現生人類の拡大に伴うネアンデルタール人からの遺伝的影響の時空間的差異
現生人類のアフリカからの拡大に伴うネアンデルタール人からの遺伝的影響の時空間的差異を推定した研究(Quilodrán et al., 2023)が公表されました。ネアンデルタール人と現生人類との遺伝的混合は今では広く認められており、ネアンデルタール人からの遺伝的影響度について、非アフリカ系現代人集団では大きくはないものの有意な地域差があり、具体的にはヨーロッパよりもアジア東部の方でネアンデルタール人由来のゲノム領域の割合が高い、と示されています(関連記事)。この問題についてはさまざまな仮説が提示されてきましたが、本論文は古代ゲノムデータの分析により、その要因を推定しています。
●要約
現生人類(Homo sapiens)の世界規模の拡大は、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の消滅前に始まりました。両種は共存して交雑し、ヨーロッパ人よりもアジア東部人の方でわずかに高い遺伝子移入につながりました。この異なる祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)水準は選択の結果と主張されてきましたが、現生人類の範囲拡大は別の説明を提供するかもしれません。この仮説は、拡大源からの距離が遠くなるにつれて増加する、空間的な遺伝子移入勾配につながるでしょう。
本論文は、ユーラシア人の古ゲノムの分析により、過去のヒト【現生人類】拡大後のネアンデルタール人からの遺伝子移入の勾配の存在を調べます。出アフリカ拡大は経時的に持続したネアンデルタール人祖先系統の空間的勾配をもたらした、と本論文では示されます。同じ勾配の方向性を維持しながら、初期新石器時代農耕民の拡大は、アジアの人口集団と比較してのヨーロッパの人口集団におけるネアンデルタール人からの遺伝子移入減少に決定的に寄与しました。これは、ネアンデルタール人に由来するDNAの保有量では、新石器時代農耕民の方がそれ以前の旧石器時代狩猟採集民よりも少なかったからです。本論文では、過去のヒトの人口動態についての推測は古代の遺伝子移入における時空間的差異から可能である、と示されます。
●研究史
ネアンデルタール人のゲノムの配列決定により、アフリカ外の現生人類のDNAの約2%は、サハラ砂漠以南のアフリカの人口集団のDNAとよりもネアンデルタール人のDNAの方と類似している、と明らかにされてきました。このパターンを説明するため、二つの主要で排他的ではない仮説が提案されてきました。それは、(1)現生人類へのネアンデルタール人のDNA断片の遺伝子移入につながる、出アフリカにおけるネアンデルタール人と現生人類との間の交雑と、(2)サハラ砂漠以南のアフリカ人とよりもネアンデルタール人の方と密接に関連する非アフリカ人の祖先を伴う、アフリカにおける祖先の人口構造から生じる不完全な系統分類です。交雑を支持する証拠は過去10年間で蓄積されてきました(関連記事)。しかし、現生人類とネアンデルタール人との間の交雑事象の回数と年代と場所は、不明確なままです。初期の研究では、中東にける単一の交雑の波動が示唆されましたが、複数の交雑事象との仮説を裏づける研究が増えつつあります(関連記事)。とくに、ユーラシア西部における時空間を超えた複数の交雑事象は、現代の人口集団で観察されるネアンデルタール人祖先系統の水準と一致する、と示されてきました。
ネアンデルタール人祖先系統は現代のユーラシア人口集団では比較的均一ですが、アジア東部ではヨーロッパよりも約8~24%高い、と示されています(関連記事)。この観察は予想外で、それは、現時点で知られているネアンデルタール人の地理的分布が、ほぼ排他的にユーラシアの西部にあるからです。ユーラシアの東西の人口集団間のネアンデルタール人祖先系統におけるこの違いを説明するため、三つの主要な仮説が提案されてきました。それは、(1)アジア人と比較してヨーロッパ人では有効人口規模がより高く、ヨーロッパ人においては有害なネアンデルタール人のアレル(対立遺伝子)に作用する浄化選択の影響がより強かった、という仮説と、(2)ネアンデルタール人祖先系統をほとんど若しくはまったく有していない仮定的な「基底部(もしくは亡霊)」人口集団からの遺伝子移入に起因する、ヨーロッパ人におけるネアンデルタール人祖先系統の希釈との仮説(関連記事)と、(3)元々のユーラシアの遺伝子移入の波動が、ヨーロッパとアジアの人口集団間の分岐後に追加の波動により補足され、異なるネアンデルタール人祖先系統水準を生じるに至った、ネアンデルタール人からの遺伝子移入の複数回の波動との仮説(関連記事)です。
最近、ヨーロッパ西部とアジア東部との間のネアンデルタール人祖先系統の異なる水準は出アフリカ事象後の現生人類の拡大範囲の結果である、とする追加の仮説が提案されました。人口集団の範囲拡大は重要な進化的結果で、それに含まれるのは、(1)アレル頻度の勾配の生成、(2)中立的か自然選択下にあるかに関わらず、特定のアレルの頻度増加、(3)拡大の軸に沿った遺伝的多様性の減少、(4)有害なアレルの維持による人口集団における変異負荷の増加です。さらに、在来の人口集団との混合が起きると、交雑が限定的だとしても、人口集団は侵入遺伝子プールに対する在来の人口集団の遺伝的寄与を不釣り合いに増加させる傾向にあります。この後者の影響は、生物学的侵入の軸に沿った遺伝子移入の空間的勾配の形成をもたらす、と予測されます(図1A)。この仮定下では、在来の遺伝子(つまり、ネアンデルタール人)の遺伝子移入は侵入してきた人口集団(つまり、現生人類)において拡大源(つまり、アフリカ)からの距離とともに増加します。
これは、以下の影響の組み合わせに起因します。それは、(1)起源地から離れていくと、より高い交雑可能性をもたらす、範囲拡大の前線における継続的な交雑事象と、(2)連続創始者効果および人口増加から生じる遺伝的波乗りと、(3)増加し拡大する人口集団と人口統計学的均衡にある在来の人口集団との間の人口統計学的不均衡です。この仮説は、アフリカにおける現生人類拡大の起源地からの地理的距離によるヨーロッパとアジア東部におけるネアンデルタール人祖先系統の異なる水準との説明を提案します。時空間にわたって継続的に起きるこの複数交雑事象との仮定は、先行研究により定義されているように、単一の交雑の波動と区別できないかもしれません。以下は本論文の図1です。
コンピュータ模擬実験では、範囲拡大の過程は、ユーラシアの両端側からの現在のゲノム情報に基づいて、ヨーロッパアジア東部との間のネアンデルタール人祖先系統における違いを説明できるかもしれない、と示されました。しかし、地理的な遺伝子移入パターン(つまり、勾配の存在)の詳細な調査も、経時的な変化もその研究には含まれていませんでした。さらに、範囲拡大は出アフリカ拡大期だけではなく、他の先史時代の期間にも起きました。これには、ヨーロッパ南東部とアナトリア半島から到来した農耕民が部分的に狩猟採集民を置換したヨーロッパの新石器時代への移行や、ユーラシア草原地帯からの牧畜人口集団の拡大を伴う青銅器時代が含まれます(関連記事)。したがって、最近のヒトの歴史における複数の人口移動は時空間にわたるネアンデルタール人祖先系統の形成に寄与した可能性があり、それは、異なる拡大していく人口集団がさまざまな水準のネアンデルタール人祖先系統を有していたかもしれないからです。
