アイスマンの高品質なゲノムデータ

 1991年にアルプス山脈で発見されたアイスマン(Iceman)と呼ばれるミイラの高品質なゲノムデータを報告した研究(Wang et al., 2023)が公表されました。アイスマンはエッツィ(Ötzi)とも呼ばれており、その良好な保存状態からひじょうに有名な紀元前四千年紀後半のミイラです。アイスマンのゲノムデータは以前にも報告されていましたが、低網羅率でした。本論文は、アイスマンの高網羅率のゲノムデータを報告し、低網羅率のゲノムデータに基づく先行研究とは異なるアイスマンの遺伝的構成を示しています。


●要約

 チロルのアイスマンは最古のヒト氷河ミイラの一つとして知られており、紀元前3350~紀元前3120年と直接的に年代測定されています。以前に刊行された低網羅率のゲノムは、高い現在のDNA汚染にも関わらず、ヨーロッパ先史時代への新たな洞察を提供しました。この研究は低汚染の高網羅率のゲノム(15.3倍)を生成し、アイスマンの遺伝的歴史と表現型へのさらなる洞察を得ます。先行研究とは逆に、アイスマンには検出可能な草原地帯関連祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)は見つかりませんでした。その代わりに、アイスマンは現在のヨーロッパ人口集団において最高のアナトリア半島農耕民関連祖先系統を保持しており、狩猟採集民祖先系統関連人口集団からの限定的な遺伝子流動を伴うかなり孤立したアルプス人口集団が示唆されます。表現型分析から、アイスマンは現在のヨーロッパ人よりも肌の色が濃く、男性型禿頭症や2型糖尿病や肥満関連代謝症候群と関連する危険性アレル(対立遺伝子)を有していた、と明らかになりました。これらの結果は、皮膚の高い色素沈着や頭髪の欠如など、保存されているミイラ化した遺体の表現型観察を裏づけます。


●研究史

 エッツィとしても知られているチロルのアイスマン(以下、アイスマンと呼ばれます)は、世界最古の氷河のミイラです。放射性炭素年代測定と安定同位体分析から、アイスマンは銅器時代(ChalcolithicもしくはCopper Age、略してCA)にイタリア・アルプス東部の南斜面に暮らしていた、と明らかにされてきました。アイスマンの遺骸は1991年にエッツタール・アルプス(Ötztal Alps)のイタリア側で発見され、紀元前3350~紀元前3120年と直接的に年代測定されました。2012年の研究では、アイスマンの全ゲノム配列が刊行されました。常染色体データに基づく比較分析は、アイスマンとサルデーニャ島現代人との間の密接な遺伝的類似性を報告しました。しかし、これらの調査結果は、古代のユーラシア西部個体群のより多くのゲノムが利用可能になる前に刊行されました。アイスマンと同時代の人口集団と考えられる紀元前4000~3000年前頃のヨーロッパの古代の個体群のゲノムデータから、アイスマンとサルデーニャ島現代人との間の遺伝的類似性は、新石器時代(Neolithic、略してN)に余波全域に地理的に広がっていた共通の遺伝的構成要素に起因する、と示されました(関連記事)。しかし、アイスマンが発見されたアルプスの地理的地域は、さほど研究されていないままです。

 2012年の最初のアイスマンのゲノムは、高い経済的対価で複雑な計算基盤を必要とするABI SOLiD列決定装置(シークエンサ)構築基盤(プラットフォーム)を用いて生成されました。2012年のアイスマンのゲノムは、この研究で生成された高網羅率のゲノムと比較して低網羅率(7.6倍)で、現代人のDNAの汚染の存在を示しました。したがって、配列決定技術の最近の発展、つまり古代DNA研究の分野で標準となったより高い出力とより低い対価でのイルミナ(Illumina)社の技術のおかげで、2012年の研究で用いられた同じ左腸骨標本からアイスマンの新たな高網羅率(15.3倍)のゲノムが生成され、現代人の汚染は最小限(0.5±0.06%)でした。アイスマンは、紀元前四千年紀の分析されたヨーロッパの個体群では、異常に高い初期新石器時代農耕民関連祖先系統を示します。さらに、アイスマンに存在するヨーロッパ狩猟採集民関連祖先系統と初期新石器時代農耕民関連祖先系統の2つの祖先系統構成要素は、アイスマンの死亡前からかなり最近(56±21世代、つまり紀元前4880±635年)に混合した、と示され、紀元前5000~紀元前4000年前頃までアルプスの南側に狩猟採集民が生存していたことを示唆します。


