シャチの近親交配

 シャチの近親交配と保全への影響に関する研究(Kardos et al., 2023)が公表されました。生物多様性保全のためには、絶滅危惧種の個体数を増加または減少させる要因を理解することがきわめて重要です。保全活動では、環境悪化や乱獲など、絶滅危惧種個体群の回復を制限するような外因的な脅威に対処することが多くなります。近親交配抑制などの遺伝的要因も個体群動態に影響を与えますが、これらの影響は野生ではほとんど測定されないため、保全活動ではしばしば無視されています。

 シャチはかつて、北太平洋では漁や間引きが行なわれていました。1970年代前半以降の法的保護は、アメリカ合衆国とカナダの西海岸沖のシャチ個体群の多くを回復させるのに役立ちましたが、「サザンレジデンツ(Southern Residents)」として知られる小さな群れはその例外です。頭数が100に満たないこの小さな群れは、他のシャチの群れよりも生存率と出生率が低く、遺伝学的問題がその一因かもしれない、と指摘されてきました。本論文はサザンレジデンツについて、自然選択により有害なアレル(対立遺伝子)が除去されているゲノム上の特徴にも関わらず、近親交配のために個体数増加が妨げられている可能性を指摘します。

 この研究は、サザンレジデンツの群れに属する生死合わせて100頭のシャチについて、ゲノムの塩基配列を解読し、北太平洋の他の個体群に属するシャチと比較しました。その結果、サザンレジデンツは遺伝的多様性が最低水準で、近親交配が最高水準と明らかになりました。対象個体の生存率のデータを評価すると、この低水準の遺伝的多様性と寿命の短さとの関連が示されました。雌のシャチは生殖適齢期に達するまで約20年かかるため、サザンレジデンツの雌は、その個体群の成長が確保されるほど長生きしていないかもしれない、と指摘されています。近親交配はシャチの個体群動態に強く影響している、というわけです。この研究は、地理的生息域や、1960~1970年代の生体捕獲による個体群効果など、自然要因と人為的要因が重なってサザンレジデンツ群内の近親交配が増加するようになったかもしれない、と示唆しています。

 また、サザンレジデンツは増加中の他の3個体群よりも推定される同型接合性の有害なアレルが多く、近親交配抑制が集団の適応に影響を与える、とさらに示唆しています。これらの結果は、近親交配が絶滅危惧種の個体群の回復を大幅に制限するかもしれない、と示しています。外来的な脅威のみに焦点を当てた保全活動では、集団の成長を制限する重要な内在的遺伝的要因を考慮できないかもしれない、というわけです。この研究は、近親交配を直接的には解消できないかもしれない、と指摘しつつ、この海域のシャチを対象に行なわれている保護の重要性を強調しています。哺乳類の近親交配は、人類進化史の観点からも注目されます(関連記事)。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


生態学:近親交配がシャチの保全を妨げているのかもしれない

 米国とカナダの西海岸沖でみられるシャチの群れ「サザンレジデンツ(Southern Residents)」が消滅しかかっているのは、隔離個体群内の近親交配のせいかもしれない。このことを報告する論文が、Nature Ecology & Evolutionに掲載される。この知見は、別のシャチの群れで有効だった保全措置がこの群れで機能していないとみられる理由を説明する一助になる可能性がある。

 シャチ(オルカとしても知られる)は、かつて北太平洋では漁や間引きが行われていた。1970年代前半以降の法的保護は、この海域のシャチ個体群の多くを回復させるのに役立ったが、サザンレジデンツとして知られる小さな群れはその限りではない。頭数が100に満たないこの群れは、他のシャチの群れよりも生存率と出生率が低く、遺伝学的問題がその一因である可能性が指摘されてきた。

 Marty Kardosたちは、サザンレジデンツの群れに属する生死合わせて100頭のシャチについて、ゲノムの塩基配列を解読した。そのゲノムを北太平洋の他の個体群に属するシャチのものと比較した結果、サザンレジデンツは遺伝的多様性が最低レベルで、近親交配が最高レベルであることが明らかになった。対象個体の生存率のデータを評価すると、この低レベルの遺伝的多様性と寿命の短さとの関連が示された。研究チームが示唆するところによれば、雌のシャチは生殖適齢期に達するまで約20年かかるため、サザンレジデンツの雌は、その個体群の成長が確保されるほど長生きしていない可能性があるという。

 Kardosたちは、地理的生息域や、1960~1970年代の生体捕獲による個体群効果など、自然要因と人為的要因が重なってサザンレジデンツ群内の近親交配が増加するようになった可能性があることを示唆している。そして、近親交配を直接解消することはできないかもしれないと述べながらも、この海域のシャチを対象に行われている保護の重要性を強調している。



参考文献:
Kardos M. et al.(2023): Inbreeding depression explains killer whale population dynamics. Nature Ecology & Evolution, 7, 5, 675–686.
https://doi.org/10.1038/s41559-023-01995-0

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