タイのフムイ語話者の人口史

 タイのフムイ(Khmuic)語話者の人口史に関する研究(Kampuansai et al., 2023)が公表されました。本論文は、タイのフムイ語話者について、現代人および古代人のゲノムデータから、その遺伝的多様性と祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)について検証しています。現在アジア南東部には多様な民族集団が存在し、文化だけではなく遺伝的にも独自の構成を有していると思われます。アジア南東部の多様な現代人集団のゲノム研究は、その人口史の解明に寄与するでしょう。もちろん、アジア南東部はDNAの保存に適さない地域とはいえ、古代ゲノム研究も進められており、それによりアジア南東部の現生人類(Homo sapiens)の歴史がより詳しく解明されていくのではないか、と期待されます。


●要約

 フムイ語話者人口集団は、アジア南東部本土に定住した最初の集団の一つの子孫と考えられています。タイには、カム人(Khamu)とルア人(Lua)もしくはティン人(Htin)という、フムイ語を話す2つの民族集団が存在します。これらの人々はおもに、ナーン(Nan)県のタイ山岳地帯とラオスの国境に沿って散在する場所に居住しています。本論文では、タイ北部のカム人の3ヶ所の村落およびラワ人の2ヶ所の村落の81個体について、ゲノム規模の一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)分析を実行しました。その調査結果から、カム人とラワ人の両集団は、アジア南東部の他の民族とは異なる遺伝的構造を有している、と明らかになり、移住と植民の独自の歴史が示唆されます。

 フムイ人集団内では、さまざまな場所に暮らすカム人集団は類似の遺伝的構造と、タイの一部の山岳民族およびタイ・カダイ(クラ・ダイ)語族話者集団との遺伝的類似性を示し、混合もしくは文化的交流の可能性が示唆されます。さらに、ルア人は特有の人口構造を示し、それは創始者効果および内婚習慣に起因するかもしれません。さらに、タイのフムイ語話者人口集団とラオスのフアパン(Huà Pan)県にあるタムパリン(Tham Pha Ling、略してTPL)遺跡から得られた新石器時代の古代人標本との間の関係が発見されました。本論文は、フムイ語話者内の遺伝的下部構造、およびアジア南東部本土の先住民との潜在的関係への新たな洞察を提供します。


●研究史

 フムイ語話者は、オーストロアジア語族のフムイ語派に属する言語を話す民族集団の集合を指します。フムイ語はラオスとベトナムと中国とタイの全域に広がっています。さらに、ベトナム戦争からの難民として、アメリカ合衆国で確立した小さなフムイ人共同体があります。フムイ語話者の初期の歴史についてはほとんど知られていませんが、考古学的証拠から、フムイ語話者はアジア南東部本土に到来した最初の人々の一員だった、と示唆されています。50万人以上のフムイ語話者人口集団はラオスでは、最大のラオ民族に次いで2番目に大きな少数民族です。これらの人々は、その後で2000~1000年前頃のある時点でアジア南東部低地に移住した、タイ・カダイ(クラ・ダイ)語族話者に押しやられたか吸収された前には、現在よりもずっと広大な地域に暮らしていた、と考えられています。

 タイでは、カム人とルア人(ティン人という民族名でも知られています)2つのフムイ語話者民族集団が存在し、政府により山岳民族として認められています。カム人民族集団はおもにタイの北部地域、とくにチェンライ(Chiang Rai)県とナーン県とパヤオ(Phayao)県に暮らしており、人口は約10198人です。カムという単語とその派生語にはクム(Kmhmu)やケム(Kemu)やクム(Khmu)やクム(Khammu)が含まれ、「本物の人々」もしくは「ヒト」を意味します。カム人は、その自然環境と平和に共存してきた長い歴史を有する、タイの最古の民族集団の一つと考えられています。しかし、タイのカム人の多くは、ベトナム戦争とその後の共産主義政権を逃れたラオスベトナムからの最近の移民です。少なくとも2000年前以降、カム人は新たに農地を探して国境を越えてタイの地域に移住してきました。カム人集落の大半は離れていますが、一部の場所ではカム人が他の在来の少数民族集団と共存しています。