●新たな高網羅率のゲノム

 回収された古代DNAの量を増やし、現代人のDNA汚染を減らすため、一連の4回の抽出では、左腸骨と周囲の組織という標本2点が採取されました。さらなる処理で最高のヒトDNA含有量の抽出物を特定するために、イルミナ社HiSeq基盤でのショットガン配列決定の後で、マッピング(多少の違いを許容しつつ、ヒトゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)されたヒトの読み取り(つまり内在性DNA)の割合が比較され、これら8点の抽出物から生成されたDNAライブラリでは内在性ヒトDNAの範囲は1.58~51.02%でした。最良の抽出物2点(1412E2と1412E3)から、4点の二重DNAライブラリが、DNA断片末端で古代DNAの損傷(つまり、脱アミノ化したシトシン)への置換を減少させる、ウラシルDNAグリコシラーゼ(uracil DNA glycosylase、略してUDG)で生成されました。

 次に、4点全てのライブラリで、合計36のイルミナ社HiSeq配列決定レーンで対での末端ショットガン配列決定が実行されました。生の配列決定データはEAGER 1.92.2で処理され、重複除去後に15.3倍の平均ゲノム網羅率で結合整列が得られました。最終的には、45.4%の内在性ヒトDNA含有量がおられ、少なくも5点の読み取りでゲノムの90.6%以上が網羅されていました。半数体X染色体上の異型接合性に基づくANGSDを用いて、高網羅率のゲノムで汚染水準が推定されました。高網羅率のアイスマンのゲノムの汚染割合は0.5±0.06%で、2012年に刊行されたゲノム配列で見つかった汚染水準の1/10未満です。


●遺伝的祖先系統分析

 初期新石器時代ヨーロッパ農耕民はその祖先系統の大半が初期アナトリア半島農耕民に由来していた、と示されてきており、農耕は紀元前7000年頃に始まる近東からアナトリア半島とバルカン半島を通ってきた人々とともに拡大した、と示唆されます(関連記事)。ヨーロッパにおける農耕民の到来に続いて、最初の拡大期(関連記事1および関連記事2)およびその後の紀元前四千年紀にかけて、さまざまな水準で在来の狩猟採集民との混合量が増加しました。

 紀元前四千年紀末までに、アナトリア半島に由来する初期新石器時代農耕民関連祖先系統とヨーロッパ狩猟採集民関連祖先系統との間の混合は、ヨーロッパの大半において広がっていました(関連記事)。その後、紀元前2900年頃以降、ポントス・カスピ海草原(ユーラシア中央部西北からヨーロッパ東部南方までの草原地帯)からの牧畜民がかなりの水準のいわゆる「草原地帯関連祖先系統」をヨーロッパ全域にもたらしました(関連記事)。紀元前三千年紀末の後に現在まで、3祖先系統構成要素すべてがほぼ全てのヨーロッパ人口集団で見つかります。

