半野生のアカゲザル個体群における同性間性行動

 半野生のアカゲザル(Macaca mulatta)個体群における同性間性行動を報告した研究(Clive et al., 2023)が公表されました。多くの報告が、動物種全体にわたる同性間の社会的な性行動(same-sex sociosexual behaviour、略してSSB)を記載してきました。しかし、その観察は場当たり的な傾向があり、同性間性行動は一般に、異性間性行動よりも稀なものとして記述されます。したがって、SSBの進化と維持を説明する仮説、とくに遺伝性なのかどうか、したがって自然選択により進化し得るのかどうか、との検証には種内のSSB分布を研究する必要があります。

 本論文は、プエルトリコのカヨ・サンティアゴ島に生息する236頭の雄の半野生のアカゲザルの社会的およびマウンティング行動の3年にわたる(2017~2020年)詳細な観察を収集しました。マウンティングは異性間よりも同性間の観察例が多く、調査した雄の72%が同性間マウンティングを行っていたのに対し、異性間マウンティングを行っていた雄は46%でした。これらの収集データを1938年までさかのぼる血統と組み合わせると、SSBが反復可能(19.35%)で遺伝性(6.4%)である、と示されました。個体群の統計学的要因(年齢と集団構造)は、SSBの差異をわずかにしか説明しませんでした。さらに、同性のマウンティングする側とされる側との間に正の遺伝的相関が見つかり、SSBのさまざまな形態への共通の基盤が示唆されました。

 最後に、SSBへの適応度負担を示す証拠は見つかりませんでしたが、その代わりに、この行動が繁殖成功率の向上につながるとされてきた連合的協力を媒介する、と示されました。まとめると、これらの結果をから、SSBはアカゲザルにおいて頻繁に見られ、進化し得るものであり、負担がかからない、と示されました。この見解を他の個体群や種にまで当てはめることには慎重であるべきですが、SSBは霊長類の繁殖生態に共通する特徴かもしれない、と示唆されました。この研究では、こうした知見は、「同性間性行動がヒト以外の動物にはきわめて稀で、あったとしても異常な環境条件の産物に他ならない」という思い込みに疑問を提起している、と主張しています。

 この研究は、進化史の観点からも注目されます。上述のように、ヒトにおいても同性愛は見られ、さまざまな観点からの研究も多くあります。最近の研究(関連記事)では、ヒトにおいてもSSBには遺伝的基盤があり、SSB関連アレル(対立遺伝子)が、性的相手の数の増加とその結果としての子の数の増加により、異性間の性的行動のみを行なう個体の利益となったため、選択的に除去されてこなかったものの、現代人では1960年代の経口避妊以降、より多くの性的相手を有することはもはや、より多くの子を有することを予測しなくなり、SSBは今や子の数と遺伝的に負の相関となる、と示され、現代社会におけるSSBの遺伝的維持の喪失が示唆されています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


動物行動学:半野生アカゲザル個体群における同性間性行動

 同性間性行動は、半野生のアカゲザルの個体群で頻繁に見られ、進化してきたものであることを報告する論文が、Nature Ecology & Evolutionに掲載される。今回の知見は、3年にわたる観察データに基づいており、この行動が適応度コストを生じないことも指摘している。

 同性間性行動が記録されている動物種は多い。しかし、その観察は場当たり的なものである傾向があり、同性間性行動は一般に、異性間性行動よりもまれなものとして記述される。これは、同性間性行動の多様性、特にその行動が遺伝的なものか、そして進化的過程によって駆動され得るかという点が、あまり理解されていないことを意味している。

 Vincent Savolainenらは、プエルトリコのカヨ・サンティアゴという島の半野生アカゲザルに関して、長期の個体群統計記録がある個体群の行動を調べた。調査では、2017~2020年の間に、雄のアカゲザル236頭でマウンティング行動が観察された。マウンティングは異性間よりも同性間の観察例が多く、調査した雄の72%が同性間マウンティングを行っていたのに対し、異性間マウンティングを行っていた雄は46%だった。同性間性行動が活発な個体ほど他個体との社会的接触に多くの時間を費やしており、マウンティングのペアは連合体を形成していることが多かった。これまで、同性間性行動と生殖の間のトレードオフが想定されてきたが、今回Savolainenらは、同性間性行動と生殖の間に前向きな傾向を見いだした。また、同性間性行動にはある程度の遺伝性があり(6.4%;長期の血統データを用いて計算)、従って進化する可能性があることも明らかになった。

 Savolainenらは、今回の結果を他の個体群や種にまで当てはめることには注意を促すが、このような知見は、「同性間性行動がヒト以外の動物には極めてまれで、あったとしても異常な環境条件の産物に他ならない」という思い込みに疑問を投げ掛けるものだと主張している。



参考文献:
Clive J, Flintham E, and Savolainen V.(2023): Same-sex sociosexual behaviour is widespread and heritable in male rhesus macaques. Nature Ecology & Evolution, 7, 8, 1287–1301.
https://doi.org/10.1038/s41559-023-02111-y

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