バンドウイルカの古代ゲノムデータ

 バンドウイルカ(Tursiops truncatus)の古代ゲノムデータを報告した研究(Louis et al., 2023)が公表されました。古代ゲノム研究は近年ますます盛んになっており、ヒトの事例はとくに注目度が高いものの、非ヒト動物の古代ゲノムデータの報告も増えています。本論文は、バンドウイルカの古代ゲノムデータから、新たな生息地への迅速な適応があった、と推測しており、こうした研究はヒトも含めてさまざまな動物にも適用されていくだろう、と期待されます。


●要約

 並行進化は、局所的な環境変動に起因する自然選択による適応の強い証拠を提供します。しかし、並行進化の過程の年代とその様相については、議論が続いています。本論文は、古ゲノミクスの時間解像度を利用し、中期完新世(8610~5626年前頃)のゲノムをバンドウイルカの沿岸・遠洋生態型の現在の一群と比較することにより、これら長期にわたる問題に取り組みます。その結果、沿岸個体群との古代の標本群の類似性は、標本の年代が新しくなるにつれて高くなる、と分かりました。本論文は、以前に沿岸生息地への並行選択下にあると推測された場所の古代の最新(5626年前頃)の個体のゲノムを評価し、その個体が沿岸と関連する遺伝子型を含んでいた、と明らかにしました。したがって、沿岸関連の多様体は、沿岸生息地の出現の近くで検出可能な頻度に上昇しました。混合図分析は、遠洋と沿岸の個体群間の網状の進化史を明らかにし、これらの個体群は、新たに出現した沿岸生息地への急速な適応を促進した、持続的な遺伝的変異を共有しています。


●研究史

 並行適応は、持続的な遺伝的変異に繰り返し作用する選択から生じる可能性があります。しかし、選択の時期と独立性は、ほとんどの自然研究体系では依然としてよく理解されていません。たとえば、選択は複数の派生的な個体群において独立して持続的な遺伝的変異に作用し、並行適応を表しています。選択は、祖先の(複数の)個体群における持続的な遺伝的変異にも作用し、そうした個体群はその後に異なる個体群へと分岐し、並行適応として誤って推測されるかもしれないパターンを生じます。あるいは、持続的な遺伝的差異は、選択の前(つまり並行的)もしくは後(つまり非並行的)に遺伝子流動を通じて派生的な個体群間で共有されるかもしれません。

 本論文では、現在と古代(8610~5626年前頃)のゲノムを用いて、外洋性祖先に由来するバンドウイルカにおける持続的な遺伝的変異からの沿岸生息地への適応の時間的動態と独立性を調べます。バンドウイルカの沿岸と遠洋の生態型は、世界のさまざまな地域で繰り返し形成されてきました。沿岸性個体群は外洋性個体群により創出されてきた、と考えられており、遠洋性個体群よりも低い遺伝的多様性と小さな有効個体群規模を示します。これら2生態型間で形態学的差異が見つかっていますが、地理的領域全体では一貫していません。

 沿岸性生態型は、限定された拡散、場所への強いこだわり、社会的に伝達される採食技術など、その範囲全体にわたって行動的特徴を共有しています。以下では多様体とも呼ばれる一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)は、地理的に遠い沿岸生息地において並行的選択下にある、と分かり、それはさまざまな海盆の沿岸性個体群における選択均一化と、各海盆内の沿岸性と外洋性の生態型間の分岐選択の両方の下にあります。これら以前の分析は、選択の対象標的、および/もしくはこれらの対象と物理的に関連している遺伝子座を特定したかもしれないので、本論文はこの過程を並行的に関連している選択と呼びます。

 沿岸性関連多様体は、沿岸性イルカのゲノムにおける古代の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)領域でおもに見つかっています。これらのゲノム領域は、沿岸性と外洋性のイルカ間の最新の共通祖先までの時間を、ゲノム規模の平均40万~10万年前ではなく、230万~60万年前頃と示します。沿岸性関連多様体は、外洋性個体群における持続的な変異として、低頻度で存在します。しかし、バンドウイルカにおける沿岸性関連の遺伝的変異への並行的に関連する選択の様相と年代は、未解決です。本論文は、局所的な沿岸性個体群の形成の推定時間にさかのぼる古代の個体のゲノムを組み込み、可能性のあるシナリオを調査します。

