イタリアのアルプス山脈の銅器時代の親族関係

 イタリアのアルプス山脈の銅器時代の墓で発見された人類遺骸の親族関係を特定した研究(Paladin et al., 2023)が公表されました。古ゲノミクスは未解決の考古学的問題への回答を提供します。非測定的特徴のみにより推測された親族関係には、遺伝学的裏づけが必要です。古ゲノミクスは解釈における社会文化的偏りの克服に役立ちます。本論文は、銅器時代の南チロルにおける土葬儀式の稀な証拠から、ミトコンドリアDNA(mtDNA)とY染色体という片親性遺伝標識も用いて、人類遺骸間の親族家系を示します。学際的対話は、葬儀状況の解釈に効果的と証明されました。先史時代の親族関係分析(関連記事)は、今後ますます盛んになると予測されます。


●要約

 2010年に、イタリア東部アルプス山脈のアルト・アディジェ(Alto Adige/Südtirol)のオーラ(Ora/Auer)で見つかった銅器時代(紀元前3000~紀元前2700年頃)の複数の墓地遺跡に埋葬されていた、成人2個体と胎児・新生児1個体に関する詳細な人類学的研究が刊行されました。この例外的な考古学的発見は、自然の高山の岩陰内で発見された土葬の先史時代の儀式への稀な洞察を提供します。墓における乳児の存在のため、本論文の著者は、そこで見つかった成人2個体の男性との人類学的分類に疑問を抱きました。さらに、非測定的特徴の相関は、これらの個体間の親族関係の可能性を示唆しました。

 生物学的性別を決定し、遺伝的近縁性を調べるため、成人2個体の古遺伝学的調査(200万の一塩基多型のショットガンおよび濃縮データ)が実行されました。これらの個体の古代DNA分析に成功し、生物学的に両個体が男性(性染色体がXY)と確証されました。さらに、親族関係分析と片親性伝達遺伝標識(Y染色体とmtDNA)のデータを通じて、1親等の父方親族関係が検出されました(父親と息子の可能性が最も高そうです)。この研究は、考古学と人類学と古ゲノミクスの学際的対話の重要性を強調し、古ゲノミクスが葬儀状況の解釈をどのように大きく裏づけることができるのか、論証します。


●研究史

 2010年に、イタリアのアルプス山脈の東部に位置するアルト・アディジェ(以下、南チロルと呼ばれます)における例外的な考古学的発見の詳細な人類学的および化石生成論的研究が刊行されました(図1a)。アディジェ渓谷の現在のオーラ市の高崖の麓の自然の隙間の内部で、ヒト遺骸3個体が一次堆積物で発見されました(図2a)。成人2個体の年齢は、約30歳(個体A)と40歳以上(個体B)でした。第三の個体(個体C)は胎児・新生児で、子宮での推定妊娠期間が38~40週でした。骨学的標本は放射性炭素年代測定され、最初期ではないものの初期の銅器時代と推定されており、個体Aは4279±45年前(95.4%の確率で紀元前3021~2705年)、個体Bは4268±35年前(95.4%の確率で紀元前3008~2707年)です。墓で見つかった品目の中には、シカの角製の道具1点と数点のビーズがあり、これらは埋葬と関連している、と仮定されています。以下は本論文の図1です。
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 この埋葬遺跡がとくに独特で重要である理由は、いくつかあります。第一に、この地域で埋葬された個体の発見はひじょうに稀で、いくつかの事例が文献で報告されてきました。じっさい、銅器時代から青銅器時代の考古学的証拠は、意図的よりも儀式的だった、アルプス山脈北部と南チロルにおける複雑な葬儀慣行を示唆しています。この儀式にはさまざまな種類の身体改変(たとえば、発掘や焼却や断片化)が含まれ、しばしば文化的物質や動物の骨とともみに焼かれたヒト遺骸の堆積で終了しました。さらに、焼却された骨は時に、南チロルのイサルコ渓谷(Isarco Valley)のヴァルナ環状線(Varna Circonvallazione)で発見されたような環状列石に囲まれていました。以下は本論文の図2です。
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 第二に、南チロルでは、オーラで見つかったような、自然の岩陰の明確な墓構造のある銅器時代の埋葬遺跡はひじょうに稀です。これは、この葬儀慣行がより頻繁に見つかっている近隣のトレンティーノ(Trentino)地域とは対照的です。トレンティーノ地域との類似点は他にもいくつかあり、墓の使用の後期段階となるオーラにおける前期青銅器時代の壺に埋葬された別の胎児の発見が含まれます。

