シチリアオオカミのゲノムデータ
シチリアオオカミのゲノムデータを報告した研究(Ciucani et al., 2023)が公表されました。シチリアオオカミはシチリア島に生息しており、1930年代~1960年代に絶滅した、とされています。本論文は、シチリア島とイタリア半島のオオカミは同じ進化系統に由来し、シチリアオオカミは銅器時代のイヌの祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を有しており、そのゲノムのほぼ半分が同型接合連続領域(runs of homozygosity、略してROH)であることを示します。オオカミは現生人類(Homo sapiens)にとって最古の家畜だろうイヌの祖先というか、一部のオオカミが家畜化されてイエイヌ(Canis familiaris)が形成され、日本列島(関連記事)も含めて世界各地においてイエイヌとオオカミとの間で複雑な混合があった、と考えられており、人類史の観点でもオオカミの進化史はたいへん注目されます。
●要約
シチリアオオカミは更新世末から1930年代~1960年代の絶滅まで、シチリア島で孤立したままでした。シチリア島での長期の孤立とその特徴的な形態から、シチリアオオカミの遺伝的起源は議論が続いています。この研究は、現存する7点の博物館の標本から4点の核ゲノムと5点のミトコンドリアゲノムを配列し、シチリアオオカミの祖先系統、現生および絶滅オオカミやイヌとの関係、多様性を調べました。その結果、シチリアオオカミはイタリアオオカミと最も密接に関連しているものの、ヨーロッパの銅器時代および青銅器時代のイヌと関連する系統からの祖先系統を有している、と示されます。シチリアオオカミの平均ヌクレオチド多様性はイタリアオオカミの半分で、そのゲノムの37~50%は同型接合連続領域です。本論文では全体的に、シチリアオオカミは絶滅した時までに、高い近親交配と低い遺伝的多様性があり、島嶼環境の個体群と一致する、と示されます。
●研究史
ハイイロオオカミ(Canis lupus)は全北区地域において最も広範に分布し、遊動的な肉食動物の分類群です。ゲノム研究、では、現代のオオカミは2つの異なる系統発生的系統に分類されており、それはユーラシアオオカミと北アメリカオオカミです。最近の古ゲノム研究では、ユーラシアオオカミの個体群は後期更新世を通じて高度につながっていたものの、最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)後に顕著な置換を経た、と論証されました(関連記事)。現在、ハイイロオオカミの遺伝的多様性調査では、ハイイロオオカミは構造化された個体群を形成している、と示されており、それは、ハイイロオオカミの生息地の人為的攪乱に起因するかもしれない個体群のつながりと遺伝子流動の減少を示唆します。
ヒトとオオカミとの間の深い進化的関係にも関わらず、その直接的な競合とヒトの迫害により、地理的分布全域のオオカミ個体群は、個体数の減少や遺伝的ボトルネック(瓶首効果)や局所的絶滅にさえつながりました。したがって、個体群規模の変化、オオカミと家畜化されたイヌとの間の混合、繰り返される分岐後の遺伝子流動事象は、オオカミの進化史の一般的特徴です。
イタリア半島は、LGMにおける特有の個体群動態の舞台でした。イタリア半島は、海面変化により深く形成された退避地でした。認識されている局所的な亜種イタリアオオカミ(Canis lupus italicus)に加えて、イタリア半島には最後の地中海オオカミ個体群の一つが存在し、1900年代半ばまでシチリア島にのみ限定されていました。シチリアオオカミは後期更新世末(17000年前頃)から、20世紀前半(1930年代~1960年代)における人為的絶滅まで、孤立したままでした。
現在、イタリアの博物館で保存されている19~20世紀のシチリアオオカミ標本は、7点が知られているだけです。博物館に保管されていた標本と歴史的記録から得られ形態学的測定では、この島嶼個体群はヨーロッパ大陸部のオオカミとは形態学的に異なる、と示唆されています。シチリアオオカミの最も固有の特徴は小型であること、体毛が明るい黄色になる傾向にあること、イタリア半島のオオカミ亜種の独特な特徴である前腕の暗い縞の欠如です。
シチリアオオカミは小柄なので、アラブオオカミやアラブオオカミ(Canis lupus arabs)や絶滅したニホン(ホンシュウ)オオカミ(Canis lupus hodophilax)とともに、ハイイロオオカミの最小の亜種に位置づけられます。これらの形態計測分析に基づいて、シチリアオオカミはハイイロオオカミの亜種(Canis lupus cristaldii)に分類されてきました。しかし、現代のイタリアオオカミが形態学的および遺伝学的によく特徴づけられているにも関わらず、古代の島嶼部のイタリアの標本から利用可能なゲノムはほとんどなく、シチリアオオカミのゲノム独自性は議論になっています。シチリアオオカミのゲノム祖先系統と、そのゲノムにおける長期の孤立の潜在的影響を調べるため、既存の核物館の標本7点が標本抽出され、4点の核ゲノムと5点のミトコンドリアゲノムを回収できました。
●シチリアオオカミのゲノムの再構築
シチリアオオカミの既存の博物館の標本7点が標本抽出され、そこから4点の核ゲノムと5点のミトコンドリアゲノムが回収されました。DNAの保存状態が悪く、標本のうち2点からの遺伝的物質の回収が妨げられました。核ゲノムでは3.8~11.6倍、ミトコンドリアゲノムでは19.7~1239.2倍の範囲の網羅率の平均深度が得られました。マッピング(多少の違いを許容しつつ、ヒトゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)された読み取りは、読み取りの3’末端におけるシトシン(C)からチミン(T)への置換率増加を示しており、これは歴史的な標本からの配列決定データの特徴です。