 本論文は、ヨーロッパ西部狩猟採集民(western hunter-gatherers、略してWHG)、アナトリア半島の初期新石器時代農耕民(アナトリア_N)もしくはドイツの前期新石器時代(Early Neolithic、略してEN)となる線形陶器文化(Linear Pottery、Linearbandkeramik、略してLBK)農耕民(ドイツ_EN_ LBK)、ロシアのサマラ(Samara)地域の前期青銅器時代(early Bronze Age、略してEBA)となるヤムナヤ(Yamnaya)文化の牧畜民(ロシア_サマラ_EBA_ヤムナヤ)という代表的な代理に相当するそれら3祖先構成要素の文脈におけるアイスマンの祖先系統構成を、アイスマンと同様に紀元前四千年紀と年代測定されているドイツやイベリア半島北部やイタリアやサルデーニャ島の古代の人口集団とともに比較します(図1)。以下は本論文の図1です。
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 主成分分析(principal component analysis、略してPCA)を用いて、ユーラシア西部現代人の遺伝的差異にアイスマンの本論文で提示される高網羅率のゲノムと2012年刊行のゲノムを投影すると、高網羅率のゲノムは2012年刊行のゲノムと比較してわずかに動いています(図2)。アイスマンの高網羅率のゲノムはPCAにおいて、紀元前四千年紀と年代測定された中期新石器時代(Middle-Neolithic、略してMN)と銅器時代のヨーロッパ人および初期新石器時代ヨーロッパ農耕民により形成される2集団間でクラスタ化します(まとまります)。遺伝的類似性検定では、高網羅率のアイスマンのゲノムは類似のパターンを示しており、紀元前四千年紀の同時代のヨーロッパ人および初期新石器時代ヨーロッパ農耕民と最も密接な遺伝的類似性を提示します。以下は本論文の図2です。
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 PCA(図2)では、高網羅率のアイスマンのゲノムは、他の中期~後期新石器時代(Middle-Late Neolithic、略してMLN)から銅器時代のヨーロッパ人、つまりスペイン_MLN、イタリア_サルデーニャ_N、イタリア_サルデーニャ_CA、イタリア_ N.SG、ドイツ_ MN_バールベルゲ(Baalberge)遺跡、ドイツ_ MN_ザルツミュンデ(Salzmuende)遺跡、ドイツ_ MN_エスパーシュテット(Esperstedt)遺跡、イタリア_ブロイオン洞窟(Grottina dei Covoloni del Broion)_CA.SGよりも、ヨーロッパの初期新石器時代農耕民のクラスタ(LBK関連農耕民)およびアナトリア_Nの近くに位置しており、アイスマンは紀元前四千年紀の他の検証された個体よりも多くの初期新石器時代農耕民関連祖先系統を有している可能性が示唆されます。

 アイスマンおよび他の同時代のヨーロッパ古代人集団における祖先構成要素の正確な割合を計算するため、qpAdmモデル化が適用され、初期新石器時代農耕民関連祖先系統の3つの代理、つまりドイツ_EN_ LBKとアナトリア_Nとドイツ_EN_ LBK_シュトゥットガルト(Stuttgart)遺跡(ドイツのLBKの7000年前頃となる高網羅率のショットガンゲノム)が検証されました。その結果、アイスマンは初期新石器時代農耕民関連祖先系統の代理としてのアナトリア_Nと他の祖先構成要素としてWHGを用いると、その祖先系統は初期新石器時代農耕民人口集団に90±2.5%が由来する、と分かりました(図3)。アイスマンの2012年に刊行されたゲノムと本論文の高網羅率のゲノムについて、第三の供給源と草原地帯関連祖先系統を含む3方向混合モデルでの検定では、本論文の高網羅率のゲノムは、2012年に刊行されたアイスマンのゲノムの祖先系統分解とは対照的に草原地帯関連祖先系統を示さない、と分かりました。本論文では、2012年に刊行されたアイスマンのゲノムで推定された7.5%の草原地帯関連祖先系統は現代人の汚染の結果である可能性が高い、と結論づけられます。以下は本論文の図3です。
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 アイスマンと比較して、スペインとサルデーニャ島の同時代のヨーロッパ人口集団(イタリア_サルデーニャ_CA、イタリア_サルデーニャ_N、スペイン_MLN)は、初期新石器時代農耕民関連祖先系統の割合がより少なく、その範囲は27.2~86.9%です(図3A)。アイスマンよりさらに南方に位置し、地理的にはヨーロッパ本土から離れている古代サルデーニャ島人口集団(関連記事)でさえ、アナトリア_Nからの祖先系統は85%にすぎません(図3)。紀元前四千年紀の個体群におけるより高水準の狩猟採集民祖先系統は、ヨーロッパ西部(ドイツとフランス)やヨーロッパ中央部やイベリア半島やバルカン半島など、ヨーロッパのさまざまな地域で中期および後期新石器時代に農耕民と狩猟採集民との間で進行していた混合により説明されてきました(関連記事)。

 アルプスの南側で見つかったイタリア_ブロイオン_CA.SGの個体群のみが、アイスマンで見られるのと同様に低い狩猟採集民祖先系統を示します(関連記事)。本論文では、アイスマンとイタリア_ブロイオン_CA.SGは両者とも、他のあらゆる同時代のヨーロッパ人集団よりも高水準の初期新石器時代農耕民関連祖先系統を有する、特定の銅器時代集団を表しているかもしれない、と結論づけられます。これは、紀元前五千年紀および紀元前四千年紀にその地域で、狩猟採集民とより多く混合した集団、もしくはより小さな人口規模の狩猟採集民からの遺伝子流動がより少なかったことを示唆します。


