北アメリカ大陸の2万年以上前の人類の足跡

 北アメリカ大陸の2万年以上前の人類の足跡を報告した研究(Pigati et al., 2023)が公表されました。日本語の解説記事もあります。研究者の間では伝統的に、ヒトが北アメリカ大陸に16000~13000年前頃に到達した、と考えられてきました。しかし最近では、ずっと早い年代を裏づける証拠が蓄積されてきました。2021年には、アメリカ合衆国ニューメキシコ州中南部のホワイトサンズ国立公園(White Sands National Park、略してWHSA)化石化した足跡が23000~20000年前頃と年代測定され、ずっと早い人類居住の重要な証拠を提供しましたが(関連記事)、この発見は議論となりました。その発見を報告した研究者たちはホワイトサンズの足跡に戻り、複数のひじょうに信頼できる資料から新たな年代を得て、23000~20000年前頃の年代も決定し、ヒトが最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)に氷床のずっと南側に存在したことを再確認しました。

 これら16000年以上前となる北アメリカ大陸におけるヒトの痕跡が、どのような人口集団の存在を表しているのか、人類遺骸が発見されていないので不明ですが、注目されるのは、現代および先コロンブス期の一部の南アメリカ大陸先住民集団のゲノムにおいて、アンダマン諸島およびオーストラレーシア(オーストラリアとニュージーランドとその近隣の南太平洋諸島で構成される地域)の現代人と関連する祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)が3~5%ほど見られることです(関連記事)。この祖先系統がどのように一部の南アメリカ大陸先住民集団にもたらされたのかは不明で、この祖先系統をもたらした仮定的な集団(亡霊集団)はY集団と呼ばれています。南アメリカ大陸でも30000~27000年前頃となる人類の痕跡が報告されており(関連記事)、アメリカ大陸に2万年以上前に存在した人類集団がY集団と関連していた可能性も考えられます。


●要約

 WHSAにおけるヒトの足跡は、水生植物であるカワツルモ(Ruppia cirrhosa)の種子の放射性炭素年代測定によると、23000~21000年前頃と報告されました。これらの年代は、その正確さを損なうかもしれない古い炭素の貯蔵効果のため議論になっています。本論文は、カワツルモの種子と同じ層序的層準から得られた陸生花粉の新たな較正された炭素14(¹⁴C)年代を、ヒトの足跡を含む層序内部から得られた種子の光刺激発光(Optically Stimulated Luminescence、略してOSL)年代とともに提示し、種子の年代の正確さを評価します。その結果、WHSAの足跡について当初確立された年代的枠組みは堅牢と示され、ヒトはLGMに北アメリカ大陸に存在した、と再確認されます。


●分析結果

 WHSAにある古代の足跡は、LGMの北アメリカ大陸にヒトを位置づけているようです(関連記事)。WHSA第2地点にある更新世の大型動物の足跡および関連する痕跡は、トゥラロサ盆地(Tularosa Basin)のオテロ古湖(Paleolake Otero)の東端に沿った湿潤環境と乾燥環境の混在に堆積した、粘土および沈泥が挟まった細かい石膏の豊富な沖積土で構成される、複数の層序的層準に刻まれています(図1)。水生植物であるカワツルモの種子が、この粘土薄層内の同じ位置で見つかり、足跡遺構に挟まっているか、若しくは足跡時代に埋め込まれていました。カワツルモの種子のうち合計11点の部分試料から、層序を維持し、23000~21000年前頃(基準は紀元後1950年)の範囲となる較正された¹⁴C年代が得られ、それにはLGM(26500~20000もしくは19000年前頃)の時間境界内となるヒトの足跡が含まれます。以下は本論文の図1です。
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 WHSA第2地点での発見はアメリカ大陸への移住を数千年さかのぼらせ、初期の住民と大型動物相が更新世末の絶滅事象の前に数千年にわたって共存したことを示唆しています。これは考古学とその関連分野にとって重要な結果となりますが、カワツルモの種子の年代の正確さ、したがって足跡の古さに関しては広く議論されてきました。この議論は2系列の推論を中心に構成されています。一方は、カワツルモが水生植物なので、地下水から古い炭素を取り込んだ可能性があり、種子の年代が古くなりすぎるかもしれない、という「硬水効果」として知られる現象です。もう一方は、カワツルモの種子は物理的に頑丈で、A凸学的時間規模にわたって堆積物で保存されているかもしれないので、カワツルモの種子がより古い堆積物から掘り出され、WHSA第2地点で堆積物へと再度埋まったかもしれない、ということです。もしそうならば、カワツルモの種子はヒトの足跡の上限年代のみを提供しています。

