閉経後も長く生存する野生チンパンジー(追記有)
閉経後も長く生存する野生チンパンジーを報告した研究(Wood et al., 2023)が公表されました。日本語の解説記事もあります。選択が閉経もしくはもはや繁殖できなくなった個体の生存継続を促す理由は、明らかではありません。哺乳類では、野生の自然条件下でかなりの数が生存する繁殖後の雌は、ヒトと少数のクジラ種(関連記事)でのみ観察されており、現代人にとって最近縁の分類群であるチンパンジー属でも見られません(関連記事1および関連記事2)。この特性の希少性は、研究を興味深いものにも、困難なものにもします。
現代人と密接な霊長類の近縁種から得られたデータは、ヒトの生活史進化の再構築と因果モデル化にとくに価値があります。本論文では、個体群動態およびホルモンのデータが組み合わされ、ボノボ(Pan paniscus)とともにヒトの現生最近縁群であるヒガシチンパンジー(Pan troglodytes schweinfurthii)における、繁殖後の寿命とその根底にある生理学的機序が調べられます。
本論文は、21年にわたる観察(1995~2016年)から得られた、ウガンダのキバル国立公園(Kibale National Park)の野生チンパンジーのンゴゴ(Ngogo)集団における雌のチンパンジー185個体の死亡率と繁殖率を調べました。本論文は、繁殖後の状態における生態の寿命の割合を表す、個体群統計尺度であるPrR(post-reproductive representation)を計算しました。ヒトの閉経、つまり卵胞の枯渇に起因する卵巣機能の非病理学的および永続的停止は、卵胞刺激ホルモン(follicle-stimulating hormone、略してFSH)および黄体形成ホルモン(luteinizing hormone、略してLH)の増加と、黄体形成ホルモン(luteinizing hormone、略してLH)の水準低下に反映されています。ンゴゴの雌がヒト的な閉経を経るのかどうか評価するために、さまざまな繁殖状態と年齢(14~67歳)の66個体の雌から得られた560点の尿標本で測定された5つのホルモンにおける年齢と関連する傾向が分析されました。
他のチンパンジー個体群やヒトと同様に、繁殖能力は30歳以後に低下し、50歳以後には出生は観察されませんでした。他のチンパンジーの個体群とは異なるものの、ヒトと同様に、ンゴゴの雌が50歳を超えて生きることは珍しくありませんでした(16個体)。観察されたPrR値は0.195で、成体(14歳)に達した雌はその生涯の約1/5を繁殖後に送っていた、と示唆され、この繁殖後の寿命はヒトの狩猟採集民の約半分です。ホルモン測定から、ンゴゴの雌は、閉経に伴う、FSHおよびLHの水準増加とエストロゲンおよびプロゲスチンの水準低下により特徴づけられる、ヒトと同様の繁殖の移行を経る、と示されます。
ヒトと野生チンパンジーの両方で、50歳頃に閉経により繁殖は終了します。大幅なPrRは、チンパンジーを含めてどの野生霊長類個体群でも以前には観察されていませんでした。この不一致の説明の一つは、大幅なPrRが、低水準の捕食や高い食料入手可能性や成功した集団間競合など、ンゴゴにおける異常に好適な生態学的条件への時間的反応かもしれない、ということです。第二の可能性は、大幅なPrRが、チンパンジーにおける進化した種特有の特性で、それは最近のヒトによる悪影響、とくに疾患感染のため他の場所では観察されなかった、ということです。
祖母仮説では、高齢の雌は娘の繁殖力もしくは孫の生存率増加を助けるために、繁殖年齢を過ぎても生きるよう進化したかもしれない、と提案されています。これは、高齢の雌が一般的にその娘とは離れて暮らすチンパンジーに当てはまる可能性は低そうで、それは、チンパンジーの娘はその出生集団を成体時には離れるからです。雌に偏った拡散という文脈では、より妥当な理論は繁殖対立仮説かもしれません。この仮説では、雌が新集団への移住後に、年齢を重ね、限られた繁殖機会をめぐってより若い雌との競合に直面するにつれて、しだいに他集団の構成員との関係が増えてくる、という事実が強調されます。最高齢の雌は、そうした競合の包括適応度負荷を制限するために、繁殖を止めるのかもしれません。祖母仮説と繁殖対立仮説は相互に排他的な選択肢ではなく、両者は全てのヒト社会がチンパンジーについて本論文で記載されたよりも高いPrRを有する理由の説明に必要かもしれません。
ヒトにおける閉経の遺伝的基盤の研究も進められており(関連記事1および関連記事2)、チンパンジー属との比較により、その共通点と相違点が示され、閉経の進化理由が解明されていくのではないか、と期待されます。閉経後の長い寿命について、祖母仮説と繁殖対立仮説が提示されており、それ以外の理由もあるかもしれませんが、本論文が指摘するように、祖母仮説と繁殖対立仮説は相互に排他的ではなく、複数の要因も想定されます。また、それと関連して、一部のハクジラ類はもちろん、チンパンジー属の閉経後の長い寿命も、ヒトとは共通の進化的基盤がない可能性も考えられます。
参考文献:
Wood BM. et al.(2023): Demographic and hormonal evidence for menopause in wild chimpanzees. Science, 382, 6669, eadd5473.
