4000年前頃のブリテン島のペスト菌のゲノム
4000年前頃のブリテン島のペスト菌のゲノムを報告した研究(Swali et al., 2023)が公表されました。近年における古代ゲノム研究の進展は目覚ましく、ヒトを中心に動物のゲノム解析も盛んですが、人類史を大きく変えてきたと考えられる、ペスト菌などの病原体のゲノム解析も珍しくなくなりました。こうした研究も、やはりヨーロッパでとくに進んでいることは否定できず、今後は、日本列島でも、ヒトはもちろんのこと病原体のゲノム解析も勧められていき、歴史学や考古学などとともに学際的研究が発展していくよう、期待されます。
●要約
ペストの病原体であるペスト菌(Yersinia pestis)の絶滅系統は、5000~2500年前頃のユーラシアの数個体で同定されてきました。「後期新石器時代~青銅器時代(Late Neolithic and Bronze Age、略してLNBA)系統」と呼ばれる、これらのうちの1系統は、ユーラシア草原地帯から拡大したヒト集団とともにヨーロッパへと広がった、と示唆されてきました。本論文では、すべて4000年前頃となるブリテン島のペスト菌のゲノム3点の配列決定により、LNBAペストがヨーロッパの北西部周辺に拡大した、と示されます。
2個体はサマセット州チャーターハウス・ウォーレン(Charterhouse Warren)の珍しい集団埋葬状況から、1個体はカンブリア州レヴェンス(Levens)のリングケアン(ring cairn、石を環状に並べた構造の遺跡)遺跡の単一埋葬から発掘されました。本論文が把握している限りでは、これは今までに記録されたブリテン島のLNBAペストの最古の証拠を表しています。3点すべてのペスト菌ゲノムは、推定される病原性因子yapCを失った、ヨーロッパ中央部の青銅器時代個体群で以前に観察された亜系統に属します。この疾患の重症度は現時点で不明ですが、数世紀以内の広範な地理的分布は、かなりの感染力を示唆します。
●研究史
ペスト菌は人獣共通感染症の真正細菌で、感染したノミ媒介動物の咬傷を介して感染する可能性があり、腺ペストもしくは敗血症を引き起こすか、あるいはヒトからヒトへの接触による呼吸器飛沫を介して、肺炎性ペストを引き起こします。古代DNA分析は、ユスティニアヌスのペストや黒死病などの歴史的な感染症だけではなく、先史時代に良好していたペスト菌の以前には知られていなかった証拠も同定しました。LNBAペストは、4700~2800年前頃のユーラシア全域で発見されてきました(関連記事)。最高頻度で観察されたLNBA系統には、ymt病原性因子(LNBA ymt-)が欠けています。Ymt遺伝子のある系統(LNBA ymt+)の既知の最初の証拠は、ロシアのサマラ(Samara)州の3800年前頃の1個体(RT5)と、スペインのアラバ(Álava)県の3300年前頃の1個体(I2470)で見つかりました。
LNBA系統はユーラシア草原地帯に由来するヒトの拡大により4800年前頃にヨーロッパ中央部および西部にもたらされた可能性が高く(関連記事)、これらの系統は特定の後期新石器時代ヨーロッパ社会の衰退に寄与した、にと仮定されてきました(関連記事)。しかし、LNBAペストがヨーロッパ全体でどこまで広がったのか不明で、LNBA ymt-系統の最西端での発見は、以前に3400年前頃のドイツ南部で同定されました。鐘状ビーカー(Bell Beaker)文化の拡大と関連したヒトの移動は、ブリテン島に草原地帯由来の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)をもたらし、4400年前頃以降にヨーロッパ大陸部とのつながりを強化して(関連記事)、ヨーロッパ北西部の青銅器時代集団もペスト菌のLNBA系統に影響を受けた、という可能性を開きましたが、これは今まで直接的に観察されていませんでした。
本論文はブリテン島の異なる地域の2ヶ所の遺跡からLNBAペスト菌感染の証拠を示し、この系統はユーラシア草原地帯に祖先系統がさかのぼる人口集団の西方への拡大後にブリテン島全域に拡大した、と示唆します。ブリテン島で見つかったLNBAペスト菌系統は、推定される病原性因子yapCを含めて、そのゲノムの大幅な喪失を経たクレード(単系統群)に属します。
●青銅器時代のブリテン島におけるペスト菌の検出
チャーターハウス・ウォーレンとレヴェンス・パーク(Levens Park)という、ブリテン島前期青銅器時代の2ヶ所の遺跡から34個体が標本抽出され、ブリテン島におけるLNBAペスト菌の存在が検査されました。古代DNA無菌室状態で歯が標本抽出され、二重索引一本鎖DNAライブラリが準備され、それぞれ180万~730万のペアエンド読み取りで検査されました。Kraken 2でメタゲノム解析が実行され、密接に関連する種である仮性結核菌(Yersinia pseudotuberculosis)と比較して、ペスト菌と一致するDNA断片配列(k-mers)のかなりの過剰のある個体群が同定されました。