比較の目的で、ヨーロッパ全域の現代のオオカミ33個体(網羅率は3.6~41.9倍)のゲノムと、シチリア島の古い狩猟犬品種であるチルネコ・デル・エトナ3個体(網羅率は2~2.6倍)が配列決定されました。この新たなデータは、イヌとオオカミの刊行された利用可能なゲノムと組み合わされました。最終的なデータセットは、現代のユーラシアオオカミ57個体、アメリカオオカミ5個体、シチリアオオカミ5個体、更新世のオオカミ5個体、現代のイヌ45個体、古代のイヌ24個体、コヨーテ(Canis latrans)4個体、クルペオギツネ(Lycalopex culpaeus)1個体で構成されます。コヨーテとクルペオギツネは外群として用いられました。
●シチリアオオカミの遺伝的類似性
シチリアオオカミ、現代のユーラシアおよび北アメリカ大陸先のオオカミ、現代および古代のイヌ、更新世のシベリアのオオカミを含む多次元尺度構成法(multidimensional scaling、略してMDS)分析の実行により、世界規模のイヌとオオカミのゲノム多様性の文脈におけるシチリアオオカミの位置づけが調べられました(図1A)。その結果の図では、第1次元(15.42%)がオオカミからイヌを分離した一方で、第2次元(3.62%)はオオカミのさまざまな集団を分離し、分布の各末端にはアジア高地オオカミとイタリアオオカミが位置します。
MDSでは、シチリアオオカミはイタリアオオカミの近くでヨーロッパオオカミの多様性内に位置づけられますが、イヌのクラスタ(かたまり)の方へと動いています(図1A)。ユーラシアオオカミに限定したMDS分析は、第1次元でシチリアオオカミを他のオオカミと分離する一方で、第2次元ではイタリアオオカミとシチリアオオカミを高地オオカミから分離します。MDSにおける他の全集団からりシチリアオオカミの明確な分離は、長期の孤立がある島嶼個体群と一致します。以下は本論文の図1です。
シチリアオオカミのゲノムにおける祖先系統と混合の可能性をさらに調べるため、ADMIXTURE第1.3版に実装されたモデルに基づくクラスタ化手法が用いられました(図1B)。祖先系統構成要素(K)を仮定すると、標本はほぼイヌとオオカミに分離され、シチリアオオカミは両構成要素の混合としてモデル化されます。この二重混合パターンは、シチリアオオカミに限定されていませんでした。しかし、シチリアオオカミは、そのゲノムの1/3がイヌ祖先系統に由来するシエラ・モレナ(Sierra Morena)オオカミに次いで、イヌ関連構成要素の最大の割合を示しました。構成要素数(K)を3から4に増やした後で、シチリアオオカミとシエラ・モレナオオカミの両方において、イヌ祖先系統構成要素が残りました。この混合パターンはMDS分析(図1A)と一致し、MDS分析では、シチリアオオカミとシエラ・モレナオオカミはイヌのクラスタの方へと動いており、シチリアオオカミがイヌ祖先系統を有しているかもしれない、と示唆されます。
5祖先系統構成要素を仮定すると、イヌにほぼ存在する2構成要素、オオカミにほぼ存在する2構成要素、イタリアオオカミとシチリアオオカミが共有する第5の構成要素が特定されました(図1B)。シチリアオオカミとイタリアオオカミとの間のこの類似性は、本論文のトコンドリア系統発生およびミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)の先行研究と一致しており、先行研究では、シチリアオオカミはイタリアオオカミおよびヨーロッパ東部オオカミと同じクレード(単系統群)に位置づけられる、と示されました。祖先系統構成要素数を増やすにつれて(K=7~20)、シチリアオオカミは独自のクラスタに分類されました。全体的に、MDSおよびADMIXTURE分析から、シチリアオオカミはイタリアオオカミと最も類似した遺伝的に区別される個体群であるものの、イヌとの遺伝的類似性を有する、と示唆されました。
●シチリアオオカミの二重のイヌおよびオオカミ祖先系統
MDSおよびADMIXTURE分析で観察されたパターンが、シチリアオオカミが高度に浮動的な個体群であることに起因するのか、あるいはイヌとの混合に起因するのか、さらに調べられました。標本の組み合わせ間で共有される遺伝的浮動を測定する外群f3統計を用いて、シチリアオオカミと最も近い個体群が特定されました。その結果、シチリアオオカミは古代および現代のイヌと最も密接に関連しており、それに続くのが現代のイタリアオオカミと分かりました(図2A)。現代のイヌでは、スピノーネやカネ・コルソ(イタリアン・コルソ・ドッグ)やチルネコなどイタリアのイヌが、シチリアオオカミと最高の遺伝的類似性を有していました(図2A)。
シチリア島に存在する野犬の最近の遺伝子移入が、シチリアオオカミと現代のイタリアのイヌとの間の高い類似性を説明できるかもしれません。しかし、シチリアオオカミと古代の銅器時代および青銅器時代のイヌ(5000~3000年前頃、クロアチアのALPO01やイタリアのAL2397やアイルランドのDog-1PUやニューグレンジのイヌ)との間の高い類似性は、この関連のより古い起源を示唆します。シチリアオオカミ4点のゲノム全てで類似のパターンが観察され、シチリアオオカミ1号は古代のヨーロッパのイヌと部分的に近い、と示されました(図2A)。対照的に、シチリアオオカミに最も近く(図1)、最近の孤立およびボトルネックの同様の歴史を共有する、イタリアとイベリア半島のオオカミについての外群f3統計は、同じパターンを示します。以下は本論文の図2です。