 北大西洋東部(eastern North Atlantic、略してENA)の北海南部から浚渫され、ロッテルダムの自然史博物館で保管されていた4点の半化石標本は、放射性炭素年代測定により暦年代で、最新の標本(SP1060)は5979~5626年前頃(95%信頼区間)、最古の標本(NMR10326)は8610~8243年前頃と推定されました(図1a・b)。これらの年代は、ENA における外洋性および沿岸性生態型の推定分岐年代(47800~4300年前頃)の95%信頼区間(Confidence interval、略してCI)、およびヨーロッパ北部海域における沿岸生息地の出現の範囲内に収まります。この沿岸生息地は、ドッガーランド(Doggerland)が氷期後の海面上昇に続いて8000~6000年前頃に北海に沈んだ時に出現しました。

 前期~中期完新世のこの温暖化期に、この地域からの半化石証拠は、北海におけるバンドウイルカの存在を確証します。この種は、退氷後に英仏海峡が開いた後に、英仏海峡を通って北海に入った、と考えられています。新たな沿岸生息地の出現は、塩分濃度や深度や獲物種などさまざまな非生物的および生物的環境条件とともに、バンドウイルカの生理機能と採食戦略と行動に影響を及ぼし、局所的な適応発生の機会を作り出したかもしれません。以下は本論文の図1です。
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 本論文では、沿岸性適応の年代における前期~中期完新世のこれら古代の標本4点の重要性を理解するため、まず現在のイルカとの関係を確証しました。本論文は、古代のイルカのゲノムを配列決定し、標本SP1060は3倍の有効網羅率(つまり、品質管理選択後、遮蔽を繰り返し、重複を削除し、塩基の品質を再較正しました)で、現在のイルカ60個体のゲノムと比較しました。本論文は、追加の古代のイルカ3個体のゲノムを超低有効網羅率(0.05倍未満)で配列決定し、SP1060が、たとえば稀な混合個体ではなく、古代の個体群内の遺伝的差異を表しているのかどうか、検証しました。本論文では、並行適応は新たな沿岸生息地の出現後急速に起きた、と示されます。本論文は、選択がその後で急速な適応を促進するように作用するかもしれない、過去の混合が外洋性個体群において低頻度で沿岸適応祖先系統をどのように保持したのか、ということへの洞察も提供します。


●古代と現在のイルカのゲノム間の関係

 古代の半化石と現在の個体群との間の関係を調査するため、まずミトコンドリア祖先系統が調べられました。最古(8610~8243年前頃)の標本NMR10326(図1b)は、現在の北大西洋の外洋性ハプロタイプとクラスタ化しますが(まとまりますが)、他の古代の標本3点のミトコンドリアゲノム配列は、ベイズ系統発生分析では現在の地中海および黒海の標本群とクラスタ化します。

 次に、核データで主成分分析(principal component analysi、略してPCA)と、標本年齢を組み込めるので、個体群の比較のさいに時間的遺伝的浮動補正できる因子分析(factor analysis、略してFA)が実行されました。網羅率の深度の違い、および古代と現在の標本のゲノムのマッピング(多少の違いを許容しつつ、ヒトゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)と比較における偏りの可能性を考慮して、いくつかの手法を用いて多変量解析が実行されました。それは、(1)全てのゲノム部位で無作為の単一の塩基の標本抽出により生成された疑似半数体ゲノムの比較と、現在の標本のゲノムを分離する主成分(PC)への古代の標本のゲノムのPC投影の使用、(2)投影がないものの、全ての現在の標本および古代の少なくとも1点の標本で網羅される部位を含む、各部位について単一の読み取りの標本抽出、(3)古代の標本SP1060においてデータが欠落していない部位での現在の個体群とSP1060の呼び出された遺伝子型と、投影および因子分析手法の両方の比較です。データ処理と選別は先行研究に従い、DNA損傷パターンによる塩基品質得点の再較正など、古代DNAデータ特有のいくつかの修正が加えられました。

