ホモ・フロレシエンシスの起源

 2004年に発見が公表されたホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)については、一度体系的に整理しようと以前から考えているものの、なかなか気力が湧かず、昨年(2022年)の短いまとめ(関連記事)からも進展していません。とりあえず、少しでも前進させるため、今回は、ホモ・フロレシエンシスの起源というか、人類進化史の系統樹においてどう位置づけられるべきなのか、という問題と関連する当ブログの記事をまとめて、参考文献を整理します。ホモ・フロレシエンシスのDNA解析は難しそうですが、タンパク質解析に成功すれば、ホモ・フロレシエンシスの起源をめぐる論争がかなり進展するのではないか、と期待しています。

 ホモ属としてはひじょうに小柄で脳容量も少ないホモ・フロレシエンシスがどの人類系統から進化したのか、という問題については、大別すると二つの見解があります。一方は、ジャワ島というかスンダランド(更新世の寒冷期には、ジャワ島・スマトラ島・ボルネオ島などはユーラシア大陸南東部と陸続きでスンダランドを形成していました)のホモ・エレクトス(Homo erectus)から進化した、というもので、もう一方は、ホモ・エレクトスよりもさらに祖先的、つまりアウストラロピテクス属的な特徴を有する分類群から進化した、というものです。

 後期更新世の遺骸が発見されているホモ・フロレシエンシスの正基準標本は、フローレス島のリアン・ブア(Liang Bua)洞窟で発見された保存状態が良好なLB1で、ホモ・フロレシエンシスの形態学的研究はおもにLB1に基づいています。ホモ・フロレシエンシスの発見当初は、頭蓋や脳の比較から、ホモ・フロレシエンシスとホモ・エレクトスとの類似性が指摘され(Brown et al., 2004、Falk et al., 2005)、ホモ・フロレシエンシスはフローレス島において島嶼化により小型化した、との見解が有力だったように思います。一方で、ホモ・フロレシエンシスの形態については早くからホモ・エレクトスよりも祖先的と推測される特徴も指摘されており、頭蓋や下顎の比較から、ホモ・フロレシエンシス系統は150万年以上前にホモ・エレクトスの祖先系統と分岐した、と2008年の研究では指摘されています(Martinez, and Hamsici., 2008)。

 ホモ・フロレシエンシスがホモ・エレクトスよりも祖先的な人類系統から進化した、との見解の根拠の一つとして、島嶼化によりホモ・フロレシエンシスの小さな脳を説明できるのか、といった疑問があったように思います。しかし、LB1の推定脳容量は、当初380cm³と推定され(Brown et al.,2004)、後に417cm³と見直されましたが(Falk et al.,2005)、その後の研究(Kubo et al., 2013)で約426cm³とさらに上方修正されています。また、ジャワ島の初期ホモ・エレクトスの平均推定脳容量は860ccで、一般的なホモ・エレクトス(991cc)よりも小さく、この点でもジャワ島のホモ・エレクトスからホモ・フロレシエンシスへの進化が、より説明しやすくなった、と言えそうです(Kubo et al., 2013)。ホモ・フロレシエンシスの小さな脳を島嶼化により説明できることは、かつてマダガスカル島にいて現在では絶滅した小型のカバが、体格の縮小割合から予想されていたよりも、ずっと小さい脳しか持っていなかった、と指摘した研究でも示されています(Weston, and Lister., 2009)。少なくとも脳容量に関しては、ホモ・フロレシエンシスがジャワ島のホモ・エレクトスから進化したことを否定する根拠にはならないようで、脳と身体の大きさの変化に島嶼化が及ぼした影響に関する研究でも、ホモ・フロレシエンシスはアジア南東部のホモ・エレクトスから進化した可能性が高い、と指摘されています。

