『卑弥呼』第111話「示齊の意味」

 『ビッグコミックオリジナル』2023年7月20日号掲載分の感想です。前回は、山社(ヤマト)において、暈(クマ)国より無事帰還したアカメから、津島(ツシマ、現在の対馬でしょう)国のアビル王が海の彼方の大国(漢王朝でしょうか)の歴史を偽っている、と報告を受けたヤノハが、「本当」の真が手に入った、と満足そうにミマアキに言うところで終了しました。今回は、那(ナ)国の港で、津島のアビル王を那国のウツヒオ王が見送る場面から始まります。ウツヒオ王はまだアビル王の裏切りを知りません。那国の港から津島国までは最短で7日とされており、ウツヒオ王が道中の無事を願うと、こればかりは大綿津見神(オオワタツミノカミ、イザナギとイザナミの子で海を司る神)のご機嫌と示齊(ジサイ、航海のさいに、万人の不幸を引き受けて人柱になる神職)の献身次第、と答えます。最近はなかなか入らない貴重な鉄(カネ)板を進呈してもらったことで、ウツヒオ王に感謝されたアビル王は、遼東の公孫一族が加羅(伽耶、朝鮮半島)征服の野望を捨てない限り、倭国に入る鉄が激減するのは喫緊の課題だ、と言います。今後とも、我々筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)連合への力添えを願う、と言うウツヒオ王に、アビル王は合点した、と答えます。アビル王を見送ったウツヒオ王に、日見子(ヒミコ)であるヤノハから伝令が到着した、との報告が届きます。

 津島国付近の海上では、那国のトメ将軍の一行が、津島国に近い黒島を目指して進んでいました。伊岐(イキ、現在の壱岐諸島でしょう)国の日守(ヒマモ)りで、黒島に縁戚のいるアシナカが、この舟の示齊を務めています。津島国まではここから1日、黒島まではさらに1日を要す、とアシナカに伝えられたトメ将軍は、津島の大きさに感嘆します。津島国の東側は波が荒く、黒島までたどり着くのは至難の業と言うアシナカに、それは承知の上のことで、全ては大綿津見のご機嫌次第と答えます。トメ将軍の一行は黒島が見える地点まで近づき、アシナカ殿が示齊を務めてくれたおかげで天候に恵まれた、とトメ将軍は感謝します。海がこれほど穏やかなことはめったにない、とアシナカが言いかけたところ、舟は大きな渦に巻き込まれそうになります。この危機に、アシナカは海難の全てを背負う示齊として大綿津見神の人柱になろうとしますが、トメ将軍はそれを制止します。トメ将軍はアシナカに、示齊の意味を分かっていない、と諭します。神は死ぬことを望む者を助けず、生きようと必死な者にしか手を差し伸べない、というわけです。しかし、何度も示齊を務めたトメ将軍も、最近までアシナカと同じ考えだったが、日見子様(ヤノハ)を見て考えを変えた、と言います。ヤノハはどんな不利な状況でも人々を生かそうと諦めないが、それも叶わない時は自分だけでも助かろうとする、というわけです。日見子様は山社の王と示齊であり、これまで勝ち抜けた理由は生き残ろうと必死だったからだ、とヤノハを評価するトメ将軍は、示齊ならば必死で生きようと思え、さすれば神は我々を救う、とアシナカを諭します。すると、渦が消えます。

 山社と那の国境付近では、山社側のヤノハとミマアキとヌカデが、那国のウツヒオ王と船上で会見していました。津島国のアビル王の裏切りをヤノハから伝えられたウツヒオ王は、さほど驚いていません。ウツヒオ王は、別なことでアビル王を疑っていました。アビル王は加羅から入る鉄を津島に留めて、筑紫島の国々を操ろうとしているのではないか、というわけです。ヤノハは、操るくらいならさしたる裏切りではなく、問題は暈国の大夫である鞠智彦(ククチヒコ)と通じていることだ、と言います。アビル王の語る海の彼方の情勢の、どこが正しく、どこが偽りなのかは、誰かが加羅に渡らねば分からないだろう、とヤノハは指摘します。伊岐国に今いるトメ将軍が加羅まで渡ろうと考えるかもしれない、とウツヒオ王に伝えられたヤノハは、トメ将軍なら考えそうだ、と言います。遼東太守の公孫度は真に加羅の国々の統一を考えているのか、漢の帝は曹操将軍の傀儡にすぎないのか、その真相の解明はトメ将軍にかかっている、というわけです。アビル王の裏切りが真だった場合どうするのか、とウツヒオ王に問われたヤノハは、暈との密貿易を止めてもらい、蓄えている鉄は全てもらう、と言いますが、アビル王がそれを受け入れるのか、ウツヒオ王は疑問に思っています。どうするのかウツヒオ王に問われたヤノハが、筑紫島が生き残るためには、アビル王には誰にも知られず消えてもらおう、と答えるところで今回は終了です。


 今回は、ヤノハのこれまでの生き様が周囲の人々の考えを変えていき、新たな局面を切り開いていったことが改めて描かれました。ヤノハとトメ将軍のこれまでの描写と人物造形を活かして、上手い構成になっていたと思います。トメ将軍が加羅に渡って大陸の最新情勢をヤノハに伝えられるのかどうか、アビル王がヤノハの要求にどう対応するのか、鞠智彦の動向とともに注目されます。トメ将軍が加羅に渡れば、これまで倭国の人物の会話でしか語られていなかった大陸情勢がついに直接的に描かれるわけで、まずは遼東の公孫氏が登場するでしょうが、そのうち末期の後漢や魏も本格的に描かれることになりそうで、ますます壮大な話になってきて、たいへん楽しみです。日下(ヒノモト)との決着もまだついておらず、日下と暈国や山社との対立が大陸情勢とも絡めてどう進むのか、注目されます。呉の紀年銘の銅鏡が兵庫県宝塚市の安倉高塚古墳で発見されていることから、あるいは、山社が魏と通行する一方で、日下は呉と結ぶのかもしれず、大陸情勢と絡めて話がどう進むのか、たいへん楽しみです。

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