 古代DNAの断片化され損傷した性質のため、非参照アレル(対立遺伝子)のある読み取りが、参照アレルのある読み取りゆりもマッピングされる可能性は低そうで、参照の偏りが生じます。参照の偏りを減少させるため、2点の参照ゲノムにマッピングされたゲノムデータで多変量解析が実行されました。それは、(1)BWA(Burrows Wheeler Aligner)における緩和媒介変数のある、北大西洋西部(western North Atlantic、略してWNA)沿岸性個体であるバンドウイルカの参照ゲノム(遺伝子銀行のGCA_001922835.1)と、(2)シャチの参照ゲノム(遺伝子銀行のGCA_000331955.2)です。緩和媒介変数の使用もしくは他の種へのマッピングは、代替アレルのより適切な代表を含めるのに役立つはずです。

 死後の脱アミノ化損傷を反映している、シトシン(C)とチミン(T)の転位が標本SP1060配列読み取りの分子末端において過剰なので、転移の包含と排除両方の分析全てが実行されました。本論文はさらに、ENA(北大西洋東部)沿岸個体群の現在の1個体を網羅率0.03倍に低解像度処理し、より低い網羅率の古代の標本が、欠落データの大規模な量に起因してPCAの真ん中に引き寄せられる可能性があるのかどうか、評価しました。このENA沿岸性個体は、主成分での投影における低解像度処理と単一の読み取の標本抽出手法の後も、他のENA沿岸性個体とクラスタ化し、網羅率の違いが差異の観察されたパターンの原因ではない、と示唆されます。

 先行研究によると、区別の主要な軸(PC1)は太平洋と大西洋の個体群の間にあります(図1c)。各沿岸性個体群における独立した遺伝的浮動がこのパターンを促進する一方で、両海洋地域の外洋性個体群はPCAの中心にクラスタ化します。ENAの他の場所(フランス北部とアイルランドとスコットランド西部)で得られた現在の沿岸性標本は、外洋性個体群からスコットランド東部標本への勾配を形成します。これは、ENA沿岸性個体群の北方への範囲拡大と一致しているかもしれません。区別の第2軸は2つの大西洋沿岸性個体群を分離しました。

 PC1に沿って、標本SP1060およびNMR2273、それよりは程度が劣るものの標本NMR10151について、北大西洋沿岸性個体群への類似性が観察されます。古代の標本は、PC2に沿って外洋性標本群とクラスタ化します(図1c)。選別もしくはマッピング戦略に関係なく、全ての分析で類似の結果が観察されます(図1c)。しかし、超低網羅率標本については、いくつかの参照の偏りに要注意です。最古(8610~8243年前頃)の標本(NMR10326)のゲノムは、シャチの参照ゲノムにマッピングすると外洋性個体群とクラスタ化しますが(図1c)、バンドウイルカの参照ゲノムにマッピングするとそうならず、標本NMR10326に参照ゲノムの由来するWNA(北大西洋西部)沿岸性個体群とのPCAでのより密接な類似性をもたらす、古代DNAと関連する参照の偏りに起因する可能性が高そうです。しかし、NMR10326は依然として外洋性個体群と最も密接な古代の標本です。PCAにおけるゲノムデータのクラスタ化は、共有された平均合着(合祖)時間とIBS(identity-by-state、同じアレルを有していること)を反映しています。古代の標本のゲノムの位置から、北大西洋沿岸性個体群との古代の標本の遺伝的類似性は、標本の年代が新しくなるにつれて増加する、と示唆されます。

 標本SP1060が本論文の古代の標本を広く表している、と確証されたので、本論文の残りの分析では、SP1060に焦点が当てられます。遺伝的浮動を考慮した因子分析の使用により、現在の個体群とSP1060の共有される祖先系統が推定されました。SP1060の祖先系統共有は、ENA沿岸性個体群(ENAc)が最高(43%)で、それに続く(32%)のがWNA沿岸性個体群(WNAc)、さらにその後に続く(25%)のがENA沿岸性個体群(ENAp)です(図1d)。明らかに、推定された祖先系統の割合は、複数の現在の個体群で構成される混合祖先系統を表しておらず、それは、SP1060がその分岐の時期の頃に生きていたからです。むしろ、推定された祖先系統の割合は、SP1060における祖先の遺伝的差異を反映しており、それは後にさまざまな個体群へと分離していきました。