本論文は、範囲拡大仮説と一致する遺伝子移入の空間的勾配がユーラシアで起きたのかどうか、時空間を超えて分布する人口集団におけるネアンデルタール人祖先系統の水準の調査により研究します。遺伝子移入の時空間的水準は、過去の人口動態に関する貴重な情報を提供する、と本論文では論証され、ヒトの進化史における古代の遺伝子移入水準の形成について、主因として範囲拡大の複数回の事象が示唆されます。
●ユーラシアにおけるネアンデルタール人祖先系統の空間的勾配
アレン(Allen)古代DNAデータベースから取得された、4464個体の刊行された古代人および現代人(4万年前頃~現在)の拡張データセットが分析されました。以下の人口集団の1つと各ゲノムが関連づけられました。それは、旧石器時代/中石器時代狩猟採集民(HG)、新石器時代/銅器時代農耕民(FA)、他の古代人標本(OT)、現代人標本(MD)です。全てのゲノムについてのF4比を用いてネアンデルタール人からの遺伝子移入が推定され、同じ地理的位置と期間と人口集団のゲノムの値が平気化され、1もしくは複数のゲノムで構成される2625点の標本が得られました(図1B)。
次に、応答変数として対数変換されたネアンデルタール人祖先系統での線形混合モデル(linear mixed model、略してLMM)の使用により、緯度と経度と年代(現在からさかのぼった年数)と大陸地域(ヨーロッパもしくはアジア)とその相互作用の固定効果が調べられました、LMMは、データセットの階層構造や非独立性の処理にとくに有用です。人口集団の無作為効果、これらの集団内で重なる期間(500年間のクラスタ)、データの時空間的自己相関が調べられました。このモデルは全データセットを使用するので、「完全なユーラシア」と呼ばれました。最低の赤池情報量基準(Akaike information criterion、略してAIC)値に基づいて、最適なLMMが保持されました。
時間参照として全標本の平均年代の考慮により(4200年前頃)、ヨーロッパとアジアの両方において緯度と経度でネアンデルタール人祖先系統の線形関係が観察されました(図2)。これらの地理的パターンは、交雑を伴う人口拡大後の、空間的遺伝子移入勾配の仮説を裏づけます。これは図1Aで図式的に表されており、在来の遺伝子(つまり、ネアンデルタール人)の遺伝子移入が、侵入人口集団(つまり、現生人類)においてその拡大源(つまり、アフリカ)からの距離とともに増加する、と予測されます。ヨーロッパとアジアでは緯度との正の関係が観察されますが(図2A)、経度では対照的な関係が観察され、アジアでは正、ヨーロッパでは負となります(図2B)。
緯度とともに増加するネアンデルタール人からの遺伝子移入は、ネアンデルタール人と交雑しながらのユーラシア南部地域から北部地域への現生人類の出アフリカ拡大と一致します。経度のパターンは中東における拡大の起源地と一致し、ネアンデルタール人祖先系統は中東からの経度とともに、アジアでは増加が予測されますが、ヨーロッパでは減少します。別の進化圧もこの遺伝子移入勾配に関わっているかもしれませんが(たとえば、空間的に異なる選択圧)、中東における全ての空間的勾配の源で観察された特定のパターンでは、人口集団の範囲拡大が最節約的な説明となります。以下は本論文の図2です。
あるいは、現生人類におけるネアンデルタール人祖先系統の空間的差異はユーラシアにおけるネアンデルタール人の不均等な分布に起因するかもしれず、ネアンデルタール人がより多い地域では種間相互作用もより多く起き、局所的交雑の異なるパターンが生じます。出アフリカ後に、アジアよりもヨーロッパの方でより高いネアンデルタール人祖先系統水準が見つかり(図3)、ユーラシアにおけるネアンデルタール人の現在の化石記録と一致し、ヨーロッパではより多くの証拠が蓄積されています。さらに、ユーラシアの南部よりも北部の方でより多くのネアンデルタール人祖先系統を示す本論文の結果は、ヒマラヤ山脈の南方におけるネアンデルタール人の予期せぬ存在を除外できないとしても、ヒマラヤ山脈の北方におけるネアンデルタール人存在の証拠と一致します。それにも関わらず、在来種の不均等な分布の事例でさえ、範囲拡大から生じる侵入人口集団(つまり、現生人類)における遺伝子移入の増加する勾配は、依然として有効な説明かもしれません。たとえば、これは、ユーラシアのネアンデルタール人について当てはまっていたかもしれないように、在来人口集団が地域の一部にしか居住していなかった、とする模擬実験された範囲拡大後に予測されます。以下は本論文の図3です。
空間的遺伝子移入の類似の勾配は、アフリカ東部における出アフリカ拡大の推定起源地からの地形的距離で緯度と経度を置換した場合や、おそらくは背景選択の影響が少ないデータセットからF4比を計算した場合に観察されます。しかし、本論文の分析は、現在ヨーロッパ西部よりもアジア東部の方でわずかに高水準のネアンデルタール人祖先系統が、ヨーロッパよりもアジアの方での現生人類拡大の起源地からのより長い距離によって説明できるかもしれない、との仮説を裏づけません。この仮説は現代人のDNAデータのみで提起されましたが、本論文の結果は古代DNA標本も検討しました。古ゲノムデータを用いると、2万年以上前の標本では逆のパターンが示され、アジアよりもヨーロッパの方で多くのネアンデルタール人祖先系統が観察されます(図3)。したがって、ヨーロッパよりもアジアの方でネアンデルタール人祖先系統の割合が高いという現在のパターンは、その後の段階で進展したに違いありません。
●ネアンデルタール人祖先系統における時間的差異
本論文の結果から、ネアンデルタール人祖先系統の、経度勾配の傾きは過去4万年間で類似したままなのに対して、緯度勾配は経時的に有意に変化した、と示唆されます。緯度パターンはヨーロッパにおいて初期ではより顕著で、3万年前頃には目立たなくなり、ネアンデルタール人祖先系統は全体的に減少します(図3)。これは、ユーラシアにおけるネアンデルタール人祖先系統の水準が現在観察されているように空間全体で均一に分布していたわけではなかった可能性を示唆しますが、この予測はより多くの古ゲノムで確認される必要があり、それは、緯度と時間の相互作用が、最適モデルのみの代わりに全候補モデルの平均を考慮した場合、もはや有意ではないからです。
経時的なネアンデルタール人祖先系統における差異は、現在議論されています。ヨーロッパ古代人のゲノムはヨーロッパ現代人と比較してネアンデルタール人祖先系統をより多く有している、と提案されてきましたが(関連記事)、この結果は祖先系統推定手順における方法論的価値よりのため、疑問が呈されました(関連記事)。それにも関わらず、ネアンデルタール人祖先系統は現在の2%へと急速に減少する前には、混合時に10%もあったかもしれない、と推定されてきました。本論文では、ネアンデルタール人祖先系統における時間的減少は緯度と関連している、と示されます。
ヨーロッパ南部の標本は経時的にほぼ一定のネアンデルタール人祖先系統を示しますが、ヨーロッパ北部の標本は4万~2万年前頃に減少を経ました。緯度勾配は大きな変化を経た可能性があり、それは恐らく、最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)もしくは他の限定的な氷期において現生人類の経てきた人口の拡大および縮小に起因します。本論文の結果から、この勾配は現代人のデータではさほど明らかになっていない、と示されます(図3)。経度パターンは、過去4万年間でさほど影響を受けてこなかったので、6万~45000年前頃の現生人類の進化において起きた出アフリカ範囲拡大の残存痕跡を表しているかもしれません。