 タイのもう一方の山岳民族であるルア人はフムイ語を話し、その人口は約48025人です。これらの人々は自称のルア人を好みますが、タイ政府はティン人と呼ぶ傾向にあり、ティン人とは地元の人々を意味します。いくつかの記録ではこれらの人々は誤ってラワ人(Lawa)と同定されましたが、タイ北西部の無関係なラワ人民族集団とは区別すべきです。ルア人にはマル人(Mal)とプライ人(Prai、Pray)という2つの下位集団があり、密接に関連していますが、話されている方言にはわずかな違いがあります。ルア人の大半はタイとラオスの国境沿いの山岳地域、タイのナーン県、ラオスのサイニャブーリー(Sainyabuli)県に暮らしています。ルア人が先史時代以来現在のタイに暮らしてきたのかどうか、もしくはその後で現在のラオス北部から移動したのかどうかを巡って、かなりの学術的論争があります。より可能性が高いのは、ルア人がタイに19世紀後半もしくは20世紀に定住し始めた、ということです。しかし、一部の学者の主張は、ルア人はラオスへの移住の前に当初現在のタイのナーン県を拠点としており、最終的に古い移住経路沿いにその起源地に戻った、というものです。

 フムイ語話者の遺伝的多様性及び構造に関する最初のゲノム規模研究の一つでは、タイのナーン県のティン人(ルア人)集団(18個体)がアジアの人口集団の広範な地理的標本とともに、2009年に約5万の常染色体SNPで遺伝子型決定されました。ティン人(ルア人)は、小さな人口規模と他の民族集団からの孤立のため、比較的低い遺伝的多様性を有する、と分かりました。さらなる研究では、これらの人々は、タイの遊動的な狩猟採集民の1集団であるムラブリ人(Mlabri)と最近の共通祖先系統を有しており、タイの他の民族集団とは異なる他の独特な遺伝的構造を示す、と分かりました。

 カム人からティン人(ルア人)とムラブリ人との間の祖先の類似性を裏づける遺伝的証拠は、まずミトコンドリアDNA(mtDNA)の差異、次らY染色体配列決定に基づいて報告されました。カム人の1集団とティン人の1集団とムラブリ人の2集団から構成されるフムイ語話者集団の同じ標本一式が次に、高解像度のゲノム規模SNPデータを用いて分析されました。研究者が見つけたのは、フムイ語話者が、オーストロアジア語族の別の語派であるカトゥ(Katuic)語族話者と遺伝的遺産を共有していた、ということです。その研究は、フムイ語/カトゥ語話者個体群は自集団内で強くその遺伝子型を共有しているものの、他の民族集団とはさほど共有していない、ということも見つけました。しかし、フムイ語およびカトゥ語話者も、ラオスとタイ北部のタイ・カダイ語族話者集団とある程度の通婚および文化的交流を示しており、それが遺伝的類似性をもたらしました。

 フムイ語話者に関する以前の遺伝学的研究がその地域の他の民族集団とは別の起源を明らかにしてきた、という事実にも関わらず、調査された人口数の少なさが、その多様性と祖先系統のさらなる洞察を妨げました。したがって、タイ北部の5ヶ所の村落(カム人の3集団とルア人の2集団)のフムイ語話者81個体を用いて、拡張ゲノム規模SNPデータ一式が作成されました。これら2つの民族集団の内部およびその間で共有されるアレル(対立遺伝子)とハプロタイプが分析され、周辺のアジア南東部の現代人集団および古代人標本と比較されました。この調査結果は、精細な規模の遺伝的下部構造と、フムイ語話者のほぼ確実な祖先系統を明らかにします。


●フムイ語話者の全体的な遺伝的構造

 タイのナーン県のタイとラオスの国境近くに居住するフムイ語話者集団に属する81個体(図1)から、ゲノム規模SNPデータが生成されました。このデータは同じ基盤を用いて生成された現代アジアの人口集団のデータセットや、以前に報告されたアジア南東部の古代人標本(関連記事1および関連記事2)と統合されました。以下は本論文の図1です。
画像

