シクリッドの過去17000年間にわたる進化史

 アフリカ東部のビクトリア湖におけるカワスズメ科のシクリッドの過去17000年間にわたる進化史に関する研究(Ngoepe et al., 2023)が公表されました。適応放散は、生命のきわめて大きな多様性を生み出すのに寄与してきました。適応放散には生態学的な機会が前提条件になると考えられていますが、どの系統が放散するかを決定するうえでの、種の生態学的柔軟性と到着順序の影響の相対的な重要性に関してはほとんど知られていません。また、この疑問の解決に役立ち得る古生物学的記録は乏しいままです。

 ビクトリア湖では、カワスズメ科魚類(シクリッド類)の大規模な適応放散が、最近のきわめて短い期間(過去17000年間)に進み(関連記事1および関連記事2および関連記事3)、500種を超えるシクリッドが生息しています。本論文は、沿岸から沖への勾配に沿って採取された一連の長い堆積物コアから得られた、豊富な連続的化石記録を提示します。7623点の歯の化石から、魚類群集の集合における事象の時系列が再現されました。本論文は、この系内の全ての主要な魚類系統に関して、到着の順序、相対的な個体数、生息地の占有状況を明らかにします。

 シクリッドやナマズやコイに似たコイ亜目の魚類など主要な分類群は、現在の湖が形成され始めるや否や、全て同時に到着した、と分かりました。放散したハプロクロミン類シクリッド系統の他系統より早い到着や、それらの定着時の数的優位性を示す証拠はいずれも存在せず、そのため、生態学的な先住効果(priority effect)の裏づけは得られませんでした。一方、同湖では多くの分類群が初期に定着しており、個体数が増えたものも複数あったにも関わらず、水深の深い開放水域という新たな生息地が出現した後にそこで存在し続けたのはシクリッド類のみでした。

 このような生息地勾配は、種分化でも大きな役割を果たしてきたことが知られており、本論文の知見は、適応放散で重要だったのが、到着順序による優先性や初期の数的優位性ではなく、生態学的柔軟性であったとする仮説と合致します。こうしたシクリッド類の繁栄に役立ったかもしれない3点の重要な特徴として挙げられているのは、顎の構造の進化可能性が高くてさまざまな種類の獲物を採餌できたこと、性選択が強く働いて繁殖率の向上につながったかもしれないこと、他のシクリッド種と交雑して適応放散できる遺伝的基盤が形成されていたことです。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


進化:魚類種の繁栄は「先着順」で決まるわけではない

 東アフリカのビクトリア湖におけるカワスズメ科のシクリッドの1万7000年にわたる進化史を報告する論文が、今週、Natureに掲載される。今回の研究では、魚の歯の化石7500点以上の解析が行われ、カワスズメ科のシクリッドの適応放散と急速な多様化に関する知見がもたらされた。

 ビクトリア湖には500種を超えるシクリッドが生息しており、現在のビクトリア湖が形成された約1万7000年前から現在までに急速に進化し、さまざまな生態的地位(ニッチ)を占有している。このような進化の爆発は適応放散と呼ばれる。適応放散の特定の側面を巡っては論争が続いており、その1つが、先に定着した生物種が後から定着した生物種よりも有利であるかどうかという論点である。

 今回、Nare Ngoepeらは、ビクトリア湖に生息する全ての魚類の歴史を示す一連の堆積物コアから抽出した7623点の魚の歯の化石を調べた。Ngoepeらは、ビクトリア湖が形成され始めた頃は浅い湖で、シクリッド、ナマズ、コイに似たコイ亜目の魚類など、さまざまな魚種が定着していたと報告している。それから数千年にわたってビクトリア湖の水量が増加し続けると、シクリッドの2つの分類群に属する魚類は水深の深い水域を新たな生息地として占有し、残りの魚類種が浅瀬にとどまった。今回の知見は、カワスズメ科のシクリッドがビクトリア湖で繁栄したのは、遺伝的背景と生態的多能性という2つの条件が揃っていたからであり、最初にビクトリア湖で定着したからでも、初期のビクトリア湖で個体数が最も多かったからでもないと示唆している。

 同時掲載のNews and Viewsでは、Martin Gennerが、カワスズメ科のシクリッドの繁栄に役立ったかもしれない3つの重要な特徴を論じている。それは、(1)顎の構造の進化可能性が高く、さまざまなタイプの獲物を採餌できたこと、(2)性選択が強く働き、それが繁殖率の向上につながった可能性があること、(3)他のシクリッド種と交雑し、機会があれば適応放散できる遺伝的基盤が形成されていたこと、である。


進化学:魚類の連続的な化石記録から明らかになった適応放散に関する重要な手掛かり

進化学:シクリッド類の適応放散を助けた柔軟性

 今回、アフリカ東部のビクトリア湖の全歴史を記録する堆積物コアから見つかった豊富な化石群によって、ハプロクロミン類のシクリッド系統がいかにしてこの巨大湖の魚類動物相を優占するようになったのかが明らかにされた。



参考文献:
Ngoepe N. et al.(2023): A continuous fish fossil record reveals key insights into adaptive radiation. Nature, 622, 7982, 315–320.
https://doi.org/10.1038/s41586-023-06603-6

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