自然選択は、経時的なネアンデルタール人祖先系統の減少の説明に持ち出されてきましたが(関連記事1および関連記事2)、異なる歴史的過程も重要な役割を果たしたかもしれません。これには、人口の拡大および縮小や、さまざまな水準のネアンデルタール人祖先系統を有する遺伝的に分化した人口集団間の相互作用が含まれます(関連記事1および関連記事2)。ヨーロッパでは、顕著な遺伝的移行が初期新石器時代農耕民の拡大中に起き、そのさいに旧石器時代/中石器時代の狩猟採集民が部分的に置換されました(いわゆる新石器時代移行)。少なくともアナトリア半島からヨーロッパ中央部へのドナウ川経路沿いでは、古遺伝学的分析から、新石器時代への移行の最初の段階は農耕民の移住を通じて起き、続いて第二段階で在来の狩猟採集民との混合が起きた、と明らかにされてきました(関連記事)。この移行は肥沃な三日月地帯では11000年前頃に始まり、ネアンデルタール人祖先系統の分布に対するその結果は、これまでさほど調査されてきませんでした。
●ヨーロッパにおける狩猟採集民よりも初期農耕民の方で少ないネアンデルタール人祖先系統
したがって、年代と人口集団全体にわたるネアンデルタール人祖先系統の水準の差異が、より具体的に調べられました(合計2534個体)。OT(他の古代人標本)集団には、FA(新石器時代/銅器時代農耕民)でもHG(旧石器時代/中石器時代狩猟採集民)でもない全ての古代人標本が含まれ、たとえば、青銅器時代やもっと新しい期間です。MD(現代人)集団の標本はこの分析から除外され、それは、ネアンデルタール人祖先系統の時間的差異を調べられないからです(現代のデータは同じ年代に関連づけられています)。人口集団と大陸地域(ヨーロッパもしくはアジア)と年代と相互作用が固定変数として含められ、データセットの空間的自己相関も補正されました。このモデルは「古代ユーラシア」と呼ばれ、それは、古代人標本のみ検討しているからで、その最適なLMM(線形混合モデル)は表S1に示されています。
ヨーロッパとアジアと人口集団の間の違いに関して年代の影響が観察され、ヨーロッパではとくに明らかですが、FAよりもHGの方で全体的なネアンデルタール人祖先系統の水準は高くなっています(図4)。最初のFAが近東に出現した1万年前頃には、FAとHGとの間の違いはヨーロッパ(HGは0.024±0.001、FAは0.019±0.001)とアジア(HGは0.022±0.001、FAは0.018±0.001)において有意でした。農耕が充分に確立したものの、HG人口集団が存続していた6000年前頃には、ネアンデルタール人祖先系統はヨーロッパにおいてHG人口集団(0.023±0.001)とFA人口集団(0.020±0.0002)との間で、またHG人口集団とOT人口集団(0.020±0.0003)の間で有意でしたが、FA人口集団とOT人口集団との間では有意ではありませんでした。同様の状況はこの時点でのアジアでも観察されました。
全体的にこれが意味するのは、初期のFAは同じ地域のそれ以前のHGよりもネアンデルタール人祖先系統が少ない、ということです。この違いは経時的に消滅し、それは、FAにおけるネアンデルタール人祖先系統の水準が両地理的地域【ヨーロッパとアジア】においてHGとの共存期間中に増加したからです(図4)。後期のHGとFAとの間の混合は、おそらく経時的なHGにおけるネアンデルタール人祖先系統の減少の一部を説明できますが、この現象は1万年前頃となる農耕出現の前に始まっているようなので(図4)、HGとFAとの間の混合は多分、唯一の要因ではありません。しかし、3万~2万年前頃には古代人の標本が稀で、存在しない場合さえあるので、この結果は慎重に解釈すべきです。さらなるデータと研究が、この特定の時点の解明に役立つかもしれません。アジアのFAはHGの平均水準に達しましたが、ヨーロッパのFAはそうした高水準に達しませんでした(図4)。したがってFAは、以前に提案されたように(関連記事1および関連記事2)、ユーラシア西部でネアンデルタール人祖先系統を希釈した人口集団として機能したかもしれません。以下は本論文の図4です。
ネアンデルタール人祖先系統の水準が異なっていた人口集団の範囲拡大の複数事象は、ネアンデルタール人祖先系統における時空間的変化への説明を提供できるかもしれません。本論文の結果は、過去のヒトの範囲拡大(つまり、HG、次にFA)がネアンデルタール人祖先系統の空間的勾配の形成に寄与し、その水準はアジア南西部におけるその起源地から増加していく、という上述の仮説を裏づけます(図2および図3)。出アフリカの期間に、HGは拡大につれてネアンデルタール人からの遺伝子移入を蓄積していき、これは範囲拡大仮説と一致します。ユーラシア西部への第二、つまり初期FAの範囲拡大は、この地域におけるネアンデルタール人祖先系統の全体的な希釈の説明に重要です。最初期のFAはアナトリア半島とレヴァントのHG人口集団に由来し、出アフリカ拡大の起源地への地理的近さから予測されるように、ヨーロッパの他地域のHG人口集団よりもネアンデルタール人祖先系統は低水準です。FAとOTの人口集団間で顕著な違いがないので、草原地帯牧畜民のその後の拡大はさほど大きな影響を及ぼさなかったようですが、本論文のOT集団にはさまざまな文化期の人口集団が含まれているので、これにはより詳細な説明が必要でしょう。
●ヨーロッパの農耕民と狩猟採集民における空間的勾配
本論文は次に、アジアよりも古ゲノムが密で均一に分布しているため、ヨーロッパに分析を集中させることにしました。アジアでは、旧石器時代と新石器時代はより大きな地域にまたがる少数の標本(標本が、ヨーロッパでは1517点に対してヨーロッパの4倍の広さのアジアでは1108点です)で表されています(図1B)。さらに、アジアの複数の場所で栽培化された植物と家畜化された動物が出現しており、過去のFAの人口動態の説明がヨーロッパよりも困難になっています。
ヨーロッパに限定された部分標本(1517点)の使用により、時間の固定効果を制御しながら、ネアンデルタール人祖先系統に対する緯度と経度と人口集団(HGとFAとOTとMD)の影響が調べられました。MD標本における時間的差異の欠如のため、時間と人口集団との間の交差水準相互作用が除外されました。LMMは「ヨーロッパ」と呼ばれ、その最良版が表S1に示されています。経度と人口集団との間の相互作用は有意ではなく、緯度と人口集団との間の相互作用とともに、モデル選択時に除外されました。人口集団間の違いの欠如が検出力の欠如に起因する可能性を排除できませんが、これが示唆するのは、図2で示されている負の経度および正の緯度の傾向が、他の文化集団と比較してのHGにおけるより高いネアンデルタール人祖先系統にも関わらず、ヨーロッパでは全ての人口集団でそのまま留まっている、ということです(図5)。緯度と経度との間の相互作用は有意で、その遺伝子移入の傾斜が全ての人口集団で相互依存だったことを意味します(図5)。
全ての固定変数相互作用を含む完全なモデルが検討されると、変化した唯一の空間的勾配はFAと比較してのHGでの緯度の傾斜です。HGについての結果は旧石器時代の標本の少なさに影響を受けているかもしれませんが、この分析から、この期間には緯度の差異が経度の差異よりも大きく変化したかもしれない、と示唆されます(図3および図5)。LGMと関連する旧石器時代における人口の拡大および縮小のさまざまな事象は、経度で見られる勾配よりも緯度の勾配の方に影響を及ぼしたかもしれません。全体的に、空間の傾向はさまざまな期間にわたって類似したままで、MD標本では顕著ではなくなり、HGではネアンデルタール人祖先系統がより多くなります(図5)。以下は本論文の図5です。