次に、D統計を用いて、シチリアオオカミと現代および古代のイヌとの間の遺伝子流動について形式的に検証されました。シチリアオオカミが、その最近縁のオオカミ(イタリアオオカミ)と比較して、イヌとより多くのアレル(対立遺伝子)を共有していたのかどうか、検証されました(図2A・C)。その結果、シチリアオオカミはイタリアオオカミと比較してイヌと有意により多くのアレルを共有している、と示されました。さらに、古代のヨーロッパのイヌは最大のD値を示し、ヨーロッパのイヌがイヌの中でシチリアオオカミと最も近い、と確証されます。類似の結果は、シチリアオオカミ4個体全てのゲノムで得られました。しかし、シチリアオオカミのさまざまな組み合わせで得られたD統計を比較すると、各組み合わせがイヌとのさまざまな程度の類似性を有している、と分かり、シチリアオオカミが有するイヌ祖先系統の割合は異なる、と示唆されます。
二つのシナリオがこれらの観察を制滅出来るかもしれません。それは、イヌからシチリアオオカミへの(古代か最近かその両方の)遺伝子流動、もしくはシチリアオオカミが古代のイヌに寄与した今では絶滅しており(および標本抽出されていない)オオカミ系統により近いことです。後者のシナリオは、mtDNAに基づく系統発生研究で裏づけられており、イタリアの後期更新世のオオカミとイヌとの間の遺伝的連続性が示唆されますが、本論文の結果は前者のシナリオを裏づけます。
D統計は、検証に用いられたイヌにも関わらず、シチリアオオカミとイヌとの間の顕著な遺伝子流動を示しました(図2B)。仮に遺伝子流動の方向がシチリアオオカミから特定の犬種だったならば、シチリアオオカミ祖先系統を有するそれらの犬種で有意な値が観察される、と予測されます。さらに、これらの結果は、D統計検定においてイタリアオオカミの代わりにポルトガルオオカミを用いた場合にも一貫していました。野良犬はシチリア島では一般的で、それはシチリア島にイヌが導入されて以降だった可能性があり、シチリアオオカミのイヌ祖先系統は最近の混合に由来するかもしれません。
D統計を用いて、古代もしくは現代のイヌが、シチリアオオカミにおけるイヌ祖先系統にとってより適切な供給源なのかどうか、決定されました。D統計(銅器時代のクロアチアのイヌ、X;シチリアオオカミ、クルペオギツネ)が計算され、データセット(X)における他の全てのイヌと比較して、シチリアオオカミと銅器時代のクロアチアのイヌ(ALPO01)との間の共有派アレルの量が推定されました。次に、銅器時代のクロアチアのイヌをチルネコ犬に置換して同じ検証が計算され、両方の検証結果が比較されました。その結果、ほとんどの検定で、銅器時代のクロアチアのイヌで得られたD統計量はチルネコ犬で得られたものより大きい、と分かり、シチリアオオカミのイヌ祖先系統のより適切な供給源は銅器時代のクロアチアのイヌである、と示唆されます。
混合事象の可能性を考慮しながら、現代と古代のオオカミおよびイヌのより広範な系統発生的文脈にシチリアオオカミを位置づけるため、TreeMixが用いられました。移動の縁端なしで得られた図は、RAxMLを用いて推定された核系統発生と一致し、シチリアオオカミをイヌとオオカミのクレード(単系統群)間の中間に位置づけます。移動が組み込まれると、シチリアオオカミは、クロアチアの銅器時代のイヌ系統からシチリアオオカミクレードの基底部への祖先系統寄与を伴う、イタリアオオカミの姉妹クレードとしてモデル化されます。これらの結果は、シチリアオオカミが古代のイヌ(31~49%)とイタリアオオカミ(51~69%)の混合としてモデル化できると示した、f統計に基づく混合図と一致します。
本論文の結果をさらに検証し、シチリアオオカミにおけるイヌ祖先系統の程度を測定するため、PCAdmixを用いて局所的な祖先系統推定が実行されました。各シチリアオオカミのゲノムが、供給源として9個体のイヌと10個体のオオカミを用いて、イヌとオオカミの祖先系統の混合としてモデル化されました。その結果、シチリアオオカミは50~60%のオオカミ祖先系統と40~50%のイヌ祖先系統を有する、と示され、混合図モデル化と一致します。まとめると、これらの結果から、シチリアオオカミは2つの祖先系統、つまりオオカミ(最も類似しているのは現代のイタリアオオカミ)とイヌ(最も類似しているのは古代のヨーロッパのイヌ)の混合と示されました。
本論文の結果に照らして、地理的孤立と小さな個体群規模とシチリア島へのイヌの導入が、シチリアオオカミにおける古代のイヌ祖先系統の交雑と維持の肥沃な土壌を提供した、と仮定されます。シエラ・モレナオオカミ(Canis lupus signatus)に関する先行研究では、そのゲノムの1/3がイヌ祖先系統だった、と分かりました。シエラ・モレナオオカミとシチリアオオカミは、類似の個体群動態史を有しており、人為的に改変された景観において小さく孤立しており、個体数が減少しています。現代のイヌとの混合の類似のパターンはニホン(ホンシュウ)オオカミの最後の標本の1点で記録されており、ニホンオオカミはシチリアオオカミと同じ頃に絶滅しました(関連記事1および関連記事2)。
