ヒトY染色体の詳細な塩基配列解読

 ヒトY染色体の詳細な塩基配列解読を報告した二つの研究が公表されました。一方の研究(Rhie et al., 2023)はヒトY染色体の完全な塩基配列を報告しています。ヒトのY染色体は、長いパリンドローム配列、縦列反復配列、分節重複といった複雑な反復構造のために、塩基配列の解読とアセンブリがひじょうに難しい、と知られています。そのため、GRCh38参照配列にはY染色体の半分以上が含まれておらず、解読が終了していない最後のヒト染色体として残されています。テロメア・ツー・テロメア(T2T)コンソーシアムでは、HG002ゲノム由来の6246万29塩基対から構成される完全なヒトY染色体塩基配列(T2T-Y)が決定され、既存の参照配列であるGRCh38のY染色体中の複数の誤りを修正し、この参照配列に3000万塩基対を超える塩基配列が追加されました。さらに本論文は、TSPYとDAZとRBMYの遺伝子ファミリーの完全なアンプリコン構造を明らかにし、さらに41の新たなタンパク質コード遺伝子(その大半はTSPYファミリー由来)を示します。また、Yq12ヘテロクロマチン領域はヒトサテライト1とヒトサテライト3のブロックが交互に並んだパターンであることも分かりました。このT2T-YとこれまでのCHM13ゲノムアセンブリとを組み合わせ、入手可能な集団間の多様性、臨床多様体、機能的ゲノミクスデータのマッピング(多少の違いを許容しつつ、ヒトゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)により、24種類のヒト全染色体の完全で包括的な参照配列が作成されました。

 もう一方の研究(Hallast et al., 2023)は、ヒト43個体のY染色体のアセンブリから広範な複雑性と多様性を明らかにしています。ヒトY染色体内には高度な反復配列が偏在することで、これまでその完全なアセンブリが妨げられており、これがゲノム解析でY染色体が体系的に除外される原因となっています。本論文は、43のY染色体の新規変異(de novo変異、親の生殖細胞もしくは受精卵や早期の胚で起きた変異)アセンブリと、その182900年にわたるヒト進化における系統関係を示し、規模と構造にかなりの多様性があることを報告します。男性特異的なユークロマチン領域の半分では、大規模な逆位が起きており、他のどの染色体よりも逆位の出現率が2倍以上高い、と示されました。これらの逆位に関連するアンプリコン配列から、変異率の差異は塩基配列の状況に依存することが明らかになり、また、アンプリコン遺伝子の一部は、ヒト系統特異的な偽遺伝子の獲得および除去と協調して進化した証拠が見つかりました。ヒトゲノムの最大のヘテロクロマチン領域であるYq12は、2種類の交互に並んだ反復配列で構成され、これらの数や規模や分布は広範な多様性を示しますが、1:1のコピー数比が維持されていた。さらに、この研究のデータは、組換えが起こる偽常染色体領域1と組換えが起こらないX染色体およびY染色体の部分の境界が、現在確立されている境界から500kb離れていることを示唆しています。複数個体の完全に塩基配列が解明されたY染色体が利用可能であることは、形質と特定のY染色体多様体との新たな関連を特定し、ヒトゲノムの複雑な領域の進化や機能についての手がかりを得る、またとない機会になります。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


遺伝学:ヒトY染色体の塩基配列解読

 ヒトY染色体のゲノムアセンブリとゲノム解析結果を明らかにした2編の論文が、今週、Natureに掲載される。Y染色体は、ゲノム塩基配列の完全解読が実現していない唯一のヒト染色体だった。今回の知見は、現行のY染色体参照配列の数多くの欠落部分を埋めており、さまざまな集団におけるY染色体の進化と多様性に関する洞察をもたらしている。

 ヒトY染色体は、構造が複雑なため、塩基配列解読やアセンブリが難しく、現行のヒト参照ゲノムアセンブリでは、Y染色体の半分以上が欠落している。そのため、Y染色体の十分な解明がなされておらず、その組成、複雑性、集団間の差異に関する我々の知識は限られている。

 Adam Phillippyとテロメア・ツー・テロメアコンソーシアムは今回、6246万29塩基対のヒトY染色体の完全塩基配列を示した。このアセンブリでは、現行のヒト参照ゲノムアセンブリにおけるY染色体に関する数々の誤りが修正されており、現行の参照配列に3000万塩基対以上の新たな塩基配列が追加され、一定数の遺伝子ファミリーの構造が完全に解明され、タンパク質をコードする41の遺伝子が新たに特定された。また、過去のマイクロバイオーム研究によって、その時点で知られていなかったヒトY染色体の塩基配列を細菌の塩基配列とした仮説が提示されたが、今回の結果は、この仮説の誤りも修正している。

 一方、Charles Leeらは、世界の21のヒト集団を代表する43人の男性のY染色体を基にして、ヒトY染色体ゲノムのアセンブリを行った。このアセンブリからは、18万3000年にわたる人類の進化におけるY染色体の遺伝的差異を詳細に知ることができる。ヒトY染色体のゲノムアセンブリは、未知のDNA塩基配列、保存された領域の特徴、Y染色体の複雑な構造に寄与した分子機構に関する知見をもたらした。


ゲノミクス:ヒトY染色体の完全塩基配列

ゲノミクス:43人のヒトY染色体のアセンブリから広範な複雑性と多様性が明らかになる

ゲノミクス:ヒトY染色体の完全な塩基配列解読がついに完了

 今回、2報の論文で、ヒトのY染色体塩基配列の塩基配列アセンブリが行われ、これまでのY染色体参照配列に存在した多くのギャップが埋められ、Y染色体の進化と集団間の多様性についての洞察が得られたことが報告されている。



参考文献:
Hallast P. et al.(2023): Assembly of 43 human Y chromosomes reveals extensive complexity and variation. Nature, 621, 7978, 355–364.
https://doi.org/10.1038/s41586-023-06425-6

Rhie A. et al.(2023): The complete sequence of a human Y chromosome. Nature, 621, 7978, 344–354.
https://doi.org/10.1038/s41586-023-06457-y

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