 PCAと祖先系統の結果は、D形式(H1、H2;SP1060、シャチ)のD統計を用いて特定された派生的アレルの共有によりさらに確証され、H1とH2は現在のイルカです。古代の標本は、他の全ての集団内個体群と比較して、ENAおよびWNA両方の沿岸性個体群と派生的アレルの有意な過剰を共有しています。統計量D(ENAc、WNAc;SP1060、シャチ)のに値は有意に負で、SP1060はWNA沿岸性のイルカとよりも、ENA沿岸性イルカの方と密接に関連している、と示唆されます。したがってSP1060は、沿岸性個体群がWNA よりもENA に由来する場合により強いゼロではないD統計量により示されるように、D形式(沿岸、外洋;SP1060、シャチ)では、WNA沿岸性個体群とよりもENA沿岸性個体群の方と派生的アレルの過剰をより多く共有しています。

 共有される祖先系統の観点では、現在の個体群との古代の標本の広範な関係が確立されたので、混合図として経時的な進化史の再構築が試みられました。全てのあり得る歴史にわたって検証すると、力ずくの手法(プログラムの改良ではなく計算機の処理能力に依存する手法)下では、最大の複雑さ全てのあり得る混合図の空間を探すqpBruteを用いて、外れ値のf統計量のない1つの混合図が見つかりました(図2)。図はシャチの参照ゲノムにマッピングされた疑似半数体データを用いて、およびシャチを外群として用いて推定されました。現在の個体群でのみ呼び出された遺伝子型を用いて、バンドウイルカの参照ゲノムにマッピングすると、類似の形態が見つかり、疑似半数体データに基づくこの手法は堅牢である、と示唆されました。以下は本論文の図2です。
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 最適な図は、現在の北大西洋沿岸性個体群およびSP1060を産み出した系統と、現在の外洋性個体群における祖先系統の大半を産み出した系統との間の基底部の分岐を明らかにします(図2)。この結果から、最近バンドウイルカ属の新種(Tursiops erebennus)と記載されたWNA沿岸性個体群とSP1060は独立した系統である、と示唆されます。ENA沿岸性個体群は、その祖先系統がSP1060とWNA沿岸性個体群につながる2つの祖先集団の混合であるクレード(単系統群)として表されます。したがって、古代の標本SP1060は現在のENA沿岸性イルカの直接的祖先ではありません。

 北大西洋の現在の外洋性個体群両方の祖先系統は、沿岸性個体群を産み出した系統(約30%程度)と深く分岐した系統(約70%)の混合のようです。したがって、この結果は、沿岸性関連アレルが外洋性個体群にどのように再導入されたのか、という有益な視覚化を提供します。外洋性個体群につながる枝は、ゼロもしくは小さな浮動値を有しており、外洋性個体群が大きな祖先の有効個体群規模を有していることか、或いはほとんど遺伝的構造を示さないことと一致し、共有された祖先個体無理からの最小限の浮動が示唆され、以前の個体群動態の推測と一致します。そうした推測から、異なる海洋地域の外洋性個体群は、その側所的な沿岸性個体群とよりも相互の方と密接である、と示されました。そうした推測から、有効個体群規模が、沿岸性個体群よりも外洋性個体群の方で経時的により大きくてより安定していることも示されました。


●古代の個体における沿岸生息地への選択のパターン

 本論文では、現在の個体群と関係のため、古代の標本SP1060が、北大西洋東部の沿岸生息地の定着と関連する遺伝的変化の年表と空間に独特な時間解像度を提供できる、と示されてきました。したがって本論文は、並行的な関連した選択下での進化として以前に同定された部位における、SP1060と現在の個体群における差異のパターンを調べて比較しました。沿岸性個体群において並行的な関連した選択下での進化として特定された部位における沿岸性関連遺伝子型は、古代の標本SP1060でも見つかりました(図3a~c)。この観察は、局所的適応の速度についての情報をもたらします。