したがって、本論文の調査結果からさらに、イヌとの混合は人為的状況において低密度の孤立個体群で好まれるかもしれない、と示されます。シチリアオオカミと古代のヨーロッパのイヌとの間の類似性は最も驚くべき発見を表しており、それは、古代のイヌ祖先系統がシチリアオオカミのゲノムにおいて最近まで優勢だったことを示しているからです。全体的に本論文の結果から、シチリアオオカミのゲノムの二重祖先系統は、長期の複数要員の進化的過程から生じ、その中には、孤立およびイヌとの混合が含まれ、資源競争やヒトとの直接的対立に起因する大幅な個体数現象に影響を及ぼしたかもしれない、と示されました。
●シチリアオオカミへの島での孤立の影響
シチリアオオカミのゲノムの多様性への、過去数百年における個体数減少の島嶼効果と結果が調べられました。比較の目的で、シチリアオオカミとヨーロッパオオカミの平均ヌクレオチド多様性が推定されました。シチリアオオカミはイタリアとイベリア半島とスカンジナビア半島のオオカミと比較して、低い平均ヌクレオチド多様性を示しました(図3A)。同様に、最高級の網羅率のシチリアオオカミ2個体のゲノムの異型接合性推定値が低いことも示されました(図3B)。多様性の減少は、島嶼個体群の特徴です。したがって、シチリアオオカミのゲノム多様性は、強い創始者効果と長期の孤立と小さな有効個体群規模により形成された個体群からの予測と一致します(関連記事)。以下は本論文の図3です。
シチリアオオカミのゲノムにおける低い異型接合性領域の分布への洞察を得るため、最高級の網羅率のシチリアオオカミ標本2点について、ROHが推定されました。ROHの量と長さは、個体群規模と近親交配について情報をもたらす可能性があります。その結果、シチリアオオカミのゲノムの37~50%をROHで見つけることができ、その平均的なROHの長さは、シチリアオオカミ1号(Sic1)では950万塩基対、シチリアオオカミ2号(Sic2)では660万塩基対でした(図3C~E)。100万塩基対超の長いROHが、シチリアオオカミでは依然として優勢でしたが(全ROHの15%と30%)、短いROHと中間のROHの数は、メキシコオオカミ(Canis lupus baileyi)など最近の近親交配個体群で観察されたものよりも高い、と示されました(図3C・D)。
Sic2はSic1と比較してより多くのRHOを有していた、と分かりました。とくにD統計検定では、Sic1はSic2と比較してイヌ祖先系統の割合がより高い、と示されました。異なる2個体群間の混合は異型接合性の増加につながるので、Sic1におけるRHOの数がより少ないことは、イヌ祖先系統のより高い割合に起因するかもしれません。シチリアオオカミは、その遺伝的に最も近いオオカミであるイタリアオオカミと比較して、RHOの数がより多いものの(図3C)、その規模分布は類似していました(図3D)。より短いRHOのより大きな割合は、よりRHOの塊を崩すだろうイヌからの祖先系統の流入と組み合わされた、シチリアオオカミの個体群規模の長期の減少の結果かもしれません。
本土個体群と比較しての、シチリアオオカミの適応度における小さな個体群規模の影響の可能性を測定するため、その同型接合性転換負荷が推定されました。シチリアオオカミは他のオオカミと比較して相対的により高い変異負荷を有しており、近親交配のメキシコオオカミの変異負荷より高い、と分かりました(図3E)。まとめると、これらの結果から、シチリアオオカミの個体群は19世紀末にはすでに、小さな個体群規模の影響を受けていた、と示唆されます。最後に、シチリアオオカミが短いROH断片とともに古代のイヌ祖先系統を有する、と示した本論文の結果は、混合が絶滅の時期に向かってではなく、過去に起きたことを示唆します。
●まとめ
最後に生き残っていたシチリアオオカミの一部のゲノムから、その進化史がイヌとの混合により顕著に形成された、と示されました。本論文の結果から、シチリアオオカミは、現代のイタリアオオカミと同じ系統に由来するものの、古代の銅器時代および青銅器時代のイヌ祖先系統を有している、と示されました。そうしたイヌ祖先系統は、4000~3000年前頃までにヨーロッパに広がっていた、と示されました(関連記事)。本論文の結果から、この古代のイヌ系統がシチリアオオカミでは20世紀まで生き残っていた、と示唆されます。この点で、シチリアオオカミは、これまでに遺伝学的に特徴づけられている他の全ての現生および絶滅ヨーロッパオオカミ個体群では独特です。以下は本論文の要約図です。
長期の孤立とともに、シチリアオオカミがイタリアオオカミと系統発生的に位置づけられることは(図2C)、25000~17000年前頃(シチリア島の定着の時期)までに、イタリアオオカミとシチリアオオカミの祖先がすでに他のヨーロッパオオカミの系統と分岐していたことを裏づけます。ゲノムに関する先行研究では、現在のオオカミ個体群は32000~13000年前頃に祖先を共有していた、と推定されました。本論文の結果は、最終共通祖先からのオオカミの分岐について以前以上の下限を提供し、現在のオオカミ個体群はすでにシチリア島の定着時期(25000年前頃)までに分化していたことを示唆します。最後に、これらの結果は、シチリアオオカミとイタリアオオカミは更新世シベリアオオカミとクレードを形成する、と示唆した、mtHgに基づく以前の仮説の問題を明らかにします。その代わりに、本論文のf3統計およびMDS分析からは、シベリアの更新世オオカミはシチリアオオカミと密接に関連していなかった、と示されました(図2A)。
参考文献:
Ciucani MM. et al.(2023): The extinct Sicilian wolf shows a complex history of isolation and admixture with ancient dogs. iScience, 26, 8, 107307.
