『卑弥呼』第115話「疑心」

 『ビッグコミックオリジナル』2023年9月20日号掲載分の感想です。前回は、ヤノハが伊都(イト)国を訪れた後、おそらくはと末盧(マツラ)国への道中で襲撃され、ヤノハに同行していた武勇に優れているオオヒコまで倒されたことに愕然とし、窮地に追い込まれたところで終了しました。今回は、その数時間前に、末盧(マツラ)国の玉島(タマシマ)で、末盧国のミルカシ女王が家臣であるアズ巫身(ミミ)および日の守(ヒノモリ)のミナクチとともに、日見子(ヒミコ)であるヤノハを迎えるべく普請した寝所の前で語り合っている場面から始まります。ミナクチは、ヤノハがわずかな手勢で来ることを案じます。ミルカシ女王がその理由を尋ねると、日見子様は末盧の前に伊都(イト)国に立ち寄ると聞いているが、伊都のイトデ王はかつて筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)を自ら統一しようとした野心家だ、とアズ巫身は答えます。イトデ王の謀叛を警戒しているのか、とミルカシ女王に問われたアズ巫身は、そこまでは言わない、と曖昧に答えます。するとミルカシ女王は、心配無用だとアズ巫身とミナクチを諭します。イトデ王も我々とともに日下(ヒノモト)と戦った同士で、今や同盟の絆に揺るぎはなく、日見子様は天照大御神(アマテラスオオミカミ)より道中無事とのご神託を受けてから旅立ったはずだからだ、というわけです。これにはミナクチも納得し、万一にも襲われれば、日見子様自身が顕人神(アラヒトガミ)なのかどうか疑われるだろう、と言い、それでも日見子様が無事なよう皆で祈ろう、とミルカシ女王は促し、アズ巫身およびミナクチとともに太陽に向かって祈ります。

 ヤノハ一行が襲撃される数時間前、護衛のオオヒコはヤノハに、百年前の日見子様はどうして倭国全土を泰平にできたのだろうか、と尋ねます。するとヤノハは、政事(マツリゴト)に秀でており、勇猛果敢と詠われた、現在は吉国(ヨシノクニ、吉野ケ里遺跡の一帯と思われます)と呼ばれている目達(メタ)国のスイショウ王と揺るぎのない同盟関係を結べたからではないか、と答えます。スイショウ王は天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ、北極星の神)と月読命(ツクヨノミコト、月の神)を信仰しており、お天道様の化身である日見子様とは相いれない間柄だったのでは、とオオヒコに問われたヤノハは、まさにそこだ、と答えます。相反する二柱の神を互いに受け入れることで、戦なくして統一が生まれたのだ、というわけです。日下の吉備津彦(キビツヒコ)から事代主(コトシロヌシ)殿へとの提案と同じだ、とオオヒコは納得します。百年前の日見子様が平気で人に弱みをさらした理由についてオオヒコに問われたヤノハは、そこは自分も分からず、顕人神が弱みを見せれば神ではなくなると思うが、理由がまだ分からないのは、自分が未熟なせいだろう、と答えます。