 149384ヶ所のSNP部位一式を用いて、さまざまなアジア人標本を含む合計959個体が分析され、主成分分析(principal component analysis、略してPCA)図で結果が図示されました(図2)。この図は主成分1(PC1)に沿って、左側のアジア東部人口集団と右側のアジア南部人口集団との間の明確な分離を明らかにしました。PC2軸に沿って、アジア東部の人口集団はさらに2つの異なるクラスタ(まとまり)に区分され、左下側にはアジア北東部人、左上側にアジア南東部人が位置します。語族を考慮すると、左下側のシナ・チベット語族およびミャオ・ヤオ語族話者人口集団は、左上側のオーストロアジア語族およびタイ・カダイ語族およびオーストロネシア語族話者人口集団とは顕著な遺伝的違いを示しました。新たに調べられた集団であるカム人およびルア人集団は先行研究のティン人集団とともにクラスタ化する(まとまる)、と観察されました。これらの集団はタイ内部の他の民族集団および他のアジア東部人口集団との遺伝的区別を示しました。さらに、フムイ語話者個体の1集団は、ン・マイ・ダ・ジエウ(N-Mai Da Dieu)およびン・マン・バク(N-Man Bac)遺跡や、ラオスのTPL遺跡の個体など、一部の地域の新石器時代の古代人のDNAデータとの遺伝的類似性を示しました。以下は本論文の図2です。
画像

 ADMIXTURE第1.3.0版プログラムを用いて、各人口集団内の人口構造の起源が調べられました。979個体一式から得られた合計155709ヶ所のSNP部位がこの分析に含まれ、外群として機能するアフリカのムブティ人およびヨーロッパのフランス人とともにアジア人標本が含まれます。遺伝子プールは2~10の範囲のK(系統構成要素数)群に分割され、各分類について100回の繰り返しが実行されました。古代DNA標本と、オンゲ人やママヌワ人(Mamanwa)やムラブリ人やカム人やルア人を含む他の人口集団との有意な遺伝的違いを示した人口集団が投影されました。この分析から、交差検証値はK=4の時に最低と明らかになり、調査対象の人口集団は4集団へと最適に区分される、と示唆されます。K=4では、さまざまな人口集団で異なる遺伝的構成要素が観察されました。ムラブリ人集団は、濃い茶色により表される独特で別の遺伝的構成要素を示しました。桃色の構成要素はフランス人集団とインドの集団(ドラヴィダ語族およびインド・ヨーロッパ語族話者)で優勢でした。紫色の構成要素はアジア北東部の人口集団の大きな割合を構成しました。オーストロネシア語族およびタイ・カダイ語族言語を話すタイ人の標本のうち、2つの主要な構成要素は青色と紫色でした(図3)。以下は本論文の図3です。
画像

 本論文で調査対象のカム人およびルア人民族集団では、その遺伝的構造はタイの他の人口集団と類似しており、青色と紫色の主要な2構成要素により特徴づけられる、と分かりました。しかし、カム人集団はルア人集団と比較して紫色の構成要素の割合がより高くなっていました。興味深いことに、K値が増えてさえ、カム人とルア人の両集団は両方の遺伝的構成要素の顕著な割合を維持しました。K=10に達すると、K値が高くなるほど交差検証誤差の増加と関連していましたが、図3の灰色により表される、フムイ語話者集団(カム人とルア人とティン人)に固有の特定の構成要素がこの集団内と、ラオスおよびベトナムの古代人標本でおもに見つかりました。


●アレル共有と遺伝的類似性

 アレル共有に基づいて人口集団の関係を調べるため、f₃形式(X、Y;外群)の外群f₃統計が計算され、外群(ムブティ人集団)と分離した場合の、XとYの人口集団間の遺伝的類似性が測定されました。f₃統計値が高いほど、人口集団間のより密接な遺伝的類似性を示唆します。タイのさまざまな民族集団では、タイ人およびモン人(Mon)集団が、古代人DNAを含めて他の民族集団と比較して最低のf₃統計値を示しました。逆に、ルア人およびティン人およびモン人(Hmong)集団は最高のf₃統計値を示しました。とくに、ルア人集団はティン人集団と密接な遺伝的類似性を示しましたが、カム人集団はフムイ語言語話者集団内で最大の遺伝的多様性を示しました(図4)。古代人標本と共有されるアレルを分析すると、ルア人集団はラオスのTPLおよびタム・ハン(Tam Hang)遺跡の新石器時代人のDNAと最も密接な遺伝的類似性を示しました。ChromoPainter分析により推測されるハプロタイプ共有特性も、フムイ語話者がそのクラスタ内で密接な関係を示す、と確証します。以下は本論文の図4です。
画像