 カワツルモの種子に由来する年代に関しての議論に取り組むため、カワツルモの種子と同じ層序間隔から回収された陸生花粉の放射性炭素年代と、足跡の層準間隔内から得られた石英粒のOSL年代が得られ、WHSA第2地点の年代が評価されました。本論文と関わる年代測定技術と標本の種類と加速器質量分析法(accelerator mass spectrometry、略してAMS)施設は、先行研究(関連記事)で用いられたものとは独立しています。

 陸生花粉は、陸上に生息し、大気中の炭素を固定する球果と果実により生成されるので、硬水効果の影響を受けません。しかし、花粉粒はひじょうに軽量で、一般的に直系は10~150mmであり、単一の放射性炭素測定に必要な質量を達成するには、数十もしくはさらに数百の花粉粒が必要であることを意味します。それはひじょうに困難な過程ですが、研究者は数十年にわたって花粉の年代測定を試みてきました。しかし、その結果は雑多で、それはおもに、信頼できる年代生成のため他の有機物資料から充分な花粉粒を分離する難しさのためです。堆積物と他の有機物資料から花粉粒を分離するために最近になって流動細胞計測法を採用したことで、この問題は克服され、花粉標本は処理後に純度に近づくことが多くなりました。

 本論文では、22870±300~21130±250年前の範囲の年代(関連記事)が得られたWHSA第2地点のカワツルモの種子の元々の標本と正確な同じ層序水準から回収された、大量の堆積物の大規模な(1kg超)標本が収集されました(図2)。これらの標本は、厳密な化学的前処理と微細選別が行なわれ、宿主物質ができるだけ多く除去されて、花粉粒は動細胞計測法により残留物から分離されました。WHSA第2地点の標本全てには、現在よりずっと寒冷で湿潤だった気候を示唆する花粉粒群が含まれています。樹上性分類群には、豊富なマツ属やいくらかのトウヒ属やモミ属やトガサワラ属が含まれており、これらは現在と比較して近隣の針葉樹林の標高低下を示唆しており、LGMに関する以前の発見と一致します。非樹上性分類群はヨモギ属が優占しており、現在この地域では見られないヤマヨモギ草原を反映しています。年代測定では針葉樹の花粉が対象とされ、それは、針葉樹の花粉が比較的大きく(70mm超)、その外壁は比較的厚く、その両者炭素含有量の増加をもたらすからです。それぞれ75000個の花粉粒を含んでいる、WHSA第2地点から得られた3点の標本の¹⁴C含有量が測定され、23400±2500~22600±2300年前の較正された年代範囲が得られました(図2)。以下は本論文の図2です。
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 花粉の年代と関連する不確実性は比較的大きく、それは、花粉が放射性炭素年代測定で通常用いられるものよりもほぼ1桁大きい対象補正が必要だからです。空白補正は、収集や取り扱いや化学的前処理や二酸化炭素抽出や黒鉛化や同位体測定を含めて、処理のさまざまな段階で標本にもたらされる少量の汚染¹⁴C(通常現代)を考慮するため、全ての放射性炭素標本で実行されます。花粉粒を分離するため、本論文で分析された標本には広範な前処理手順が必要で、そのため、得られた年代を適切に補正するため、手順の空白としての使用のため放射性炭素年代測定の限界を超えていると知られている堆積物から得られた花粉も、抽出されて年代測定されました。本論文で分析された標本全てに同じ量の汚染がもたらされ、それはWHSA第2地点の層序について¹⁴Cで2200年もしくは暦年代で2500年の増加に相当する、と仮定すると、得られた年代は精度の低下にも関わらず性格と考えられるべきです。全体的に、WHSA第2地点から得られた花粉標本の較正された¹⁴C年代は、統計的に元々のカワツルモの種子の年代と区別できず(図3)、先行研究(関連記事)で開発された元々の年代の枠組みを裏づけます。最後に、空白補正のためのこの花粉固有の手法を実行しなかったとしても、較正された花粉の年代は依然として両者内に収まったでしょう。以下は本論文の図3です。
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 放射性崩壊に基づく放射性炭素手法に加えてOSL年代測定が用いられ、これは鉱物の結晶構造内に捕獲された電荷としてのエネルギーの蓄積に基づいており、その背景となる電離放射線の関数です。通常は石英である鉱物が太陽光や熱に曝されると、この捕獲された電荷は解放され、地質時計が初期状態に戻ります。WHSA第2地点の堆積物について、OSL年代は石英が堆積し、太陽光から遮断されて以降の経過時間に相当します。WHSA第2地点の堆積物は石膏が優占しており、石英は少量しか含まれていませんが、放射性炭素年代の下限の直下に位置するものの、ヒトの足跡遺構内によく収まる単一の層序水準から得られた3点のOSL年代を得ることができました。まとめると、これらの資料は、標本抽出された層準のOSLの下限年代が21500±1900年前よりも古いことを示します。花粉の結果と同様に、OSL年代は層序系列から年代測定のため収集された最下層のカワツルモの種子の較正された¹⁴C年代とは統計的に区別できません(図2)。

