少なくとも2000年間の共生にも関わらず、ほとんどの現代のイエネコはヨーロッパヤマネコからの祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を10%未満しか有しておらず、古代のヨーロッパヤマネコはイエネコからほとんど若しくはまったく祖先系統を有していなかった、と論証されます。入されたイエネコと在来のヤマネコとの間のこの生殖隔離の古さと強度は、行動学的および生態学的違いの結果だった可能性が高そうです。興味深いことに、この長期の生殖隔離は現在、人為的活動の結果としての種の分布の一部で侵食されつつあります。
●研究史
マイクロサテライト(数塩基の単位配列の繰り返しから構成される反復配列)遺伝標識の以前の分析から、現代のイエネコはその祖先系統の大半がリビアヤマネコに由来する、と示唆されました。イエネコとその野生祖先(リビアヤマネコ)、およびヨーロッパヤマネコなどそれらの近縁種の遺骸は動物考古学的に区別が困難という事実にも関わらず、考古学的記録から、イエネコはヨーロッパへと拡散し、フランスとブリテン島に2800~2200年前頃に到達した、と示唆されています。
ミトコンドリアと核の遺伝学的手法は、ヨーロッパと近東のヤマネコからイエネコを区別するのに用いられてきました。これらのデータは、イエネコの移動、およびヨーロッパ南部の重複する自然分布の境界におけるヨーロッパと近東のヤマネコとの間の遺伝子移入の程度に取り組むのに用いられてきました(関連記事)。さらに多くの研究で、ヨーロッパ全域のヨーロッパヤマネコの個体群は人為的要因の結果としてイエネコからの遺伝子流動を受けてきた、と論証されました。
導入されたイエネコとヨーロッパヤマネコとの間のこの最近の遺伝子流動は、おそらく2点の理由から驚くべきことです。第一に、リビアヤマネコとイエネコは形態学的にイエネコおよびヤマネコ個体群の他の多くの組み合わせよりも分岐しておらず、交雑の物理的障壁の欠如が示唆されます。第二に、先行研究では、ブタ(関連記事)やヒツジやヤギ(関連記事)やミツバチやニワトリやウシ(関連記事)など、多くの家畜動物の分類群は全て、同所性で密接に関連する野生個体群との遺伝子流動を経てそのゲノム祖先系統の一部を獲得した、と論証されてきました。この法則の注目すべき例外は家畜イヌで、北半球全体におけるハイイロオオカミ(Canis lupus)との同所性にも関わらず、少なくとも過去11000年間に、遺伝子流動がほとんど若しくはまったく受けていません(関連記事1および関連記事2および関連記事3)。
ヨーロッパヤマネコとヨーロッパに到来後のイエネコとの間の交雑の時空間的パターンを確認するため、85ヶ所の遺跡で発掘された258点の考古学的なネコ標本(8500~100年前頃)からDNAが抽出されました(図1)。次に、75点のミトコンドリアゲノムと14点の低~中網羅率(0.1~4倍)の核ゲノム14点が生成され、分析されました。ネコ種間の交雑のパターンをより深く理解するため、16頭のヨーロッパヤマネコおよびリビアヤマネコを含む、現代の31個体の完全な核ゲノム(網羅率15倍超)が生成されました。以下は本論文の図1です。
●ネコ属における古代の網状構造
現代および古代のイエネコのゲノムの遺伝的祖先系統を確証するためにまず、外群としてシングルキャット(Felis chaus)を用いての完全な核ゲノムの使用により、ネコ属系統の進化的関係が再構築されました(図2A)。系統発生分析から、リビアヤマネコは、ヨーロッパヤマネコやステップヤマネコ(Felis lybica ornata)やハイイロネコ(Felis bieti)を含めて全ての他のヤマネコに対して外群を表している、と示されました(図2A)。これは、ステップヤマネコとリビアヤマネコが単系統集団を形成しない、と示唆しており、ステップヤマネコとリビアヤマネコは姉妹群と示す現在の国際自然保護連合(International Union for Conservation of Nature、略してIUCN)の分類は再考を要する、と示唆しています。さらに、D統計分析は少なくとも2回の過去の混合事象を裏づけており、一方はリビアヤマネコとヨーロッパヤマネコ、もう一方はリビアヤマネコとステップヤマネコに関するものです(図2B)。以下は本論文の図2です。