https://doi.org/10.1016/j.isci.2023.107307
●要約
シチリアオオカミは更新世末から1930年代~1960年代の絶滅まで、シチリア島で孤立したままでした。シチリア島での長期の孤立とその特徴的な形態から、シチリアオオカミの遺伝的起源は議論が続いています。この研究は、現存する7点の博物館の標本から4点の核ゲノムと5点のミトコンドリアゲノムを配列し、シチリアオオカミの祖先系統、現生および絶滅オオカミやイヌとの関係、多様性を調べました。その結果、シチリアオオカミはイタリアオオカミと最も密接に関連しているものの、ヨーロッパの銅器時代および青銅器時代のイヌと関連する系統からの祖先系統を有している、と示されます。シチリアオオカミの平均ヌクレオチド多様性はイタリアオオカミの半分で、そのゲノムの37~50%は同型接合連続領域です。本論文では全体的に、シチリアオオカミは絶滅した時までに、高い近親交配と低い遺伝的多様性があり、島嶼環境の個体群と一致する、と示されます。
●研究史
ハイイロオオカミ(Canis lupus)は全北区地域において最も広範に分布し、遊動的な肉食動物の分類群です。ゲノム研究、では、現代のオオカミは2つの異なる系統発生的系統に分類されており、それはユーラシアオオカミと北アメリカオオカミです。最近の古ゲノム研究では、ユーラシアオオカミの個体群は後期更新世を通じて高度につながっていたものの、最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)後に顕著な置換を経た、と論証されました(関連記事)。現在、ハイイロオオカミの遺伝的多様性調査では、ハイイロオオカミは構造化された個体群を形成している、と示されており、それは、ハイイロオオカミの生息地の人為的攪乱に起因するかもしれない個体群のつながりと遺伝子流動の減少を示唆します。
ヒトとオオカミとの間の深い進化的関係にも関わらず、その直接的な競合とヒトの迫害により、地理的分布全域のオオカミ個体群は、個体数の減少や遺伝的ボトルネック(瓶首効果)や局所的絶滅にさえつながりました。したがって、個体群規模の変化、オオカミと家畜化されたイヌとの間の混合、繰り返される分岐後の遺伝子流動事象は、オオカミの進化史の一般的特徴です。
イタリア半島は、LGMにおける特有の個体群動態の舞台でした。イタリア半島は、海面変化により深く形成された退避地でした。認識されている局所的な亜種イタリアオオカミ(Canis lupus italicus)に加えて、イタリア半島には最後の地中海オオカミ個体群の一つが存在し、1900年代半ばまでシチリア島にのみ限定されていました。シチリアオオカミは後期更新世末(17000年前頃)から、20世紀前半(1930年代~1960年代)における人為的絶滅まで、孤立したままでした。
現在、イタリアの博物館で保存されている19~20世紀のシチリアオオカミ標本は、7点が知られているだけです。博物館に保管されていた標本と歴史的記録から得られ形態学的測定では、この島嶼個体群はヨーロッパ大陸部のオオカミとは形態学的に異なる、と示唆されています。シチリアオオカミの最も固有の特徴は小型であること、体毛が明るい黄色になる傾向にあること、イタリア半島のオオカミ亜種の独特な特徴である前腕の暗い縞の欠如です。
シチリアオオカミは小柄なので、アラブオオカミやアラブオオカミ(Canis lupus arabs)や絶滅したニホン(ホンシュウ)オオカミ(Canis lupus hodophilax)とともに、ハイイロオオカミの最小の亜種に位置づけられます。これらの形態計測分析に基づいて、シチリアオオカミはハイイロオオカミの亜種(Canis lupus cristaldii)に分類されてきました。しかし、現代のイタリアオオカミが形態学的および遺伝学的によく特徴づけられているにも関わらず、古代の島嶼部のイタリアの標本から利用可能なゲノムはほとんどなく、シチリアオオカミのゲノム独自性は議論になっています。シチリアオオカミのゲノム祖先系統と、そのゲノムにおける長期の孤立の潜在的影響を調べるため、既存の核物館の標本7点が標本抽出され、4点の核ゲノムと5点のミトコンドリアゲノムを回収できました。
●シチリアオオカミのゲノムの再構築
シチリアオオカミの既存の博物館の標本7点が標本抽出され、そこから4点の核ゲノムと5点のミトコンドリアゲノムが回収されました。DNAの保存状態が悪く、標本のうち2点からの遺伝的物質の回収が妨げられました。核ゲノムでは3.8~11.6倍、ミトコンドリアゲノムでは19.7~1239.2倍の範囲の網羅率の平均深度が得られました。マッピング(多少の違いを許容しつつ、ヒトゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)された読み取りは、読み取りの3’末端におけるシトシン(C)からチミン(T)への置換率増加を示しており、これは歴史的な標本からの配列決定データの特徴です。
比較の目的で、ヨーロッパ全域の現代のオオカミ33個体(網羅率は3.6~41.9倍)のゲノムと、シチリア島の古い狩猟犬品種であるチルネコ・デル・エトナ3個体(網羅率は2~2.6倍)が配列決定されました。この新たなデータは、イヌとオオカミの刊行された利用可能なゲノムと組み合わされました。最終的なデータセットは、現代のユーラシアオオカミ57個体、アメリカオオカミ5個体、シチリアオオカミ5個体、更新世のオオカミ5個体、現代のイヌ45個体、古代のイヌ24個体、コヨーテ(Canis latrans)4個体、クルペオギツネ(Lycalopex culpaeus)1個体で構成されます。コヨーテとクルペオギツネは外群として用いられました。
