始新世の小柄なクジラ
始新世の小柄なクジラを報告した研究(Mattila et al., 2023)が公表されました。クジラが小型の陸生偶蹄類の祖先から出現して間もなく、その基底部系統(古鯨類)はより特殊な水生の生態系に生息するようになり、完全な水生の生活様式の採用までに至った驚異的な適応放散を経ました。この適応戦略は、地理的に広く分布する絶滅したバシロサウルス科により初めて記録されました。本論文は、エジプトのファユーム(Fayum)の中期始新世層(4100万年前頃)から発見された、新たなバシロサウルス科の属と種である、トゥツェトゥス・ラヤネンシス(Tutcetus rayanensis)の化石を報告します。
トゥツェトゥス・ラヤネンシスの化石は部分的な頭蓋骨と顎と歯と椎骨から構成され、頭蓋骨と椎骨が融合し、永久歯が萠出完了期に達していたため、この化石は成体に近かったものの、完全な成体ではなかった、と示唆されました。また、この化石の永久臼歯は前小臼歯や切歯や犬歯より先に萠出しており、永久小臼歯より先に永久臼歯が萠出する現象は、生活環の短い哺乳類で起こる傾向がある、との見解を踏まえると、トゥツェトゥス・ラヤネンシスは、他のバシロサウルス科のクジラよりも低年齢で性的に成熟し、寿命も短かったかもしれません。
この新たなクジラ化石は、既知で知られている中で最小(推定体長は2.5m、推定体重は187kg)のバシロサウルス科(他のバシロサウルス科の推定体長は4~18m)であるだけではなく、アフリカでのバシロサウルス科の記録としては最古級のものです。トゥツェトゥス・ラヤネンシスにより、バシロサウルス科が水生の生態系で初期に成功を収め、それが後期始新世まで続き、陸上との関係を完全に断ち切った後、水陸両生の基底部クジラ類に打ち勝ち、新たな生態的地位への日和見的に適応する能力を獲得した、との仮説をさらに検証できます。
この化石の年代はルテシアン期の温暖化極大期(4200万年前頃)に近く、気候温暖化により動物の身体サイズは小さくなる傾向がある、と示唆されていることから、トゥツェトゥス・ラヤネンシスが小柄なのは、温暖化への対応だったかもしれません。トゥツェトゥス・ラヤネンシスはバシロサウルス科の大きさの範囲を顕著に拡大し、その生活史と系統発生と古生物地理に関する新たな詳細を明らかにします。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
古生物学:古代の小型クジラの新種が発見された
バシロサウルス科のクジラ(全水生のクジラの絶滅種)の新種の遺骸化石について記述された論文が、Communications Biologyに掲載される。この新種のクジラは、体長2.5メートルと推定され、これまでに発表されたバシロサウルス科のクジラの中で最も小型の種と考えられている。この新種は、古代エジプトのファラオであるツタンカーメンにちなんでTutcetus rayanensisと命名された。
Mohamed AnterとHesham Sallamらは、エジプトのファイユーム凹地で、新種のクジラの頭蓋骨、顎、歯、椎骨の断片化石を発見し、年代測定によって約4100万年前のものであることを明らかにした。頭蓋骨と椎骨が融合し、永久歯が萠出完了期に達していたため、このクジラは、成体に近かったが、完全な成体ではなかったことが示唆された。また、このクジラの永久臼歯は、前小臼歯、切歯、犬歯より先に萠出していた。永久小臼歯より先に永久臼歯が萠出する現象が生活環の短い哺乳類で起こる傾向があるという学説が先行研究で提唱されていることを考えると、T. rayanensisは、他のバシロサウルス科のクジラよりも低年齢で性的に成熟し、寿命も短かったのかもしれない。また、遺骸化石の大きさをもとに、体長が約2.5メートル、体重が約187キログラムと推定された。過去の研究で同定されたバシロサウルス科のクジラの体長は4~18メートルであったことからT. rayanensisが、これまでで最も小型のバシロサウルス科のクジラということになる。
著者らは、T. rayanensisの体サイズが他のバシロサウルス科のクジラより小さいのは、ルテシアン期の温暖化極大期(約4200万年前)と呼ばれる温暖化現象に対応したものだった可能性があると推測している。過去の研究で、気候が温暖化すると、動物の体サイズが小さくなるという傾向が示唆されているからだ。以上の知見は、バシロサウルス科のクジラの進化を解明するための新たな手掛かりとなる。
参考文献:
Mattila TM. et al.(2023): Genetic continuity, isolation, and gene flow in Stone Age Central and Eastern Europe. Communications Biology, 6, 707.
