雄のケナガマンモスの発情期
雄のケナガマンモスの発情期に関する研究(Cherney et al., 2023)が公表されました。生体媒質に含まれるホルモンからは、発達や生殖や疾病やストレスに関連する内分泌活動が、さまざまな時間規模で明らかになります。血清からはその時に循環している濃度が得られるのに対し、各種の組織には経時的に蓄積したステロイドホルモンが記録されています。ホルモンはこれまで、現代と古代の両方において、ケラチンや骨や歯で調べられてきましたが、そうした記録の生物学的な重要性に関しては議論が続いており、歯に関連するホルモンの有用性はまだ実証されていません。
本論文は、液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC–MS/MS)法を微細スケールの連続試料採取と組み合わせて用いて、現代の牙および牙の化石の象牙質に含まれるステロイドホルモンの濃度を測定しました。アフリカゾウ(Loxodonta africana)の雄の成体の牙には、毎年繰り返される、交尾の成功率を高める行動的および生理的変化期間である「マスト(雄の発情期)」の発現を示す、テストステロンの周期的な増加(同年の他の時期と比較して最大20倍)が認められました。テストステロン値は、同じ年の他の時期の最大20倍に上昇していました。一方、ケナガマンモス(Mammuthus primigenius)の生殖生理と行動の多くの特徴、たとえば成体の雄ゾウの場合と同様にテストステロン濃度の上昇を伴い、生殖の成功に関連する発情期があったのかどうかは、判明していません。
牙を形成する骨性物質である象牙質の層には成長記録が保存されており、マンモスの生活史の詳細を復元するために利用できるため、牙は重要な情報源になっています。本論文は、38866~33291年前頃に生息していたと推定される雄のケナガマンモスの牙と、5885~5597年前頃に生息していたと推定される雌のケナガマンモスの牙を調べて、ホルモン濃度の変動の特徴を調べました。その結果、マンモスもマストを経験していた、と明らかになりました。ただ、上昇率はアフリカゾウよりも低く、他の時期の約10倍でした。本論文はその要因として、ホルモンのサンプルが分解していた可能性を指摘しています。一方、雌のケナガマンモスの場合には、テストステロン(とプロゲステロンとアンドロステンジオン)の濃度は、雄のマンモスとゾウよりも低く、雌のテストステロン値には、ほとんど変動が見られませんでした。
これらの結果は、象牙質に保存されているステロイドを用いて、現生哺乳類および絶滅哺乳類の発達や生殖やストレスを調べる、広範な研究の土台を整えます。象牙質は、付加成長し、分解に強く、多くは成長線を含むことから、歯は内分泌データの記録として用いられている他の組織よりも優れています。正確な分析に必要となる象牙質粉末の量が少ないため、象牙質ホルモンの研究はより小型の動物にも広がる、と期待されます。したがって、歯のホルモン記録は、動物学および古生物学での幅広い応用に留まらず、医学や法医学や獣医学や考古学の研究にも役立つ可能性があります。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
生態学:雄のケナガマンモスも発情期を経験していた
雄のケナガマンモスには、近縁の現生ゾウと同じように発情期があったことを示唆した論文が、Natureに掲載される。発情期は、テストステロンにより行動や生理状態が変化する時期で、生殖の成功に関連している。今回の研究では、推定年代が約3万9000~3万3000年前とされる雄のマンモスの牙の象牙質に含まれるホルモンの濃度が変動していたことが明らかになった。こうした知見は、古代と現代の動物においてホルモンが引き起こす行動を調べるために、歯(イッカクの一本角を含む)のホルモン濃度の分析が有益であることを示している。
ケナガマンモスの生殖生理と行動の多くの特徴、例えば、成体の雄ゾウの場合と同様にテストステロン濃度の上昇を伴い、生殖の成功に関連する発情期があったのかどうかといったことは判明していない。牙を形成する骨性物質である象牙質の層には成長記録が保存されており、マンモスの生活史の詳細を復元するために利用できるため、牙は重要な情報源になっている。今回、Michael Cherneyらは、この記録の潜在的価値を評価するため、現生アフリカゾウと、3万8866~3万3291年前に生息していたと推定される雄のケナガマンモスと、5885~5597年前に生息していたと推定される雌のケナガマンモスの牙を調べて、ホルモン濃度の変動の特徴を探索した。
分析の結果、アフリカゾウの場合、雄は、成体期にテストステロン値が上昇したが、それより若い時期には上昇しておらず、テストステロン値の上昇期が交尾の季節の発情期と一致していたことが明らかになった。テストステロン値は、同じ年の他の時期の最大20倍に上昇していた。雄のケナガマンモスの牙から採取されたサンプルでは、成体期のテストステロン値に同様の変動が見られたが、上昇率はアフリカゾウよりも低かった(他の時期の約10倍)。Cherneyらは、雄のケナガマンモスのホルモン濃度の上昇がアフリカゾウほど大きくなかった原因として、ホルモンのサンプルが分解していた可能性がある点を指摘している。一方、雌のケナガマンモスの場合には、テストステロン(とプロゲステロンとアンドロステンジオン)の濃度は、雄のマンモスとゾウよりも低く、雌のテストステロン値には、ほとんど変動が見られなかった。
Cherneyらは、以上の知見はケナガマンモスに発情期があったことを示す初めての内分泌学的証拠であることを報告している。Cherneyらは、今回の研究では、歯の成長記録から生活史上の出来事に関連したホルモンの変化が明らかになる可能性が示されたと結論付けている。
古生態学:牙のテストステロン記録から明らかになったケナガマンモスのマストの周期的発現
Cover Story:荒れ狂う雄:牙の成長の記録から明らかになった雄のマンモスにおけるテストステロンの急増
表紙は、2頭の雄マンモスが闘っている姿の想像図である。成熟した雄のゾウは、「マスト」と呼ばれる発情期の発現中、交尾のための攻撃や競争と関連したテストステロンレベルの上昇を経験する。今回M Cherneyたちは、雄のケナガマンモス(Mammuthus primigenius)にも、同様にマストの発現が見られたことを示している。著者たちは、象牙質の層から成長の記録が得られる牙に着目した。そして、液体クロマトグラフィーとタンデム質量分析法を使い、現生のゾウと有史以前のマンモスの牙から得られた象牙質を用いることで、ホルモンの記録の再構築が可能になった。得られた結果からは、雄のマンモスにも、雄のアフリカゾウの記録に見られるマストに伴うテストステロンの変動と同様の変動が見られることが明らかになった。
参考文献:
Cherney MD. et al.(2023): Testosterone histories from tusks reveal woolly mammoth musth episodes. Nature, 617, 7961, 533–539.