この分析は、サマセット州チャーターハウス・ウォーレン農場から得られた病原性DNAについて検査された30個体のうち2個体(C10091/1233bおよびC10098/6265)を同定しました。この遺跡は間接で離れているヒト遺骸の集団埋葬群で、自然の立坑に単一の事象でともに堆積した可能性が高そうです。標本抽出された2点の歯は、それぞれ12±3歳と10±3歳の子供に由来します。C10098の歯と関連する下顎(約10歳の子供)は直接的に放射性炭素年代測定され【以下、基本的に較正年代です】、4145~3910年前(95.4%の信頼性)頃となり、この遺骸群の人骨で以前に刊行された2点の放射性炭素年代と一致します。もう一方の個体(C10091/1233b)は、同様の年代と仮定できます。
さらに、本論文の分析では、イギリスのカンブリア州のレヴェンス・パークのリングケアンから回収された4個体のうち1個体でペスト菌が同定されました。1点の完全な骨格と3点の散乱した骨格(埋葬1・2・3・4)が遺跡から回収され、全て4300~3700年前頃と直接的に年代測定されました。35~45歳くらいの女性で、板張りの墓(おそらく木棺)から屈んだ姿勢で回収され、ビーカー土器の破片が伴った埋葬2(C10928)の歯で、ペスト菌が検出されました。この放射性炭素年代をチャーターハウスの個体(C10098)から得られたものと比較すると、これら2個体がほぼ同年代だった可能性を却下できない、と示唆されます。
複数の遺跡から得られたこれらの結果から、ペスト菌は青銅器時代にブリテン島に拡大していた(図1A)、と論証されるものの、ペスト菌の発生頻度は不明なままで、この2ヶ所の遺跡で観察された頻度よりも低いかもしれないことに要注意です。考古学的遺骸におけるペスト菌検出の偽陰性率は不明ですが、高い可能性があるので、この2ヶ所の遺跡の他の個体が感染していたことを除外できません。以下は本論文の図1です。
●ゲノム配列決定
Illumina NovaSeqプラットフォームを用いて、少なくとも長さが35塩基対(base pair、略してbp)の分子を濃縮するよう規模選択した後で、チャーターハウス・ウォーレンの個体C10098と C10091から、それぞれ7億6800万と3億2200万の読み取り組み合わせの直接的なショットガン配列決定データが生成されました。レヴェンス・パークの個体(C10928)はショットガン配列決定ができませんでしたが、この個体のライブラリは他の2個体と同様に、ペスト菌RNAの囮(bait)を用いての溶液内標的濃縮手法で、ハイブリッド形成法捕獲の2回を経ました。
直接的なショットガン配列決定と標的濃縮実験のデータの統合により、MQ1のマッピング(多少の違いを許容しつつ、ヒトゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)品質管理で選別処理後に、個体C10091とC10098とC10928についてそれぞれ、ペスト菌のゲノムの平均網羅率8.4倍と6.1倍と3.3倍が得られました。これら3点のゲノムは、確実性の証拠を示しました。それは、死後損傷、参照ゲノムとの編集距離の関数としての観察された配列数の減少、単峰形の断片長分布、ゲノム全体の網羅率比較的均等な範囲です。
●系統発生再構築
本論文は、この調査で得られたゲノムと以前に刊行されたペスト菌の新石器時代とLNBAのゲノム(関連記事)を現代のペスト菌のゲノムと整列させ、仮性結核菌株IP3288128を同じ方法で整列させました。ゲノムの部分集合が保持され、これは、全ての刊行されたゲノムで部位ごとの最小限の配列深度が3で、室内1本鎖ライブラリの配列決定されたゲノムで最小深度が5であることを考えると、高度の呼び出し部位を有していました。IQ-TREEで系統発生推測が実行され、1000回のブートストラップ再現で不確実性が評価され、FigTreeで仮性結核菌の系統発生が根付かせられました。