 次に、f₄形式(W、X;Y、ムブティ人)のf₄統計を用いて人口集団の関係が調べられ、ここではWが選択されたオーストロアジア語族話者のソン人(Soa)民族集団、Xがオーストロネシア語族のフムイ語派の別の人口集団、Yがオーストロアジア語族以外の人口集団です。慣習的に、Z得点が3超もしくは-3未満はそれぞれ、YがWもしくはXと有意に過剰な祖先系統を共有している、と示唆します。有意ではないZ得点は、WとXがクレード(単系統群)を形成し、Yと同等量の祖先系統を共有している、と示唆します。本論文で選択された参照集団であるソン人集団と類似の遺伝的構造を示すオーストロアジア語族話者のブルー人(Bru)集団とがこの分析では調べられなかったことに注意してください。f₄統計によると、フムイ語話者人口集団はオーストロアジア語族言語話者集団、とくにパラウン(Palaungic)語系統話者のラワ人やパラウン人(Palaung)やブラン人(Blang)と密接にまとまる、と分かりました。カム人およびルア人集団と比較すると、カム人はタイ・カダイ語族言語話者集団、およびモン人(Hmong)やユーミエン人(IuMien)やリス人(Lisu)などタイの一部の山岳民族とより密接な遺伝的類似性を示しました(図5)。以下は本論文の図5です。
画像

 f₄統計により、現代の人口集団と古代人標本との分類がさらに調べられました。f₄形式(古代人標本、中国の漢人;民族集団、フランス人)の使用により、タイの民族集団が中国の漢人と比較してアジア南東部の古代人標本と類似性を示すのかどうか、評価されました。フムイ語話者のほとんどはラオスのTPLの古代人標本と最も密接な遺伝的類似性を示し、とくにルア人およびムラブリ人集団は高い優位性を示します(図6)。以下は本論文の図6です。
画像



●フムイ語話者の遺伝的祖先系統

 最後に、混合図が構築され、フムイ語話者の祖先系統が判断されました。f₄統計検定を用いて各語族の代表的な民族集団が選択されながら、ムブティ人およびインド北部の人口集団が外群として提供されました。タイヤル人(Atayal)と傣人(Dai)とカンボジア人とミャオ人(Miao)とナシ人(Naxi)がそれぞれ、オーストロネシア語族とタイ・カダイ語族とミャオ・ヤオ語族とシナ・チベット語族の代表として選択されました。背景図では、最初の分岐はインド北部人関連祖先系統とナシ人関連祖先系統を分離します。ミャオ人系統はナシ人関連祖先系統と密接に関連しています。タイヤル人と傣人の祖先は、インド北部人関連祖先系統とナシ人/ミャオ人関連祖先系統の混合です。カンボジア人の祖先は、傣人祖先系統83%と全てのアジア東部人集団の祖先系統17%の混合です(図7)。以下は本論文の図7です。
画像

 次に、ムラブリ人やカンボジア人やパラウン語話者(ラワ人とパラウン人とブラン人)やモニック(Monic)語話者(モン人)やカトゥ語族話者(ソン人とブルー人)を含めて、オーストロアジア語族の他集団に沿って、カム人およびルア人集団が混合図に含められました(図7)。外群の分離後、ムラブリ人およびルア人集団が他の集団と区別されるより早期の集団に位置する、と観察されました。パラウン人祖先系統は、全オーストロアジア語族集団の祖先人口集団関連祖先系統(56%)とナシ人関連祖先系統(44%)との間の混合の結果です。カム人民族集団は、ナシ人関連祖先系統(24%)のいくぶんの混合を伴う、ムラブリ人/ルア人系統(76%)の子孫のようです。モニック語話者およびカトゥ語話者およびカンボジア人集団は、インド北部人祖先系統をさまざまな水準で継承しており、これによりパラウン語およびフムイ語話者集団と区別されます(図7)。


●考察

 オーストロアジア語族のフムイ語系統に属する言語を話すタイの民族集団は、カム人とルア人(もしくはティン人という民族名)という主要な2民族で構成されています。これらの集団は、タイとラオスの国境、とくにナーン県に定住しています。高解像度の常染色体遺伝標識の分析を通じて、カム人とルア人はタイおよびアジア東部の他の民族集団とは顕著に異なる、と判明しました。外群f₃統計は、フムイ語話者人口集団で共有される有意な程度の遺伝的浮動を示唆しました(図4)。本論文の分析では、フムイ語話者の遺伝的特徴を促進した正確な進化的圧力に関して決定的な結論を提示できませんが、創始者効果や地理的孤立などの要因が、その遺伝的特性の形成に重要な役割を果たしたようです。