 その研究では、形態学および形態計測的手法が用いられ、成人2個体(個体AおよびB)は男性と仮定されました。しかし、その研究では、この性別推定の結論が、化石生成論的調査により示唆されたように、個体Bの胸部で元々は発見された胎児・新生児(個体C)の存在のため疑われました。この最初の発見では、個体Bはそのことどもとともに埋葬された女性だったかもしれない、と示唆されています。したがって、オーラの埋葬遺跡は家族葬を表していたかもしれません。さらに、その報告によると、成人両個体は同じ頭蓋と頭蓋後方(首から下)の非測定的特徴(つまり、人字小骨、道上棘および窪み、三角骨の距骨や大腿骨転子部との癒合)を示しており、親族関係の可能性を示唆しています。遺伝学的分析がない場合、古典的な骨学が用いられ、非測定的もしくは後成的特徴の存在を通じて個体間の関係が推測されます。後成的特徴は、生態距離指標と考えられる骨格と歯の変異形です。しかし、非測定的特徴の分析は、血縁ではない個体が形態学的特徴を偶然に共有するかもしれないので、方法論的限界を示します。じっさい、これらの特徴は、信頼できる結果を提供すると遺伝学的に検証される必要がある親族関係の推測に、いくつかの予備的兆候を与えるだけです。

 この稀な先史時代の発見をさらに調べ、人類学的結果の解釈における曖昧さを明確にするため、二つの具体的に質問に答えるため、古遺伝学的分析が実行されました。それは、(1)成人2個体は生物学的男性ですか?(2)成人2個体は遺伝的―に関連していますか?古代DNA分析が、オーラ遺跡で発見された個体AおよびBの核と片親性遺伝標識(mtDNAとY染色体)で行なわれました。残念ながら、胎児・新生児(個体C)の古遺伝学的分析は、乳児の未熟な骨の乏しさと保存状態の悪さのため、不可能でした。


●分析

 2007年の救助発掘中に、オーラで埋葬遺跡が発見されました。個体Aは元々、左側を下にしゃがんだ姿勢で横たわっていました(図2a)。個体Aは、軟部組織の分解や重力の影響や齧歯類などにより、間接離断などさまざまな変化が起きました。個体Bは縮こまった姿勢で埋葬されていますが、他個体とは異なり右側を下に横たわっており、その骨の表面には齧歯類の歯型を明らかに示す痕跡が見つかりました。個体Cの骨は、とくに齧歯類の影響を強く受けました。これらの個体のDNA分析が試みられ、X染色体とY染色体の比率から性別が推定され、mtDNAハプログループ(mtHg)とY染色体ハプログループ(YHg)も決定されました。

 分子選別は、両成人個体(個体AおよびB)の古代DNAの良好な保存状態と品質を明らかにしました。ショットガン配列決定読み取りの生物情報学的分析は、古代DNAに典型的な損傷パターンと、mtDNAデータを用いての現代人のDNAからの低い汚染率(平均3%)を示しました。ヒト参照ゲノム(hg19)にマッピング(多少の違いを許容しつつ、ヒトゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)された読み取りの割合は、個体Aが7.3%、個体Bが24.8%でした。さらに、濃縮後に得られた配列決定読み取りの生物情報学的分析は、両標本でひじょうに良好なヒト内因性含有量(92%超)と、124万の一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)部位での平均網羅率(個体Aでは0.448倍、個体Bでは0.827倍)を示しました。現代人のmtDNAからの低い汚染率が確証され(平均1~2%)、これはミトコンドリアゲノムのより高い網羅率(個体Aでは31.5倍、個体Bでは172倍)な基づいています。低い汚染推定率(個体Aでは1.9~2.4%、個体Bでは1~1.1%)は、核のY染色体データを用いても推測されました。統合されたデータに基づく最終的な平均ゲノム網羅率は、個体Aでは0.07倍、個体Bでは0.34倍でした。両個体(個体AおよびB)からの古代DNAの回収盛行は、上述の二つの主要な問題への回答を可能とします。