本論文の最終的な系統発生推測は、27点の刊行された古代ゲノムとこの調査で得られたチャーターハウス・ウォーレンの両個体(C10091とC10098)で構成されます。再構築された系統発生では、チャーターハウス・ウォーレンのペスト菌のゲノムはLNBAのymt-クレード(単系統群)内に収まる、と分かりました。年代にしたがって大まかにまとめた、LNBAのymt-ゲノムの非対称的クレードでは、ブリテン島のゲノムはそれぞれ4300年前頃と4250年前頃となるチェコ共和国のゲノム(HOP001とHOP004)に由来するものの、4200年前頃となるロシアのゲノム(KLZ001)の基底部に位置する、と分かりました。じっさい、以前に刊行されたゲノムの接続形態は、以前に再構築された系統発生と一致します。レヴェンス・パークのより低い網羅率のゲノムも、チャーターハウス・ウォーレンと隣接するクレードからの高網羅率のゲノムに位置づけられ(図1B)、それはチャーターハウス・ウォーレンのゲノムと密接に関連していた可能性が高い、と分かりました。
チャーターハウス・ウォーレンの2点のゲノムは939710ヶ所の部位のうち2ヶ所の転換の不適正塩基対を、最小深度5で示します(不適正塩基対率は0.0002%)。これは両方ともC10091ゲノムにおける明らかな変化に起因し、CO92(NC_003143.1)参照ゲノムに整列させると、それぞれ位置2227793と2227794に隣接しています。アメリカ国立生物工学情報センター(National Center for Biotechnology Information、略してNCBI)ヌクレオチド保管所のBlastN検索では、全ての配列は最上位の一致として仮性結核菌とペスト菌を有している、と分かりましたが、観察された転換は挿入に隣接していた(さらに読み取られた1点の配列には欠失が含まれていました)ので、それらはデータベースで特徴づけられていない情報源からの疑似配列を表している可能性があるようです。
●欠失と機能的要素
高網羅率のチャーターハウス・ウォーレンのゲノム全体の配列深度の評価により、主要な欠失が検索されました。1000bp以上の新たな欠失は特定されませんでしたが、36000bpの領域の喪失をもたらし、複数の以前に配列決定された個体LNBA株で最古の欠失である、以前には特定された「事象1」も、チャーターハウス・ウォーレンとレヴェンス・パーク両方のゲノムで観察されます。この領域の喪失は、yapC病原性遺伝子の喪失をもたらし、この喪失は、試験管内では、培養細胞において付着を媒介する、と示されているので、感染期間におけるペスト菌のコロニー形成能力を向上させたかもしれません。
ブリテン島のペスト菌ゲノムの系統発生的位置づけと全て正確に合致する、他の機能的要素の存在と欠如が観察されます。全ての刊行された新石器時代およびLNBAゲノムに欠けており、現在ではほぼ1.ORI株で同定されている、線維状プロファージの欠如が確証されます。イギリスのペスト菌プラスミドに関する以前に報告された病原性因子の有無は、全て以前に刊行されたLNBAのymt-プラスミドと正確に合致します(図2B)。ノミの毒性増加と関連するUreD、生物膜形成の下方制御に関わるpde-2、免疫侵入と関連する不活性化であるflhDは全て、チャーターハウス・ウォーレンのゲノムにおける機能の喪失がなかったことと一致する差異を示します。以下は本論文の図2です。
●考察
本論文の結果から、LNBAのymt-ペスト菌系統は青銅器時代のヨーロッパ大陸部限らず、ブリテン島へと西方に拡大していた、と明らかになります。ブリテン島のペスト菌は現在のドイツにおける青銅器時代のゲノムと密接な類似性を有しており、このペスト菌はユーラシア草原地帯にさかのぼるヒトの拡大によりもたらされた、と示されます。したがって、本論文の結果から、以前に刊行されたゲノムとともに、4700~2800年前頃の期間にペスト菌のLNBA ymt-株がブリテン島からアジア東部までユーラシア全域に広がっていた、と示されます。それぞれイングランドの北西部と南西部に位置するレヴェンス・パークとチャーターハウス・ウォーレンの遺跡間の距離、およびその統計的に区別できない放射性炭素年代は、ブリテン島全域にもLNBA ymt-のペスト菌株が広範に分布していたことを示唆しているかもしれません。
この調査の個体は全員、ymt病原性遺伝子を欠いており、この遺伝子は、ノミを介した感染に重要な役割を果たしてきた、と知られています。ymt遺伝子を有する最初の既知のペスト菌株は、ユーラシア草原地帯の西部のサマラ地域で発見されており、年代は3800年前頃です。これは本論文で調べられたブリテン島の2点のペスト菌ゲノムと年代が近く、さらに広い地理的距離にわたるymt遺伝子の差異的な同時代の頻度のさらなる証拠を提供します。ymt遺伝はhms遺伝子とともに、ノミの中腸と前胃における真正細菌の生存とコロニー形成、したがってノミを介した感染を可能とします。しかし、研究では、ノミを介した感染の完全な外因性潜伏期間を必要としない、初期段階の感染モデルも示唆されてきました。ymt遺伝子は、ハツカネズミやヒトやクマネズミの血液とは対照的に、ドブネズミではノミを介した感染にさほど重要な役割を果たしていない、と示唆されてきました。