これらの混合の痕跡はイエネコからヤマネコ個体群への遺伝子流動の現代の事例に起因するかもしれませんが中石器時代(8459~8272年前頃)のスコットランドのヤマネコを用いて、同じ有意なD統計兆候が見つかりました。この中石器時代のスコットランドのヤマネコは、発見地のアンコラン(AnCorran)に因んでアンコラン_1と呼ばれ、イエネコの出現とスコットランドへの到来の両方に先行します。この結果は、混合兆候の少なとも一部がヤマネコ系統間の古代の網状構造に起因することを示唆します。本論文の系統発生分析はさらに、イエネコとリビアヤマネコが姉妹クレード(単系統群)であることも確証し、マイクロサテライトとミトコンドリアDNA(mtDNA)データを用いての先行研究を裏づけます。
●ヨーロッパヤマネコに存在するリビアヤマネコ祖先系統の起源の解明
K(系統構成要素数)= 4と6両方のADMIXTURE分析から、本論文で分析対象とされたヨーロッパヤマネコはどれもリビアヤマネコ/イエネコ祖先系統を有していない、と示唆されました。クラスタ化(まとまり)に基づく分析の結果は解釈が難しい場合もあり、本論文の分析は、スコットランドの最近のイエネコとヤマネコの雑種として以前に同定された標本を含んでいませんでしたが、これらの結果は、現代のスコットランドのヤマネコは最近の遺伝子流動のためイエネコ祖先系統をある程度有している、と示した以前の分析と矛盾します。
ヒトのデータに関する最近の研究では、ADMIXTUREは、全ての分析された混合個体が類似の祖先系統の割合を有している場合、混合事象を検出できないかもしれない、と示されてきました。これが意味するのは、ほとんどのヨーロッパヤマネコが類似した水準のイエネコ祖先系統を有していた場合、ADMIXTUREは混合を検出できないかもしれない、ということです。この問題に対処するため、スコットランドの中石器時代のヤマネコ(8459~8272年前頃となるアンコラン_1)のゲノムが分析されました。アンコラン_1がイエネコ祖先系統を有していないかもしれない、という事実を利用するために、D形式(外群、リビアヤマネコ、ヨーロッパヤマネコ、アンコラン_1)のD統計が計算されました。イングランド北東部のキルトン城(Kilton Castle)の16世紀頃の個体(キルトン_2)と、ポルトガルの現代のヤマネコであるFSX360の2個体を除いて、本論文で分析されたヨーロッパヤマネコ9個体全てのD統計から、有意に負のZ値が得られ、この9個体は全てある程度のリビアヤマネコ/イエネコ祖先系統を有している、と示唆されます。
古代および現代両方のヨーロッパヤマネコにおけるリビアヤマネコ祖先系統の割合が、f4比を用いて珪砂化されました。アンコラン_1とキルトン_2とFSX360が、混合していないヨーロッパヤマネコの代表として用いられました。ヨーロッパヤマネコにおけるリビアヤマネコ祖先系統の割合は、ドイツ東部のヤマネコにおける約3.5%~スコットランドのヤマネコにおける約21%の範囲でした。スコットランドのヤマネコにおける高水準の祖先系統はイエネコとの最近の交雑に起因する可能性が高そうですが、同じことが低水準のリビアヤマネコ祖先系統を有するドイツのヤマネコに当てはまるのかどうかは、依然として不明です。ヨーロッパ南東部の分布端のより近くに生息しているヨーロッパヤマネコの個体群が、混合に起因してリビアヤマネコ祖先系統をある程度自然に有しており、これらの個体群の祖先が導入されたイエネコとの交雑を経ていない可能性は依然としてあります。じっさい、ミトコンドリア分析では、リビアヤマネコと通常は関連するmtDNAハプログループ(mtHg)IVが、イエネコの導入に先行する古代のヨーロッパヤマネコにおいてヨーロッパ南東部(たとえば、紀元前7700年頃のルーマニア)で、および現代のヤマネコ(10個体、62%)において見つかった、と示されてきており、混合地帯の存在が示唆されます。