 ある地域内の現在の沿岸性個体群におけるアレルにおいて共分散が観察されますが、現在の沿岸性個体群と外洋性個体群との間では観察されず、現在の沿岸性個体群における外洋性個体群からの浮動と一致します。しかし、PCA空間での位置に基づくと、SP1060と他の古代の標本は、沿岸性個体群が経てきた浮動(とその結果としてのアレルの共分散)を全て共有しているわけではありません(図1c)。しかし、SP1060のゲノムは、沿岸性個体群において並行関連選択下で進化してきた、と推測される沿岸性関連変異を共有しています(図3a・b)。古代の標本のゲノムは、その低い網羅率にも関わらず沿岸性個体群で見られるような過剰な異型接合性を示します(図3c)。以下は本論文の図3です。
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 SP1060の年代は5979~5626年前頃で、遺伝学的研究や化石記録や7000~6000年前頃の沿岸海洋生息地の出現により示唆されるように、北海におけるバンドウイルカの沿岸水域の定着時期と近いか、その直後となります。化石記録から、北海は退氷期にはほぼ大西洋環境で、温帯海洋性哺乳類種が8000~7000年前頃に出現した、と示されます。古地理学的モデルから、北海南部は9000~6000年前頃に次第に水没していき、塩性湿地から海洋性水域へと移行した、と示唆されます。これは、こうした環境変化が、新たに創出された沿岸性個体群において、個体群のアレル頻度における急速な変化とともに、持続的な遺伝的変異の選択をもたらした、と示唆します。

 現在と古代の標本を組み合わせて、外洋性個体群に存在する持続的な遺伝的変異からの、沿岸性バンドウイルカにおける並行関連選択の独立性への洞察も提供されます。選択は、各派生的個体群において持続的な遺伝的変異に作用するならば(シナリオ1、図3d)、選択が図2における北大西洋沿岸性の2個体群とSP1060で共有されていない枝に沿って作用するだろう、ということを意味します。適応的で持続的な遺伝的変異が遺伝子流動を通じて沿岸性個体群での独立した選択の前に共有されたならば(シナリオ2)、それも独立したものとなるでしょう。選択が共有された祖先個体群において持続的な遺伝的変異に作用したならば(シナリオ3)、それは独立したものではなく、沿岸性個体群で共有された枝に沿うことを意味するでしょう。

 これら3シナリオのどれが本論文のデータに最適なのか特定するため、変異のパターンと、先行研究で提唱された各シナリオ下での予測で並行関連選択下の部位において本論文で取り上げられた個体群について得られた近隣結合系統樹(図3b)が比較されました。並行関連選択下のSNPについて、沿岸性の個体は個体群でクラスタ化しますが、個体内の差異があります。SP1060はENA沿岸性個体群の2個体と最も密接にクラスタ化しますが(図3a)、全ての大西洋沿岸性個体群の基底部分岐点の近くで分岐します(図3b)。個体群ごとの個体のそうしたクラスタ化は、以下のシナリオで予測されるパターンです。それは、(1)各個体群における持続的な遺伝的変異からの独立した選択を記載し、それは、部分的にのみ共有されるハプロタイプを生成するからです。対照的に、シナリオ(2)と(3)では、個体群で共有されたハプロタイプが生成され、沿岸性個体群の個体は系統樹でより混合するでしょう。

 先行研究の手法は選択下の各領域についての系統樹に基づいていますが、本論文の分析はゲノムさまざまな領域に基づいているので、さまざまな領域が同じ選択シナリオに適合する、と仮定します。無作為に標本抽出された中立的なSNPの同じ数を用いて生成された10の系統樹と、生成された系統樹が比較されました。後者の無作為標本抽出系統樹は、選択下の部位に基づく系統樹とは対照的に、沿岸性個体群と外洋性個体群との間の枝の長さで、生態型によるクラスタ化も強い違いも示しません。しかし本論文は、ゲノム全体のSNPの無作為標本抽出が個体群の一致系統樹の再構築に向けて偏る可能性を認識しています。同様に、連結された沿岸性関連SNPの形態は、適応の様相の情報をもたらす局所的形態における変異を把握できないかもしれません。本論文は先行研究のようには調査できず、それは、位相調整に影響を及ぼすだろう古代史の標本のより低い網羅率に起因します。