●ヨーロッパ南部における初期農耕民と狩猟採集民との間の最近の混合

 アイスマンのゲノムにおける初期新石器時代農耕民関連祖先系統の高い割合を考慮して、単一の供給源として初期新石器時代農耕民関連祖先系統を使用することが充分なのかどうか、検証されました。qpWaveの結果から、適切な単一供給源としてアナトリア_Nもドイツ_EN_ LBKも示唆されないと分かり、アイスマンのゲノムにはヨーロッパ狩猟採集民関連祖先系統が低いものの充分に存在する、と確証されます。

 DATESを用いて、初期新石器時代農耕民関連祖先系統(代理としてアナトリア_Nを使用)とWHG関連祖先系統の供給源間の混合年代がアイスマンの死の56±21世代前と推定されました。これは、1世代29年と仮定し、アイスマンの炭素14年代を考慮すると、紀元前4880±635年に相当します。あるいは、初期新石器時代農耕民関連祖先系統の代理としてドイツ_EN_ LBKを用いると、混合年代はアイスマンの死の40±15世代前もしくは紀元前4400±432年にと推定され、アルプスの南側に位置する近隣のイタリア_ブロイオン_CA.SGの推定値と重複します(図3B)。

 たとえばスペインやイタリア南部などヨーロッパ南部の他地域における初期新石器時代農耕民と狩猟採集民との間の混合年代と比較すると、とくにアイスマンとイタリア_ブロイオン_CA.SGで見られる狩猟採集民との混合はより新しい(図3B)と分かり、この地理的地域における狩猟採集民関連祖先系統のより長期の存続が示唆されます。


●有効人口規模と異型接合性

 高網羅率のゲノムにより、低網羅率もしくは一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)捕獲ゲノムでは不可能な、経時的な有効人口規模やゲノム規模の異型接合性などの追加の分析が可能になります。具体的には、MSMC2を用いて、アイスマンにより表される人口集団と、ドイツのシュトゥットガルトの初期新石器時代農耕民(ドイツ_EN_ LBK_シュトゥットガルト_.DG)とルクセンブルクのロシュブール(Loschbour)遺跡の中石器時代狩猟採集民(ルクセンブルク_ロシュブール.DG)により表される2供給源人口集団の人口規模の歴史が推定されました。

 上述の古代人3個体のゲノムを用いて推定された人口統計学的歴史は、サルデーニャ島の現在の1個体と同様の20万~25000年前頃となる同じ人口ボトルネック(瓶首効果)を共有しており、25000~2000年前頃の最近の期間におけるわずかな人口規模増加を示します。ルクセンブルク_ロシュブール.DG縄文人と比較して、アイスマンとドイツ_EN_ LBK_シュトゥットガルト_.DG個体(両者とも高い初期新石器時代農耕民関連祖先系統を有しています)について近い期間のより大きな人口規模が観察され、これは恐らく、近い期間における狩猟採集民人口集団に対する初期農耕人口集団のより大きな人口規模と関連しています(関連記事)。

アイスマンとドイツ_EN_ LBK_シュトゥットガルト_.DGとルクセンブルク_ロシュブール.DGの異型接合性の割合が推定され、重みづけジャックナイフ手順から計算された標準誤差とともに染色体ごとの推定値が示されました。ドイツ_EN_ LBK_シュトゥットガルト_.DGとアイスマンは両者とも、ルクセンブルク_ロシュブール.DGより高い異型接合性水準を示しますが、アイスマンはドイツ_EN_ LBK_シュトゥットガルト_.DGよりも相対的に低水準の異型接合性を示します。これは、アイスマンの想定される相対的孤立およびそのゲノムで見られる少ないWHG関連祖先系統と一致します。


●アイスマンの表現型の特徴と在来祖先系統の割り当てへの新たな洞察

 高網羅率のゲノムにより、個々のアレル部位で充分な網羅率のうる表現型的に重要なSNPの調査が可能になります。対象となる表現型の147個のSNPが分析され、2012年の研究のアイスマンのゲノムで調べられた表現型部位が含まれます。2012年の研究で報告された、恐らくは明るい肌の色素沈着や茶色位の目やABO式のO型の血液型に加えて、巻き毛や黒髪や肥満関連代謝疾患やソバカスの減少や男性型禿頭症と関連するアイスマンの表現型の特徴について、本論文は新たにアレルを報告します。