 頭蓋形態についても、LB1の頭蓋には、頭が低く額が狭くなっているなど祖先的な特徴とともに、ホモ・ハビリス(Homo habilis)よりも後のホモ属に見られる多くの派生的特徴も認められ、LB1の頭蓋にもっともよく似ている既知の人骨はジャワ島のサンギラン(Sangiran)遺跡とトリニール(Trinil)遺跡で出土した初期のホモ・エレクトスなので、ホモ・フロレシエンシスはジャワ島のホモ・エレクトスから劇的な島嶼化を経て進化したのだろう、と推測した研究あります(Kaifu et al., 2011)。頭蓋冠に基づく人類の系統解析では、LB1がホモ・エレクトスと区分すべきクレード(単系統群)に属する、との見解が提示されています(Zeitoun et al., 2016)。ただ、頭蓋の形態的特徴から、ホモ・フロレシエンシスがジャワ島のホモ・エレクトスから進化した可能性を否定はできないものの、断定できるわけではない、との指摘もあります(Balzeau et al., 2016)。

 歯は遺骸として残りやすいことから、異なる人類系統間の比較によく用いられています。ホモ・フロレシエンシスの歯の分析では、ホモ・フロレシエンシスには祖先的な特徴と派生的な特徴とが混在しているものの、175万年以上前のアフリカ東部のホモ属種と定義されるホモ・ハビリスに限定されるようなひじょうに祖先的な特徴が揃っているわけではなく、ホモ・フロレシエンシスの祖先的特徴の多くは、ホモ・エルガスター(Homo ergaster)やジョージア(グルジア)の180万年前頃の人類やジャワ島の初期ホモ・エレクトスといった、ホモ・ハビリス以降に出現したホモ属と共有されるやや派生的なものであることから、ホモ・フロレシエンシスはホモ・エレクトスよりも祖先的なホモ・ハビリスやアウストラロピテクス属といった人類から進化したわけではないだろう、と指摘されています(Kaifu et al., 2015)。

 歯の分析では、フローレス島中央のソア盆地のマタメンゲ(Mata Menge)遺跡で発見された70万年前頃の人類の歯が、ホモ・エレクトスとホモ・フロレシエンシスの中間的形態を示している、と指摘されています(van den Bergh et al., 2016)。マタメンゲ遺跡の70万年前頃の人類の下顎は華奢で、ホモ・ハビリスのような頑丈な顎よりもホモ・エレクトスやホモ・フロレシエンシスの方と類似している、とも指摘されています(van den Bergh et al., 2016)。最近のホモ・フロレシエンシスの歯の分析でも、ホモ・フロレシエンシスはホモ・エレクトスから進化した可能性が高い、と指摘されています(Zanolli et al., 2021)。これらの知見から、ホモ・フロレシエンシスはジャワ島のホモ・エレクトスから進化し、フローレス島で島嶼化により小型化した、と考えるのが妥当なように思われます。ただ、フローレス島のホモ・フロレシエンシスの直接的な起源が近隣のスラウェシ島にあったとすれば(Dennell et al., 2014)、島嶼化が起きたのはスラウェシ島だったかもしれません。

 一方で、ホモ・フロレシエンシスがホモ・エレクトスよりも祖先的な人類から進化した、との見解も根強くあります。LB1の足には、現生人類(Homo sapiens)と類似している派生的特徴(大きな母趾が現代人のように完全に内転していることなど)と祖先的特徴(足が下肢の残り部分に比して相対的に長く、一部の類人猿に近いことなど)の混在が見られ、祖先的特徴を重視し、ホモ・フロレシエンシスの祖先はホモ・エレクトスではなく、もっと祖先的特徴を有する人類ではないか、と指摘されています(Jungers et al., 2009)。

