「反体制」考古学の問題点

 現在ではグラハム・ハンコック(Graham Hancock)氏に代表される、「反体制」考古学の問題点を指摘した論説(Aldenderfer., 2023)が公表されました。ハンコック氏の著書では1990年代半ばに刊行された『神々の指紋』が有名で、日本でも、テレビ番組で取り上げられるなど大きな話題になりました。ハンコック氏はその後も精力的に活動しているようで、その著書が日本語に翻訳されています。ハンコック氏は1万年以上前の「超古代文明」の存在を積極的に主張しており、それはハンコック氏が「主流派」と呼ぶ考古学者には恐らくほぼ全く支持されていないでしょうが、今でも著書が刊行され続けており、根強い人気があるようです。1万年以上前の「超古代文明」の存在の主張となると、古人類学的観点からの批判も必要となりそうで、その意味でもハンコック氏の主張には関心を抱いています。なお、Twitterで言及しましたが、更新世末のヤンガードライアスによる環境への大きな影響という現在の有力説の根拠は疑わしい、との研究が最近公表されました。以下、本文の翻訳ですが、敬称は省略します。


 イギリスの作家であり、真実の探求者を自称するグラハム・ハンコックは、彼が「主流」考古学者と呼ぶ学者により収集されたヒトの過去についての、何世紀にもわたって蓄積されてきた知識に挑戦する経歴を築いてきました。ハンコックによると、これら「主流」考古学者は何十年もの間、過去に関する代替理論を積極的に抑圧してきました。それは、そうした過去に関する代替理論が専門家としての権威に挑戦しているからです。

 考古学的研究を疑おうとするハンコックの最新の試みは、2022年11月にNetflixで放送された、テレビ番組のシリーズ『古代の黙示録』です。メキシコからインドネシアやトルコやその他地の地域までの遺跡を訪れ、8点の事象を通じて、世界は、ヤンガードライアスとして地質学者に知られている期間である12800年前頃の彗星の複数の影響により突然引き起こされた生態学的大惨事に襲われた、とハンコックは強く主張しました。これらの影響は、広範な洪水や気温の急激な低下やその他の災害をもたらし、それが偶然にも、「主流」考古学者には知られていないか認識されていない、古代のひじょうに発展した文明を破壊しました。ハンコックが世界中の神話で賞賛される「文化的英雄」と述べたこの黙示録の生存者は、文明【当ブログでは原則として「文明」という用語を使いませんが、この記事では本論文の「civilization」を「文明」と訳します】と共存していたより原始的な人々の生存者に、世界を再構築し、最近の考古学的記録に見られる文化を創造する能力を与えた、不可欠な知識を伝えました。

 この番組への反響はすぐにあり、ガーディアン紙はこの番組を、「Netflixと最も危険な番組」と呼び、多くの考古学者を含む他の人々は、この番組を「ごまかし」とか「人種差別主義者」とか「疑似科学」とか「疑似考古学」とか呼びしました。アメリカ考古学協会(The Society for American Archaeology、略してSAA)は、強い言葉遣いの書簡をNetflixに送り、この番組が記録映画ではなく「科学創作」として記載されるよう要求し、当時インターネット上で飛び交っていた番組についての否定的な論評のほとんどを繰り返しました。シリーズ『古代の黙示録』で取り上げられた遺跡の考古学もしくはヤンガードライアスの地質学的背景に関する主流の専門家はそれ以降、ハンコックの主張に鋭い批判を行なってきました。

 『古代の黙示録』はなぜ、こうした論争を惹起したのでしょうか?それは、単に内容というだけではあり得ません。ハンコックは何十年もこの問題に関する本を執筆してきており、考古学は何世紀にもわたってこの種の異議申し立て、つまり、アトランティスや、かつて地上を歩き回っていた巨人や、もちろん、何度も我々を訪れた異星人についての物語を扱ってきました。しかし、今回のハンコックとの違いは、時代の風潮と、ハンコックのような人々との付き合い方です。