 とくに、農耕生活様式への適応と関連すると推測されている5個のSNP(rs4988235、rs1050152、rs1495741、rs4751995、rs174546)から、アイスマンは、動物性脂肪酸の濃度は低いものの、植物性脂肪酸の濃度は高い比較的遅い代謝群で、一般的に中間的は中間的な高密度のリポタンパク質コレステロール濃度水準だったかもしれない、と示唆されています。

 遺伝学的情報を用いて個体の外見を完全に再構築することはまだできませんが、特定の表現型の特徴については遺伝学的モデルが存在します。それらのうち、皮膚の色素沈着は、遺伝学的データから推測できる比較的よく理解されている特徴です。肌の色について、イギリス生物銀行のゲノム規模関連研究(genome-wide association study、略してGWAS)から170個の皮膚色素沈着関連SNPが調べられ、アイスマンでは154ヶ所の両アレル部位から二倍体の遺伝子型情報が回収されました。それぞれの表現型の情報をもたらすSNPでは効果量が異なっており、つまり個々のSNPで説明される色素沈着の分散は異なります。したがって、それぞれの色素沈着の情報をもたらすSNPの有効規模が、最終的な表現型の特徴の指標として全ての調べられた有効アレルと組み合わされました。

 検証への効果量の影響を考慮するため、イギリス生物銀行GWAS推定効果量からの個々のSNP重みづけを考慮して、重みづけ遺伝得点が計算されました。これは、皮膚の色素沈着の指標として用いられる考古遺伝学色素沈着アレルの重みづけの割合です。アイスマンにおける濃い色素沈着の重みづけ遺伝得点は0.591と推定され、アイスマンが最も密接な遺伝的類似性を共有し、ヨーロッパ現代人集団では最高水準の色素沈着を表しているサルデーニャ島人を事例とした現在のヨーロッパ南部人口集団の得点より高くなりますが、古代のLBK農耕民およびルクセンブルク_ロシュブール.DG狩猟採集民より低くなります。

 高網羅率のゲノムにより、祖先の参照として一連の位相化ゲノムを考慮して、ゲノムに沿ったゲノム領域の祖先の起源の調査も可能になり、特定の祖先の起源へと対象の表現型のSNPを割り当てることもできるようになります。RFMixを用いてアイスマンの22本の常染色体全体の局所的な祖先系統領域が割り当てられ、WHGおよび初期新石器時代農耕民関連祖先系統の参照として補完されて位相化されたデータセットが採用されました。WHGの祖先系統領域は平均長が22本の常染色体全体の平均で1.174cM(センチモルガン)で、混合年代およびWHGとの混合割合(1.754cM)から計算され倭即される領域長に近くなります。合計すると、初期新石器時代農耕民関連祖先系統のゲノム領域はアイスマンのゲノムの91.4%を説明し、残りのゲノム断片はWHG起源に割り当てられ(8.6%)、qpAdmの全体的な祖先系統推定値(それぞれ90%と10%)と一致します。割り当てられた局所的な領域分布に基づいて、上述の農耕民の食性と関連する2個のSNP(rs1495741とrs174546)は、予測されたようにLBK農耕民起源と推測されます。


●考察

 イルミナ社の配列決定を用いてのアイスマンの高品質のゲノムの再構築により、アイスマンの表現型の特徴と遺伝的歴史への新たな洞察を提供する再分析が可能となります。汚染推定値から、ヒトDNAの約7%の汚染を示した2012年の研究でとは対照的に、高網羅率のゲノムにはほぼ汚染がない、と示されました。以前のアイスマンのゲノムで実行された先行研究(関連記事)とは異なり、アイスマンの高網羅率のゲノムでは草原地帯関連祖先系統の存在の証拠は見つかりませんでした。代わりに、アイスマンのゲノムはヨーロッパ狩猟採集民関連祖先系統と初期新石器時代農耕民関連祖先系統との間の遺伝的混合として最適にモデル化されます。草原地帯関連祖先系統の欠如は、ヨーロッパ中央部および南部における草原地帯関連祖先系統の到来に先行するアイスマンの年代測定と一致します。

 アイスマンはアルプスの南側に位置する同時代のイタリア_ブロイオン_CA.SGとともに、これまでに分析された全ての同時代のヨーロッパの個体のうち初期新石器時代農耕民関連祖先系統の割合が最高だと分かり、これらの個体は古代のヨーロッパの狩猟採集民とより多く遺伝的に混合した他のヨーロッパ個体群とから比較的孤立していた、と示唆されます。アルプス渓谷の遠く離れた場所が、そうした孤立に寄与したのかもしれません。しかし、他の初期ヨーロッパ農耕民と比較して、アイスマンのゲノムにおけるより低水準の遺伝的多様性は見つからず、近親交配の痕跡はありません。