●現代と古代のイエネコにおける低水準のヨーロッパヤマネコ祖先系統
古代の14個体と現代の52個体を含む核ゲノムの主成分分析(principal component analysis、略してPCA)は、アンコラン_1およびキルトン_2の両方と現代のヨーロッパヤマネコ、とくにFSX360との類似性をさらに論証しました(図3)。この分析は、そのほとんど(12点のうち10点)がヨーロッパに由来する(図1)、本論文で分析された12点の考古学的なネコ標本(古代のヤマネコを除きます)が、その祖先系統の大半はヨーロッパヤマネコではなくリビアヤマネコ/イエネコに由来する可能性が高いことも示唆しました。アルプス山脈の北側における核でのリビアヤマネコ祖先系統の最初期の証拠は、イギリスのフィッシュバーン(Fishbourne)遺跡の1926~1827年前頃の個体(フィッシュボーン_2)で見つかり、おもにリビアヤマネコの核祖先系統を有するイエネコが、少なくともローマ期にはヨーロッパ北西部に存在した、と確証されます。以下は本論文の図3です。
本論文のPCAからさらに、マン島のパーウィック(Perwick)遺跡のローマ期のネコ(パーウィック_1)とアイルランドのエア(Eyre)遺跡の17世紀頃となるネコ(エア_3)を含む一部の古代のネコが、PCAではヨーロッパヤマネコの方へとわずかに動いていた、と示唆されました。この位置づけは、ヨーロッパヤマネコとの遺伝子流動の歴史の可能性を示唆しています。これを検証するために、まずADMIXTUREが用いられました。K=4では、ADMIXTUREは古代のイエネコのうち1個体、つまりカザフスタンのドフザンケント(Dhzankent)遺跡で発見された個体(1175~1010年前頃)と、ヨーロッパおよび近東の現代のほとんどの標本で、ヨーロッパヤマネコ祖先系統を検出しました。K=6では、ADMIXTUREは古代の2標本でのみ検出可能な水準のヨーロッパヤマネコ祖先系統を見いだし、それはアイルランドの17世紀のネコ(エア_3)とマン島のローマ期のネコ(パーウィック_1)です。
次に、D形式(外群、FSX360/アンコラン_1/キルトン_2、リビアヤマネコ、イエネコ)のD統計が計算されました。伝統とイングランドとアイルランドとイタリアとポルトガルとスコットランドとアメリカ合衆国を含む、ヨーロッパとトルコと北アメリカ大陸の現代および古代のネコを含む全ての検定から、有意なZ値が得られました。この結果から、本論文で分析された全てのヨーロッパ(古代と現代)とトルコ(古代)と北アメリカ大陸(現代)のイエネコはある程度のヨーロッパヤマネコ祖先系統を有していた、と示されます。
イラクとヨルダンとオマーンを含む中東の現代のネコを用いて、マダガスカルのネコのゲノムを用いて計算された同じD統計は、有意ではないか、有意の境界線でした。この結果から、これらヨーロッパ外のネコはヨーロッパヤマネコ祖先系統をごくわずかしか有していないか、まったく有していない、と示唆されます。これはD形式(外群、ハイイロネコ、リビアヤマネコ、イエネコ)のD統計分析を通じて確証され、これらの個体は遺伝子流動のないモデル下で予測されるよりも有意に多くのアレル(対立遺伝子)を共有している、と示されました。
