岡山県内古墳出土人骨のミトコンドリアDNA分析

 取り上げるのがたいへん遅れてしまいましたが、岡山県内古墳出土人骨のミトコンドリアDNA(mtDNA)分析結果を報告した論文(篠田他.,2021)が公表されました。次世代配列決定(next-generation sequencing、略してNGS)APLP(Amplified Product-Length Polymorphism、増幅産物長多型)の実用化により古代DNA研究は飛躍的に発展し、日本列島の古代人にも適用されるようになりました。これにより、日本列島では縄文時代とその後の弥生時代以降とで人類集団の遺伝的構成が大きく変わった、と明らかになってきました。しかし、弥生時代の人類遺骸のゲノム解析は、ユーラシア大陸東部からの人類の流入が弥生時代以降もつづいたことを示唆しています(関連記事)。しかし、この融合の進展の具体的な様相については、古墳時代の人類遺骸のゲノム解析が進んでいないため、ほとんど理解が進んでいません。

 本論文は、岡山県内から出土したまとまった数の古墳時代の人類遺骸のmtDNA分析結果を報告します。岡山県を中心とした吉備地域は古代に畿内や出雲と並んで大きな勢力を持っていた、と考えられており、古墳文化が栄えた地域です。この地域の人類集団の遺伝的な特徴の解明は、古代国家形成期に人類集団がどのように形成されていったのか、明らかにすることにつながっており、考古学や歴史学にも重要な知見を提供する可能性があります。さらに、古代DNA 分析では、埋葬された人物の遺伝的な特徴だけではなく、被葬者間の血縁関係の解明も可能です。母系遺伝となるmtDNAでは母系の血縁関係しか追跡できませんが、それでも従来の形態に頼った方法と比較して格段に精度の高い推定が可能となるので、古墳時代の親族構造についても新たな知見をもたらす、と期待されます。将来的には両親の系統を追うことのできる核ゲノムの解析も視野に入れられています。

 分析された人類遺骸は、岡山理科大学が所蔵する久米三成古墳群4号墳出土人骨と赤羽根古墳群出土人骨と中島第1号墳出土人骨、岡山大学が所蔵する勝負砂古墳出土人骨と飯盛山東1 号墳出土人骨と狩谷古墳群5および6号墳出土人骨の、合計15 体です。久米三成古墳群4号墳は、津山市久米町中北下字三成に所在する前方後円墳とされていますが、方墳が2基つながったものである、との見解もあります。第1主体部第1号人骨は壮年後半から熟年前半の男性、第1主体部第2号人骨は壮年の女性第2主体第1号人骨は熟年後半の女性、第2主体第2号人骨は11歳前後の性別不明個体です。赤羽根古墳群は高梁市落合に所在する小古墳で、3世紀中ごろから4世紀後半までに作られた、と考えられています。今回の分析では合計3体が対象とされました。第6主体人骨は壮年の男性で、第7主体には2体の人骨が残っており、第1号人骨は壮年の男性、2号人骨は熟年の女性、第8主体人骨は壮年前半の男性と推定されています。中島第1号墳は赤磐市の山林にあった一辺18mの方墳です。今回は2体の人骨が分析され、1号人骨は壮年期の男性、2号人骨は壮年期前半の女性です。

 これらの人類遺骸の臼歯からDNAが抽出され、分析されてmtDNAハプログループ(mtHg)が決定されました。APLP(Amplified Product-Length Polymorphism、増幅産物長多型)分析では、mtDNAの大ハプログループであるM/Nを分離するプライマーセットでの分析後に、細分APLP分析が実施されました。その結果mtHg-N9 までは判定でき、それ以降の細分ができなかった狩谷6号墓の女性を除く14個体で、mtHgを判定できました。

 NGS分析では、DNA断片長が大半は100塩基対以下で、DNA末端において高頻度でシトシン塩基の脱アミノ化が観察されたので、古代DNAと判断されました。多くの個体でmtHg推定に充分な読み取り数を得ることができ、APLP分析では結果を得られなかった狩谷6号墓の女性についても、mtHgを決定できました。ただ、狩谷5号人骨と6号墓男性人骨では、分析の途中でインデックスホッピングという試料同士の混入が起った可能性から、最終的な判断が保留されました。そのためこれらの標本については再実験が必要ですが、今回は時間の都合によりできなかったので、この2個体についてはAPLP 分析の結果が結論とされています。再実験については今後の課題です。

 mtDNAは母系遺伝なので、全配列が完全に一致した場合は、かなりの確率で母系の血縁がある、判定できます。狩谷6 女性をはじめとして、かなり特殊な配列を持っている個体もあり、将来的に古墳時代の人類遺骸のmtDNA分析が進めば、それを手がかりとして地域の母系を追求できる、と考えられます。赤羽古墳群7 号墓の第1主体の2個体(壮年男性と熟年女性の組み合わせ)はmtDNAの配列が完全に一致したので、母系の血縁関係がある、と判断されます。一方で、それ以外の個体については同一配列を持っておらず、母系の血縁は認められませんでした。

 mtHgは地域的に偏在しているので、それを手がかりに集団の遺伝的構成を考察できます。日本列島では、基層集団となる縄文時代集団のmtHgは基本的にN9bとM7aです。おもに、mtHg-N9bは東日本から北日本に、mtHg-M7aは西日本に分布します。今回分析された「縄文系」mtHgは、M7a系統が3個体、N9b系統が1個体でした。それ以外のmtHgは、弥生時代以降にユーラシア大陸から列島にもたらされた、と考えられます。その観点から今回判明したmtHgを見ると、在来の「縄文系」と考えられるmtHgが4例(約30%)、渡来系と考えられるmtHgが11 例(約70%)です。いずれにしても、分析個体数が少ないので確実な事は言えませんが、現代日本人においてmtHg-M7aが占める割合は約7%程度なので、在来系がやや多い傾向となります。また両者が同一の古墳に混合する状況からは、在来系のmtHgがとくに排除されることもなく渡来集団に吸収されていった状況も窺えます。ただ、実際の混合の様子は核ゲノム解析でさらに明確になります。今回の分析で古墳時代の人類遺骸にもゲノム解析可能なDNAが残存している、と明らかになった意義は大きく、さらに詳細な解析を進め、集団の遺伝的な性格や人骨間の血縁関係を解明し、古代史研究に貢献することが今後の課題です。


参考文献:
篠田謙一、神澤秀明、角田恒雄、安達登、清家章(2021)「岡山県内古墳出土人骨のミトコンドリアDNA分析」『国立歴史民俗博物館研究報告』第229集P145-152

この記事へのコメント