堆積の規模と広範な外傷の証拠の観点では、チャーターハウス・ウォーレンは前期青銅器時代ヨーロッパの状況で稀な遺跡です。チャーターハウスの集団埋葬で代表される個体群が、非正規の埋葬処置を受けていたことは明らかで、この異常な処置は、黒死病の流行に対応して中世ヨーロッパ全域で出現する集団墓のように、局所的なペスト発生に対する特定の対応だったかもしれない、との提案は自然かもしれません。しかし、チャーターハウス・ウォーレンの被葬者群の致命的な外傷の証拠から、この集団埋葬がペストの地誌的な発生に起因していた可能性は低そうです。それにも関わらず、この遺跡の残り28個体における偽陰性としてのペストのより高い感染率を完全には除外できず、それは、内在性の微生物なDNAの保存状態の悪さおよび変動的な病原体負荷などの要因のためで、これらは古代の病原体の検出をより困難にします。
これは、これらの個体の疾患と暴力的治療との間のつながりがあったかもしれないのかどうか、という問題を提起しますが、現時点で本論文はこの問題に答えることができません。子供2個体の下顎のうち少なくとも1点は死亡前後の外傷の兆候を示しますが、この遺骸の関節の外れた状態は、骨格の残りの外傷の可能性を評価できない、ということを意味します。子供2個体におけるペスト菌DNAの存在から、この2個体は外傷を負った時に病気になったか、あるいはペストでの死後に外傷を負った、と示唆されます。後者のシナリオを完全には却下できませんが、全体として遺骸群で観察された死亡前後の外傷率を考えると起こりそうになく、殆ど若しくは全員の個体が特定の暴力事件で殺害されたことを示唆します。対照的に、レヴェンス・パークのリングケアンの埋葬2は、この期間のもっと規範的な葬儀を表しています。これらの問題に答えて、ブリテン島とそれ以外の地域のペスト菌の感染動態と機能的進化をより深く理解するには、さらなる高解像度の標本抽出が必要でしょう。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
微生物学:後期新石器・青銅器時代にグレートブリテン島で流行したペストの起源
後期新石器時代から青銅器時代に流行したペストの原因病原体だったペスト菌(Yersinia pestis)の系統がグレートブリテン島に広がったのは、今から4000年前ごろであったことを示す論文が、Nature Communicationsに掲載される。この知見は、グレートブリテン島でペストが流行した年代を示す証拠として、これまでで最古のものであり、このペスト菌系統が青銅器時代のヨーロッパ大陸にとどまらず、西方に広がって、グレートブリテン島に到達していたことを明らかにしている。
ペスト菌の絶滅系統は、5000~2500年前のユーラシアで生活していた複数のヒト個体で特定されている。その1つである「後期新石器・青銅器時代(LNBA)系統」は、ユーラシアステップから生活圏を広げたヒト集団と共にヨーロッパに広がったという説が発表されている。しかし、LNBA系統がグレートブリテン島に広がった正確な時期は分かっていない。
今回、Pooja Swali、Pontus Skoglund、Thomas Boothらは、グレートブリテン島の前期青銅器時代の2カ所の遺跡に埋葬されていた34個体から採取したDNA試料を解析して、LNBA系統を発見した。今回の研究では、4000年前ごろと決定された3例のペスト菌ゲノムの塩基配列が解読された。ペスト菌ゲノムが見つかった3個体のうち2個体は、サマセット州チャーターハウス・ウォーレンにある異例の集団埋葬地で発見され、1個体は、カンブリア州レヴェンスのリングケアン(石を環状に並べた構造の遺跡)に単体埋葬されていた。これらの塩基配列解読された3例のペスト菌ゲノムはいずれも、ノミを介した感染に重要な役割を果たしたことが知られている病原性遺伝子(ymt)を獲得していなかった、中央ヨーロッパの青銅器時代の個体で観察された亜系統のゲノムだった。その後、このLNBA系統は、2800年前ごろに中央アジアで発見された。
今回の知見は、ペスト菌のLNBA系統が4700~2800年前にユーラシア全域に広がり、グレートブリテン島から東アジアまで広がっていたことを示唆している。LNBA系統を原因とするペストの重症度は現在のところ不明だが、その流行分布が数世紀以内に広範囲に拡大したことから、感染力はかなり強かったと示唆される。
参考文献:
Swali P. et al.(2023): Yersinia pestis genomes reveal plague in Britain 4000 years ago. Nature Communications, 14, 2930.