 Y染色体の約234万塩基対と完全なミトコンドリアゲノムを含む片親性遺伝標識(母系のmtDNAと父系のY染色体)に関する先行研究では、フムイ語話者集団のティン人(ルア人)民族集団は2500~2000年前頃となる多様性と有効人口規模の減少を示しており、とくに2000~1000年前頃にアジア南東部へとタイ・カダイ語族話者人口集団が移住した後には減少した、と明らかにされてきました。この観察から、現在のフムイ語話者人口集団の遺伝的構成は、最初の移住者の限定的な人数にしか大きな影響を受けていない可能性があり、遺伝的多様性の減少と他集団との分化の高まりをもたらした、と示唆されます。しかし、これら民族集団に対する創始者効果の正確な影響の解明には、カム人およびルア人集団内でのさまざまな片親性遺伝標識を含むより包括的な調査が必要です。さらに、カム人とルア人の村落が位置するナーン県の北部山岳地域(図1)は、他の人口集団とのつながりが限定的で、経時的なその独特な文化的構造の保存に寄与しています。主要なタイ人集団との言語学的違いやカム人およびルア人共同体内の内婚慣行などの要因がその特徴的な遺伝的構造な寄与し、カム人とルア人を他の民族集団と区別しています。

 フムイ語話者集団内では、ムアン(Mueang)地区やター・ワン・ファー(Tha Wang Pha)地区やソーン・クウェー(Song Khwae)地区など、ナーン県の多様な地域に暮らすさまざまなカム人集団の比較が類似の遺伝的構造を明らかにしました。興味深いことに、カム人はルア人、とくにタイ・ルー人(Tai Lue)やタイ・ユアン人(Tai Yuan)やタイ・クーン人(Tai Khuen)と比較して、他の民族集団とより密接な関係を示します(図2)。これは、19世紀に、タイに移住し、フランスの材木会社のためゾウの扱いや材木切り出しや樵活動と関わるようになった、カム人の歴史的背景と一致します。一部のカム人はタイに定住し、低地タイ・カダイ語族話者集団と相互作用し、文化的交流と通婚の可能性がもたらされました。たとえば、一部のカム人はタイ・ルー人と類似した手織りの織物を着て、カム人共同体におけるタイ・ルー人の文化的影響を反映し、「カム・ルー人(Khamu Lue)」と呼ばれています。

 さらに、本論文のゲノム規模分析は、カム人とモン人(Hmong)やユーミエン人やリス人など一部の山岳部族集団との間の関係を示唆します。過去には、異なる山岳部族集団間の通婚は、伝統と場所の違いのため稀でした。しかし現代世界では、これらの集団間の遺伝的および文化的境界は次第に緩み、その遺伝的類似性増加につながっています。タイとラオス量国の近隣地域に暮らすフムイ語とミャオ・ヤオ語族の話者間の民族間結婚は、今ではあり得ることです。一部の人類学者が、カム人は元々、シナ・チベット語族話者集団のチベット・ビルマ語派話者が優勢なミャンマー北部と中国の雲南省の南西部から南方へ移住した、と考えたことは注目に値します。本論文の結果(図7)で見られるタイの遺伝子プールのカム人におけるナシ人関連祖先系統の存在は、過去における共有された共通祖先を示唆しますが、この遺伝的つながりの解明にはさらなる調査が必要です。

 ルア人の遺伝的構造は独特で、アジア南東部本土の他の民族集団とは異なる、と分かりました。しかし、ルア人は以前に特定されたティン人集団と遺伝的に密接に関連しています。「ルア人」と「ティン人」という用語は政府により交互に用いられており、その住民は自らを「ルア人」と呼び、「ティン人」という用語が政府職員により先住民として表すために用いられていること(ティン人はタイ語で地域性を意味します)には、言及する価値があります。本論文のゲノム規模遺伝子型決定から、これら2つの民族集団(ルア人とティン人)はじっさいに同じ集団である、と確証されます。

 ルア人が次第に低地の日雇い労働に従事し、その生活様式が他の民族集団と融合しつつあるにも関わらず、本論文の包括的なゲノムデータから依然として、ナーン県のルア人の遺伝的構造は独特なで他の民族集団とは異なったままである、と論証されます。この調査結果は、ルア人(ティン人)にのみ存在し、タイ北部地域の他のどの民族集団にも存在しない、B6aとF1a1aとM12a1aという独特なmtDNAハプログループ(mtHg)を特定した、mtDNA分析に基づく先行研究と一致します。