 舞台は作中世界の現在に戻ります。襲撃されたヤノハは茂みに隠れ、動けば死に、留まれば敵が来る、という絶体絶命の状況で、どうすればよいのか、思案していました。そもそも敵は誰なのか、ヤノハはまず推測します。ヤノハの旅を知っているのは伊都と末盧と伊岐(イキ、現在の壱岐諸島でしょう)の王で、自分の命を狙っているのは、日下と、あるいは密約を破った暈(クマ)で、目下の敵は津島(ツシマ、現在の対馬でしょう)国だ、と考えているヤノハの目の前に、竹筒が落ちてきます。竹筒からは糸が伸びており、要は現在の糸電話のようなものです。そこに、声が聴こえてきて、竹筒を耳に当てるように、との声が聴こえてきます。これは言の葉伝えの術で、話しているのはアカメでした。アカメは、樹上にいる自分も完全に包囲されており、今はこれ以上近づけない、とヤノハに伝えます。ヤノハはまず武器を探し、殺害された山社(ヤマト)から刀を取り、茂みに隠れます。ヤノハはアカメに敵が何者なのか尋ねますが、アカメも分かりません。ヤノハは、正直なところ敵が多すぎて自分にも分からない、と自嘲します。そこへ、背後に敵がいる、とのアカメからの警告がヤノハに届きます。ヤノハが斬りかかってきた兵士を殺害すると、アカメは、自分が突破口を開くので敵が来た道を進むよう、ヤノハに進言します。オオヒコや兵を放ってはおけない、と言うヤノハに、オオヒコや他の兵が生きているとしても足手まといになるだけだ、とアカメは諭します。それでもなお、仮に自分たちだけでここを突破できても展望は開けない、と案ずるヤノハに、また敵が来た、とアカメは告げます。ヤノハそれで覚悟を決めたのか、ヤノハを探している2人の兵士に斬りつけ、あっという間に2人とも殺します。ヤノハはアカメに敵の人数を尋ね、山社まで逃げることは不可能なので、ここで敵を殲滅する以外に活路はない、と言います。ヤノハはトンカラリンの洞窟に閉じ込められた時以来の同志であるアカメならよく理解していると思ったのか、自分には神が降ったことは一度もなく、あるのは勘と義母からもらった知恵のみだが、山社連合の王や民は自分が天照様の化身と信じている、と伝えます。つまり、敵襲を預言できなかった日見子は偽者と王や民に疑われるのか、とアカメに問われたヤノハは、疑われるのではなく見破られるので、単独で生き残る以外に道はない、と答えます。アカメは、ここで戦えば生き残ることは不可能で、日見子様が死ねば永久に倭国に平和は訪れないので、絶対に死んではならない、とヤノハは諭します。とにかく生き残りたいのが本音なのでは、とアカメに指摘されたヤノハは、どうするのか、アカメに尋ねます。伊都か末盧に助けを求める、アカメが答えると、末盧のミルカシ女王は純粋なので、自分が真の日見子ではないと知ったら、自分に殺意を抱くだろう、とアカメに伝えます。一方、伊都のイトデ王は、最初からヤノハが偽者の日見子ではないかと疑っており、心は読めないが、みじめに逃げかえれば何の躊躇もなく自分を始末するかもしれない、とヤノハは思案します。それでも伊都か末盧のどちらかを選ぶべきだ、とアカメに進言されたヤノハは、どちらが近いのか、アカメに尋ねます。さほど変わらないが、伊都までは1日半、末盧までは2日だ、とアカメが答えると、では少しだけ近い伊都だ、とヤノハは選択します。そこへ、負傷して倒れていたオオヒコが何とかやって来て、伊都国だけは駄目だ、とヤノハに進言します。オオヒコが生きていたことに喜ぶヤノハですが、オオヒコはこの敵襲が間違いなくイトデ王の謀叛だと断言します。その根拠を問われたオオヒコは、自分に刺さった矢が、漢人(という分類を作中の舞台である紀元後3世紀に用いてよいのか、疑問は残りますが)の築いた秦邑(シンノムラ)から教わった秘密の連弩用の短いものであることを、ヤノハに伝えます。連弩の秘密を知るのは山社連合の王だけで、どの国が日見子様の旅程を知っていたか考えると、末盧のミルカシ女王と伊岐のイカツ王でなければ、伊都のイトデ王の裏切り以外には考えられない、とオオヒコがヤノハに訴えるところで今回は終了です。


 今回は、前回終盤に続いてヤノハへの襲撃が描かれました。ヤノハは絶体絶命の状況に陥り、しかもどの勢力が襲撃してきたのか、確証を抱けていません。前回、吉備津彦が秘密武器である連弩を入手した、と明かされていますが、当然、ヤノハもアカメもオオヒコもそれを知らないので、山社連合の王の誰かが裏切った、とオオヒコが考えても不思議ではありません。恐らくじっさいには、筑紫島には今でも日下国の祖であるサヌ王(記紀の神武天皇と思われます)の残党がいるとされていますから(第37話)、吉備津彦が筑紫島のサヌ王の残党に連弩を渡し、ヤノハが山社から出る機会をうかがっていたのでしょう。恐らく、伊都にも末盧にも伊岐にもサヌ王の残党はおり、ヤノハの動向を探って、護衛の兵数が少ないこともあり、襲撃を実行したのでしょうが、山社連合の王は日下連合と直接戦っており、ヤノハを裏切ったのではないだろう、と思います。

 現時点で、ヤノハの近くにはアカメとオオヒコしかおらず、オオヒコはかなりの重傷を負っていますから、この窮地からヤノハがどう脱するのかは、本作でも山場の一つとなりそうです。さらに、この窮地から脱しても、襲撃を見抜けなかったことから、日見子としての権威が低下するか、すっかり失われる可能性さえあります。ここでヤノハにとって光明になるかもしれないのは、百年前に存在した先代の日見子が平気で人に弱みをさらしており、それでも日見子として崇められ、倭国に泰平をもたらしたことです。これまで、ヤノハは自分の本性をよく知っているヌカデや、自分が殺害してしまったモモソの霊など、一部の人物にしか弱さをさらしませんでしたが、今後は、弱さも見せて山社連合の王や民を率いていくことになるのでしょうか。この襲撃は本作の転機となるかもしれず、ヤノハがこの窮地をどう脱するのか、たいへん楽しみです。

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