 花粉の較正された¹⁴C年代とOSL年代は両方とも、WHSA第2地点のカワツルモの種子から得られた元々の年代を裏づけますが、各州法から得られた年代推定値の正確さは、信頼できるものと受け入れられる前にここに評価されねばなりません。花粉の年代測定のさいに最も一般的な陥穽は、より古い堆積物からの花粉の再陥没により年代が古くなりすぎるかもしれないことです。この可能性を評価するため、WHSAで活発な窪地の表面で収集された堆積物から抽出された花粉の複数の部分試料が年代測定されました。現代の窪地堆積物の花粉群は、現在のトゥラロサ盆地で一般的な温暖で乾燥した状態と一致し、ヒユ科やキク科やイネ科(全て顕花植物)などおもに非樹上性分類群で構成されています。窪地の針葉樹の花粉の¹⁴C含有量は、現在の大気の¹⁴C水準と区別できず、これは古い花粉の再陥没が現在のトゥラロサ盆地のこの地域では取るに足らないことを示しています。これは、その時点でトゥラロサ盆地の大半がオテロ古湖に覆われていたことをとくに考慮すると、後期更新世にも当てはまります。

 同様に、堆積物が堆積した後二起きる過程は、古くなりすぎたり新しくなりすぎたりする、背景となる放射線場に影響を及ぼすことにより、OSL年代に影響を与えるかもしれません。そうした現象には、細穴水含有量の変化、経時的な放射性同位体の濃縮もしくは減少、宇宙線の流入における変化、輸送中の捕獲された電荷の不完全な除去(部分的票吐く)、生物攪乱による粒子の物理的乱れが含まれます。WHSA第2地点の標本に関しては、これらの変数の影響は、低浸透性で粘土の豊富な堆積物標本間の測定された細穴水含有量一貫性、標本間の放射性同位体値の類似性、埋まる前の輸送における充分な日光への曝露、標本抽出場所の無傷の層序に基づいて、最小限である可能性が高そうです。

 WHSAの年代測定論争の解決には、単一の年代範囲に収束すると同時に不正確もしくは偏っているような、3通りの独立した年代データセットの年代に影響を及ぼすかもしれない、物理的もしくは化学的過程の組み合わせの欠如が必要です。古環境の指標(花粉群)が、問題となっている期間の地域的記録と一致していることも必要です。用いられた年代技術の性質およびそれに適用された資料に基づいて、これらの計量はこの研究では満たされています。以前に報告された地質学と水文学と層序学と年代学と気候学の証拠を組み合わせると、水生植物であるカワツルモの種子の較正された¹⁴C年代の一致と、陸生花粉粒の較正された¹⁴C年代と、OSL年代は、ヒトがLGMに北アメリカ大陸に存在した、という結論を裏づけます。


参考文献:
Pigati JS. et al.(2023): Independent age estimates resolve the controversy of ancient human footprints at White Sands. Science, 382, 6666, 73–75.
https://doi.org/10.1126/science.adh5007

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