ヨーロッパでは、旧石器時代における初期のヒトの拡大と新石器時代における農耕拡大がアジア南西部にさかのぼり、アジア南西部ではネアンデルタール人祖先系統が最低水準と推定されました。ヨーロッパ(図5の赤色)とFAの起源地であるアナトリア半島(図5の青色)のHG間のネアンデルタール人祖先系統の違いは、初期FAがヨーロッパ中に拡大したさいにネアンデルタール人祖先系統の全体的な低下に寄与した理由を説明しています。最近になって、レヴァントとアラビア半島南部の現代の人口集団は、ユーラシア北部の人口集団よりも依然としてネアンデルタール人祖先系統が少ない、と分かったことに要注意です。
拡大仮説によると、HGがヨーロッパ中に広がるにつれて、そのネアンデルタール人からの遺伝子移入の水準は、遺伝子の希釈および波乗りと関連する確率論的人口統計学的および移住の過程のため増加し、これはHGで観察されるネアンデルタール人祖先系統の空間的勾配を説明します(図5)。その後、HGの拡大とほぼ同じ方向に沿って、新石器時代に第二の拡大が起きました。その結果、HGにすでに存在していた空間的勾配は、HGとFAの両人口集団が混合したため、FAで維持されました(図5)。さらに、10200~3800年前頃の古ゲノムを分析すると、FA祖先系統はヨーロッパにおいてネアンデルタール人祖先系統と負に関連している、と示されました。この負の関係は、FA拡大の開始以来、時間の経過とともに強まりました。
以前に指摘されたように、ヨーロッパにおいて南東部から北西部への遺伝的勾配の唯一の観察は、FAの拡大に関して情報をもたらさず、それは、この勾配がそれ以前のHG拡大期に形成されたかもしれないからです。本論文の結果から、ネアンデルタール人祖先系統の勾配はHGの範囲拡大中に形成され、同じ一般的方向性を維持しながら、新石器時代移行においてFAのその後の拡大により影響を受けた、と示唆されます。FAは当初HGよりネアンデルタール人祖先系統が少なかったので、混合したヨーロッパの人口集団ではネアンデルタール人祖先系統の平均量が低下しました。これは、新石器時代の古ゲノム研究により裏づけられる部分的な置換を伴う人口拡大のモデルに相当します。
●ネアンデルタール人祖先系統の分布に対するヒトの範囲拡大の影響
本論文の調査結果は、現生人類のネアンデルタール人祖先系統の空間的勾配の形成における過去の範囲拡大の影響を浮き彫りにします。これらの祖先系統水準は過去においてより空間的に不均一で、人口移動と移住から生じた遺伝子流動の影響下で完新世にはより均一になった、と観察されました。さまざまな地域とさまざまな文化的背景(HGとFA)の人口集団におけるネアンデルタール人祖先系統の水準を分析すると、複雑な人口移動と遺伝的相互作用が反映されています。HGにおけるネアンデルタール人祖先系統の空間的勾配は、出アフリカ拡大における現生人類の範囲拡大のモデルと一致します。
この最初の拡大の後に、ネアンデルタール人祖先系統の水準はユーラシアの東部よりも西部の方でわずかに高くなります。その後、新石器時代移行期にヨーロッパでは、南東部から北西部への、より少ないネアンデルタール人祖先系統を有する初期FAの第二の範囲拡大が起きました。この第二の範囲拡大は、現在観察されるアジア東部よりもヨーロッパ西部の方で少ないネアンデルタール人祖先系統というパターンの説明に不可欠です。したがって、本論文の結果は、ユーラシアの西部と比較して東部の方でわずかに多いネアンデルタール人祖先系統が、4万年前頃に起きた現生人類の出アフリカ拡大中の人口動態に起因する、との仮説を裏づけません。
代わりに本論文の結果から、ネアンデルタール人祖先系統の現在の地理的不均一は、より新しい1万年前頃となる新石器時代拡大中に起きた動態に起因する、と明らかになります。初期FA人口集団はHGと混合し、HG祖先系統の漸進的増加と、その結果としての、FA人口集団におけるネアンデルタール人祖先系統の増加につながりました。初期FAは以前特定された「基底部ユーラシア人」系統に遺伝的には部分的に由来する、と提案されてきました(関連記事)。この系統は、他のユーラシアHG人口集団がネアンデルタール人と混合する前に他のユーラシアHG人口集団と分岐したので、ネアンデルタール人祖先系統が少ない、と考えられています。「基底部ユーラシア人」の元々の場所はアラビア半島だったかもしれない、と示唆されており(関連記事)、アラビア半島は出アフリカ拡大の起源地に近いので、範囲拡大仮説と一致します。したがって、FAによるHGの部分的置換は、ユーラシアの東部よりも西部の方でネアンデルタール人祖先系統の水準低下に寄与しました。
選択がヨーロッパとアアジアとの間の違いの説明に持ち出されましたが(関連記事)、歴史的な範囲拡大との中立的仮説は、ヒトにおけるネアンデルタール人祖先系統の過去と現在のパターンの説明に充分です。このモデルは、アジアの東西間の人口規模もしくは世代時間の違いもネアンデルタール人祖先系統のパターン形成に役割を果たした、という可能性を排除しませんが、空間的文脈における遺伝的多様性人口動態と生活史の特徴の影響は評価が簡単ではないので、これらの側面に焦点を当てたモデル化研究が必要でしょう。さらに、範囲拡大モデルと混合の波動数との間の関係は、波動の定義に依拠します。
本論文の結果は、出アフリカ拡大中に時空間的に分散した一連の連続的な交雑事象と一致し、これは1回の主要な混合の波動と考えることができます。現生人類における古代型ホモ属の遺伝物質の移入はおそらく、最初の段階で対抗選択されましたが、ネアンデルタール人からの遺伝子移入量が約2%と経時的に安定している事実から、遺伝子移入されたDNAのこの残りの小さな割合が、一般的には中立もしくはほぼ中立で進化したと考えることができる、と示唆されます。この仮定は、古代型ホモ属からの遺伝子移入が遺伝子の豊富な領域においてより稀である傾向にある、という観察(関連記事)によっても裏づけられます。
しかし、この一般的パターンには例外があり、免疫系(関連記事)や肌の色素沈着(関連記事)や高度(関連記事)と関連する適応的な遺伝子移入が示されており、局所的な環境条件と病原体へのより優れた適応を提供します。さらに、現在の人口集団では、古代型人類から遺伝子移入された幾つかの遺伝子座が、神経学や精神医学や免疫学や皮膚科学や食事障害などの疾患危険性(関連記事)に、正もしくは負の影響を及ぼしているようです。したがって、ヒトの人口動態と移住から生じた遺伝子移入の中立的パターンの記載は、中立的背景の外れ値として選択下にある遺伝子座(正もしくは負)のより適切な検出を可能にするのに重要です。それは、ヒト免疫系の進化に対する過去の感染症の影響の再構築に役立てるでしょう。
別のモデル化手法と組み合わせた最古の期間の追加の古ゲノムデータは、類似の多様性パターンにつながる進化過程のより詳細な理解を可能とするはずです。これらの発展は、現生人類内の人口動態、およびネアンデルタール人や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)など他の絶滅した古代型種との相互作用、この両方のより深い理解を提供するでしょう。
参考文献:
Quilodrán C. et al.(2023): Past human expansions shaped the spatial pattern of Neanderthal ancestry. Science Advances, 9, 42, eadg9817.
