『卑弥呼』第118話「一生の夢」

 『ビッグコミックオリジナル』2023年11月5日号掲載分の感想です。前回は、日下(ヒノモト)の配下に襲撃されたヤノハが、筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)に裏切り者がいるのではないか、とミルカシ女王に疑問を呈したところ、伝書鳩を使えば筑紫島から日下まで一日半ほどで届く、という話を聞かされ、むやみに人を疑うものではない、と自嘲気味に言うところで終了しました。今回は、加羅(伽耶、朝鮮半島)の勒島(ロクド、慶尚南道泗川市の沖合の島)で、現在は吉国(ヨシノクニ、吉野ケ里遺跡の一帯と思われます)と呼ばれている目達(メタ)国のスイショウ王の指示により朝鮮半島に残った人々の邑を訪ねていた那(ナ)国の大夫であるトメ将軍と、加羅までの航海の示齊を務めることになったイセキと、ヤノハと旧知の漢人(という分類を作中の舞台である紀元後3世紀に用いてよいのか、疑問は残りますが)である何(ハウ)が、帰還するため出立する場面から始まります。トメ将軍一行は邑長のヒホコに感謝し、今の中土(中華地域のことでしょう)の状況を主に報告しなければならない、と伝えます。その主とは那のウツヒオ王なのか、と問われたトメ将軍は、自分にはもう一人の主、つまり山社(ヤマト)の日見子(ヒミコ)であるヤノハがいる、と答えます。トメ将軍は、倭の国々が泰平になるよう祈願するヒホコに、柱と布のある舟について尋ねます。それは布で海上の風を取り込む、遼東半島の帆船でした。自分たちが(魏と良好な関係のある公孫氏の支配する)遼東の地を突破して魏の帝に謁見を求めた場合、魏は我々をどう遇するだろうか、とトメ将軍に問われたヒホコは、疑うことなく最恵国待遇だろう、と答えます。東端の国なのに、と驚く何に、極東だからだ、とヒホコは答えます。魏にとっても呉にとってもちょうど対岸にあり、倭国が魏の傘下に入れば呉は挟み撃ちを危惧する、というわけです。イセキは、実際には呉までの航海は至難の業だ、と指摘します。トメ将軍は、故に我々が向かうのは魏で、遼東の公孫氏一族には消えてもらわねばならない、と打ち明けます。ヒホコは、どうやってあの強者を消すのだ、と不思議に思います。

 日下国の軽(カル)にある堺原宮(サカイハラノミヤ)では、吉備津彦(キビツヒコ)と名乗るようになったイサセリが、父であるフトニ王(大日本根子彦太瓊天皇、つまり記紀の第7代孝霊天皇でしょうか)が山社連合軍に殺され、新たに日下の王君に即位したクニクル王(記紀の孝元天皇、つまり大日本根子彦国牽天皇でしょうか)と面会していました。クニクル王は、異母弟妹は自分が王になった途端に誰も来ないので嬉しい、とイサセリに声を掛けます。姉(モモソ)にも目通りするよう伝える、と言うイサセリに、モモソとそなたには長年の謎があり、どちらが上なのか、とクニクル王は尋ねます。イサセリはモモソの弟なのか兄なのか、というわけです。するとイサセリは、どちらでもよい、と答えます。イサセリとモモソは双子で、二人の母によると、先に出てきた方が年長というわけで、モモソの方が先に出てきたものの、モモソが自分を妹と言っているのは、二人とクニクル王の父親であるフトニ王が双子とは後に出てきたほうが年長と言っていたからでした。故に、イサセリとモモソは互いを兄と呼んだり姉と呼んだりしていたわけです。モモソが当初は姉とされていたのに、最近では妹とされており、設定の混乱とも思っていましたが、そうではなくしっかりした設定があったようです。そういう戯話も、自分が王君になったら誰もしてくれない、と言ったクニクル王はイサセリに、吉備に帰らず都に住むよう勧めます。するとイサセリは、そうもいかない、と言います。筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)の日見子(ヤノハ)にしてやられて以来、いつ叛乱が起きるか分からない状態だ、というわけです。金砂(カナスナ)国も事代主(コトシロヌシ)が出雲に籠城したままでは我々の支配は風前の灯で、播磨(ハリマ)や児屋(コヤ)や武庫(ムコ)や伊予之二名島(イヨノフタナノシマ、四国と思われます)の国々にも不穏な兆候がある、というわけです。どうすればよいのか、クニクル王に問われたイサセリは、一番は海の彼方の大国に使者を送り、倭王の称号をいただくことだ、と答えます。確かにそれはフトニ王の金砂国遠征の目的の一つだった、とクニクル王は言います。つまり、金砂の海からであれば加羅に舟を出せるわけです。イサセリは、もう一度、事代主と山社の日見子の連合軍に戦を仕掛けるよう、クニクル王に提案します。