https://doi.org/10.1038/s41467-023-38393-w
●要約
ペストの病原体であるペスト菌(Yersinia pestis)の絶滅系統は、5000~2500年前頃のユーラシアの数個体で同定されてきました。「後期新石器時代~青銅器時代(Late Neolithic and Bronze Age、略してLNBA)系統」と呼ばれる、これらのうちの1系統は、ユーラシア草原地帯から拡大したヒト集団とともにヨーロッパへと広がった、と示唆されてきました。本論文では、すべて4000年前頃となるブリテン島のペスト菌のゲノム3点の配列決定により、LNBAペストがヨーロッパの北西部周辺に拡大した、と示されます。
2個体はサマセット州チャーターハウス・ウォーレン(Charterhouse Warren)の珍しい集団埋葬状況から、1個体はカンブリア州レヴェンス(Levens)のリングケアン(ring cairn、石を環状に並べた構造の遺跡)遺跡の単一埋葬から発掘されました。本論文が把握している限りでは、これは今までに記録されたブリテン島のLNBAペストの最古の証拠を表しています。3点すべてのペスト菌ゲノムは、推定される病原性因子yapCを失った、ヨーロッパ中央部の青銅器時代個体群で以前に観察された亜系統に属します。この疾患の重症度は現時点で不明ですが、数世紀以内の広範な地理的分布は、かなりの感染力を示唆します。
●研究史
ペスト菌は人獣共通感染症の真正細菌で、感染したノミ媒介動物の咬傷を介して感染する可能性があり、腺ペストもしくは敗血症を引き起こすか、あるいはヒトからヒトへの接触による呼吸器飛沫を介して、肺炎性ペストを引き起こします。古代DNA分析は、ユスティニアヌスのペストや黒死病などの歴史的な感染症だけではなく、先史時代に良好していたペスト菌の以前には知られていなかった証拠も同定しました。LNBAペストは、4700~2800年前頃のユーラシア全域で発見されてきました(関連記事)。最高頻度で観察されたLNBA系統には、ymt病原性因子(LNBA ymt-)が欠けています。Ymt遺伝子のある系統(LNBA ymt+)の既知の最初の証拠は、ロシアのサマラ(Samara)州の3800年前頃の1個体(RT5)と、スペインのアラバ(Álava)県の3300年前頃の1個体(I2470)で見つかりました。
LNBA系統はユーラシア草原地帯に由来するヒトの拡大により4800年前頃にヨーロッパ中央部および西部にもたらされた可能性が高く(関連記事)、これらの系統は特定の後期新石器時代ヨーロッパ社会の衰退に寄与した、にと仮定されてきました(関連記事)。しかし、LNBAペストがヨーロッパ全体でどこまで広がったのか不明で、LNBA ymt-系統の最西端での発見は、以前に3400年前頃のドイツ南部で同定されました。鐘状ビーカー(Bell Beaker)文化の拡大と関連したヒトの移動は、ブリテン島に草原地帯由来の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)をもたらし、4400年前頃以降にヨーロッパ大陸部とのつながりを強化して(関連記事)、ヨーロッパ北西部の青銅器時代集団もペスト菌のLNBA系統に影響を受けた、という可能性を開きましたが、これは今まで直接的に観察されていませんでした。
本論文はブリテン島の異なる地域の2ヶ所の遺跡からLNBAペスト菌感染の証拠を示し、この系統はユーラシア草原地帯に祖先系統がさかのぼる人口集団の西方への拡大後にブリテン島全域に拡大した、と示唆します。ブリテン島で見つかったLNBAペスト菌系統は、推定される病原性因子yapCを含めて、そのゲノムの大幅な喪失を経たクレード(単系統群)に属します。
●青銅器時代のブリテン島におけるペスト菌の検出
チャーターハウス・ウォーレンとレヴェンス・パーク(Levens Park)という、ブリテン島前期青銅器時代の2ヶ所の遺跡から34個体が標本抽出され、ブリテン島におけるLNBAペスト菌の存在が検査されました。古代DNA無菌室状態で歯が標本抽出され、二重索引一本鎖DNAライブラリが準備され、それぞれ180万~730万のペアエンド読み取りで検査されました。Kraken 2でメタゲノム解析が実行され、密接に関連する種である仮性結核菌(Yersinia pseudotuberculosis)と比較して、ペスト菌と一致するDNA断片配列(k-mers)のかなりの過剰のある個体群が同定されました。