 まとめると、これらの観察は、紀元前五千年紀と紀元前四千年紀のヨーロッパ全域におけるヨーロッパ狩猟採集民関連祖先系統の増加の根底にある混合過程(関連記事)の理解に微妙な差異を追加します。ヨーロッパ狩猟採集民関連祖先系統増加の一般的傾向はヨーロッパ全域で報告されてきましたが、イタリア東部アルプスの南側および内部の少ないヨーロッパ狩猟採集民関連祖先系統の個体の存在は、後期新石器時代のヨーロッパにおける地域的な不均質を示唆します。

 高網羅率のゲノムは、アイスマンのあり得る表現型の特徴、とくにゲノムにおいて複数のSNPにより調節されている複雑な特徴について、さらなる新たな洞察をもたらしました。農耕食性と関連するSNPがアイスマンに存在し、そのうち2個は農耕民起源の局所的な祖先系統領域に割り当てられる、と分かり、これは推定される高い初期新石器時代農耕民祖先系統と一致します。本論文の、皮膚色素沈着と関連する100個以上の調節SNPに基づくアイスマンの皮膚色素沈着の推定から、アイスマンは実際のミイラでも示されているように、かなり濃い色の肌を示していた、と示唆されます。これはミイラ化の過程時代の結果として議論されましたが、本論文の調査結果は、アイスマンの生涯における比較的濃い肌の色を示唆します。

 この仮説のさらなる裏づけは、アイスマンの皮膚の以前の組織学的分析に由来し、アイスマンの皮膚では、茶色のメラニン顆粒の小さな層が表皮の基底層で確認されました。アイスマンのゲノムにおける禿頭症関連アレルの出現は、保存状態の良好なミイラではヒトの毛髪がほぼ見つからなかった、という事実と関連しているかもしれません。他の古代人の高網羅率のゲノムでの多遺伝子危険性得点や遺伝率計算のような同様の手法により、古代人の皮膚の色素沈着など複雑な表現型の外見のより正確な再構築が可能になるかもしれません。


●この研究の限界

 この研究はチロルのアイスマンの高網羅率のゲノムを生成し、それによりアイスマンのゲノムにおける高い割合のアナトリア半島農耕民関連の遺伝的祖先系統検出を可能としました。しかし、単一の個体なので、その期間と地域の人口史を表すには、解像度に限界があります。それにも関わらず、南アルプスに隣接するイタリアのブロイオン洞窟の別の個体は同様に高い割合のアナトリア半島農耕民関連祖先系統を示しており、アイスマンのゲノムでの観察を裏づけます。南アルプスからのより密な標本抽出の将来の研究が、本論文の調査結果を再現し、アイスマンがその人口集団の外れ値だったのか、それとも代表だったのか示すのに必要となるでしょう。以下は本論文の要約図です。
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 さらに、この研究は高網羅率の古代人のゲノムに基づいて、表現型の遺伝的予測得点の相互比較について探索的解析を行ないました。たとえば、表現型関連アレルの存在に基づいてあり得る表現型が、多遺伝子危険性得点に基づいて皮膚の色素沈着の予測が推定されました。じっさいの表現型は、遺伝子と環境の相互作用を通じての遺伝的機序と環境曝露の複合効果で、複数のSNPが男性型禿頭症や皮膚の色素沈着のような複雑な特徴の遺伝率に関与しているかもしれないことに要注意です。しかし本論文では、実際のミイラの直接的観察により、色素沈着や禿頭症などの調査結果の一部を検証でき、ゲノムデータに基づく遺伝学的予測が裏づけられます。しかし、古代のミイラからのゲノムデータはかなり例外的です。ほとんどの古代DNA研究では、複雑な特徴について古代人の多遺伝子得点予測精度は、アレルの置換もしくは人口階層化などさまざまな交絡因子とともに注意深く解釈されるべきです。


参考文献:
Wang K. et al.(2023): High-coverage genome of the Tyrolean Iceman reveals unusually high Anatolian farmer ancestry. Cell Genomics, 3, 9, 100377.
https://doi.org/10.1016/j.xgen.2023.100377

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