飛び道具が大好きなNHK
先日(2023年6月18日)、NHKスペシャル『ヒューマンエイジ 人間の時代 第2集 戦争 なぜ殺し合うのか』が放送されました。この番組では、飛び道具の発明により人間は狩られる側から狩る側へと大躍進した、と語られていました。この番組での飛び道具とは、単に槍や石器(もしくは自然の石)を投げることではなく、投槍器や弓矢を指しているようでしたから、明示されていなかったものの、現生人類(Homo sapiens)が飛び道具を発明し、狩猟効率を飛躍的に高めて、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)など他の人類を絶滅に追いやった、という前提で番組が構成されていたように思います。
しかし、飛び道具の発明により人類が狩られる側から狩る側へと大躍進した、との語りはさすがに飛び道具の過大評価に思われます。少なくともホモ属がその初期から肉を食べていたことは明らかですが、それが狩猟の結果なのか、それとも死肉漁りなのかは、容易に断定できません。ただ、アフリカ東部の人類集団ではすでに120万~50万年前頃に、死肉漁りではなく待ち伏せ狩猟が行なわれていたのではないか、と推測されています(関連記事)。飛び道具の使用が確認されていないネアンデルタール人も、大型動物を狩っていました(関連記事)。飛び道具がなくとも、人類は大型動物も狩っていたわけです。
投槍器がなくとも、槍を投げることはできます。ネアンデルタール人が槍を投げていた直接的証拠はまだないと思いますが、少なくとも一部のネアンデルタール人は日常的に投擲行動を繰り返していた、と推測されているので(関連記事)、ネアンデルタール人が槍を投げていた可能性は高そうです。またこの番組では、飛び道具の使用によって安全な狩猟が可能になった、と語られていましたが、すでに飛び道具を有していたと考えられる上部旧石器時代の初期現生人類と、飛び道具の使用が確認されていないネアンデルタール人との比較では、頭蓋外傷の受傷率は類似している、と指摘されています(関連記事)。さらに、この番組では投擲具を用いた場合の槍の有効射程距離が20m程度と推測されていましたが、槍を投げただけでも、最長20mで獲物を仕留めるくらいの打撃を与えられる、と示されています(関連記事)。
そうすると、飛び道具の使用が、ネアンデルタール人など非現生人類ホモ属が絶滅するまで、現生人類に決定的な優位をもたらしたとは、断定できないように思います。この番組では、フランス地中海地域のマンドリン(マンドラン)洞窟(Grotte Mandrin)における5万年前頃の「祖先」による飛び道具の使用が紹介されており、マンドリン洞窟では弓矢が用いられていた、と示したごく最近の研究(関連記事)も取り入れているところは、NHKの取材力に感心します。マンドリン洞窟で人工遺物の研究を進めており、最近レヴァントからヨーロッパへの初期現生人類の3回の主要な拡散の可能性を指摘した(関連記事)、ルドヴィック・スリマク(Ludovic Slimak)氏も登場して短い解説があり、私にとっては貴重な機会となりました。
しかし、マンドリン洞窟の考古学的研究から示唆されるのは、5万年以上前のヨーロッパ地中海地域の現生人類は絶滅したか他地域に撤退し、マンドリン洞窟にはその後でネアンデルタール人が到来した、ということで、それはネアンデルタール人のゲノムデータにより改めて示されました(関連記事)。つまり、飛び道具を有していたヨーロッパ地中海地域の最初期現生人類は、ネアンデルタール人との競合による圧迫があったのか否か、あったとしてどの程度だったのかはともかく、周辺のネアンデルタール人を圧倒するどころか、絶滅したか撤退した、というわけです。マンドリン洞窟の事例は、弓矢など現生人類に固有の投射武器(飛び道具)により、現生人類はネアンデルタール人に対して優位に立って置換した、というような見解をもはや単純には支持すべきでない、と示唆しているように思います。ヨーロッパにおけるネアンデルタール人と現生人類の関係はかなり複雑だったようです(関連記事)。
もう11年以上前となる2012年1月29日に、NHKスペシャル『ヒューマン なぜ人間になれたのか 第2集 グレートジャーニーの果てに』が放送されました(関連記事)。その番組は、飛び道具万能主義・中心史観とも言うべき見解を前提として、現生人類のアフリカから世界中への拡散を説明しており、さすがに単純化が過ぎるのではないか、と当時思ったものです。それから11年以上経過した今回のNHKスペシャルでも、飛び道具の画期性が、少なくともその出現当初に関しては過大評価のように思われ、NHKスペシャルの制作陣には、人類進化における飛び道具重視の観念が強く受け継がれているのでしょうか。