この分析は、サマセット州チャーターハウス・ウォーレン農場から得られた病原性DNAについて検査された30個体のうち2個体(C10091/1233bおよびC10098/6265)を同定しました。この遺跡は間接で離れているヒト遺骸の集団埋葬群で、自然の立坑に単一の事象でともに堆積した可能性が高そうです。標本抽出された2点の歯は、それぞれ12±3歳と10±3歳の子供に由来します。C10098の歯と関連する下顎(約10歳の子供)は直接的に放射性炭素年代測定され【以下、基本的に較正年代です】、4145~3910年前(95.4%の信頼性)頃となり、この遺骸群の人骨で以前に刊行された2点の放射性炭素年代と一致します。もう一方の個体(C10091/1233b)は、同様の年代と仮定できます。
さらに、本論文の分析では、イギリスのカンブリア州のレヴェンス・パークのリングケアンから回収された4個体のうち1個体でペスト菌が同定されました。1点の完全な骨格と3点の散乱した骨格(埋葬1・2・3・4)が遺跡から回収され、全て4300~3700年前頃と直接的に年代測定されました。35~45歳くらいの女性で、板張りの墓(おそらく木棺)から屈んだ姿勢で回収され、ビーカー土器の破片が伴った埋葬2(C10928)の歯で、ペスト菌が検出されました。この放射性炭素年代をチャーターハウスの個体(C10098)から得られたものと比較すると、これら2個体がほぼ同年代だった可能性を却下できない、と示唆されます。
複数の遺跡から得られたこれらの結果から、ペスト菌は青銅器時代にブリテン島に拡大していた(図1A)、と論証されるものの、ペスト菌の発生頻度は不明なままで、この2ヶ所の遺跡で観察された頻度よりも低いかもしれないことに要注意です。考古学的遺骸におけるペスト菌検出の偽陰性率は不明ですが、高い可能性があるので、この2ヶ所の遺跡の他の個体が感染していたことを除外できません。以下は本論文の図1です。
●ゲノム配列決定
Illumina NovaSeqプラットフォームを用いて、少なくとも長さが35塩基対(base pair、略してbp)の分子を濃縮するよう規模選択した後で、チャーターハウス・ウォーレンの個体C10098と C10091から、それぞれ7億6800万と3億2200万の読み取り組み合わせの直接的なショットガン配列決定データが生成されました。レヴェンス・パークの個体(C10928)はショットガン配列決定ができませんでしたが、この個体のライブラリは他の2個体と同様に、ペスト菌RNAの囮(bait)を用いての溶液内標的濃縮手法で、ハイブリッド形成法捕獲の2回を経ました。
直接的なショットガン配列決定と標的濃縮実験のデータの統合により、MQ1のマッピング(多少の違いを許容しつつ、ヒトゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)品質管理で選別処理後に、個体C10091とC10098とC10928についてそれぞれ、ペスト菌のゲノムの平均網羅率8.4倍と6.1倍と3.3倍が得られました。これら3点のゲノムは、確実性の証拠を示しました。それは、死後損傷、参照ゲノムとの編集距離の関数としての観察された配列数の減少、単峰形の断片長分布、ゲノム全体の網羅率比較的均等な範囲です。
●系統発生再構築
本論文は、この調査で得られたゲノムと以前に刊行されたペスト菌の新石器時代とLNBAのゲノム(関連記事)を現代のペスト菌のゲノムと整列させ、仮性結核菌株IP3288128を同じ方法で整列させました。ゲノムの部分集合が保持され、これは、全ての刊行されたゲノムで部位ごとの最小限の配列深度が3で、室内1本鎖ライブラリの配列決定されたゲノムで最小深度が5であることを考えると、高度の呼び出し部位を有していました。IQ-TREEで系統発生推測が実行され、1000回のブートストラップ再現で不確実性が評価され、FigTreeで仮性結核菌の系統発生が根付かせられました。
本論文の最終的な系統発生推測は、27点の刊行された古代ゲノムとこの調査で得られたチャーターハウス・ウォーレンの両個体(C10091とC10098)で構成されます。再構築された系統発生では、チャーターハウス・ウォーレンのペスト菌のゲノムはLNBAのymt-クレード(単系統群)内に収まる、と分かりました。年代にしたがって大まかにまとめた、LNBAのymt-ゲノムの非対称的クレードでは、ブリテン島のゲノムはそれぞれ4300年前頃と4250年前頃となるチェコ共和国のゲノム(HOP001とHOP004)に由来するものの、4200年前頃となるロシアのゲノム(KLZ001)の基底部に位置する、と分かりました。じっさい、以前に刊行されたゲノムの接続形態は、以前に再構築された系統発生と一致します。レヴェンス・パークのより低い網羅率のゲノムも、チャーターハウス・ウォーレンと隣接するクレードからの高網羅率のゲノムに位置づけられ(図1B)、それはチャーターハウス・ウォーレンのゲノムと密接に関連していた可能性が高い、と分かりました。