 頭蓋・顎・歯・腕・脚・肩を対象とした包括的な分析では、顎の構造のような多くの特徴においてホモ・フロレシエンシスはホモ・エレクトスよりもっと祖先的なので、ホモ・エレクトスがホモ・フロレシエンシスの祖先系統である可能性はほぼなく、ホモ・フロレシエンシスはホモ・ハビリスのみの姉妹群か、ホモ・ハビリスやホモ・エレクトスやホモ・エルガスターや現生人類を構成する系統群の姉妹群である、と指摘されています(Argue et al., 2017)。ヒト上科の現生種および化石標本の頭蓋データから、ヒト科の進化的放散による多様化について検証した研究でも、ホモ・フロレシエンシスは他のホモ属から最も早く分岐した、と推測されており、ホモ・フロレシエンシスがホモ・エレクトスよりもっと祖先的なホモ属系統、たとえばホモ・ハビリスから進化した、と想定する見解と整合的です(Rocatti, and Perez., 2019)。

 これら包括的研究において、ホモ・フロレシエンシスがホモ・エレクトスの子孫である可能性は低い、と指摘されていることは重視すべきでしょう。ホモ・フロレシエンシスがホモ・エレクトスよりも祖先的な人類から進化した、との見解の最も極端なものは、ホモ・フロレシエンシスが350万年前頃にアフリカからアジア南東部へと拡散した人類の子孫だった、との想定でしょう(Finlayson.,2013,P69-79)。さすがにこの見解が妥当である可能性は低そうですが、一方で、アフリカからの人類の拡散が以前の想定よりもずっと早かった、との近年の知見(Scardia et al., 2021)を踏まえると、ホモ・エレクトスよりずっと祖先的な特徴を有する人類がホモ・フロレシエンシスの祖先である可能性は、現時点で否定できないようにも思います。

 具体的には、中華人民共和国陝西省藍田県(Lantian County)公王嶺(Gongwangling)の近くにある尚晨(Shangchen)で発見された石器群の年代が212万年前頃までさかのぼる、と指摘されています(Zhu et al., 2018)。現時点で最古となりそうな(広義の)ホモ・エレクトス化石は、南アフリカ共和国のドリモレン(Drimolen)古洞窟遺跡群で発見された推定2~3歳の頭蓋(DNH 134)で、年代は204万~195万年前頃ですが、その脳容量は成人時でも最大で661cm³程度だっただろう、と推測されています(Herries et al., 2020)。つまり、ホモ・エレクトスよりも祖先的な特徴の人類が210万年以上前ユーラシア東部まで拡散した可能性があるわけで、ユーラシア東部にまで広義のホモ・エレクトス的な集団が200万年以上前に拡散してきたとしても、その脳容量はジャワ島の初期ホモ・エレクトスよりも少なかったかもしれない、というわけです。

 こうした知見を踏まえると、ホモ・フロレシエンシスの祖先は、ホモ・エレクトスと一部の派生的特徴を共有しているものの、頭蓋の小ささなど祖先的特徴も多く残している、200万年以上前にアフリカからユーラシアへと拡散した人類集団だった、とも考えられます。ただ、上述のホモ・エレクトスとも共通する派生的特徴と、ホモ・フロレシエンシスの祖先的特徴はホモ・エレクトスの島嶼化により説明できる、との見解(Meijer et al., 2010)から、ホモ・フロレシエンシスはジャワ島のホモ・エレクトスの子孫だった、という可能性が現時点では最も高いのではないか、と私は考えています。最近の研究では、ジャワ島へのホモ・エレクトスの到達は180万年前頃までさかのぼる可能性が高いと示されており(Husson et al., 2023)、ホモ・フロレシエンシスの祖先集団がアフリカからユーラシアへと拡散したのはさらに古そうです。あるいは、上述の中国の尚晨で発見された石器群の製作者は、広義のホモ・エレクトスに分類できるかもしれず、ホモ・フロレシエンシスの祖先集団とかなり近い関係にあった可能性も考えられます。


参考文献:
Argue D. et al.(2017): The affinities of Homo floresiensis based on phylogenetic analyses of cranial, dental, and postcranial characters. Journal of Human Evolution, 107, 107–133.
http://doi.org/10.1016/j.jhevol.2017.02.006
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Balzeau A, and Charlier P.(2016): What do cranial bones of LB1 tell us about Homo floresiensis? Journal of Human Evolution, 93, 12–24.
https://doi.org/10.1016/j.jhevol.2015.12.008
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Brown P. et al.(2004): A new small-bodied hominin from the Late Pleistocene of Flores, Indonesia. Nature, 431, 7012, 1055-1061.
https://doi.org/10.1038/nature02999