https://doi.org/10.1126/science.add5473
追記(2023年10月30日)
ナショナルジオグラフィックでも報道されました。
現代人と密接な霊長類の近縁種から得られたデータは、ヒトの生活史進化の再構築と因果モデル化にとくに価値があります。本論文では、個体群動態およびホルモンのデータが組み合わされ、ボノボ(Pan paniscus)とともにヒトの現生最近縁群であるヒガシチンパンジー(Pan troglodytes schweinfurthii)における、繁殖後の寿命とその根底にある生理学的機序が調べられます。
本論文は、21年にわたる観察(1995~2016年)から得られた、ウガンダのキバル国立公園(Kibale National Park)の野生チンパンジーのンゴゴ(Ngogo)集団における雌のチンパンジー185個体の死亡率と繁殖率を調べました。本論文は、繁殖後の状態における生態の寿命の割合を表す、個体群統計尺度であるPrR(post-reproductive representation)を計算しました。ヒトの閉経、つまり卵胞の枯渇に起因する卵巣機能の非病理学的および永続的停止は、卵胞刺激ホルモン(follicle-stimulating hormone、略してFSH)および黄体形成ホルモン(luteinizing hormone、略してLH)の増加と、黄体形成ホルモン(luteinizing hormone、略してLH)の水準低下に反映されています。ンゴゴの雌がヒト的な閉経を経るのかどうか評価するために、さまざまな繁殖状態と年齢(14~67歳)の66個体の雌から得られた560点の尿標本で測定された5つのホルモンにおける年齢と関連する傾向が分析されました。
他のチンパンジー個体群やヒトと同様に、繁殖能力は30歳以後に低下し、50歳以後には出生は観察されませんでした。他のチンパンジーの個体群とは異なるものの、ヒトと同様に、ンゴゴの雌が50歳を超えて生きることは珍しくありませんでした(16個体)。観察されたPrR値は0.195で、成体(14歳)に達した雌はその生涯の約1/5を繁殖後に送っていた、と示唆され、この繁殖後の寿命はヒトの狩猟採集民の約半分です。ホルモン測定から、ンゴゴの雌は、閉経に伴う、FSHおよびLHの水準増加とエストロゲンおよびプロゲスチンの水準低下により特徴づけられる、ヒトと同様の繁殖の移行を経る、と示されます。
ヒトと野生チンパンジーの両方で、50歳頃に閉経により繁殖は終了します。大幅なPrRは、チンパンジーを含めてどの野生霊長類個体群でも以前には観察されていませんでした。この不一致の説明の一つは、大幅なPrRが、低水準の捕食や高い食料入手可能性や成功した集団間競合など、ンゴゴにおける異常に好適な生態学的条件への時間的反応かもしれない、ということです。第二の可能性は、大幅なPrRが、チンパンジーにおける進化した種特有の特性で、それは最近のヒトによる悪影響、とくに疾患感染のため他の場所では観察されなかった、ということです。
祖母仮説では、高齢の雌は娘の繁殖力もしくは孫の生存率増加を助けるために、繁殖年齢を過ぎても生きるよう進化したかもしれない、と提案されています。これは、高齢の雌が一般的にその娘とは離れて暮らすチンパンジーに当てはまる可能性は低そうで、それは、チンパンジーの娘はその出生集団を成体時には離れるからです。雌に偏った拡散という文脈では、より妥当な理論は繁殖対立仮説かもしれません。この仮説では、雌が新集団への移住後に、年齢を重ね、限られた繁殖機会をめぐってより若い雌との競合に直面するにつれて、しだいに他集団の構成員との関係が増えてくる、という事実が強調されます。最高齢の雌は、そうした競合の包括適応度負荷を制限するために、繁殖を止めるのかもしれません。祖母仮説と繁殖対立仮説は相互に排他的な選択肢ではなく、両者は全てのヒト社会がチンパンジーについて本論文で記載されたよりも高いPrRを有する理由の説明に必要かもしれません。
ヒトにおける閉経の遺伝的基盤の研究も進められており(関連記事1および関連記事2)、チンパンジー属との比較により、その共通点と相違点が示され、閉経の進化理由が解明されていくのではないか、と期待されます。閉経後の長い寿命について、祖母仮説と繁殖対立仮説が提示されており、それ以外の理由もあるかもしれませんが、本論文が指摘するように、祖母仮説と繁殖対立仮説は相互に排他的ではなく、複数の要因も想定されます。また、それと関連して、一部のハクジラ類はもちろん、チンパンジー属の閉経後の長い寿命も、ヒトとは共通の進化的基盤がない可能性も考えられます。
参考文献:
Wood BM. et al.(2023): Demographic and hormonal evidence for menopause in wild chimpanzees. Science, 382, 6669, eadd5473.
https://doi.org/10.1126/science.add5473
追記(2023年10月30日)
ナショナルジオグラフィックでも報道されました。
この記事へのコメント