●シチリアオオカミの遺伝的類似性
シチリアオオカミ、現代のユーラシアおよび北アメリカ大陸先のオオカミ、現代および古代のイヌ、更新世のシベリアのオオカミを含む多次元尺度構成法(multidimensional scaling、略してMDS)分析の実行により、世界規模のイヌとオオカミのゲノム多様性の文脈におけるシチリアオオカミの位置づけが調べられました(図1A)。その結果の図では、第1次元(15.42%)がオオカミからイヌを分離した一方で、第2次元(3.62%)はオオカミのさまざまな集団を分離し、分布の各末端にはアジア高地オオカミとイタリアオオカミが位置します。
MDSでは、シチリアオオカミはイタリアオオカミの近くでヨーロッパオオカミの多様性内に位置づけられますが、イヌのクラスタ(かたまり)の方へと動いています(図1A)。ユーラシアオオカミに限定したMDS分析は、第1次元でシチリアオオカミを他のオオカミと分離する一方で、第2次元ではイタリアオオカミとシチリアオオカミを高地オオカミから分離します。MDSにおける他の全集団からりシチリアオオカミの明確な分離は、長期の孤立がある島嶼個体群と一致します。以下は本論文の図1です。
シチリアオオカミのゲノムにおける祖先系統と混合の可能性をさらに調べるため、ADMIXTURE第1.3版に実装されたモデルに基づくクラスタ化手法が用いられました(図1B)。祖先系統構成要素(K)を仮定すると、標本はほぼイヌとオオカミに分離され、シチリアオオカミは両構成要素の混合としてモデル化されます。この二重混合パターンは、シチリアオオカミに限定されていませんでした。しかし、シチリアオオカミは、そのゲノムの1/3がイヌ祖先系統に由来するシエラ・モレナ(Sierra Morena)オオカミに次いで、イヌ関連構成要素の最大の割合を示しました。構成要素数(K)を3から4に増やした後で、シチリアオオカミとシエラ・モレナオオカミの両方において、イヌ祖先系統構成要素が残りました。この混合パターンはMDS分析(図1A)と一致し、MDS分析では、シチリアオオカミとシエラ・モレナオオカミはイヌのクラスタの方へと動いており、シチリアオオカミがイヌ祖先系統を有しているかもしれない、と示唆されます。
5祖先系統構成要素を仮定すると、イヌにほぼ存在する2構成要素、オオカミにほぼ存在する2構成要素、イタリアオオカミとシチリアオオカミが共有する第5の構成要素が特定されました(図1B)。シチリアオオカミとイタリアオオカミとの間のこの類似性は、本論文のトコンドリア系統発生およびミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)の先行研究と一致しており、先行研究では、シチリアオオカミはイタリアオオカミおよびヨーロッパ東部オオカミと同じクレード(単系統群)に位置づけられる、と示されました。祖先系統構成要素数を増やすにつれて(K=7~20)、シチリアオオカミは独自のクラスタに分類されました。全体的に、MDSおよびADMIXTURE分析から、シチリアオオカミはイタリアオオカミと最も類似した遺伝的に区別される個体群であるものの、イヌとの遺伝的類似性を有する、と示唆されました。
●シチリアオオカミの二重のイヌおよびオオカミ祖先系統
MDSおよびADMIXTURE分析で観察されたパターンが、シチリアオオカミが高度に浮動的な個体群であることに起因するのか、あるいはイヌとの混合に起因するのか、さらに調べられました。標本の組み合わせ間で共有される遺伝的浮動を測定する外群f3統計を用いて、シチリアオオカミと最も近い個体群が特定されました。その結果、シチリアオオカミは古代および現代のイヌと最も密接に関連しており、それに続くのが現代のイタリアオオカミと分かりました(図2A)。現代のイヌでは、スピノーネやカネ・コルソ(イタリアン・コルソ・ドッグ)やチルネコなどイタリアのイヌが、シチリアオオカミと最高の遺伝的類似性を有していました(図2A)。
シチリア島に存在する野犬の最近の遺伝子移入が、シチリアオオカミと現代のイタリアのイヌとの間の高い類似性を説明できるかもしれません。しかし、シチリアオオカミと古代の銅器時代および青銅器時代のイヌ(5000~3000年前頃、クロアチアのALPO01やイタリアのAL2397やアイルランドのDog-1PUやニューグレンジのイヌ)との間の高い類似性は、この関連のより古い起源を示唆します。シチリアオオカミ4点のゲノム全てで類似のパターンが観察され、シチリアオオカミ1号は古代のヨーロッパのイヌと部分的に近い、と示されました(図2A)。対照的に、シチリアオオカミに最も近く(図1)、最近の孤立およびボトルネックの同様の歴史を共有する、イタリアとイベリア半島のオオカミについての外群f3統計は、同じパターンを示します。以下は本論文の図2です。