https://doi.org/10.1038/s42003-023-04986-w
トゥツェトゥス・ラヤネンシスの化石は部分的な頭蓋骨と顎と歯と椎骨から構成され、頭蓋骨と椎骨が融合し、永久歯が萠出完了期に達していたため、この化石は成体に近かったものの、完全な成体ではなかった、と示唆されました。また、この化石の永久臼歯は前小臼歯や切歯や犬歯より先に萠出しており、永久小臼歯より先に永久臼歯が萠出する現象は、生活環の短い哺乳類で起こる傾向がある、との見解を踏まえると、トゥツェトゥス・ラヤネンシスは、他のバシロサウルス科のクジラよりも低年齢で性的に成熟し、寿命も短かったかもしれません。
この新たなクジラ化石は、既知で知られている中で最小(推定体長は2.5m、推定体重は187kg)のバシロサウルス科(他のバシロサウルス科の推定体長は4~18m)であるだけではなく、アフリカでのバシロサウルス科の記録としては最古級のものです。トゥツェトゥス・ラヤネンシスにより、バシロサウルス科が水生の生態系で初期に成功を収め、それが後期始新世まで続き、陸上との関係を完全に断ち切った後、水陸両生の基底部クジラ類に打ち勝ち、新たな生態的地位への日和見的に適応する能力を獲得した、との仮説をさらに検証できます。
この化石の年代はルテシアン期の温暖化極大期(4200万年前頃)に近く、気候温暖化により動物の身体サイズは小さくなる傾向がある、と示唆されていることから、トゥツェトゥス・ラヤネンシスが小柄なのは、温暖化への対応だったかもしれません。トゥツェトゥス・ラヤネンシスはバシロサウルス科の大きさの範囲を顕著に拡大し、その生活史と系統発生と古生物地理に関する新たな詳細を明らかにします。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
古生物学:古代の小型クジラの新種が発見された
バシロサウルス科のクジラ(全水生のクジラの絶滅種)の新種の遺骸化石について記述された論文が、Communications Biologyに掲載される。この新種のクジラは、体長2.5メートルと推定され、これまでに発表されたバシロサウルス科のクジラの中で最も小型の種と考えられている。この新種は、古代エジプトのファラオであるツタンカーメンにちなんでTutcetus rayanensisと命名された。
Mohamed AnterとHesham Sallamらは、エジプトのファイユーム凹地で、新種のクジラの頭蓋骨、顎、歯、椎骨の断片化石を発見し、年代測定によって約4100万年前のものであることを明らかにした。頭蓋骨と椎骨が融合し、永久歯が萠出完了期に達していたため、このクジラは、成体に近かったが、完全な成体ではなかったことが示唆された。また、このクジラの永久臼歯は、前小臼歯、切歯、犬歯より先に萠出していた。永久小臼歯より先に永久臼歯が萠出する現象が生活環の短い哺乳類で起こる傾向があるという学説が先行研究で提唱されていることを考えると、T. rayanensisは、他のバシロサウルス科のクジラよりも低年齢で性的に成熟し、寿命も短かったのかもしれない。また、遺骸化石の大きさをもとに、体長が約2.5メートル、体重が約187キログラムと推定された。過去の研究で同定されたバシロサウルス科のクジラの体長は4~18メートルであったことからT. rayanensisが、これまでで最も小型のバシロサウルス科のクジラということになる。
著者らは、T. rayanensisの体サイズが他のバシロサウルス科のクジラより小さいのは、ルテシアン期の温暖化極大期(約4200万年前)と呼ばれる温暖化現象に対応したものだった可能性があると推測している。過去の研究で、気候が温暖化すると、動物の体サイズが小さくなるという傾向が示唆されているからだ。以上の知見は、バシロサウルス科のクジラの進化を解明するための新たな手掛かりとなる。
参考文献:
Mattila TM. et al.(2023): Genetic continuity, isolation, and gene flow in Stone Age Central and Eastern Europe. Communications Biology, 6, 707.
https://doi.org/10.1038/s42003-023-04986-w
この記事へのコメント