『卑弥呼』第116話「強さと弱さ」

 『ビッグコミックオリジナル』2023年10月5日号掲載分の感想です。前回は、ヤノハの一行が襲撃されたのは、伊都(イト)国のイトデ王の裏切り以外に考えられない、とオオヒコがヤノハに強く訴えているところで終了しました。今回は、その数時間前に、日下(ヒノモト)国の庵戸宮(イオトノミヤ)で、吉備津彦(キビツヒコ)と妹で日下の日見子(ヒミコ)であるモモソに、筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)の日見子(ヤノハ)の弱点を教えろ、と要求している場面から始まります。とっくに気づいていると思っていた、とモモソから言われた吉備津彦は、お前ほど賢くはない、と自嘲します。モモソは、実は筑紫島の日見子(ヤノハ)は自分と似ている、と吉備津彦に伝えます。美しいということか、と吉備津彦に問われたモモソは苦笑し、中身のことだ、と答えます。人を信じられず、人に頼れない性だ、とのモモソからの回答を聞いた吉備津彦は、それは強さだろう、と疑問を呈します。モモソが、果たしてそうだろうか、と疑問を呈すと、鳥が吉備津彦の手にとまります。吉備津彦にこの鳥が斑鳩(イカルガ)だと説明を受けたモモソは、この辺りに多くいる野鳥のイカルか、と尋ねます。すると吉備津彦は、イカルではなくハトの仲間のイカルガで、遠くから文を運んでくれる賢い鳥だ、と答えます。斑鳩の由来は遅くとも3世紀初頭にまでさかのぼる、という設定でしょうか。モモソが、自分も筑紫島の日見子(ヤノハ)も人であって人でないふりをした偽物だ、と言うと、豪胆なところのある吉備津彦も、言葉が過ぎるのではないか、と狼狽えます。いつそれがばれるか戦々恐々の日々で、そういう者は何もかも一人で背負って生きていかねばならず、それが最大の弱さだ、とモモソは吉備津彦に説明します。

 話は作中世界の現在に戻り、伊都(イト)国と末盧(マツラ)国の境では、ヤノハとオオヒコが今後の方針を検討していました。オオヒコはヤノハ一行を襲撃したのが伊都のイトデ王と考えており、いかに伊都に戻る方が容易でも、末盧に向かうべきと主張します。ヤノハが、正体も分からない敵から敗走し、末盧にたどり着いた自分を末盧のミルカシ女王が歓迎すると思うか、とオオヒコに疑問を呈します。するとオオヒコは、ミルカシ女王は同盟国で最も日見子様(ヤノハ)に信頼を寄せているからだ、と答えます。しかしヤノハは、神と崇める相手が情けない姿を曝した時、人は失望して殺意を抱くものだ、とオオヒコに指摘します。では、イトデ王が謀叛人ではなかった場合、逃げ帰った日見子様はどう遇されるのか、とオオヒコに問われたヤノハは、まったく読めない、と答えます。オオヒコから、行動の読めないイトデ王の懐にあえて飛び込むつもりか、と問われたヤノハは、この襲撃が天照様から自分への罰か試練で、罰なら自分は阿保として死に、試練なら助かると考えてはどうか、とオオヒコを諭します。オオヒコはヤノハの閑雅は捨て身だとして依然否定的ですが、ヤノハが本物かとうが確かめる好機であることを、ヤノハから告げられます。アカメなら伊都まで半日で行けると考えたヤノハは、先に伊都に行って援軍を要請するよう、アカメに指示します。自分は伊都に引き返すと決めたが、そなたは末盧を選んでもよい、とヤノハに言われたオオヒコは、あくまでも日見子様のお供をする、と力強く言います。頼りない顕人神(アラヒトガミ)に対して酔狂なことだ、とヤノハは自嘲とオオヒコへの感謝および敬意を込めたように呟き、その直後、オオヒコの読みが正しいならば、イトデ王とすぐに遭遇することになる、と指摘します。イトデ王がもし謀叛の張本人ならば、容赦のない人なので、自分に止めを刺すため、今頃は兵を率いて自ら出陣しているはずだ、というわけです。

 庵戸宮では、食膳を前に瞑想している吉備津彦に、妹のモモソがサセリと本名で呼びかけていました。考え事をしていた、とモモソに説明した吉備津彦は、イカルガが届けてくれた文によると、日見子が山社(ヤマト)を出た、と説明します。では殺せるということか、とモモソに問われた吉備津彦は、我々が何もしなくても謀叛などで死ぬかもしれない、と答えます。伊都国と末盧国の境では、ヤノハから指示を受けたアカメが軍勢に気づき、輿に乗っているのがイトデ王だと確認します。アカメは、オオヒコが言った通り、ヤノハ襲撃の首謀者はイトデ王だった、と考えます。庵戸宮ではモモソが吉備津彦に、イカルガがどのくらい遠方からどのくらいの日数で戻れるのか、と尋ねます。筑紫島から日下までその気になれば2日とかからない、とオオヒコが答えると、先ほどの鳥が筑紫島から戻って来たことをモモソは悟ります。オオヒコは筑紫島に軒猿(ノキザル、間者)を放っていました。日見子は山社を出てどこに向かったのか、とモモソに問われたオオヒコですが、そこまでは把握していないようです。しかし、モモソが言うように、筑紫島の日見子(ヤノハ)が何もかも背負って一人で生きる女性ならば、そろそろ死ぬ頃だ、と吉備津彦はモモソに伝えます。