次に、D統計を用いて、シチリアオオカミと現代および古代のイヌとの間の遺伝子流動について形式的に検証されました。シチリアオオカミが、その最近縁のオオカミ(イタリアオオカミ)と比較して、イヌとより多くのアレル(対立遺伝子)を共有していたのかどうか、検証されました(図2A・C)。その結果、シチリアオオカミはイタリアオオカミと比較してイヌと有意により多くのアレルを共有している、と示されました。さらに、古代のヨーロッパのイヌは最大のD値を示し、ヨーロッパのイヌがイヌの中でシチリアオオカミと最も近い、と確証されます。類似の結果は、シチリアオオカミ4個体全てのゲノムで得られました。しかし、シチリアオオカミのさまざまな組み合わせで得られたD統計を比較すると、各組み合わせがイヌとのさまざまな程度の類似性を有している、と分かり、シチリアオオカミが有するイヌ祖先系統の割合は異なる、と示唆されます。
二つのシナリオがこれらの観察を制滅出来るかもしれません。それは、イヌからシチリアオオカミへの(古代か最近かその両方の)遺伝子流動、もしくはシチリアオオカミが古代のイヌに寄与した今では絶滅しており(および標本抽出されていない)オオカミ系統により近いことです。後者のシナリオは、mtDNAに基づく系統発生研究で裏づけられており、イタリアの後期更新世のオオカミとイヌとの間の遺伝的連続性が示唆されますが、本論文の結果は前者のシナリオを裏づけます。
D統計は、検証に用いられたイヌにも関わらず、シチリアオオカミとイヌとの間の顕著な遺伝子流動を示しました(図2B)。仮に遺伝子流動の方向がシチリアオオカミから特定の犬種だったならば、シチリアオオカミ祖先系統を有するそれらの犬種で有意な値が観察される、と予測されます。さらに、これらの結果は、D統計検定においてイタリアオオカミの代わりにポルトガルオオカミを用いた場合にも一貫していました。野良犬はシチリア島では一般的で、それはシチリア島にイヌが導入されて以降だった可能性があり、シチリアオオカミのイヌ祖先系統は最近の混合に由来するかもしれません。
D統計を用いて、古代もしくは現代のイヌが、シチリアオオカミにおけるイヌ祖先系統にとってより適切な供給源なのかどうか、決定されました。D統計(銅器時代のクロアチアのイヌ、X;シチリアオオカミ、クルペオギツネ)が計算され、データセット(X)における他の全てのイヌと比較して、シチリアオオカミと銅器時代のクロアチアのイヌ(ALPO01)との間の共有派アレルの量が推定されました。次に、銅器時代のクロアチアのイヌをチルネコ犬に置換して同じ検証が計算され、両方の検証結果が比較されました。その結果、ほとんどの検定で、銅器時代のクロアチアのイヌで得られたD統計量はチルネコ犬で得られたものより大きい、と分かり、シチリアオオカミのイヌ祖先系統のより適切な供給源は銅器時代のクロアチアのイヌである、と示唆されます。
混合事象の可能性を考慮しながら、現代と古代のオオカミおよびイヌのより広範な系統発生的文脈にシチリアオオカミを位置づけるため、TreeMixが用いられました。移動の縁端なしで得られた図は、RAxMLを用いて推定された核系統発生と一致し、シチリアオオカミをイヌとオオカミのクレード(単系統群)間の中間に位置づけます。移動が組み込まれると、シチリアオオカミは、クロアチアの銅器時代のイヌ系統からシチリアオオカミクレードの基底部への祖先系統寄与を伴う、イタリアオオカミの姉妹クレードとしてモデル化されます。これらの結果は、シチリアオオカミが古代のイヌ(31~49%)とイタリアオオカミ(51~69%)の混合としてモデル化できると示した、f統計に基づく混合図と一致します。
本論文の結果をさらに検証し、シチリアオオカミにおけるイヌ祖先系統の程度を測定するため、PCAdmixを用いて局所的な祖先系統推定が実行されました。各シチリアオオカミのゲノムが、供給源として9個体のイヌと10個体のオオカミを用いて、イヌとオオカミの祖先系統の混合としてモデル化されました。その結果、シチリアオオカミは50~60%のオオカミ祖先系統と40~50%のイヌ祖先系統を有する、と示され、混合図モデル化と一致します。まとめると、これらの結果から、シチリアオオカミは2つの祖先系統、つまりオオカミ(最も類似しているのは現代のイタリアオオカミ)とイヌ(最も類似しているのは古代のヨーロッパのイヌ)の混合と示されました。
本論文の結果に照らして、地理的孤立と小さな個体群規模とシチリア島へのイヌの導入が、シチリアオオカミにおける古代のイヌ祖先系統の交雑と維持の肥沃な土壌を提供した、と仮定されます。シエラ・モレナオオカミ(Canis lupus signatus)に関する先行研究では、そのゲノムの1/3がイヌ祖先系統だった、と分かりました。シエラ・モレナオオカミとシチリアオオカミは、類似の個体群動態史を有しており、人為的に改変された景観において小さく孤立しており、個体数が減少しています。現代のイヌとの混合の類似のパターンはニホン(ホンシュウ)オオカミの最後の標本の1点で記録されており、ニホンオオカミはシチリアオオカミと同じ頃に絶滅しました(関連記事1および関連記事2)。
したがって、本論文の調査結果からさらに、イヌとの混合は人為的状況において低密度の孤立個体群で好まれるかもしれない、と示されます。シチリアオオカミと古代のヨーロッパのイヌとの間の類似性は最も驚くべき発見を表しており、それは、古代のイヌ祖先系統がシチリアオオカミのゲノムにおいて最近まで優勢だったことを示しているからです。全体的に本論文の結果から、シチリアオオカミのゲノムの二重祖先系統は、長期の複数要員の進化的過程から生じ、その中には、孤立およびイヌとの混合が含まれ、資源競争やヒトとの直接的対立に起因する大幅な個体数現象に影響を及ぼしたかもしれない、と示されました。