イエネコにおけるヨーロッパヤマネコ祖先系統の寄与推定の能力を向上させるため、f4ひりを用いて祖先系統の割合が計算されました。各イエネコがアンコラン_1とキルトン_2とFSX360(これらは全て混合していないヤマネコ個体です)により表されるヨーロッパヤマネコと、現代の3個体により表されるリビアヤマネコと、イスラエルのネコ2個体(FSI48とFSI51)とアラブ首長国連邦のヤマネコ1個体(FSI47)から祖先系統を受け取った、とする明示的なモデルが用いられました。この分析は、K=6でのADMIXTUREにより検出された2個体を含めて、古代のネコ6個体で有意な水準のヨーロッパヤマネコ祖先系統を検出しました。その古代のネコ6個体とは、デンマークのコンゲンス(Kongens)遺跡の725年前頃の個体(コンゲンス_3)、パーウィック_1、スコットランドのハンゲイト(Hungate)遺跡の972年前頃の個体(ハンゲイト_2)、アイルランドのティンバーヤード(Timberyard)遺跡の18世紀頃の個体(ティンバーヤード_1)、エア_3、オークニー諸島のスナスガー(Snusgar)遺跡の1050年前頃の個体(スナスガー_7)です。類似の結果が、qpAdmと構造体f4分析を用いて得られました。
全体的に、古代のイエネコにおけるヨーロッパヤマネコ祖先系統の割合は、0~14%(±2%)の範囲でした(図4)。わずかに低水準(0~11±1%)のヨーロッパヤマネコ祖先系統は、現代のイエネコ全体でも確認されました(図4)。これは、中国のイエネコのゲノムにおけるハイイロネコ祖先系統の割合を推定した最近の分析結果と一致しますが、ハイイロネコの限定的な分布はイエネコへの遺伝子移入の機会を大幅に低下させているかもしれません。全体的に、イエネコで見られるヤマネコ祖先系統の相対的に低い割合はイヌと類似しており、ブタやヒツジやヤギやミツバチやニワトリやウシで報告された割合よりもかなり低くなっています。以下は本論文の図4です。
●ヨーロッパヤマネコに存在するリビアヤマネコのmtHg
ヤマネコとイエネコとの間のこれら低水準の交雑は、ヨーロッパヤマネコで特定されたリビアヤマネコ祖先系統がイエネコとの混合によって媒介されなかった可能性を提起します。これが本当ならば、古代のネコの家畜状態の判断のための決定的な代理としてのミトコンドリアデータの使用が損なわれるでしょう。イエネコとリビアヤマネコとヨーロッパヤマネコは、IとIVという 2系統のmtHgに属します。mtHg-Iはヨーロッパヤマネコのみで見られますが、mtHg-IVは全てのイエネコおよびリビアヤマネコと複数のヨーロッパヤマネコで見られます。ヨーロッパヤマネコにおけるmtHg-IVの存在は、イエネコとの交雑の結果として解釈されてきましたが、これらの痕跡はその分布の端にある混合地帯に生息するリビアヤマネコとの交雑を経てヨーロッパヤマネコへともたらされたのかもしれません。
本論文で分析されたリビアヤマネコ4個体全てと現代のイエネコ22個体全てはmtHg-IVに属する、と分かりました。mtHg-Iが現代のヨーロッパヤマネコ16個体のうち10個体で見つかった一方で、他の6個体はmtHg-IV(mtHg-IV-A)でした。興味深いことに、mtHg-IVはドイツ東部のヤマネコ3個体でも見つかっており、そのうち、2個体は低水準(3~4%)のリビアヤマネコ祖先系統を、1個体は10%超のリビアヤマネコ祖先系統を有しています。これは、このドイツ東部のヤマネコ3個体が、イエネコとの最近(つまり、3~5世代前)の混合を通じてそのミトコンドリアゲノムを獲得したわけでなかった、と示唆します。しかし、mtHg-IVを有する全ての現代のヨーロッパヤマネコは、スコットランドの1個体を除いて、mtHg-IVの下位系統のIV-Aを有しており、このmtHg-IV-Aはイエネコの先行研究においても最も高頻度で特定されました。