https://doi.org/10.1126/sciadv.adg9817
●要約
現生人類(Homo sapiens)の世界規模の拡大は、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の消滅前に始まりました。両種は共存して交雑し、ヨーロッパ人よりもアジア東部人の方でわずかに高い遺伝子移入につながりました。この異なる祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)水準は選択の結果と主張されてきましたが、現生人類の範囲拡大は別の説明を提供するかもしれません。この仮説は、拡大源からの距離が遠くなるにつれて増加する、空間的な遺伝子移入勾配につながるでしょう。
本論文は、ユーラシア人の古ゲノムの分析により、過去のヒト【現生人類】拡大後のネアンデルタール人からの遺伝子移入の勾配の存在を調べます。出アフリカ拡大は経時的に持続したネアンデルタール人祖先系統の空間的勾配をもたらした、と本論文では示されます。同じ勾配の方向性を維持しながら、初期新石器時代農耕民の拡大は、アジアの人口集団と比較してのヨーロッパの人口集団におけるネアンデルタール人からの遺伝子移入減少に決定的に寄与しました。これは、ネアンデルタール人に由来するDNAの保有量では、新石器時代農耕民の方がそれ以前の旧石器時代狩猟採集民よりも少なかったからです。本論文では、過去のヒトの人口動態についての推測は古代の遺伝子移入における時空間的差異から可能である、と示されます。
●研究史
ネアンデルタール人のゲノムの配列決定により、アフリカ外の現生人類のDNAの約2%は、サハラ砂漠以南のアフリカの人口集団のDNAとよりもネアンデルタール人のDNAの方と類似している、と明らかにされてきました。このパターンを説明するため、二つの主要で排他的ではない仮説が提案されてきました。それは、(1)現生人類へのネアンデルタール人のDNA断片の遺伝子移入につながる、出アフリカにおけるネアンデルタール人と現生人類との間の交雑と、(2)サハラ砂漠以南のアフリカ人とよりもネアンデルタール人の方と密接に関連する非アフリカ人の祖先を伴う、アフリカにおける祖先の人口構造から生じる不完全な系統分類です。交雑を支持する証拠は過去10年間で蓄積されてきました(関連記事)。しかし、現生人類とネアンデルタール人との間の交雑事象の回数と年代と場所は、不明確なままです。初期の研究では、中東にける単一の交雑の波動が示唆されましたが、複数の交雑事象との仮説を裏づける研究が増えつつあります(関連記事)。とくに、ユーラシア西部における時空間を超えた複数の交雑事象は、現代の人口集団で観察されるネアンデルタール人祖先系統の水準と一致する、と示されてきました。
ネアンデルタール人祖先系統は現代のユーラシア人口集団では比較的均一ですが、アジア東部ではヨーロッパよりも約8~24%高い、と示されています(関連記事)。この観察は予想外で、それは、現時点で知られているネアンデルタール人の地理的分布が、ほぼ排他的にユーラシアの西部にあるからです。ユーラシアの東西の人口集団間のネアンデルタール人祖先系統におけるこの違いを説明するため、三つの主要な仮説が提案されてきました。それは、(1)アジア人と比較してヨーロッパ人では有効人口規模がより高く、ヨーロッパ人においては有害なネアンデルタール人のアレル(対立遺伝子)に作用する浄化選択の影響がより強かった、という仮説と、(2)ネアンデルタール人祖先系統をほとんど若しくはまったく有していない仮定的な「基底部(もしくは亡霊)」人口集団からの遺伝子移入に起因する、ヨーロッパ人におけるネアンデルタール人祖先系統の希釈との仮説(関連記事)と、(3)元々のユーラシアの遺伝子移入の波動が、ヨーロッパとアジアの人口集団間の分岐後に追加の波動により補足され、異なるネアンデルタール人祖先系統水準を生じるに至った、ネアンデルタール人からの遺伝子移入の複数回の波動との仮説(関連記事)です。
最近、ヨーロッパ西部とアジア東部との間のネアンデルタール人祖先系統の異なる水準は出アフリカ事象後の現生人類の拡大範囲の結果である、とする追加の仮説が提案されました。人口集団の範囲拡大は重要な進化的結果で、それに含まれるのは、(1)アレル頻度の勾配の生成、(2)中立的か自然選択下にあるかに関わらず、特定のアレルの頻度増加、(3)拡大の軸に沿った遺伝的多様性の減少、(4)有害なアレルの維持による人口集団における変異負荷の増加です。さらに、在来の人口集団との混合が起きると、交雑が限定的だとしても、人口集団は侵入遺伝子プールに対する在来の人口集団の遺伝的寄与を不釣り合いに増加させる傾向にあります。この後者の影響は、生物学的侵入の軸に沿った遺伝子移入の空間的勾配の形成をもたらす、と予測されます(図1A)。この仮定下では、在来の遺伝子(つまり、ネアンデルタール人)の遺伝子移入は侵入してきた人口集団(つまり、現生人類)において拡大源(つまり、アフリカ)からの距離とともに増加します。
これは、以下の影響の組み合わせに起因します。それは、(1)起源地から離れていくと、より高い交雑可能性をもたらす、範囲拡大の前線における継続的な交雑事象と、(2)連続創始者効果および人口増加から生じる遺伝的波乗りと、(3)増加し拡大する人口集団と人口統計学的均衡にある在来の人口集団との間の人口統計学的不均衡です。この仮説は、アフリカにおける現生人類拡大の起源地からの地理的距離によるヨーロッパとアジア東部におけるネアンデルタール人祖先系統の異なる水準との説明を提案します。時空間にわたって継続的に起きるこの複数交雑事象との仮定は、先行研究により定義されているように、単一の交雑の波動と区別できないかもしれません。以下は本論文の図1です。
コンピュータ模擬実験では、範囲拡大の過程は、ユーラシアの両端側からの現在のゲノム情報に基づいて、ヨーロッパアジア東部との間のネアンデルタール人祖先系統における違いを説明できるかもしれない、と示されました。しかし、地理的な遺伝子移入パターン(つまり、勾配の存在)の詳細な調査も、経時的な変化もその研究には含まれていませんでした。さらに、範囲拡大は出アフリカ拡大期だけではなく、他の先史時代の期間にも起きました。これには、ヨーロッパ南東部とアナトリア半島から到来した農耕民が部分的に狩猟採集民を置換したヨーロッパの新石器時代への移行や、ユーラシア草原地帯からの牧畜人口集団の拡大を伴う青銅器時代が含まれます(関連記事)。したがって、最近のヒトの歴史における複数の人口移動は時空間にわたるネアンデルタール人祖先系統の形成に寄与した可能性があり、それは、異なる拡大していく人口集団がさまざまな水準のネアンデルタール人祖先系統を有していたかもしれないからです。
本論文は、範囲拡大仮説と一致する遺伝子移入の空間的勾配がユーラシアで起きたのかどうか、時空間を超えて分布する人口集団におけるネアンデルタール人祖先系統の水準の調査により研究します。遺伝子移入の時空間的水準は、過去の人口動態に関する貴重な情報を提供する、と本論文では論証され、ヒトの進化史における古代の遺伝子移入水準の形成について、主因として範囲拡大の複数回の事象が示唆されます。
●ユーラシアにおけるネアンデルタール人祖先系統の空間的勾配