 ルア人集団で観察された特有の遺伝的構造は、ゲノム規模常染色体遺伝標識に基づいて以前に観察されたように、オーストロアジア語族の2系統であるフムイ語とカトゥ語の間の密接な関係という仮定に疑問を呈します。ムラブリ人やティンマル人(HtinMal)のような特定のフムイ語話者民族集団はカトゥ語話者との顕著な関係を示しますが、ルア人集団はカトゥ語話者ではなくフムイ語話者内でおもに遺伝的浮動を共有しているようです(図4)。本論文の混合図もこれを裏づけており、ルア人集団は特徴的な遺伝的歴史を有しており、カトゥ語話者集団との区別を維持している、と示唆しています(図7)。

 タイ北部に暮らす狩猟採集遊動民の小集団であるムラブリ人が存在します。「ムラブリ」という用語は「森林の人々」と訳され、人々を意味する「ムラ(Mla)」と森を意味する「ブリ(Bri)」が組み合わされています。ムラブリ人は、恒久的に定住せず常に移動する、遊動的な生活様式により明確に特徴づけられます。一部の学者は、ムラブリ人がアジア南東部の元々の人口集団であるホアビン文化(Hoabinhian)集団の直接的子孫である、と提案しています。現在、ムラブリ人はタイの2県、つまりプレー(Phrae)県とナーン県でのみ見られ、その人口は約400人です。ゲノム分析を用いた先行研究は、ムラブリ人集団とティンマル人集団との間の遺伝的類似性を裏づけました。さらに、片親性遺伝標識は、ムラブリ人とティンマル人とティンプライ人(HtinPray)とカム人の民族集団における父系関係を示唆していますが、母系の遺伝的関係は、タイ北東部でカトゥ語を話すムラブリ人とソン人とブルー人の集団間で観察されています。

 本論文のゲノムデータも、フムイ語話者民族集団とムラブリ人との間の密接な関係を確証し、ルア人はカム人よりもムラブリ人の方とより密接です(図4および図7)。この調査結果は、これらの民族をオーストロアジア語族、とくにフムイ語系統内で分類する言語学的証拠と一致します。言語学者は単語の発音における変化の比較の技術を用いて、ルア人(ティン人)はカム人民族集団と600年前頃に分離し、次にルア人はマル人とプライ人の2集団に300~200万年前頃に分離した、と提案しました。しかし、言語学的データはルア人とムラブリ人が相互から分離した時代を決定的には示せませんが、数百年前と推定されています。遺伝学と言語学両方の証拠から、フムイ語話者集団のカム人とルア人(ティン人)は、アジア南東部本土の先住民の子孫と考えられているムラブリ人と同じ祖先系統を共有している、と示唆されます。

 アジア南東部のさまざまな民族から得られたゲノムデータの古代DNAとの比較は、フムイ語話者集団と、ベトナムとの国境に近いラオスのTPL遺跡の古代人DNAとの間の興味深いつながりを明らかにしました。この遺跡では少なくとも6万年前頃にさかのぼるヒト遺骸が発見されており(関連記事)、ヒトがアフリカから海岸に沿って移住した、との以前の仮定に疑問を呈します。代わりに、ヒトの移住はアジア大陸の自然の川の流域に沿ったものだったかもしれません。TPLおよびタム・ハン洞窟から得られた古代人のDNAは、2018年に調査され、報告されました(関連記事)。そのDNAは3071~2378年前頃のヒト遺骸から抽出され、新石器時代末と青銅器時代との間のつながりを表しています。

 フムイ語話者集団とラオスの古代人のDNAとの間の遺伝的つながり(図6)は、TPL遺跡での発見により証明されたように、古代から現在までのラオス北部の人々の継続的発展に光を当てます。タイとその近隣諸国のフムイ語話者間の直接的な歴史的つながりは、ラオスを除いて依然として欠けていますが、遺伝学的な先行研究は、さまざまなアジアの人口集団へのこれら先史時代住民の影響を解明しました。約55000のSNPを含むゲノム規模の常染色体研究は、ベトナムの主要な民族集団であるキン人(Kinh)内の、(ティン人とムラブリ人により例証される)フムイ語話者関連祖先系統の遺伝的要素を解明してきました。中国系統とアジア南東部系統の混合、とくに祖型マレー人およびフムイ語話者の居住地が、現在のベトナム人集団の形成に顕著な役割を果たした可能性が高そうです。