チャーターハウス・ウォーレンの2点のゲノムは939710ヶ所の部位のうち2ヶ所の転換の不適正塩基対を、最小深度5で示します(不適正塩基対率は0.0002%)。これは両方ともC10091ゲノムにおける明らかな変化に起因し、CO92(NC_003143.1)参照ゲノムに整列させると、それぞれ位置2227793と2227794に隣接しています。アメリカ国立生物工学情報センター(National Center for Biotechnology Information、略してNCBI)ヌクレオチド保管所のBlastN検索では、全ての配列は最上位の一致として仮性結核菌とペスト菌を有している、と分かりましたが、観察された転換は挿入に隣接していた(さらに読み取られた1点の配列には欠失が含まれていました)ので、それらはデータベースで特徴づけられていない情報源からの疑似配列を表している可能性があるようです。
●欠失と機能的要素
高網羅率のチャーターハウス・ウォーレンのゲノム全体の配列深度の評価により、主要な欠失が検索されました。1000bp以上の新たな欠失は特定されませんでしたが、36000bpの領域の喪失をもたらし、複数の以前に配列決定された個体LNBA株で最古の欠失である、以前には特定された「事象1」も、チャーターハウス・ウォーレンとレヴェンス・パーク両方のゲノムで観察されます。この領域の喪失は、yapC病原性遺伝子の喪失をもたらし、この喪失は、試験管内では、培養細胞において付着を媒介する、と示されているので、感染期間におけるペスト菌のコロニー形成能力を向上させたかもしれません。
ブリテン島のペスト菌ゲノムの系統発生的位置づけと全て正確に合致する、他の機能的要素の存在と欠如が観察されます。全ての刊行された新石器時代およびLNBAゲノムに欠けており、現在ではほぼ1.ORI株で同定されている、線維状プロファージの欠如が確証されます。イギリスのペスト菌プラスミドに関する以前に報告された病原性因子の有無は、全て以前に刊行されたLNBAのymt-プラスミドと正確に合致します(図2B)。ノミの毒性増加と関連するUreD、生物膜形成の下方制御に関わるpde-2、免疫侵入と関連する不活性化であるflhDは全て、チャーターハウス・ウォーレンのゲノムにおける機能の喪失がなかったことと一致する差異を示します。以下は本論文の図2です。
●考察
本論文の結果から、LNBAのymt-ペスト菌系統は青銅器時代のヨーロッパ大陸部限らず、ブリテン島へと西方に拡大していた、と明らかになります。ブリテン島のペスト菌は現在のドイツにおける青銅器時代のゲノムと密接な類似性を有しており、このペスト菌はユーラシア草原地帯にさかのぼるヒトの拡大によりもたらされた、と示されます。したがって、本論文の結果から、以前に刊行されたゲノムとともに、4700~2800年前頃の期間にペスト菌のLNBA ymt-株がブリテン島からアジア東部までユーラシア全域に広がっていた、と示されます。それぞれイングランドの北西部と南西部に位置するレヴェンス・パークとチャーターハウス・ウォーレンの遺跡間の距離、およびその統計的に区別できない放射性炭素年代は、ブリテン島全域にもLNBA ymt-のペスト菌株が広範に分布していたことを示唆しているかもしれません。
この調査の個体は全員、ymt病原性遺伝子を欠いており、この遺伝子は、ノミを介した感染に重要な役割を果たしてきた、と知られています。ymt遺伝子を有する最初の既知のペスト菌株は、ユーラシア草原地帯の西部のサマラ地域で発見されており、年代は3800年前頃です。これは本論文で調べられたブリテン島の2点のペスト菌ゲノムと年代が近く、さらに広い地理的距離にわたるymt遺伝子の差異的な同時代の頻度のさらなる証拠を提供します。ymt遺伝はhms遺伝子とともに、ノミの中腸と前胃における真正細菌の生存とコロニー形成、したがってノミを介した感染を可能とします。しかし、研究では、ノミを介した感染の完全な外因性潜伏期間を必要としない、初期段階の感染モデルも示唆されてきました。ymt遺伝子は、ハツカネズミやヒトやクマネズミの血液とは対照的に、ドブネズミではノミを介した感染にさほど重要な役割を果たしていない、と示唆されてきました。