アレン(Allen)古代DNAデータベースから取得された、4464個体の刊行された古代人および現代人(4万年前頃~現在)の拡張データセットが分析されました。以下の人口集団の1つと各ゲノムが関連づけられました。それは、旧石器時代/中石器時代狩猟採集民(HG)、新石器時代/銅器時代農耕民(FA)、他の古代人標本(OT)、現代人標本(MD)です。全てのゲノムについてのF4比を用いてネアンデルタール人からの遺伝子移入が推定され、同じ地理的位置と期間と人口集団のゲノムの値が平気化され、1もしくは複数のゲノムで構成される2625点の標本が得られました(図1B)。
次に、応答変数として対数変換されたネアンデルタール人祖先系統での線形混合モデル(linear mixed model、略してLMM)の使用により、緯度と経度と年代(現在からさかのぼった年数)と大陸地域(ヨーロッパもしくはアジア)とその相互作用の固定効果が調べられました、LMMは、データセットの階層構造や非独立性の処理にとくに有用です。人口集団の無作為効果、これらの集団内で重なる期間(500年間のクラスタ)、データの時空間的自己相関が調べられました。このモデルは全データセットを使用するので、「完全なユーラシア」と呼ばれました。最低の赤池情報量基準(Akaike information criterion、略してAIC)値に基づいて、最適なLMMが保持されました。
時間参照として全標本の平均年代の考慮により(4200年前頃)、ヨーロッパとアジアの両方において緯度と経度でネアンデルタール人祖先系統の線形関係が観察されました(図2)。これらの地理的パターンは、交雑を伴う人口拡大後の、空間的遺伝子移入勾配の仮説を裏づけます。これは図1Aで図式的に表されており、在来の遺伝子(つまり、ネアンデルタール人)の遺伝子移入が、侵入人口集団(つまり、現生人類)においてその拡大源(つまり、アフリカ)からの距離とともに増加する、と予測されます。ヨーロッパとアジアでは緯度との正の関係が観察されますが(図2A)、経度では対照的な関係が観察され、アジアでは正、ヨーロッパでは負となります(図2B)。
緯度とともに増加するネアンデルタール人からの遺伝子移入は、ネアンデルタール人と交雑しながらのユーラシア南部地域から北部地域への現生人類の出アフリカ拡大と一致します。経度のパターンは中東における拡大の起源地と一致し、ネアンデルタール人祖先系統は中東からの経度とともに、アジアでは増加が予測されますが、ヨーロッパでは減少します。別の進化圧もこの遺伝子移入勾配に関わっているかもしれませんが(たとえば、空間的に異なる選択圧)、中東における全ての空間的勾配の源で観察された特定のパターンでは、人口集団の範囲拡大が最節約的な説明となります。以下は本論文の図2です。
あるいは、現生人類におけるネアンデルタール人祖先系統の空間的差異はユーラシアにおけるネアンデルタール人の不均等な分布に起因するかもしれず、ネアンデルタール人がより多い地域では種間相互作用もより多く起き、局所的交雑の異なるパターンが生じます。出アフリカ後に、アジアよりもヨーロッパの方でより高いネアンデルタール人祖先系統水準が見つかり(図3)、ユーラシアにおけるネアンデルタール人の現在の化石記録と一致し、ヨーロッパではより多くの証拠が蓄積されています。さらに、ユーラシアの南部よりも北部の方でより多くのネアンデルタール人祖先系統を示す本論文の結果は、ヒマラヤ山脈の南方におけるネアンデルタール人の予期せぬ存在を除外できないとしても、ヒマラヤ山脈の北方におけるネアンデルタール人存在の証拠と一致します。それにも関わらず、在来種の不均等な分布の事例でさえ、範囲拡大から生じる侵入人口集団(つまり、現生人類)における遺伝子移入の増加する勾配は、依然として有効な説明かもしれません。たとえば、これは、ユーラシアのネアンデルタール人について当てはまっていたかもしれないように、在来人口集団が地域の一部にしか居住していなかった、とする模擬実験された範囲拡大後に予測されます。以下は本論文の図3です。
空間的遺伝子移入の類似の勾配は、アフリカ東部における出アフリカ拡大の推定起源地からの地形的距離で緯度と経度を置換した場合や、おそらくは背景選択の影響が少ないデータセットからF4比を計算した場合に観察されます。しかし、本論文の分析は、現在ヨーロッパ西部よりもアジア東部の方でわずかに高水準のネアンデルタール人祖先系統が、ヨーロッパよりもアジアの方での現生人類拡大の起源地からのより長い距離によって説明できるかもしれない、との仮説を裏づけません。この仮説は現代人のDNAデータのみで提起されましたが、本論文の結果は古代DNA標本も検討しました。古ゲノムデータを用いると、2万年以上前の標本では逆のパターンが示され、アジアよりもヨーロッパの方で多くのネアンデルタール人祖先系統が観察されます(図3)。したがって、ヨーロッパよりもアジアの方でネアンデルタール人祖先系統の割合が高いという現在のパターンは、その後の段階で進展したに違いありません。
●ネアンデルタール人祖先系統における時間的差異
本論文の結果から、ネアンデルタール人祖先系統の、経度勾配の傾きは過去4万年間で類似したままなのに対して、緯度勾配は経時的に有意に変化した、と示唆されます。緯度パターンはヨーロッパにおいて初期ではより顕著で、3万年前頃には目立たなくなり、ネアンデルタール人祖先系統は全体的に減少します(図3)。これは、ユーラシアにおけるネアンデルタール人祖先系統の水準が現在観察されているように空間全体で均一に分布していたわけではなかった可能性を示唆しますが、この予測はより多くの古ゲノムで確認される必要があり、それは、緯度と時間の相互作用が、最適モデルのみの代わりに全候補モデルの平均を考慮した場合、もはや有意ではないからです。
経時的なネアンデルタール人祖先系統における差異は、現在議論されています。ヨーロッパ古代人のゲノムはヨーロッパ現代人と比較してネアンデルタール人祖先系統をより多く有している、と提案されてきましたが(関連記事)、この結果は祖先系統推定手順における方法論的価値よりのため、疑問が呈されました(関連記事)。それにも関わらず、ネアンデルタール人祖先系統は現在の2%へと急速に減少する前には、混合時に10%もあったかもしれない、と推定されてきました。本論文では、ネアンデルタール人祖先系統における時間的減少は緯度と関連している、と示されます。
ヨーロッパ南部の標本は経時的にほぼ一定のネアンデルタール人祖先系統を示しますが、ヨーロッパ北部の標本は4万~2万年前頃に減少を経ました。緯度勾配は大きな変化を経た可能性があり、それは恐らく、最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)もしくは他の限定的な氷期において現生人類の経てきた人口の拡大および縮小に起因します。本論文の結果から、この勾配は現代人のデータではさほど明らかになっていない、と示されます(図3)。経度パターンは、過去4万年間でさほど影響を受けてこなかったので、6万~45000年前頃の現生人類の進化において起きた出アフリカ範囲拡大の残存痕跡を表しているかもしれません。