 沿岸性個体の全てについて、近隣結合系統樹で長い枝が観察されます(図3b)。先行研究では、これらの領域が、ゲノム規模の平均と比較して、蓄積した変異の過剰に基づいて、古い(230万~60万年前頃)多様体を表している、と特定されました。SP1060のゲノムでは、外洋性個体群との分岐後にENA沿岸性個体群が経てきた全ての浮動を共有していないものの、沿岸性関連多様体が見つかりました(図1c)。したがって、祖先の供給源個体群における沿岸性関連の持続的な遺伝的変異が豊富にあった、と本論文では仮定されます。たとえば、地中海など退避地の沿岸性個体群からの持続的な遺伝的変異の大規模な流入を通じてです。生息地モデルから、地中海は最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)においてバンドウイルカにとって適した生息地だった、と推測されます。

 古ゲノミクスは、ヒト(関連記事)や家畜化された種の適応パターンの理解に用いられてきましたが、これまでおもに、非モデル的な野生種の個体群動態史の理解に用いられてきており(関連記事)、並行進化の時間的動態を調べた研究は1点だけです。本論文では、バンドウイルカの沿岸性生態型個体群の形成と関連する年代および遺伝的変化直接的観察を通じて、並行選択の様相の解明のため、古ゲノミクスの能力を利用しました。沿岸性個体群が経てきた浮動の大半に先行する半化石標本を用いて、沿岸性適応から浮動を区別できるようになります。

 全体的に本論文の結果から、沿岸性多様体は、生態系の選択による持続的な変異から急速かつ繰り返し篩にかけられた、均衡のとれた多型を表している、と示唆されます。本論文はこれによって、持続的な遺伝的変異から新たに出現した生息地への急速な適応の稀な直接的証拠を提供します。本論文は、並行進化がどの程度一般的なのか、もしくは稀なのか、および局所的な並行適応の促進における持続的な遺伝的変異の役割の程度について、議論に貢献します。古ゲノミクスはこれらの議論の解決に役立つことができ、本論文は並行進化の将来の研究の行程表として使用きる、と示されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


進化学:古代のイルカが沿岸海域に迅速適応していたことがゲノム解析で判明

 新たに発見された古代のイルカのDNAを解析した結果、その当時の新しい沿岸環境への平行適応が迅速に起こっていたことが明らかになった。このことを報告する論文が、Nature Communicationsに掲載される。今回の知見は、過去9000年間にイルカがさまざまな生息地にどのように適応したかを把握するために役立つ。

 異なる生物集団が、同じ環境圧力に同じように適応することを平行適応という。バンドウイルカの生理、採餌戦略と行動は、環境条件(塩分濃度、水深、被食種など)の異なる沿岸生息地の出現によって影響を受けた可能性がある。バンドウイルカは、世界中の外洋と沿岸の両方の生息地に適応しており、外洋型バンドウイルカの複数の集団が沿岸生息域に適応した際に平行適応が役立ったことを示唆する遺伝的証拠が存在する。しかし、こうした適応が、古代のイルカにおいて、いつ、どれだけ迅速に起こったかは分かっていない。

 今回、Marie Louisらは、北海で採集されたイルカの骨の半化石(4点)から古代DNAを抽出し、解析した。これらの骨は、放射性炭素年代測定の結果、8610~5626年前のものと判定された。この時期には、北ヨーロッパ海域で新しい沿岸生息地が出現していた。Louisらは、古代のイルカが新しい沿岸生息地に迅速に適応したことを示した。また、沿岸生息地への適応に関連した遺伝的変化が、現代の外洋型バンドウイルカのDNAに残っており、それが、沿岸生息地への適応を迅速化する上で役立ったことを明らかにした。

 以上の知見は、過去の進化の動態を突き止めることで、バンドウイルカのように十分に研究されている現生動物種についても適応を解明できることを示している。



参考文献:
Louis M. et al.(2023): Ancient dolphin genomes reveal rapid repeated adaptation to coastal waters. Nature Communications, 14, 4020.
https://doi.org/10.1038/s41467-023-39532-z

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