 第一に、古代の分子分析から、成人2個体(個体AおよびB)は生物学的に男性(性染色体がXY)と確証されました。分子的な性別推定は、信頼できる推定値(約10万のヒト配列)を得る手法により必要とされる数よりずっと多い(個体Aでは126231、個体Bでは4250379)、いくつかのヒト読み取りに基づいてしました。したがって、背先行研究による両個体(個体AおよびB)の性別推定に関する以前の推測が明らかになりました。これは、複葬における乳児の存在は必ずしも所税の存在を意味しない、と浮き彫りにします。

 古代の個体の生物学的性別が考古学的記録に基づく当初の仮定から乖離した、と示した文献で引用された事例が他にもあります。これは、二重もしくは複数墓に埋葬された個体に当てはまり、とくに遺骸が相互に隣り合って配置された場合です。これらの事例では、自然な仮説はそうした個体が男女と仮定します。たとえば、イタリアの2人の「マントヴァの恋人(Lovers of Mantova)」、意図的に手をつないで埋葬されていたので、愛情のある夫婦と考えられました。しかし、これら2個体の歯の標本のアメロゲニンタンパク質分析から、両者はともに男性と明らかになりました。別の事例では、数組の二人がスペインの青銅器時代の二重墓に埋葬されていました。この事例では、そうした個体は結婚した夫婦と考えられ、青銅器時代における異性愛者の一夫一妻制婚の存在が裏づけられました。しかし、最近の放射性炭素年代測定では、それらの個体は異なる世代に属していた、と示され、志望者は一方の子孫である可能性がより高く、結婚した夫婦ではない、と論証されました。本論文の著者たちによる研究は、これらの事例とともに、最近指摘されたように、過去の社会に適用されてきた見解の批判的再検討の重要性を示します。

 この研究の第二の目的は、オーラで発見されたこの2個体(個体AおよびB)が遺伝的に親族家系にあったのかどうか、調べることです。ゲノムデータに基づいて近縁性を推測する3手法の適用により、この男性2個体間の1親等の関係(たとえば、父親と息子や兄弟)が特定されました。さらに、1手法(lcMLkin)は具体的に親子関係を検出しました。さらに、ほぼ排他的に一方の親から子供へと伝わる片親性遺伝標識のデータは、父方の水準での親族関係を示唆しました。じっさい、YHg分析では両方の男性(個体AおよびB)における同じ系統(YHg-G2a2b2a1a1b1)が見つかりましたが、mtDNAデータに基づく分析からは、明らかに異なる2つの母系ハプログループに分類され、個体AはmtHg-K1a、個体BはmtHg-J1c+16261+189です。これらはさらに、この2個体の母方の水準での異なる遺伝的歴史を示唆しており、さらなる調査は本論文の範囲を超えています。全ての遺伝学的結果を見考慮すると、この男性2個体(個体AおよびB)が兄弟だった可能性は除外されるので、父親と息子だった可能性が最も高い、と示唆されます。

 先行研究での死亡時年齢の推定値も、父親と息子の関係だったことと一致しているかもしれません。じっさいには、この男性2個体(個体AおよびB)間には10歳の年齢差しかありませんでした(個体Aは30歳程度、個体Bは40歳以上)。しかし、人類学的な死亡時年齢が推定の結果であることを考慮すると、その差はさらに大きく、20歳以上の可能性もあります。放射性炭素年代測定の範囲も、この親族関係にある2個体がほぼ同時代であることを裏づけます。


●まとめ

 考古学と人類学と古ゲノミクスを組み合わせた学際的対話の有効性は、この研究でよく表されています。この研究は、銅器時代の成人2個体の遺伝的性別と生物学的近縁性を得るのに成功したので、以前の人類学的および化石生成論的調査から残ったいくつかの問題に解答できました。この研究は、考古学的データに基づくだけでは解釈が困難な先史時代の葬儀文脈のより深い理解に、古ゲノミクスが果たす重要な役割を示しています。この研究は、この高山地域における先史時代と原史時代の個体群の遺伝的および社会的構造の理解を深めるために、イタリア東部のアルプス山脈のいくつかの古代人遺骸で実行された進行中の古ゲノム計画の一部です。


参考文献:
Paladin A. et al.(2023): Archaeological questions and genetic answers: Male paternal kinship in a copper age multiple burial from the eastern Italian Alps. Journal of Archaeological Science: Reports, 50, 103706.
https://doi.org/10.1016/j.jasrep.2023.104103

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