自然選択は、経時的なネアンデルタール人祖先系統の減少の説明に持ち出されてきましたが(関連記事1および関連記事2)、異なる歴史的過程も重要な役割を果たしたかもしれません。これには、人口の拡大および縮小や、さまざまな水準のネアンデルタール人祖先系統を有する遺伝的に分化した人口集団間の相互作用が含まれます(関連記事1および関連記事2)。ヨーロッパでは、顕著な遺伝的移行が初期新石器時代農耕民の拡大中に起き、そのさいに旧石器時代/中石器時代の狩猟採集民が部分的に置換されました(いわゆる新石器時代移行)。少なくともアナトリア半島からヨーロッパ中央部へのドナウ川経路沿いでは、古遺伝学的分析から、新石器時代への移行の最初の段階は農耕民の移住を通じて起き、続いて第二段階で在来の狩猟採集民との混合が起きた、と明らかにされてきました(関連記事)。この移行は肥沃な三日月地帯では11000年前頃に始まり、ネアンデルタール人祖先系統の分布に対するその結果は、これまでさほど調査されてきませんでした。
●ヨーロッパにおける狩猟採集民よりも初期農耕民の方で少ないネアンデルタール人祖先系統
したがって、年代と人口集団全体にわたるネアンデルタール人祖先系統の水準の差異が、より具体的に調べられました(合計2534個体)。OT(他の古代人標本)集団には、FA(新石器時代/銅器時代農耕民)でもHG(旧石器時代/中石器時代狩猟採集民)でもない全ての古代人標本が含まれ、たとえば、青銅器時代やもっと新しい期間です。MD(現代人)集団の標本はこの分析から除外され、それは、ネアンデルタール人祖先系統の時間的差異を調べられないからです(現代のデータは同じ年代に関連づけられています)。人口集団と大陸地域(ヨーロッパもしくはアジア)と年代と相互作用が固定変数として含められ、データセットの空間的自己相関も補正されました。このモデルは「古代ユーラシア」と呼ばれ、それは、古代人標本のみ検討しているからで、その最適なLMM(線形混合モデル)は表S1に示されています。
ヨーロッパとアジアと人口集団の間の違いに関して年代の影響が観察され、ヨーロッパではとくに明らかですが、FAよりもHGの方で全体的なネアンデルタール人祖先系統の水準は高くなっています(図4)。最初のFAが近東に出現した1万年前頃には、FAとHGとの間の違いはヨーロッパ(HGは0.024±0.001、FAは0.019±0.001)とアジア(HGは0.022±0.001、FAは0.018±0.001)において有意でした。農耕が充分に確立したものの、HG人口集団が存続していた6000年前頃には、ネアンデルタール人祖先系統はヨーロッパにおいてHG人口集団(0.023±0.001)とFA人口集団(0.020±0.0002)との間で、またHG人口集団とOT人口集団(0.020±0.0003)の間で有意でしたが、FA人口集団とOT人口集団との間では有意ではありませんでした。同様の状況はこの時点でのアジアでも観察されました。
全体的にこれが意味するのは、初期のFAは同じ地域のそれ以前のHGよりもネアンデルタール人祖先系統が少ない、ということです。この違いは経時的に消滅し、それは、FAにおけるネアンデルタール人祖先系統の水準が両地理的地域【ヨーロッパとアジア】においてHGとの共存期間中に増加したからです(図4)。後期のHGとFAとの間の混合は、おそらく経時的なHGにおけるネアンデルタール人祖先系統の減少の一部を説明できますが、この現象は1万年前頃となる農耕出現の前に始まっているようなので(図4)、HGとFAとの間の混合は多分、唯一の要因ではありません。しかし、3万~2万年前頃には古代人の標本が稀で、存在しない場合さえあるので、この結果は慎重に解釈すべきです。さらなるデータと研究が、この特定の時点の解明に役立つかもしれません。アジアのFAはHGの平均水準に達しましたが、ヨーロッパのFAはそうした高水準に達しませんでした(図4)。したがってFAは、以前に提案されたように(関連記事1および関連記事2)、ユーラシア西部でネアンデルタール人祖先系統を希釈した人口集団として機能したかもしれません。以下は本論文の図4です。
ネアンデルタール人祖先系統の水準が異なっていた人口集団の範囲拡大の複数事象は、ネアンデルタール人祖先系統における時空間的変化への説明を提供できるかもしれません。本論文の結果は、過去のヒトの範囲拡大(つまり、HG、次にFA)がネアンデルタール人祖先系統の空間的勾配の形成に寄与し、その水準はアジア南西部におけるその起源地から増加していく、という上述の仮説を裏づけます(図2および図3)。出アフリカの期間に、HGは拡大につれてネアンデルタール人からの遺伝子移入を蓄積していき、これは範囲拡大仮説と一致します。ユーラシア西部への第二、つまり初期FAの範囲拡大は、この地域におけるネアンデルタール人祖先系統の全体的な希釈の説明に重要です。最初期のFAはアナトリア半島とレヴァントのHG人口集団に由来し、出アフリカ拡大の起源地への地理的近さから予測されるように、ヨーロッパの他地域のHG人口集団よりもネアンデルタール人祖先系統は低水準です。FAとOTの人口集団間で顕著な違いがないので、草原地帯牧畜民のその後の拡大はさほど大きな影響を及ぼさなかったようですが、本論文のOT集団にはさまざまな文化期の人口集団が含まれているので、これにはより詳細な説明が必要でしょう。
●ヨーロッパの農耕民と狩猟採集民における空間的勾配
本論文は次に、アジアよりも古ゲノムが密で均一に分布しているため、ヨーロッパに分析を集中させることにしました。アジアでは、旧石器時代と新石器時代はより大きな地域にまたがる少数の標本(標本が、ヨーロッパでは1517点に対してヨーロッパの4倍の広さのアジアでは1108点です)で表されています(図1B)。さらに、アジアの複数の場所で栽培化された植物と家畜化された動物が出現しており、過去のFAの人口動態の説明がヨーロッパよりも困難になっています。
ヨーロッパに限定された部分標本(1517点)の使用により、時間の固定効果を制御しながら、ネアンデルタール人祖先系統に対する緯度と経度と人口集団(HGとFAとOTとMD)の影響が調べられました。MD標本における時間的差異の欠如のため、時間と人口集団との間の交差水準相互作用が除外されました。LMMは「ヨーロッパ」と呼ばれ、その最良版が表S1に示されています。経度と人口集団との間の相互作用は有意ではなく、緯度と人口集団との間の相互作用とともに、モデル選択時に除外されました。人口集団間の違いの欠如が検出力の欠如に起因する可能性を排除できませんが、これが示唆するのは、図2で示されている負の経度および正の緯度の傾向が、他の文化集団と比較してのHGにおけるより高いネアンデルタール人祖先系統にも関わらず、ヨーロッパでは全ての人口集団でそのまま留まっている、ということです(図5)。緯度と経度との間の相互作用は有意で、その遺伝子移入の傾斜が全ての人口集団で相互依存だったことを意味します(図5)。
全ての固定変数相互作用を含む完全なモデルが検討されると、変化した唯一の空間的勾配はFAと比較してのHGでの緯度の傾斜です。HGについての結果は旧石器時代の標本の少なさに影響を受けているかもしれませんが、この分析から、この期間には緯度の差異が経度の差異よりも大きく変化したかもしれない、と示唆されます(図3および図5)。LGMと関連する旧石器時代における人口の拡大および縮小のさまざまな事象は、経度で見られる勾配よりも緯度の勾配の方に影響を及ぼしたかもしれません。全体的に、空間の傾向はさまざまな期間にわたって類似したままで、MD標本では顕著ではなくなり、HGではネアンデルタール人祖先系統がより多くなります(図5)。以下は本論文の図5です。
