『卑弥呼』第109話「二つの真」

 『ビッグコミックオリジナル』2023年6月20日号掲載分の感想です。前回は、山社(ヤマト)にて、那(ナ)国のウツヒオ王が連れてきた津島(ツシマ、現在の対馬でしょう)国のアビル王に、ヤノハが海の向こうの大国の話をぜひ聞かせていただきたい、と要請したところで終了しました。前回、暈(クマ)国のイ家のタケル王から、アビル王は暈国の大夫で実質的な最高権力者である鞠智彦(ククチヒコ)と通じており、アビル王が山社連合の王に語る海の向こうの情勢は全てでまかせだ、と田油津日女(タブラツヒメ、正体はアカメ)に語られていました。今回は、ヤノハが義母との会話を回想している場面から始まります。義母はヤノハに、良き日守(ヒマモ)りや祈祷女(イノリメ)になるには、真(マコト)を見極める必要がある、と伝えます。しかし義母は、真には「本当」の真と「嘘」の真の二つある、とも言います。ヤノハは、一つしかないから真だろう、と納得しませんが、切羽詰まった時に、人は必ず二つの真を耳にするから、そう簡単ではない、と義母は諭します。ではどちらが本物かどう判断すればよいのか、とヤノハに問われた義母は、動かず待つのだ、と答えます。待っていると、誰かが必ず三つ目の真を教えてくれるので、そこでどちらが「本当」の真か見極められる、というわけです。本当に必ず誰かが現れて三つ目の真を教えてくれるか、とヤノハに問われた義母は、それには条件がある、と答えます。

 舞台は作中世界の現在に戻り、伊岐(イキ、現在の壱岐諸島でしょう)国では、那(ナ)国の大夫であるトメ将軍の率いる船が伊岐国の都に近づくと、伊岐国イカツ王が自ら出迎えます。イカツ王は、日見子(ヒミコ)様(ヤノハ)の使者が乗船していると聞き、出迎えたわけです。トメ将軍の一行には、ヤノハと旧知の漢人(という分類を作中の舞台である紀元後3世紀に用いてよいのか、疑問は残りますが)である何(ハウ)がいました。

 暈国では、アカメとナツハ(チカラオ)を追ってきた暈国の大夫である鞠智彦(ククチヒコ)配下の志能備(シノビ)が、その足音から20人程度で、志能備だけではなく戦人もおり、完全に囲まれた、とアカメが推測していました。アビル王の裏切りを日見子様(ヤノハ)に知らせねばならなかったのに多勢に無勢で無念だ、と悔しがるアカメに、逃げるようナツハは促します。アカメはナツハと身振り手振りでやり取りし、二人で迎え撃てば二人とも死ぬが、一人で迎え撃てば死ぬのは二人だけだ、と伝えます。アカメは、ナツハに救われた命をここで使わないでどうする、と言ってともに戦おうとしますが、ナツハは強い態度で拒否します。日見子様のためなら死ぬのは本望なのか、とアカメに問われたナツハは笑顔を浮かべます。

 山社では、アビル王がヤノハに、大陸の情勢を伝えていました。アビル王は、中原の大国に使者を送るのは早計だ、と進言します。問題は遼東太守の公孫度の存在で、いまや漢では最強の将軍であり、高句麗や烏桓も制圧寸前で、近々倭国にまで手を伸ばすのは確実、というわけです。漢の帝は公孫度の暴走を黙っているのか、とヤノハに問われたアビル王は、黄巾の乱で漢は衰退しており、帝は曹操将軍の傀儡にすぎない、と答えます。つまり遼東は最強の半独立国家で、突破は不可能であり、漢は今や恭順に値しない、とアビル王はヤノハに進言します。

