タイで発見された更新世の絶滅アリゲーター種

 タイで発見された更新世の絶滅アリゲーター種を報告した研究(Darlim et al., 2023)が公表されました。アリゲーター科の中ではアメリカ大陸以外で唯一現生するヨウスコウアリゲーター(Alligator sinensis)の謎めいた進化の起源をたどるには、アジアから産出するワニの化石が不可欠です。アジアの化石記録はひじょうに少なく、ヨウスコウアリゲーターが向上進化系統なのか、あるいは絶滅した分岐種がかつて存在したのか、は不明なままです。

 本論文は、タイの第四紀から発見された形態学的にひじょうに特徴的なアリゲーターの頭骨の詳細な比較記述を提供します。比較対象には、アリゲーターの絶滅種(4種)の標本(19点)、現生種であるアメリカアリゲーター(Alligator mississippiensis)、ヨウスコウアリゲーター、メガネカイマン(Caiman crocodilus)が含まれています。いくつかの固有派生形質的特徴から、新種の指定が妥当です。この新種は、化石発見地点の近くのムン川(Mun River)に因んでアリゲーター・ムネンシス(Alligator munensis)と命名されました。

 アリゲーター・ムネンシスはヨウスコウアリゲーターと、口蓋に小さな開口部があること、頭蓋骨の上部に隆起があること、鼻孔の背後に隆起部があることなど、明らかな派生的特徴を共有していますが、恐らくはチベット高原南東部の隆起により促進された固有派生形質は分岐進化を示唆しています。長江-西江水系とメコン川-チャオプラヤ川水系の低地に共通祖先が生息していたかもしれず、2300万~500万年前頃に起きチベット高原南東部の隆起が、複数の集団の分離と2つの種の独自の進化につながったのではないか、というわけです。そうした固有派生形質は、広く短い口吻、高さのある頭蓋骨、歯槽の数が少ないこと、鼻孔が口吻の先端から離れた位置にあることなどです。

 アリゲーター・ムネンシスにおける拡大した歯槽後方の存在は、破砕歯列を有するアリゲーターの祖先の状態と最も一致しており、これは現生アリゲーター類では著しく欠けている形態です。破砕歯列は、アリゲーター属種ではその後に失われた、初期アリゲーターにおける生態学的特殊化を示唆する、と以前には考えられていました。しかし本論文は、より狭い生態的地位への適応を反映する破砕歯列の証拠がまだない一方で、硬い殻の獲物の季節的な利用を含めて機会主義的な接触は、その機能の合理的な代替解釈である、と主張します。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


古生物学:古代アジアのアリゲーターの新種とされる頭蓋骨化石

 タイで出土した動物の頭蓋骨の化石を調べた研究で、この動物が古代のアリゲーターの新種であり、ヨウスコウアリゲーター(Alligator sinensis)と近縁な関係にあったという結論が示された。このことを報告する論文が、Scientific Reportsに掲載される。

 今回、Gustavo Darlim、Márton Rabi、Kantapon Suraprasit、Pannipa Tianらは、タイのBan Si Liamでほぼ完全な形で発見された頭蓋骨化石が、23万年前より新しい化石であり、アリゲーターの新種であることを明らかにした。この新種は、化石が発見された地点の近くを流れるムン川にちなんでAlligator munensisと名付けられた。著者らは、この遺骸化石をさらに調べて、アリゲーターの絶滅種(4種)の標本(19点)と現生種であるアメリカアリゲーター(Alligator mississippiensis)、ヨウスコウアリゲーター、メガネカイマン(Caiman crocodilus)との比較を行い、A. munensisと他種の進化的関係を探った。著者らはまた、アリゲーター種の骨格の特徴とアリゲーター種間の進化的関係に関する過去の論文も検討した。

 今回の論文には、A. munensisに特有の頭蓋骨の特徴として、幅広く短い口吻、高さのある頭蓋骨、歯槽の数が少ないこと、鼻孔が口吻の先端から離れた位置にあることなどが示されている。これに加えて、A. munensisとヨウスコウアリゲーターの頭蓋骨の類似点として、口蓋に小さな開口部があること、頭蓋骨の上部に隆起があること、鼻孔の背後に隆起部があることなどが指摘されている。著者らは、A. munensisとヨウスコウアリゲーターは近縁な関係にあり、それらの共通祖先が、長江-西江水系とメコン川-チャオプラヤ川水系の低地に生息していた可能性があるとする考えを示している。著者らは、2300万~500万年前に起こったチベット高原南東部の隆起が、複数の集団の分離と2つの種の独自の進化につながったのではないかと推測している。

 著者らは、A. munensisの口には、奥に向かって複数の大きな歯槽があり、殻を噛み砕くことができる大きな歯があったかもしれないと述べており、こうしたことから、A. munensisは、他の動物に加えて、硬い殻を持つ獲物(巻貝など)を食べていた可能性があるという見解を示している。

 今回の知見は、アジアのアリゲーターの進化を解明するためのさらなる手掛かりとなる。



参考文献:
Darlim G. et al.(2023): An extinct deep-snouted Alligator species from the Quaternary of Thailand and comments on the evolution of crushing dentition in alligatorids. Scientific Reports, 13, 10406.
https://doi.org/10.1038/s41598-023-36559-6

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