しかし、飛び道具の発明により人類が狩られる側から狩る側へと大躍進した、との語りはさすがに飛び道具の過大評価に思われます。少なくともホモ属がその初期から肉を食べていたことは明らかですが、それが狩猟の結果なのか、それとも死肉漁りなのかは、容易に断定できません。ただ、アフリカ東部の人類集団ではすでに120万~50万年前頃に、死肉漁りではなく待ち伏せ狩猟が行なわれていたのではないか、と推測されています(関連記事)。飛び道具の使用が確認されていないネアンデルタール人も、大型動物を狩っていました(関連記事)。飛び道具がなくとも、人類は大型動物も狩っていたわけです。
投槍器がなくとも、槍を投げることはできます。ネアンデルタール人が槍を投げていた直接的証拠はまだないと思いますが、少なくとも一部のネアンデルタール人は日常的に投擲行動を繰り返していた、と推測されているので(関連記事)、ネアンデルタール人が槍を投げていた可能性は高そうです。またこの番組では、飛び道具の使用によって安全な狩猟が可能になった、と語られていましたが、すでに飛び道具を有していたと考えられる上部旧石器時代の初期現生人類と、飛び道具の使用が確認されていないネアンデルタール人との比較では、頭蓋外傷の受傷率は類似している、と指摘されています(関連記事)。さらに、この番組では投擲具を用いた場合の槍の有効射程距離が20m程度と推測されていましたが、槍を投げただけでも、最長20mで獲物を仕留めるくらいの打撃を与えられる、と示されています(関連記事)。
そうすると、飛び道具の使用が、ネアンデルタール人など非現生人類ホモ属が絶滅するまで、現生人類に決定的な優位をもたらしたとは、断定できないように思います。この番組では、フランス地中海地域のマンドリン(マンドラン)洞窟(Grotte Mandrin)における5万年前頃の「祖先」による飛び道具の使用が紹介されており、マンドリン洞窟では弓矢が用いられていた、と示したごく最近の研究(関連記事)も取り入れているところは、NHKの取材力に感心します。マンドリン洞窟で人工遺物の研究を進めており、最近レヴァントからヨーロッパへの初期現生人類の3回の主要な拡散の可能性を指摘した(関連記事)、ルドヴィック・スリマク(Ludovic Slimak)氏も登場して短い解説があり、私にとっては貴重な機会となりました。
しかし、マンドリン洞窟の考古学的研究から示唆されるのは、5万年以上前のヨーロッパ地中海地域の現生人類は絶滅したか他地域に撤退し、マンドリン洞窟にはその後でネアンデルタール人が到来した、ということで、それはネアンデルタール人のゲノムデータにより改めて示されました(関連記事)。つまり、飛び道具を有していたヨーロッパ地中海地域の最初期現生人類は、ネアンデルタール人との競合による圧迫があったのか否か、あったとしてどの程度だったのかはともかく、周辺のネアンデルタール人を圧倒するどころか、絶滅したか撤退した、というわけです。マンドリン洞窟の事例は、弓矢など現生人類に固有の投射武器(飛び道具)により、現生人類はネアンデルタール人に対して優位に立って置換した、というような見解をもはや単純には支持すべきでない、と示唆しているように思います。ヨーロッパにおけるネアンデルタール人と現生人類の関係はかなり複雑だったようです(関連記事)。
もう11年以上前となる2012年1月29日に、NHKスペシャル『ヒューマン なぜ人間になれたのか 第2集 グレートジャーニーの果てに』が放送されました(関連記事)。その番組は、飛び道具万能主義・中心史観とも言うべき見解を前提として、現生人類のアフリカから世界中への拡散を説明しており、さすがに単純化が過ぎるのではないか、と当時思ったものです。それから11年以上経過した今回のNHKスペシャルでも、飛び道具の画期性が、少なくともその出現当初に関しては過大評価のように思われ、NHKスペシャルの制作陣には、人類進化における飛び道具重視の観念が強く受け継がれているのでしょうか。
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