 暈(クマ)国の鞠智里(ククチノサト、現在の熊本県菊池市でしょうか)では、鞠智彦(ククチヒコ)が津島(ツシマ、現在の対馬でしょう)のアビル王からの文を読んでいました。そこには、山社の日見子(ヤノハ)に30年前の中土の情勢を教えて、使節派遣を諦めさせた、とありました。漢のことですね、と家臣のウガヤに問われた鞠智彦は、漢はとっくに滅んで今は三国(魏と呉と蜀漢)が覇を競う時代だ、と答えます。暈から三国のどこに使者を送るのか、とウガヤに問われた鞠智彦は、魏への道は遼東の支配者である公孫氏一族に阻まれているが、興味深いのは、公孫氏が魏に謀叛を企み、呉と通じていることだ、と答えます。つまり、公孫氏に取り入れば呉には使者を送れるかもしれず、呉の王より倭王の称号をもらう、というわけです。

 伊岐(イキ、現在の壱岐諸島でしょう)国では、イカツ王が沖合までヤノハ一行の乗った二艘の舟を出迎えていましたが、そこには末盧(マツラ)国のミルカシ女王も同乗していました。二艘の船長は戦女(イクサメ)で、漕ぎ手はすべて女性です。ミルカシ女王はイカツ王に、日見子様(ヤノハ)を守るため同行した、と伝えます。イカツ王は一行を、伊岐国の都である深江(フカエ)まで案内します。ヤノハは深江に到着し、自分に平伏するイカツ王に、自分は天照様の声を聞けるものの所詮はただの人なので、顔を上げるよう、促します。ヤノハは、協定を結ぶ全王に長寿の秘薬を届けるための旅の途中だと言い、お近づきの印にともに飲まないか、とイカツ王に促します。するとミルカシ女王も賛同し、イカツ王は白湯を用意させます。秘薬を飲んだイカツ王は、花の香りが少々する、と言います。するとヤノハは、末摘花(スエツムバナ、ベニバナの古語)を粉にしたもので、血の流れをよくして、身体を長寿に導く、とイカツ王に説明します。数日後に津島にわたるまでの助力を願うヤノハに、イカツ王は質問します。一ヶ月前にトメ将軍の津島国への渡航を助けたが、トメ将軍は津島のアビル王の裏切りを疑っていた、と言うイカツ王に、トメ将軍の目的地は加羅で、アビル王に邪魔されないよう秘密裏に津島を経由するにはどうすればよいか尋ねたのだな、とヤノハは悟ります。裏切りの疑いのあるアビル王にも長寿薬を届けるつもりなのか、とイカツ王に問われたヤノハは、アビル王が裏切り者かどうかはトメ将軍からの報告次第で、自分が津島国に着いた頃にトメ将軍は戻ってくる手筈なので、自分は密かに対馬に入り、アビル王に悟られる前にトメ将軍と落ち合わねばならない、とヤノハはイカツ王に意図を打ち明けます。それは不可能だ、と言うイカツ王に、その方法を思いつくのではないか、とヤノハは問いかけます。アビル王が本当に謀叛人ならばどうするのか、とイカツ王に問われたヤノハは、いずれにしても会見して薬を渡した後で、さらに旅を続けて加羅まで行こうと考えている、と打ち明けます。驚くイカツ王とミルカシ女王に、一度は海の向こうの土を踏むのが自分の夢だった、とヤノハが語るところで今回は終了です。


 今回は、トメ将軍一行と日下と鞠智彦とヤノハの動向が描かれ、情報量が多く密度の濃い話になっていたと思います。山社連合の魏への使者派遣に邪魔となる遼東公孫氏を消そうとトメ将軍は考えていますが、具体的な方策は今後明らかになるのでしょう。遼東公孫氏が呉とも通じていることを利用して、その関係を何らかの形で暴露させ、魏に遼東公孫氏を討たせようとしているのでしょうか。鞠智彦は、呉と通じている遼東公孫氏を利用して呉から倭王の称号を貰おうとしていますが、これは、呉の紀年銘の銅鏡が兵庫県宝塚市の安倉高塚古墳で発見されていることとも関係しているかもしれず、山社が魏と通行する一方で、暈は呉と結ぶのかもしれず、大陸情勢と絡めて話がどう進むのか、たいへん楽しみです。ただ、兵庫県宝塚市となると、作中では現時点で日下の勢力範囲なので、暈とともに日下も呉と通ずるのかもしれません。その日下は再度山社連合と戦うことになりそうですが、海外情勢には疎いようで、この点では筑紫島諸国に劣っているのでしょう。日下と山社連合との再戦があるのか、そうだとして結果はどうなるのか、注目されます。ヤノハは加羅に渡る決意を打ち明けましたが、その場合はトメ将軍が同行するのでしょう。ヤノハが加羅まで行った場合、新たな知見を得てその後の政治にどう生かすのかも注目されます。なお、次号は休載とのことで残念ですが、大陸情勢が本格的に描かれるようになり、今後の展開がますます楽しみになってきました。

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