 伊岐国では、イカツ王がトメ将軍に、食料と水の補給は不可欠なので、津島国を中継せずに加羅へ向かうことは無理だが、津島のアビル王が唐への渡航を禁じており、加羅からくる船も津島に留め、筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)に活かせない、と説明します。その理由をトメ将軍に問われたイカツ王は、黄巾の乱で漢は滅亡寸前であり、遼東太守の公孫度は独断で倭国への侵攻を企てており、怪しい者の入国を防がねばならないと考えているらしい、と答えます。すると何が、奇妙だ、と疑問を呈します。黄巾の乱は40年も前に鎮圧されており(作中世界では現時点で紀元後212年前後だと推測していましたが、この証言から推測すると220年前後なのでしょうか)、公孫度は死んだはずだ(204年頃)、というわけです。何の一族は黄巾の乱に加わっており、その父である何儀(ハウギ)や劉辟(リュウヘキ)は戦いを続けたものの、無念にも敗北し、当時13歳だった何は残党たちと共に放浪の末に倭国にたどり着いた、と何は説明します。アビル王の情報は古いのか、とトメ将軍に問われた何は、30~40年は古い、と答えます。現在の大陸の情勢をイカツ王に問われた何は、恐らく遼東太守は公孫度の息子の公孫康で、不死身と謳われた曹操将軍も、自分が国を出る頃には、もはや死が近いと言われていた、と答えます。トメ将軍は、真がどこにあるのか、と自問し、イカツ王は、誰が真を見抜けるのか、と呟きます。

 山社では、ミマアキが、倭王の称号を得るための漢への使者派遣はよい考えだと思っていたが、海の向こうの大陸がこれほど混迷状態にあるとは思っていなかったので、落ち込んでいました。するとヤノハはミマアキに、アビル王は信用できるのか、と問いかけます。何となくだが、話のところどころに合点のいなかい箇所がある、というわけです。ミマアキからそれを具体的に問われたヤノハは、公孫度にそれほど力があるなら、なぜ帝や曹操将軍を倒すため、都の雒陽(洛陽)に派兵しない、と答えます。自分が公孫度ならば、倭ではなく天下を狙う、とヤノハはミマアキに言います。アビル王の話の真偽をどのように見極めるのか、ミマアキに問われたヤノハは、日守りをしていた義母ならば、動かず待てと言うだろう、と答えます。何を待つのか、とミマアキに問われたヤノハは、もう一つの真がそろうことだ、と答えます。さすれば、片方が「本当」の真、もう片方が「嘘」の真になる、というわけです。真が二つになると余計に迷うのでは、とミマアキに問われたヤノハは、待てば必ずどちらが正しいか、第三の報せが来るそうだ、と答えます。しかしヤノハは、自分には来ないかもしれなかった、と悔やみます。ここで、義母の条件が明かされ、それは、徳がない者と嘘つきには三番目の報せは絶対に来ない、というものでした。日見子様なら大丈夫だろう、とミマアキに言われたヤノハが、どうかな、と自嘲するところで今回は終了です。


 今回は、大陸情勢の真偽をめぐる駆け引きが描かれました。ヤノハの義母の教えからすると、ヤノハには第三の報せが来そうにないようにも思いますが、ヤノハは(偽の)日見子としてすでに一定期間以上振る舞い、徳を積んでいる、ということで何やトメ将軍やアカメから報せがもたらされるのでしょうか。ナツハは死を覚悟して、暈国の追手を迎え撃とうとしているようですが、すでにヤノハがヌカデにアカメの救出を命じているので、ヌカデがアカメとナツハを無事に山社まで帰還させるのかもしれません。遼東公孫氏は登場する可能性が高い、と予想していましたが、今回初めて言及されました。アビル王の発言には確かに嘘があるものの、一方で倭国から漢への遣使は3世紀には記録がなく、魏への初の遣使が遼東公孫氏の滅亡直後だったことから、遼東公孫氏による妨害とか、何らかの形での倭国と遼東公孫氏とのつながりとか、色々と考えられるように思います。本作ではここがどう描かれるのか、楽しみです。

 注目されるのは、日下(ヒノモト)国のフトニ王(大日本根子彦太瓊天皇、つまり記紀の第7代孝霊天皇でしょうか)の息子で、現在は吉備の首長である吉備津彦(キビツヒコ)が、いずれ自分たちより武器も航海術も優れた外敵が来襲するので、その時に倭国には漢の庇護が必要になり、漢に渡るのに最も安全な道は筑紫島の北の港になる、と金砂(カナスナ)国のミクマ王に語っていたことです(第90話)。当時は、これがミクマ王を油断させる出鱈目かもしれないものの、日下の支配層がじっさいにそうした脅威を認識しているとしたら、朝鮮半島の勢力かもしれませんが、あるいは、遼東半島から朝鮮半島北部を支配した遼東公孫氏の可能性もある、と予想しました。今回のアビル王が語った情報からは、日下の支配層が(津島からも間違った?情報を得て)、遼東公孫氏を警戒している、とも考えられます。いよいよ大陸情勢が本格的に語られるようになり、ますます壮大な話になってきたので、今後もたいへん楽しみです。

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