人類進化史におけるスラウェシ島の注目すべき発見

 近年、人類進化史において注目すべきスラウェシ島での発見が色々と報告されているので、一度まとめておきます。スラウェシ島は生物地理学的区分では、東方のウォレス線と西方のライデッカー線との間に挟まれたワラセアに分類されます。ワラセアはユーラシア本土のアジア南東部とサフルランド(更新世の寒冷期には現在のオーストラリア大陸とニューギニア島とタスマニア島は陸続きでした)との中間に位置し、両者の生物相の遷移領域であるとともに、独自の生物相も示す、特有の地域と言えるでしょう。


●5万年以上前

 オーストラリアへの人類の移住については、65000年以上前までさかのぼる可能性も指摘されていますが(Clarkson et al., 2017)、その年代の古さを疑問視する見解もあります(O’Connell et al., 2018)。仮に65000年以上前にオーストラリア(もしくはサフルランド)へと人類が到達していたならば、ワラセアにもそれ以前から人類が存在していたとしても、不思議ではありません。じっさい、スラウェシ島南西部の町であるマロス(Maros)北東のウァラナエ盆地(Walanae Basin)にあるタレプ(Talepu)遺跡では、10万年以上前の石器が発見されています(Bergh et al., 2016)。これら300個以上の石核や剥片といった石器の年代は194000~118000年前頃と推定されていますが、78万年以上前まではさかのぼらないとしても、20万年以上前にさかのぼる可能性も指摘されています(Bergh et al., 2016)。

 スラウェシ島では10万年以上前の人類遺骸が発見されていないので、これらの石器の製作者がどの人類系統だったのか、断定できません。20万年以上前であれば、現生人類(Homo sapiens)の可能性は低そうですが、10万年前頃であれば、中国南部の湖南省永州市(Yongzhou)道県(Daoxian)の福岩洞窟(Fuyan Cave)で、12万~8万年前頃と年代測定されている現生人類の歯が発見されており(Liu et al., 2015)、スラウェシ島まで現生人類が到達していた可能性も考えられます。ただ、福岩洞窟の事例も含めて、5万年以上前とされる中国で発見された現生人類遺骸の年代については、ずっと新しいのではないか、と疑問が呈されており(Liu et al., 2021)、議論になっています(Curnoe et al., 2021、Higham et al., 2021、Martinón-Torres et al., 2021)。一方、最近の研究(Freidline et al., 2023)では、ラオスのフアパン(Huà Pan)県にあるタムパリン(Tam Pa Ling)洞窟遺跡で発見された現生人類遺骸の年代が77000年前頃までさかのぼるかもしれない、と指摘されています。その意味で、スラウェシ島に10万年前頃に現生人類が到達していた可能性を想定できるように思います。

 ただ、ワラセアではスラウェシ島の近くに位置するフローレス島でもっと古い人類の痕跡が確認されており、ソア盆地のウォロセゲ(Wolo Sege)遺跡では、102万±2万年以上前の石器が(Brumm et al., 2010)、同じくソア盆地のマタメンゲ(Mata Menge)遺跡では、70万年前頃の人類遺骸が発見されています(Brumm et al., 2016、van den Bergh et al., 2016)。この70万年前頃の人類遺骸は、同じくフローレス島のリアン・ブア(Liang Bua)洞窟で発見された、下限年代が6万年前頃の人類遺骸(Sutikna et al., 2016)との類似性が指摘されています。このリアン・ブア洞窟の下限年代が6万年前頃の人類遺骸はホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)と分類されており、ホモ・フロレシエンシスの所産と考えられる石器の下限年代は5万年前頃と推定されています(Sutikna et al., 2016)。マタメンゲ遺跡の70万年前頃の人類遺骸は、ホモ・フロレシエンシスの直接的祖先だったか、その極めて近縁な分類群だった可能性が高そうです。ホモ・フロレシエンシス(の祖先)については、スラウェシ島からフローレス島へと漂着した可能性が指摘されており(Dennell et al., 2014)、スラウェシ島の10万年以上前の人類は、ホモ・フロレシエンシスの祖先か、ホモ・フロレシエンシスと比較的近い世代で祖先を居有していたかもしれません。


●洞窟壁画

 スラウェシ島では、世界でも最古級の洞窟壁画が発見されている点でも注目されます。2014年には、スラウェシ島南西部の半島にある町マロス(Maros)の近郊の洞窟群の4万年前頃となる壁画が報告されました(Aubert et al., 2014)。同じくスラウェシ島のマロス近郊のリアン・ブル・シポン4号(Leang Bulu’ Sipong 4)洞窟では、イノシシを描いた44000年前頃の壁画が発見されました(Aubert et al., 2019)。同じくマロス近郊のリアン・テドンゲ(Leang Tedongnge)洞窟とリアン・バランガジア1(Leang Balangajia 1)洞窟ではイノシシを描いた壁画が発見されており、その年代は、前者が45500年以上前、後者が73400~32000年前頃と推定されています(Aubert et al., 2021)。