ヨーロッパでは、旧石器時代における初期のヒトの拡大と新石器時代における農耕拡大がアジア南西部にさかのぼり、アジア南西部ではネアンデルタール人祖先系統が最低水準と推定されました。ヨーロッパ(図5の赤色)とFAの起源地であるアナトリア半島(図5の青色)のHG間のネアンデルタール人祖先系統の違いは、初期FAがヨーロッパ中に拡大したさいにネアンデルタール人祖先系統の全体的な低下に寄与した理由を説明しています。最近になって、レヴァントとアラビア半島南部の現代の人口集団は、ユーラシア北部の人口集団よりも依然としてネアンデルタール人祖先系統が少ない、と分かったことに要注意です。
拡大仮説によると、HGがヨーロッパ中に広がるにつれて、そのネアンデルタール人からの遺伝子移入の水準は、遺伝子の希釈および波乗りと関連する確率論的人口統計学的および移住の過程のため増加し、これはHGで観察されるネアンデルタール人祖先系統の空間的勾配を説明します(図5)。その後、HGの拡大とほぼ同じ方向に沿って、新石器時代に第二の拡大が起きました。その結果、HGにすでに存在していた空間的勾配は、HGとFAの両人口集団が混合したため、FAで維持されました(図5)。さらに、10200~3800年前頃の古ゲノムを分析すると、FA祖先系統はヨーロッパにおいてネアンデルタール人祖先系統と負に関連している、と示されました。この負の関係は、FA拡大の開始以来、時間の経過とともに強まりました。
以前に指摘されたように、ヨーロッパにおいて南東部から北西部への遺伝的勾配の唯一の観察は、FAの拡大に関して情報をもたらさず、それは、この勾配がそれ以前のHG拡大期に形成されたかもしれないからです。本論文の結果から、ネアンデルタール人祖先系統の勾配はHGの範囲拡大中に形成され、同じ一般的方向性を維持しながら、新石器時代移行においてFAのその後の拡大により影響を受けた、と示唆されます。FAは当初HGよりネアンデルタール人祖先系統が少なかったので、混合したヨーロッパの人口集団ではネアンデルタール人祖先系統の平均量が低下しました。これは、新石器時代の古ゲノム研究により裏づけられる部分的な置換を伴う人口拡大のモデルに相当します。
●ネアンデルタール人祖先系統の分布に対するヒトの範囲拡大の影響
本論文の調査結果は、現生人類のネアンデルタール人祖先系統の空間的勾配の形成における過去の範囲拡大の影響を浮き彫りにします。これらの祖先系統水準は過去においてより空間的に不均一で、人口移動と移住から生じた遺伝子流動の影響下で完新世にはより均一になった、と観察されました。さまざまな地域とさまざまな文化的背景(HGとFA)の人口集団におけるネアンデルタール人祖先系統の水準を分析すると、複雑な人口移動と遺伝的相互作用が反映されています。HGにおけるネアンデルタール人祖先系統の空間的勾配は、出アフリカ拡大における現生人類の範囲拡大のモデルと一致します。
この最初の拡大の後に、ネアンデルタール人祖先系統の水準はユーラシアの東部よりも西部の方でわずかに高くなります。その後、新石器時代移行期にヨーロッパでは、南東部から北西部への、より少ないネアンデルタール人祖先系統を有する初期FAの第二の範囲拡大が起きました。この第二の範囲拡大は、現在観察されるアジア東部よりもヨーロッパ西部の方で少ないネアンデルタール人祖先系統というパターンの説明に不可欠です。したがって、本論文の結果は、ユーラシアの西部と比較して東部の方でわずかに多いネアンデルタール人祖先系統が、4万年前頃に起きた現生人類の出アフリカ拡大中の人口動態に起因する、との仮説を裏づけません。
代わりに本論文の結果から、ネアンデルタール人祖先系統の現在の地理的不均一は、より新しい1万年前頃となる新石器時代拡大中に起きた動態に起因する、と明らかになります。初期FA人口集団はHGと混合し、HG祖先系統の漸進的増加と、その結果としての、FA人口集団におけるネアンデルタール人祖先系統の増加につながりました。初期FAは以前特定された「基底部ユーラシア人」系統に遺伝的には部分的に由来する、と提案されてきました(関連記事)。この系統は、他のユーラシアHG人口集団がネアンデルタール人と混合する前に他のユーラシアHG人口集団と分岐したので、ネアンデルタール人祖先系統が少ない、と考えられています。「基底部ユーラシア人」の元々の場所はアラビア半島だったかもしれない、と示唆されており(関連記事)、アラビア半島は出アフリカ拡大の起源地に近いので、範囲拡大仮説と一致します。したがって、FAによるHGの部分的置換は、ユーラシアの東部よりも西部の方でネアンデルタール人祖先系統の水準低下に寄与しました。
選択がヨーロッパとアアジアとの間の違いの説明に持ち出されましたが(関連記事)、歴史的な範囲拡大との中立的仮説は、ヒトにおけるネアンデルタール人祖先系統の過去と現在のパターンの説明に充分です。このモデルは、アジアの東西間の人口規模もしくは世代時間の違いもネアンデルタール人祖先系統のパターン形成に役割を果たした、という可能性を排除しませんが、空間的文脈における遺伝的多様性人口動態と生活史の特徴の影響は評価が簡単ではないので、これらの側面に焦点を当てたモデル化研究が必要でしょう。さらに、範囲拡大モデルと混合の波動数との間の関係は、波動の定義に依拠します。
本論文の結果は、出アフリカ拡大中に時空間的に分散した一連の連続的な交雑事象と一致し、これは1回の主要な混合の波動と考えることができます。現生人類における古代型ホモ属の遺伝物質の移入はおそらく、最初の段階で対抗選択されましたが、ネアンデルタール人からの遺伝子移入量が約2%と経時的に安定している事実から、遺伝子移入されたDNAのこの残りの小さな割合が、一般的には中立もしくはほぼ中立で進化したと考えることができる、と示唆されます。この仮定は、古代型ホモ属からの遺伝子移入が遺伝子の豊富な領域においてより稀である傾向にある、という観察(関連記事)によっても裏づけられます。
しかし、この一般的パターンには例外があり、免疫系(関連記事)や肌の色素沈着(関連記事)や高度(関連記事)と関連する適応的な遺伝子移入が示されており、局所的な環境条件と病原体へのより優れた適応を提供します。さらに、現在の人口集団では、古代型人類から遺伝子移入された幾つかの遺伝子座が、神経学や精神医学や免疫学や皮膚科学や食事障害などの疾患危険性(関連記事)に、正もしくは負の影響を及ぼしているようです。したがって、ヒトの人口動態と移住から生じた遺伝子移入の中立的パターンの記載は、中立的背景の外れ値として選択下にある遺伝子座(正もしくは負)のより適切な検出を可能にするのに重要です。それは、ヒト免疫系の進化に対する過去の感染症の影響の再構築に役立てるでしょう。
別のモデル化手法と組み合わせた最古の期間の追加の古ゲノムデータは、類似の多様性パターンにつながる進化過程のより詳細な理解を可能とするはずです。これらの発展は、現生人類内の人口動態、およびネアンデルタール人や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)など他の絶滅した古代型種との相互作用、この両方のより深い理解を提供するでしょう。
参考文献:
Quilodrán C. et al.(2023): Past human expansions shaped the spatial pattern of Neanderthal ancestry. Science Advances, 9, 42, eadg9817.
https://doi.org/10.1126/sciadv.adg9817
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