この下位系統のmtHg-IV-Aは、本論文の全データセットおよび特定の地理的個体群では最も一般的で(全てのイエネコの74%)、その中にはブリテン島とアイルランド島の古代の個体(紀元前339~紀元後1799年となる43個体のうち28個体)も含まれます。このパターンから、ヤマネコにおける下位系統のmtHg-IV-Aはイエネコとの遺伝子流動を通じて獲得された可能性が示唆されます。ヨーロッパヤマネコにおけるmtHg-IV-Aの存在は、少なくともある程度はイエネコとの混合に起因しますが、ドイツ東部のヤマネコにおける低水準のリビアヤマネコ祖先系統は、ヨーロッパ南東部とアナトリア半島の混合地帯における古代の自然的な交雑が、ヨーロッパヤマネコへのmtHg-IVの拡大をもたらした、という可能性を提起します。まとめると、このパターンから、ミトコンドリアのデータだけでは古代のネコの家畜状態の判断に不充分である、と示唆されます。
本論文の分析から、リビアヤマネコの核祖先系統を有するイエネコはブリテン島に少なくとも2000年前頃(1926~1827年前頃)には存在し(フィッシュボーン_2)、ヨーロッパヤマネコとイエネコはそれ以来ヨーロッパ北部全域で共存してきた、と示唆されます。この長期の共存にも関わらず、本論文で分析されたイエネコのゲノムにおけるヨーロッパヤマネコからの祖先系統の割合は、35個体のうち30個体が10%未満で、35個体のうち17個体が5%未満でした。さらに、イングランドの中世のキルトン城遺跡のネコ4個体のミトコンドリア分析から、現代のイエネコにおいて世界的に最も一般的なmtHgである下位系統のIV-A(4個体のうち2個体)と、ヨーロッパヤマネコでのみ見られるmtHg-Iの両方を有する個体がこの遺跡では共存していた、と明らかになりました。mtHg-Iを有するキルトン城遺跡のヤマネコの1個体(キルトン_2)の核分析はイエネコ祖先系統の欠如を明らかにしており、イエネコからヨーロッパヤマネコへの遺伝子移入は過去には限定的だった、と示唆されます。
これらの結果から、イエネコは20世紀まで人々により強い意識的な選択を受けていなかったものの、ヨーロッパヤマネコからの少なくとも部分的な生殖隔離につながった、人々との関連の結果として生物学的適応を獲得した、と示唆されます。イエネコはずっと人口密度の高い人為的環境での生活に耐える能力を有していますが、食料が豊富ではない他の生息地では、より大きくてより攻撃的なヤマネコにより競合的に排除される可能性も高そうです。雄の繁殖行動における違い(つまり、雄のヤマネコは冬と春にのみ繁殖的に活動しますが、イエネコは通年繁殖的に活動します)と組み合わせると、この生態学的分離が、交雑の機会と雑種の生存能力を減少させた可能性は高そうです。これらの要因は、古代と現代両方のイエネコにおけるヤマネコ祖先系統の割合が、他の導入された家畜分類群よりかなり低く、イヌと類似している理由を説明できるかもしれません。一つの仮説は、イヌやネコなど肉食動物に要求される人為的環境における生存のための行動の変化を考えると、かなり野生の祖先系統を有する肉食動物は歴史的に、草食の家畜動物と比較して生存および繁殖の能力がずっと低かった、というものです。
遺伝子移入へのこの一般的で長期的な抵抗にも関わらず、いくつかの研究は、フランスとスコットランドの両方における、イエネコから在来のヨーロッパヤマネコ個体群への最近の遺伝子流動に関する証拠を提示してきました。ブリテン島では、これは、19世紀の前にはじくの、20世紀後半に激化した、ヤマネコの分布の大幅な減少により引き起こされた可能性が高そうです。これは、生息地の悪化と侵入してきたヒトの存在が、少なくとも2000年間にわたってイエネコとヨーロッパヤマネコのゲノムの完全性を維持してきた生殖隔離の侵食につながった、と示唆しています。
参考文献:
Jamieson A. et al.(2023): Limited historical admixture between European wildcats and domestic cats. Current Biology, 33, 21, 4751–4760.E14.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2023.08.031
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