 これが注目されるのは、世界最古の具象的絵画であることです。記号的・抽象的な洞窟壁画は、これらスラウェシ島よりも前になりそうな事例が、いくつか報告されています。たとえばイベリア半島では、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の所産とされる6万年以上前の洞窟壁画が報告されています(Hoffmann et al., 2018A)。これについては年代の古さに疑問が呈されていますが(Slimak et al., 2018)、それに対する反論もあります(Hoffmann et al., 2018B)。その後、イベリア半島の洞窟壁画はネアンデルタール人の所産である可能性が高い、と改めて示され(Martí et al., 2021)、最近、フランスのロワール渓谷に位置するラ・ロッシュ・コタール(La Roche-Cotard)洞窟の5万年以上前の線刻はネアンデルタール人の所産である可能性が高い、と示されました(Marquet et al., 2023)。

 注目されるのは、現生人類の所産と考えられる、南アフリカ共和国のブロンボス洞窟(Blombos Cave)で発見された73000年前頃の長さ4cmとなる珪質礫岩の剥片(Henshilwood et al., 2018)の線刻も含めて、スラウェシ島以外で報告されている洞窟壁画や石などに刻んだ模様は、全て記号的・抽象的であり、具象的ではないことです。つまり、スラウェシ島の洞窟壁画は現時点で世界では最古となる具象的表現で、イベリア半島やフランスの5万年以上前の洞窟壁画がネアンデルタール人の所産だとしても、ネアンデルタール人には具象的表現を残す能力がなかった可能性もあるわけです。

 スラウェシ島のこれら4万年以上前の洞窟壁画は現生人類が描いたと考えられており(Aubert et al., 2021)、オーストラリアへの現生人類の到来が49000~45000年前頃と推定されていること(Tobler et al., 2017)からも、現生人類の所産である可能性が高そうです。ただ、オセアニアやアジア南東部の現代人に遺伝的影響を残している、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)が3万年前頃まで生存しており、サフルランドに到達したかもしれない、と指摘されているので(Jacobs et al., 2019)、可能性はきわめて低そうですが、これらスラウェシ島の洞窟壁画の一部にデニソワ人が関与した可能性も念頭に置いておくべきかもしれません。なお、これらスラウェシ島の壁画については気候変動による劣化が指摘されており(Martí et al., 2021)、懸念されます。


●絶滅したかもしれない現生人類集団

 スラウェシ島で発見された7300~7200年前頃の現生人類1個体(死亡時に17~18歳の女性)のゲノムデータが報告されていますが、この個体により表される集団の遺伝的構成要素を有する現代の人口集団はまだ確認されていません(Carlhoff et al., 2021)。ただ、今後ワラセアやオセアニアやアジア南東部の多様な現代人集団のゲノム解析が進めば、この集団の遺伝的影響を受けた集団が確認される可能性もあるでしょう。このように、後期更新世~初期完新世に存在し、現在ではほぼ遺伝的影響を残していない現生人類集団は世界中で珍しくなかったようです(関連記事)。ほぼ日本列島のみに遺伝的影響を残している(アイヌ集団には高い割合、それ以外の集団には低い割合)日本列島の縄文時代の人類集団も、その意味では特異な存在とは言えないのでしょう。

 この7300~7200年前頃の女性個体は、スラウェシ島南部のマロスのマラワ(Mallawa)地区のリアン・パニンゲ(Leang Panninge)鍾乳洞で発見され、形態的には広くオーストラロ・メラネシア人との類似性を有する、と指摘されています(Carlhoff et al., 2021)。この女性個体は考古学的には、ワラセアの完新世狩猟採集民と関連するトアレアン(Toalean)技術複合に分類されます。トアレアン文化はスラウェシ島南部の一部地域にのみ見られ、その一般的特徴は、背付き細石器と「マロス尖頭器(Maros points)」と呼ばれる小型投擲石器です(Carlhoff et al., 2021)。

 スラウェシ島のような低緯度地域は、その気候条件から古代DNAの保存に不適なので、古代DNA研究も高緯度地域と比較して低調ですが、リアン・パニンゲ鍾乳洞の女性個体の事例は、7000年以上前の個体のゲノム解析が可能であることを示しており、ワラセアやオセアニアやアジア南東部における現生人類集団の拡散と形成の過程について、今後古代DNA研究により飛躍的に進展するのではないか、と期待されます。スラウェシ島では今後も、10万年以上前の人類の痕跡、4万年以上前の洞窟壁画など、人類進化史に大きく寄与できそうな研究の進展が期待され、たいへん注目されます。


参考文献:
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https://doi.org/10.1038/nature13422
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Aubert M. et al.(2019): Earliest hunting scene in prehistoric art. Nature, 576, 7787, 442–445.
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O’Connell JF. et al.(2018): When did Homo sapiens first reach Southeast Asia and Sahul? PNAS, 115, 34, 8482–8490.
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