『卑弥呼』第113話「謀略」

 『ビッグコミックオリジナル』2023年8月20日号掲載分の感想です。前回は、ヤノハが、丹(硫化水銀から構成される辰砂、水銀の原料)の石を砕き、調合した薬というか毒を、津島(ツシマ、現在の対馬でしょう)国のアビル王に進呈するつもりだ、とイクメに語るところで終了しました。今回は、山社国(ヤマトノクニ)の中心地というか「首都」である山社(ヤマト)で、日見子(ヒミコ)であるヤノハがミマアキとその父であるミマト将軍を呼び、薬を那(ナ)のウツヒオ王と穂波(ホミ)のヲカ王と都萬(トマ)のタケツヌ王に届けるよう、指示する場面から始まります。この赤い粉が何なのか、ミマト将軍に問われたヤノハは、自分が調合した不老不死の秘薬と答えます。ヤノハは驚くミマアキに、自分が伊都(イト)と末盧(マツラ)と伊岐(イキ、現在の壱岐諸島でしょう)の王に届ける、と言います。筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)の山社連合の王全員を不死身にするのか、とミマト将軍に問われたヤノハは、そうした建前で諸国を訪れていくつもりだ、と意図を打ち明けます。

 津島(ツシマ、現在の対馬でしょう)国の元嶋(モトノシマ)では、トメ将軍がイセキとともに加羅(伽耶、朝鮮半島)に向かう舟に乗っていました。イセキは、伊岐(イキ、現在の壱岐諸島でしょう)国の日守(ヒマモ)りで、伊岐から黒島までの示齊(ジサイ、航海のさいに、万人の不幸・災厄を一身に引き受けて人柱になる神職で、航海中は髭を剃らず、衣服を替えず、虱も取らず、肉食を絶ちます)を務めたアシナカの縁戚です。天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ、北極星の神)がよく見える、というトメ将軍に、ここは天之御中主神の社のある聖域で、津島国のアビル王の配下の者もそう簡単に立ち入れない場所だ、と説明します。ここから一気に加羅に向かうのか、とトメ将軍に問われたイセキは、津島の最北端でもう1回休まねば漕ぎ手が保たない、と答えます。ヤノハと旧知の漢人(という分類を作中の舞台である紀元後3世紀に用いてよいのか、疑問は残りますが)である何(ハウ)は、アビル王の配下の者に気づかれるのではないか、と懸念しますが、津島最北端の鰐浦(ワニノウラ)にはワニ一族の邑があり、アビル王の支配が及ばない場所だ、と説明します。ワニとは太古にウサ一族を出雲に追いやった一族だとイセキから聞いたトメ将軍は、それは賢明な策ではい、と指摘します。ワニはサヌ王(記紀の神武天皇と思われます)の五支族の一つで、サヌ王直系の日下(ヒノモト)と戦った自分たち山社連合は敵のはずだ、というわけです。イセキは、とはいえワニ一族は他の五支族とは一線を画し、あくまでも中立を守る海の民なので、一時の休息を求めた那の舟が攻められることはないだろう、と言って、トメ将軍と何も仕方なくイセキの提案に同意します。イセキは、舟が津島国の都に近づいたことから、島から少し離れ、一旦西方に向かい、そこから津島の最北端の鰐浦に向かおうとします。鰐浦で休息した後は、天之御中主神の星(北極星)をたどるのみとなります。加羅には何ヶ所か倭人の邑があるが、どこに向かえばよいか、とトメ将軍に問われたイセキは、今から百年前に、漢に使者を送った王の末裔が住む邑を挙げます。トメ将軍は、偉大なるスイショウ王の末裔が加羅に留まっているのか、と興奮します。スイショウ王は今の吉国(ヨシノクニ、吉野ケ里遺跡の一帯と思われます)、かつて目達(メタ)と呼ばれた国の王で、当時の倭国では天之御中主神の髪が最も信仰されていた、とイセキが説明すると、だから百年前に夜も航行でき、加羅にたどり着けたのか、と何は得心します。その邑の代々の長は、スイショウ王より駅役(エキヤク)を拝命していた、とイセキは説明します。駅役とは、大陸の国々から倭にわたる人々や品々や情報を中継ぎする役目です。その長に尋ねれば、今の漢で何が起こっているのか分かるだろう、と言うイセキに、その邑までぜひ案内を願いたい、とトメ将軍は要請します。