 伊都国と末盧国の境では、アカメからの報告を受けて、引き返すよう、オオヒコがヤノハに強く進言していました。しかしヤノハは、このまま進む、とオオヒコに伝えます。ヤノハは、周囲の刺客の死体を見て、オオヒコとアカメに、自分たちが何もしないのになぜ刺客は死に、逃走中になぜ攻撃は止んだのか、と問いかけます。そこへイトデ王の軍勢が現れ、ヤノハはオオヒコを振り返り、自分が最低の日見子かどうか、分かる時が来た、と伝えます。ヤノハはイトデ王に頭を下げ、敵襲で疲れ果てたので助けてください、と要請します。するとイトデ王は大声で配下の者に、頭が高い、と言います。イトデ王はヤノハが引き返してきたことに感激しているようですが、ヤノハにはその理由が分かりません。イトデ王は、日見子様が心配で伺見(ウカガミ、間者)を手配しており、森の中で敵襲があったと聞いて急ぎ駆けつけた、と事の次第を説明します。イトデ王は、日見子様が自分に今ひとつ信を置いていないと分かっていたので、敵と遭遇すれば当然末盧に向かうと考えて、がむしゃらに進んだ、と状況をヤノハに説明します。ヤノハが伊都側へと引き返してきたのは、自分を信じてくれたからだ、とイトデ王は感激していたわけです。イトデ王は、倒した敵が全員日下の兵だった、とヤノハに報告します。日下の兵は黥を入れませんが、顔に顔料で偽装していたわけです。しかし、ヤノハの旅程を日下がなぜ知っていたのか、イトデ王にも分かりませんでした。庵戸宮で、もし自分たちの手の者の攻撃でも筑紫島の日見子(ヤノハ)が生き延びたらどうなるか、とモモソに問われた吉備津彦は、それほどの強運なら厄介なことになる、と答えます。それがどのような意味なのか、モモソに問われた吉備津彦が、たった一人の女子によって、倭国統一というサヌ王(記紀の神武天皇と思われます)の悲願は百年遅れる、と吉備津彦が答えるところで今回は終了です。


 今回は、ヤノハの窮地からの脱出と、日下の思惑が描かれました。イトデ王は筑紫島連合の一員として決死の覚悟で日下と戦っただけに、この時点でヤノハを裏切ることはないかな、と考えていたものの、ヤノハを案じて動向を探らせ、直ちに援軍を派遣したところまでは予想できませんでした。ヤノハは、イトデ王が裏切っているのか否か、途中までは確信がなかったのでしょうが、アカメからの報告と、刺客が殺され、途中で襲撃が止んだことを踏まえて、イトデ王が援軍を派遣した、と悟ったのでしょう。それでも、ヤノハにとって襲撃されてイトデ王に助けを請うたことは賭けだったはずで、イトデ王が襲撃を予知できなかったヤノハを見放す可能性も想定していたのでしょう。それでも、イトデ王から先代の日見子について教えられ、先代の日見子は弱さを見せる人だったと聞いていたことから、イトデ王にあえて弱さを見せることに勝機を見いだしていたのでしょう。イトデ王は、ヤノハが自分を信じていたくれたことに感激し、ヤノハに完全な忠誠を誓ったようです。イトデ王から先代の日見子の話を聞いたヤノハは、今後弱さもあえて見せていくことで、日下のモモソと吉備津彦が指摘した弱点も克服し、人々に支えられることで、山社連合を維持・発展させていこうとするのでしょう。『三国志』によると、卑弥呼を擁立していた諸国で王がいると明記されているのは邪馬台国以外には伊都国だけで、作中では、今回の功績より伊都国の君主は王を称することが許されることになった、という設定なのかもしれません。

 日下のモモソと吉備津彦は、筑紫島の日見子であるヤノハの弱点を的確に見抜いていたようですが、これは、トメ将軍とミマアキ、さらには穂波の国の重臣で日下と通じているトモの話から推測したのでしょうか。また、モモソはヤノハが偽物の日見子と確信しているようですが、これは、モモソも「本物」の日見子ではないものの、伊都の禰宜であるミクモのように(第14話)、偽物であることを見抜く程度の霊力はある、ということなのかもしれません。ヤノハを襲撃したのが誰だったのか、なぜヤノハの旅程が把握されていたのかは、今回も明かされませんでした。筑紫島には今でも日下国の祖であるサヌ王の残党がいるとされていますから(第37話)、恐らくは伊都にも末盧にも伊岐(イキ、現在の壱岐諸島でしょう)にもサヌ王の残党はおり、ヤノハの動向を探って、護衛の兵数が少ないこともあり、襲撃を実行したのでしょう。次回以降、これも明かされるのでしょうが、まずは、ヤノハが次に訪問予定の末盧国で、ミルカシ女王にどのように襲撃を説明し、ミルカシ女王がどう対応するのか、たいへん注目されます。

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