サハラ砂漠におけるキツネの適応
サハラ砂漠におけるキツネの適応に関する研究(Rocha et al., 2023)が公表されました。砂漠への動物の適応の進化的過程の解明は、気候変動への適応的反応を理解するのに重要です。キツネ属(Vulpes)の中には、世界最大の高温砂漠であるサハラ砂漠に生息するオジロスナギツネ(Vulpes rueppellii)やフェネック(Vulpes zerda)のように、砂漠に適応した種が存在します。水に不自由しない地域に生息する種とは異なり、オジロスナギツネやフェネックは皮膚や呼気から水分をほとんど失わず、フェネックは腎臓に水を保持できます。オジロスナギツネと極めて近縁のアカギツネ(Vulpes vulpes)は北半球のさまざまな場所に生息し、生態は異なるものの、サハラ砂漠の北端では両種が共存しています。
本論文は、サハラ砂漠に生息する4種のキツネ属(Vulpes)、つまりオジロスナギツネとアカギツネとフェネックとオグロスナギツネ(Vulpes pallida)の82個体の全ゲノムを、異なる進化時点で作成しました。その結果、高温乾燥環境に新たに生息した種の適応が、恐らくは遺伝子移入およびそれ以前から砂漠に生息していた種と共有される種間多型により促進されてきており、その中には推定される適応的な2500万塩基対にわたるゲノム領域が含まれる、と示されます。より具体的には、オジロスナギツネとフェネック近縁種の間で共有されるゲノム領域が見つかり、そこには砂漠環境で選択された、水分欠乏下での尿濃縮に関連する遺伝子が含まれていました。選択の痕跡の詳細な検査から、ユーラシアの個体群と78000年前頃に分岐した後の、アフリカ北部のアカギツネにおける、最近の適応での温度知覚と非腎水分損失と熱生産に影響を及ぼす遺伝子が示唆され、これはオジロスナギツネ由来と推測されました。
極端な砂漠の「専門家」であるオジロスナギツネとフェネックでは、腎遺伝子発現と生理学的差異に裏づけられる、水分恒常性に影響を及ぼす遺伝子における選択の繰り返しの痕跡が特定されました。オジロスナギツネおよびフェネックとアカギツネで血液や尿の生理学的指標を比較すると、前者は脱水下で水分を保持する能力が高い、と明らかになりました。これは、腎外性水分喪失や熱産生に関与する遺伝子の選択を示す痕跡と一致します。本論文は、極限環境への繰り返しの適応の「自然実験」の機序と遺伝的背景への洞察を提供し、砂漠に生息するキツネ種の間で共有される遺伝的多様性は、砂漠辺縁部のように変化する環境への適応に寄与している、と示唆します。
本論文は、キツネ属においても異なる種(もしくは分類群)間での遺伝的混合があり、それにより新たな環境への適応的な遺伝的多様体を獲得した、と示しました。後期ホモ属においても、現生人類(Homo sapiens)とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と種区分未定のデニソワ人(Denisovan)との間で複雑な混合があり、それが新たな環境への適応に有利だったかもしれない、と指摘されており(関連記事)、哺乳類において混合が珍しくなかったことを示唆しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
遺伝学:キツネはサハラ砂漠での生活にどう適応したか
アフリカ北部のキツネがサハラ砂漠での生活に適応するに当たっては、近縁種のDNAがゲノムに持ち込まれたこと(遺伝子移入として知られる過程)が寄与したと明らかになった。このことを報告する論文が、Nature Ecology & Evolutionに掲載される。今回の知見は、こうした高温乾燥環境での生活を可能にした遺伝的・生理的機構を明らかにしている。
キツネ属(Vulpes)のキツネの中には、世界最大の高温砂漠であるサハラ砂漠に生息するオジロスナギツネ(Vulpes rueppellii)やフェネック(Vulpes zerda)のように、砂漠に適応した種が存在する。水に不自由しない地域に生息する種とは異なり、オジロスナギツネやフェネックは皮膚や呼気から水分をほとんど失わず、フェネックは腎臓に水を保持することができる。オジロスナギツネと極めて近縁のアカギツネ(Vulpes vulpes)は北半球のさまざまな場所に生息し、生態は異なるものの、サハラ砂漠の北端では両種が共存している。
Joana Rochaらは、ゲノミクスと生理学の手法を組み合わせ、極端に高温のサハラ砂漠への適応機構を調べた。Rochaらは、サハラ砂漠に定着した時期の異なる4種のキツネ(オジロスナギツネ、アカギツネ、フェネック、オグロスナギツネ〔Vulpes pallida〕)を含む82個体の全ゲノム塩基配列を解読した。その結果、オジロスナギツネとフェネック近縁種の間で共有されるゲノム領域が見いだされ、そこには砂漠環境で選択された、水分欠乏下での尿濃縮に関連する遺伝子が含まれていた。また、後からアフリカ北部へ広がったアカギツネのゲノムには、オジロスナギツネ由来の移入領域が発見された。さらに、砂漠のみに生息する種(オジロスナギツネとフェネック)とアフリカ北部やユーラシアに生息するアカギツネで血液や尿の生理学的指標を比較すると、前者は脱水下で水分を保持する能力が高いことが明らかになった。このことは、腎外性水分喪失や熱産生に関与する遺伝子の選択を示すシグネチャーと一致する。
Rochaらは、砂漠に生息するキツネ種の間で共有される遺伝的多様性は、砂漠辺縁部のように変化する環境への適応に寄与していると示唆している。
参考文献:
Rocha JL. et al.(2023): North African fox genomes show signatures of repeated introgression and adaptation to life in deserts. Nature Ecology & Evolution, 7, 8, 1267–1286.