 マイケル・ゴーディン(Michael Gordin)は、疑似科学についての最近の著書において、ハンコックのような人々を「反体制科学」の推進者と分類しています。ゴーディンが指摘するように、「これらは単純に反体制ではありませんが、時には主流科学者が提示することもあり、それ反科学ではありません。むしろ、ハンコックの信者は、体制が真実を改竄するか妨害している、と考えています」。

 ハンコックは自身を科学者とは述べていませんが、考古学的知見を、都合のよい時には利用し、自分が語ろうとする物語と一致しない時には否定します。ハンコックは自身を、ヒトの過去の真の物語を明らかにする目的の真実の探求者と表現しています。ハンコックの最も効果的な修辞技法の一つは、「もしそうならば?」との問題を単に尋ねることです。仮に主流考古学者が一部の議題への研究を妨げていなかったら、どうなるでしょうか?ヒトの過去の真の物語について我々は何を学ぶことができるでしょうか?この古代の文明が我々に、ハンコックにより提案されているようにヤンガードライアスの大惨事と類似した迫りつつある大惨事について警告しているならば、どうなるでしょうか?

 『古代の黙示録』の初回と最終回で、ハンコックがジョー・ローガン(Joe Rogan)と会話しているのは、偶然ではありません。ジョー・ローガンは、そのエクスペリエンスポッドキャストの大きな影響力を有する主催者です。ローガンは複雑な人物で、バーニー・サンダース(Bernie Sanders)、ニール・ドグラース・タイソン(Neil deGrasse Tyson)、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンの悪名高き懐疑論者であるロバート・マローン(Robert Malone)など、多様な招待者を迎えてきました。ローガンの招待者の多くは、ローガン自身とどうように、COVID-19や、2021年1月6日の議会議事堂襲撃はFBI(連邦捜査局)により指揮された「偽旗」作戦だった、との陰謀論を煽ってきました。ローガンは純真な人物を演じ、「私は質問しているだけです」との手段に依拠することが多く、これにより陰謀論者は、主催者からの信頼性の高い異議なしに、その信念を事実として自由に提示できるようになります。

 ハンコックとその同類は、科学的および学術的な専門知識への保守的異議申し立ての最前線に立っています。これの注目すべき事例には、COVID-19の治療に用いられるmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンは永久的に人々のゲノムを替える、との主張や、人為的要因の気候温暖化の圧倒的な証拠の妥当性の否定が含まれます。今や、多数の否定的証拠にも関わらず、ワクチンが自閉症を引き起こす、と主張する大統領選候補者ロバート・F・ケネディJr.(Robert F. Kennedy Jr.)がいます。

 考古学は物事の全体像では小さなジャガイモのように見えるかもしれませんが、以下のことを考えてください。北部連盟支持者のウェブサイト上の最近の論説はひじょうに保守的な見解の情報源であり(連邦主義者協会と混同してはいけません)、以下のように述べていました。「『古代の黙示録』が大衆媒体を怖がらせるのは、視聴者が他分野の権威に疑問を抱き始める脅威的な事例だからです」、「『古代の黙示録』の視聴には、我々の精神を自分のものと思っている嘘つきの宣伝報道関係者に大きな中指を立てるという、楽しい追加のおまけもあります」。考古学におけるこれらの論争は、思いつく限りほぼあらゆる科学分野で苦労して得られた専門的知識への、急速に拡大する不信の縮図にすぎません。

 本稿執筆時点では、『古代の黙示録』の第2期はまだ放送されていません。しかし、もし第2期が放送され、第2期か第1期の放送回を視聴するときめるならば、本当に重要なことを思い出してください。『古代の黙示録』は我々の集団の歴史に関する正当な科学的研究への明らかな異議申し立てで、おもにその製作者の私腹を肥やすために制作され、ハンコックとその仲間の追随者がひじょうに都合よく捨て去った、主流考古学者により苦心して回復された我々の過去の研究について、ほとんど考慮していません。


参考文献:
Aldenderfer M. et al.(2023): Challenging “counterestablishment” archaeology: What really matters. Science Advances, 9, 31, eadj8096.
https://doi.org/10.1126/sciadv.adj8096

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