 フムイ語話者(ティンマル人とムラブリ人)の遺伝的構成要素はおもに、最初の新石器時代の農耕民的起源を反映しており、この結論は包括的なゲノム規模SNPデータにより裏づけられます。このフムイ祖先系統は、オーストロネシア語族話者で優勢な福建省の新石器時代遺跡個体的な起源(関連記事)とともに、完新世の前に確立した現象(関連記事)である、中国南部内の遺伝的下部構造の保存に寄与しています。さまざまなアジア南東部人口集団におけるフムイ語話者祖先系統の存在は、これらの人々の遺伝的情報の調査の重要性を強調します。本論文の混合図(図7)から、タイの一部のフムイ語話者集団、とくにルア人とムラブリ人は、この地域の他の民族集団と最初期に分岐した集団で、おそらくは顕著な遺伝的混合はなかった、と明らかになります。したがって、これらの民族集団はアジア南東部本土におけるヒト進化の研究において、先史時代の子孫として重要な意義を有しています。

 しかし、タイの多くの少数民族と同様に、フムイ語話者は混合と文化的同化の課題に直面してきました。多くのフムイ語話者個体は、タイの主流社会へと同化するため、タイ語とタイの文化を取り入れるよう、推奨されてきました。これは伝統的な知識と習慣の喪失につながってきており、より若い世代は、フムイ語を話すか、伝統的な進行や儀式に関わる可能性が低くなりました。特定の系統を調べ、この集団と他の古代人標本との間遺伝的つながりを確証するための、より大きな標本規模とより包括的な遺伝的標識でのさらなる研究の実行は、近い将来にはできなくなるかもしれません。したがって、アジア南東部におけるヒト進化の知識の包括的な理解を得るためには、これら先史時代の子孫とその近隣諸国、とくにフムイ語話者の大半が居住しているラオスの近縁集団における遺伝学的および文化的研究の促進が緊急に必要です。本論文の結果は、タイにおけるフムイ語話者民族集団の遺伝的構造と祖先系統の概要を促しますが、本論文の手法は、遺伝的多様性の限定的な範囲にのみ関連すると仮定している中立理論に基づいていた、と強調するように望んでいます。本論文の結論はまだ暫定的で、分子進化の今後の理論には、フムイ語話者の多様性と祖先系統を調査するための、前進的でより広い手法を提供する可能性があります。


●まとめ

 本論文は、タイ北部に暮らす5ヶ所の村落(カム人の3ヶ所とルア人の2ヶ所)のフムイ語話者81人から、広範なゲノム規模SNPデータ一式を生成し、分析しました。本論文の調査結果から、カム人とルア人の両民族集団が、タイおよびアジア南東部の他の民族とは異なる遺伝的構造を有している、と明らかになり、移住と定住の独特な歴史が示唆されます。フムイ語話者集団内の調査に関して、さまざまな場所に暮らしているカム人集団は類似の遺伝的構造を示す、と観察されました。さらに、カム人集団はタイの一部の山岳部族およびタイ・カダイ語族話者集団と遺伝的類似性を示しており、経時的な混合もしくは文化的交流の可能性が示唆されます。一方で、ルア人は独特な人口構造を示しており、創始者効果と内婚慣行に影響を受けた可能性が高そうです。

 本論文の重要な調査結果は、タイのフムイ語話者、とくにルア人の下部集団と、ラオスの遺跡で得られた新石器時代の古代人DNAとの間の遺伝的関係の発見です。古代人DNAと現在の民族集団との間のこの密接な遺伝的関係は、古代から現在までの人口集団の発展の連続性を浮き彫りにします。本論文は、フムイ語話者内の遺伝的下部構造と、アジア南東部本土の先住民との潜在的関係への新たな洞察を提供します。


参考文献:
Kampuansai J. et al.(2023): Genetic diversity and ancestry of the Khmuic-speaking ethnic groups in Thailand: a genome-wide perspective. Scientific Reports, 13, 15710.
https://doi.org/10.1038/s41598-023-43060-7

この記事へのコメント