https://doi.org/10.1038/s41559-023-02094-w
本論文は、サハラ砂漠に生息する4種のキツネ属(Vulpes)、つまりオジロスナギツネとアカギツネとフェネックとオグロスナギツネ(Vulpes pallida)の82個体の全ゲノムを、異なる進化時点で作成しました。その結果、高温乾燥環境に新たに生息した種の適応が、恐らくは遺伝子移入およびそれ以前から砂漠に生息していた種と共有される種間多型により促進されてきており、その中には推定される適応的な2500万塩基対にわたるゲノム領域が含まれる、と示されます。より具体的には、オジロスナギツネとフェネック近縁種の間で共有されるゲノム領域が見つかり、そこには砂漠環境で選択された、水分欠乏下での尿濃縮に関連する遺伝子が含まれていました。選択の痕跡の詳細な検査から、ユーラシアの個体群と78000年前頃に分岐した後の、アフリカ北部のアカギツネにおける、最近の適応での温度知覚と非腎水分損失と熱生産に影響を及ぼす遺伝子が示唆され、これはオジロスナギツネ由来と推測されました。
極端な砂漠の「専門家」であるオジロスナギツネとフェネックでは、腎遺伝子発現と生理学的差異に裏づけられる、水分恒常性に影響を及ぼす遺伝子における選択の繰り返しの痕跡が特定されました。オジロスナギツネおよびフェネックとアカギツネで血液や尿の生理学的指標を比較すると、前者は脱水下で水分を保持する能力が高い、と明らかになりました。これは、腎外性水分喪失や熱産生に関与する遺伝子の選択を示す痕跡と一致します。本論文は、極限環境への繰り返しの適応の「自然実験」の機序と遺伝的背景への洞察を提供し、砂漠に生息するキツネ種の間で共有される遺伝的多様性は、砂漠辺縁部のように変化する環境への適応に寄与している、と示唆します。
本論文は、キツネ属においても異なる種(もしくは分類群)間での遺伝的混合があり、それにより新たな環境への適応的な遺伝的多様体を獲得した、と示しました。後期ホモ属においても、現生人類(Homo sapiens)とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と種区分未定のデニソワ人(Denisovan)との間で複雑な混合があり、それが新たな環境への適応に有利だったかもしれない、と指摘されており(関連記事)、哺乳類において混合が珍しくなかったことを示唆しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
遺伝学:キツネはサハラ砂漠での生活にどう適応したか
アフリカ北部のキツネがサハラ砂漠での生活に適応するに当たっては、近縁種のDNAがゲノムに持ち込まれたこと(遺伝子移入として知られる過程)が寄与したと明らかになった。このことを報告する論文が、Nature Ecology & Evolutionに掲載される。今回の知見は、こうした高温乾燥環境での生活を可能にした遺伝的・生理的機構を明らかにしている。
キツネ属(Vulpes)のキツネの中には、世界最大の高温砂漠であるサハラ砂漠に生息するオジロスナギツネ(Vulpes rueppellii)やフェネック(Vulpes zerda)のように、砂漠に適応した種が存在する。水に不自由しない地域に生息する種とは異なり、オジロスナギツネやフェネックは皮膚や呼気から水分をほとんど失わず、フェネックは腎臓に水を保持することができる。オジロスナギツネと極めて近縁のアカギツネ(Vulpes vulpes)は北半球のさまざまな場所に生息し、生態は異なるものの、サハラ砂漠の北端では両種が共存している。
Joana Rochaらは、ゲノミクスと生理学の手法を組み合わせ、極端に高温のサハラ砂漠への適応機構を調べた。Rochaらは、サハラ砂漠に定着した時期の異なる4種のキツネ(オジロスナギツネ、アカギツネ、フェネック、オグロスナギツネ〔Vulpes pallida〕)を含む82個体の全ゲノム塩基配列を解読した。その結果、オジロスナギツネとフェネック近縁種の間で共有されるゲノム領域が見いだされ、そこには砂漠環境で選択された、水分欠乏下での尿濃縮に関連する遺伝子が含まれていた。また、後からアフリカ北部へ広がったアカギツネのゲノムには、オジロスナギツネ由来の移入領域が発見された。さらに、砂漠のみに生息する種(オジロスナギツネとフェネック)とアフリカ北部やユーラシアに生息するアカギツネで血液や尿の生理学的指標を比較すると、前者は脱水下で水分を保持する能力が高いことが明らかになった。このことは、腎外性水分喪失や熱産生に関与する遺伝子の選択を示すシグネチャーと一致する。
Rochaらは、砂漠に生息するキツネ種の間で共有される遺伝的多様性は、砂漠辺縁部のように変化する環境への適応に寄与していると示唆している。
参考文献:
Rocha JL. et al.(2023): North African fox genomes show signatures of repeated introgression and adaptation to life in deserts. Nature Ecology & Evolution, 7, 8, 1267–1286.
https://doi.org/10.1038/s41559-023-02094-w
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