Dennell RW. et al.(2014): The origins and persistence of Homo floresiensis on Flores: biogeographical and ecological perspectives. Quaternary Science Reviews, 96, 98–107.
https://doi.org/10.1016/j.quascirev.2013.06.031
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Diniz-Filho JAF, and Raia P.(2017): Island Rule, quantitative genetics and brain–body size evolution in Homo floresiensis. Proceedings of the Royal Society B, 284, 1857, 28637851.
https://doi.org/10.1098/rspb.2017.1065
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Falk D. et al.(2005): The Brain of LB1, Homo floresiensis. Science, 308, 5719, 242-245.
https://doi.org/10.1126/science.1109727

Finlayson C.著(2013)、上原直子訳『そして最後にヒトが残った ネアンデルタール人と私たちの50万年史』(白揚社、原書の刊行は2009年)
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Herries AIR. et al.(2020): Contemporaneity of Australopithecus, Paranthropus, and early Homo erectus in South Africa. Science, 368, 6486, eaaw7293.
https://doi.org/10.1126/science.aaw7293
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Husson L. et al.(2022): Javanese Homo erectus on the move in SE Asia circa 1.8 Ma. Scientific Reports, 12, 19012.
https://doi.org/10.1038/s41598-022-23206-9
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Jungers WL. et al.(2009): The foot of Homo floresiensis. Nature, 459, 7243, 81-84.
https://doi.org/10.1038/nature07989
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Kaifu Y. et al.(2011): Craniofacial morphology of Homo floresiensis: Description, taxonomic affinities, and evolutionary implication. Journal of Human Evolution, 61, 6, 644-682.
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Kaifu Y, Kono RT, Sutikna T, Saptomo EW, Jatmiko ., Due Awe R (2015) Unique Dental Morphology of Homo floresiensis and Its Evolutionary Implications. PLoS ONE 10(11): e0141614.
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Kubo D. et al.(2013): Brain size of Homo floresiensis and its evolutionary implications. Proceedings of the Royal Society B, 280, 1760, 20130338.
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Martinez AM, and Hamsici OC.(2008): Who is LB1? Discriminant analysis for the classification of specimens. Pattern Recognition, 41, 11, 3436-3441.
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Meijer HJM. et al.(2010): The fellowship of the hobbit: the fauna surrounding Homo floresiensis. Journal of Biogeography, 37, 6, 995-1006.
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Rocatti G, and Perez SI.(2019): The Evolutionary Radiation of Hominids: a Phylogenetic Comparative Study. Scientific Reports, 9, 15267.
https://doi.org/10.1038/s41598-019-51685-w
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Scardia G. et al.(2021): What kind of hominin first left Africa? Evolutionary Anthropology, 30, 2, 122–127.
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Sutikna T. et al.(2016): Revised stratigraphy and chronology for Homo floresiensis at Liang Bua in Indonesia. Nature, 532, 7599, 366–369.
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van den Bergh GD. et al.(2016): Homo floresiensis-like fossils from the early Middle Pleistocene of Flores. Nature, 534, 7606, 245–248.
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https://doi.org/10.1038/nature07922
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Zanolli C. et al.(2021): The structural organization of Homo luzonensis teeth. The 11th Annual ESHE Meeting.
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Zeitoun V, Barriel V, and Widianto H.(2016): Phylogenetic analysis of the calvaria of Homo floresiensis. Comptes Rendus Palevol, 15, 5, 555-568.
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Zhu Z. et al.(2018): Hominin occupation of the Chinese Loess Plateau since about 2.1 million years ago. Nature, 559, 7715, 608–612.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0299-4
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