 山社では、ミマアキの姉のイクメが、ミマアキにヤノハからの指示が何だったのか、尋ねていました。ミマアキが不老不死の秘薬を届けることだと答えると、その秘薬が毒薬と知っているイクメは、ヤノハはそんな秘薬の存在を信じていない、と答え、ヤノハが山社連合の各王を殺そうとしているのではないか、と案じます。ミマト将軍は子供のイクメとミマアキを連れてヤノハに面会し、不老不死の秘薬とは人命を奪う毒薬なのか、と尋ねます。かつて海の彼方の国々を統一した偉大な王(始皇帝)が、不老不死の秘薬と信じて逆に短命に終わったのは事実のようだ、と答えます。原料の丹(辰砂、硫化水銀から構成される鉱物)は毒石なので、少し考えれば分かりそうなものだ、と答えます。その薬を山社連合の王に送り、全員を抹殺しようと考えているのか、津島のアビル王一人を殺害するために、和平を結ぶ全王を犠牲にするつもりなのか、とミマト将軍に問われたヤノハは、確かにアビル王に贈る薬は、秦邑(シンノムラ)の長である徐平(ジョヘイ)から伝授された正真正銘の不老長寿の秘薬だ、と答えます。飲めば命を縮める薬だ、とのミマアキの指摘を肯定したヤノハは、他の王の薬は、同じ赤い粉でも自分が義母から教わったもので、中身は呉藍(クレアイ)、つまり末摘花(スエツムバナ)だと答えます。つまり、染料に用いる花ですが、ヤノハの義母によると、呉藍は血のめぐりをよくして、本当に身体によいそうです。その薬をわざわざ山社連合の王に届ける理由を問われたヤノハは、同盟国の一人の王だけに不老長寿の秘薬を贈れば他の王は面白くないだろうし、贈られた一人の王はなぜ自分にだけ贈られたのか、不審に思うだろうから、全王に同じ赤い粉の薬を贈らねばならない、と答えます。ヤノハが伊都から末盧と伊岐へ向かうのは、その間に同盟国の諸王の長寿を願って、日見子が行脚している、との噂が広まり、最後にヤノハが津島にわたって正真正銘の秘薬(実は毒薬)をアビル王に渡せば、アビル王は何の疑問も抱かずに秘薬を飲むだろう、とミマアキは悟ります。ミマト将軍とイクメが、ヤノハの智謀と冷徹さに改めて畏怖するところで、今回は終了です。


 今回は、ヤノハの智謀と冷徹さが改めて描かれ、新たな情報も明かされて、たいへん面白くなっていました。ヤノハは津島国のアビル王の排除を決めたようですが、ヤノハのこれまでの行動から推測すると、アビル王に会って一度は試し、場合によっては助けるつもりかもしれません。アビル王は暈(クマ)国の大夫である鞠智彦(ククチヒコ)と通じており、アビル王がヤノハに毒殺された場合、鞠智彦がどう動くのか、アビル王の後継者はヤノハと鞠智彦のどちらに従うのか、日下はどう関わってくるのかなど、その後の展開がたいへん注目されます。

 大陸情勢では、朝鮮半島南岸に倭人の邑が複数あり、その中にスイショウ王より駅役を命じられた長のいる邑がある、との情報は注目されます。スイショウ王とは、後漢に使者を派遣した倭国王の帥升でしょうが、本作では、現在吉国と呼ばれているかつての目達国の王とされています。吉国はかつて筑紫島で最大の国でしたが、長年の戦いで滅び、現在では小さな里になっていた、と明かされています(第12話)。ミマト将軍は吉国出身ですから、ミマアキがトメ将軍とともに加羅(朝鮮半島)に渡ったさいには、スイショウ王より駅役を命じられた長のいる邑の助けがあるかもしれません。トメ将軍一行の加羅行きは、ワニ一族も絡んできそうですが、ワニ一族はすでに、穂波国の元大夫で、サヌ王の末裔である日下国の王家に忠誠を誓っているトモと反山社で提携しているので(第44話)、トメ将軍一行の加羅行きを妨害する可能性も考えられます。朝鮮半島南岸に倭人の邑がある、との情報も明かされ、いよいよ大陸情勢が直接的に描かれそうですが、このままトメ将軍一行が順調に加羅に渡れるわけでもなさそうです。トメ将軍一行の加羅行きは、日下に忠誠を誓うワニ一族や、ミマト将軍が吉国(目達国)出身だったことなど、これまでの描写を活かした話にもなりそうで、盛り上がるのではないか、と期待しています。

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