●シチリアオオカミへの島での孤立の影響
シチリアオオカミのゲノムの多様性への、過去数百年における個体数減少の島嶼効果と結果が調べられました。比較の目的で、シチリアオオカミとヨーロッパオオカミの平均ヌクレオチド多様性が推定されました。シチリアオオカミはイタリアとイベリア半島とスカンジナビア半島のオオカミと比較して、低い平均ヌクレオチド多様性を示しました(図3A)。同様に、最高級の網羅率のシチリアオオカミ2個体のゲノムの異型接合性推定値が低いことも示されました(図3B)。多様性の減少は、島嶼個体群の特徴です。したがって、シチリアオオカミのゲノム多様性は、強い創始者効果と長期の孤立と小さな有効個体群規模により形成された個体群からの予測と一致します(関連記事)。以下は本論文の図3です。
シチリアオオカミのゲノムにおける低い異型接合性領域の分布への洞察を得るため、最高級の網羅率のシチリアオオカミ標本2点について、ROHが推定されました。ROHの量と長さは、個体群規模と近親交配について情報をもたらす可能性があります。その結果、シチリアオオカミのゲノムの37~50%をROHで見つけることができ、その平均的なROHの長さは、シチリアオオカミ1号(Sic1)では950万塩基対、シチリアオオカミ2号(Sic2)では660万塩基対でした(図3C~E)。100万塩基対超の長いROHが、シチリアオオカミでは依然として優勢でしたが(全ROHの15%と30%)、短いROHと中間のROHの数は、メキシコオオカミ(Canis lupus baileyi)など最近の近親交配個体群で観察されたものよりも高い、と示されました(図3C・D)。
Sic2はSic1と比較してより多くのRHOを有していた、と分かりました。とくにD統計検定では、Sic1はSic2と比較してイヌ祖先系統の割合がより高い、と示されました。異なる2個体群間の混合は異型接合性の増加につながるので、Sic1におけるRHOの数がより少ないことは、イヌ祖先系統のより高い割合に起因するかもしれません。シチリアオオカミは、その遺伝的に最も近いオオカミであるイタリアオオカミと比較して、RHOの数がより多いものの(図3C)、その規模分布は類似していました(図3D)。より短いRHOのより大きな割合は、よりRHOの塊を崩すだろうイヌからの祖先系統の流入と組み合わされた、シチリアオオカミの個体群規模の長期の減少の結果かもしれません。
本土個体群と比較しての、シチリアオオカミの適応度における小さな個体群規模の影響の可能性を測定するため、その同型接合性転換負荷が推定されました。シチリアオオカミは他のオオカミと比較して相対的により高い変異負荷を有しており、近親交配のメキシコオオカミの変異負荷より高い、と分かりました(図3E)。まとめると、これらの結果から、シチリアオオカミの個体群は19世紀末にはすでに、小さな個体群規模の影響を受けていた、と示唆されます。最後に、シチリアオオカミが短いROH断片とともに古代のイヌ祖先系統を有する、と示した本論文の結果は、混合が絶滅の時期に向かってではなく、過去に起きたことを示唆します。
●まとめ
最後に生き残っていたシチリアオオカミの一部のゲノムから、その進化史がイヌとの混合により顕著に形成された、と示されました。本論文の結果から、シチリアオオカミは、現代のイタリアオオカミと同じ系統に由来するものの、古代の銅器時代および青銅器時代のイヌ祖先系統を有している、と示されました。そうしたイヌ祖先系統は、4000~3000年前頃までにヨーロッパに広がっていた、と示されました(関連記事)。本論文の結果から、この古代のイヌ系統がシチリアオオカミでは20世紀まで生き残っていた、と示唆されます。この点で、シチリアオオカミは、これまでに遺伝学的に特徴づけられている他の全ての現生および絶滅ヨーロッパオオカミ個体群では独特です。以下は本論文の要約図です。
長期の孤立とともに、シチリアオオカミがイタリアオオカミと系統発生的に位置づけられることは(図2C)、25000~17000年前頃(シチリア島の定着の時期)までに、イタリアオオカミとシチリアオオカミの祖先がすでに他のヨーロッパオオカミの系統と分岐していたことを裏づけます。ゲノムに関する先行研究では、現在のオオカミ個体群は32000~13000年前頃に祖先を共有していた、と推定されました。本論文の結果は、最終共通祖先からのオオカミの分岐について以前以上の下限を提供し、現在のオオカミ個体群はすでにシチリア島の定着時期(25000年前頃)までに分化していたことを示唆します。最後に、これらの結果は、シチリアオオカミとイタリアオオカミは更新世シベリアオオカミとクレードを形成する、と示唆した、mtHgに基づく以前の仮説の問題を明らかにします。その代わりに、本論文のf3統計およびMDS分析からは、シベリアの更新世オオカミはシチリアオオカミと密接に関連していなかった、と示されました(図2A)。
参考文献:
Ciucani MM. et al.(2023): The extinct Sicilian wolf shows a complex history of isolation and admixture with ancient dogs. iScience, 26, 8, 107307.
https://doi.org/10.1016/j.isci.2023.107307
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