堆積の規模と広範な外傷の証拠の観点では、チャーターハウス・ウォーレンは前期青銅器時代ヨーロッパの状況で稀な遺跡です。チャーターハウスの集団埋葬で代表される個体群が、非正規の埋葬処置を受けていたことは明らかで、この異常な処置は、黒死病の流行に対応して中世ヨーロッパ全域で出現する集団墓のように、局所的なペスト発生に対する特定の対応だったかもしれない、との提案は自然かもしれません。しかし、チャーターハウス・ウォーレンの被葬者群の致命的な外傷の証拠から、この集団埋葬がペストの地誌的な発生に起因していた可能性は低そうです。それにも関わらず、この遺跡の残り28個体における偽陰性としてのペストのより高い感染率を完全には除外できず、それは、内在性の微生物なDNAの保存状態の悪さおよび変動的な病原体負荷などの要因のためで、これらは古代の病原体の検出をより困難にします。
これは、これらの個体の疾患と暴力的治療との間のつながりがあったかもしれないのかどうか、という問題を提起しますが、現時点で本論文はこの問題に答えることができません。子供2個体の下顎のうち少なくとも1点は死亡前後の外傷の兆候を示しますが、この遺骸の関節の外れた状態は、骨格の残りの外傷の可能性を評価できない、ということを意味します。子供2個体におけるペスト菌DNAの存在から、この2個体は外傷を負った時に病気になったか、あるいはペストでの死後に外傷を負った、と示唆されます。後者のシナリオを完全には却下できませんが、全体として遺骸群で観察された死亡前後の外傷率を考えると起こりそうになく、殆ど若しくは全員の個体が特定の暴力事件で殺害されたことを示唆します。対照的に、レヴェンス・パークのリングケアンの埋葬2は、この期間のもっと規範的な葬儀を表しています。これらの問題に答えて、ブリテン島とそれ以外の地域のペスト菌の感染動態と機能的進化をより深く理解するには、さらなる高解像度の標本抽出が必要でしょう。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
微生物学:後期新石器・青銅器時代にグレートブリテン島で流行したペストの起源
後期新石器時代から青銅器時代に流行したペストの原因病原体だったペスト菌(Yersinia pestis)の系統がグレートブリテン島に広がったのは、今から4000年前ごろであったことを示す論文が、Nature Communicationsに掲載される。この知見は、グレートブリテン島でペストが流行した年代を示す証拠として、これまでで最古のものであり、このペスト菌系統が青銅器時代のヨーロッパ大陸にとどまらず、西方に広がって、グレートブリテン島に到達していたことを明らかにしている。
ペスト菌の絶滅系統は、5000~2500年前のユーラシアで生活していた複数のヒト個体で特定されている。その1つである「後期新石器・青銅器時代(LNBA)系統」は、ユーラシアステップから生活圏を広げたヒト集団と共にヨーロッパに広がったという説が発表されている。しかし、LNBA系統がグレートブリテン島に広がった正確な時期は分かっていない。
今回、Pooja Swali、Pontus Skoglund、Thomas Boothらは、グレートブリテン島の前期青銅器時代の2カ所の遺跡に埋葬されていた34個体から採取したDNA試料を解析して、LNBA系統を発見した。今回の研究では、4000年前ごろと決定された3例のペスト菌ゲノムの塩基配列が解読された。ペスト菌ゲノムが見つかった3個体のうち2個体は、サマセット州チャーターハウス・ウォーレンにある異例の集団埋葬地で発見され、1個体は、カンブリア州レヴェンスのリングケアン(石を環状に並べた構造の遺跡)に単体埋葬されていた。これらの塩基配列解読された3例のペスト菌ゲノムはいずれも、ノミを介した感染に重要な役割を果たしたことが知られている病原性遺伝子(ymt)を獲得していなかった、中央ヨーロッパの青銅器時代の個体で観察された亜系統のゲノムだった。その後、このLNBA系統は、2800年前ごろに中央アジアで発見された。
今回の知見は、ペスト菌のLNBA系統が4700~2800年前にユーラシア全域に広がり、グレートブリテン島から東アジアまで広がっていたことを示唆している。LNBA系統を原因とするペストの重症度は現在のところ不明だが、その流行分布が数世紀以内に広範囲に拡大したことから、感染力はかなり強かったと示唆される。
参考文献:
Swali P. et al.(2023): Yersinia pestis genomes reveal plague in Britain 4000 years ago. Nature Communications, 14, 2930.
https://doi.org/10.1038/s41467-023-38393-w
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