https://doi.org/10.1038/s41586-023-06020-9
本論文は、液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC–MS/MS)法を微細スケールの連続試料採取と組み合わせて用いて、現代の牙および牙の化石の象牙質に含まれるステロイドホルモンの濃度を測定しました。アフリカゾウ(Loxodonta africana)の雄の成体の牙には、毎年繰り返される、交尾の成功率を高める行動的および生理的変化期間である「マスト(雄の発情期)」の発現を示す、テストステロンの周期的な増加(同年の他の時期と比較して最大20倍)が認められました。テストステロン値は、同じ年の他の時期の最大20倍に上昇していました。一方、ケナガマンモス(Mammuthus primigenius)の生殖生理と行動の多くの特徴、たとえば成体の雄ゾウの場合と同様にテストステロン濃度の上昇を伴い、生殖の成功に関連する発情期があったのかどうかは、判明していません。
牙を形成する骨性物質である象牙質の層には成長記録が保存されており、マンモスの生活史の詳細を復元するために利用できるため、牙は重要な情報源になっています。本論文は、38866~33291年前頃に生息していたと推定される雄のケナガマンモスの牙と、5885~5597年前頃に生息していたと推定される雌のケナガマンモスの牙を調べて、ホルモン濃度の変動の特徴を調べました。その結果、マンモスもマストを経験していた、と明らかになりました。ただ、上昇率はアフリカゾウよりも低く、他の時期の約10倍でした。本論文はその要因として、ホルモンのサンプルが分解していた可能性を指摘しています。一方、雌のケナガマンモスの場合には、テストステロン(とプロゲステロンとアンドロステンジオン)の濃度は、雄のマンモスとゾウよりも低く、雌のテストステロン値には、ほとんど変動が見られませんでした。
これらの結果は、象牙質に保存されているステロイドを用いて、現生哺乳類および絶滅哺乳類の発達や生殖やストレスを調べる、広範な研究の土台を整えます。象牙質は、付加成長し、分解に強く、多くは成長線を含むことから、歯は内分泌データの記録として用いられている他の組織よりも優れています。正確な分析に必要となる象牙質粉末の量が少ないため、象牙質ホルモンの研究はより小型の動物にも広がる、と期待されます。したがって、歯のホルモン記録は、動物学および古生物学での幅広い応用に留まらず、医学や法医学や獣医学や考古学の研究にも役立つ可能性があります。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
生態学:雄のケナガマンモスも発情期を経験していた
雄のケナガマンモスには、近縁の現生ゾウと同じように発情期があったことを示唆した論文が、Natureに掲載される。発情期は、テストステロンにより行動や生理状態が変化する時期で、生殖の成功に関連している。今回の研究では、推定年代が約3万9000~3万3000年前とされる雄のマンモスの牙の象牙質に含まれるホルモンの濃度が変動していたことが明らかになった。こうした知見は、古代と現代の動物においてホルモンが引き起こす行動を調べるために、歯(イッカクの一本角を含む)のホルモン濃度の分析が有益であることを示している。
ケナガマンモスの生殖生理と行動の多くの特徴、例えば、成体の雄ゾウの場合と同様にテストステロン濃度の上昇を伴い、生殖の成功に関連する発情期があったのかどうかといったことは判明していない。牙を形成する骨性物質である象牙質の層には成長記録が保存されており、マンモスの生活史の詳細を復元するために利用できるため、牙は重要な情報源になっている。今回、Michael Cherneyらは、この記録の潜在的価値を評価するため、現生アフリカゾウと、3万8866~3万3291年前に生息していたと推定される雄のケナガマンモスと、5885~5597年前に生息していたと推定される雌のケナガマンモスの牙を調べて、ホルモン濃度の変動の特徴を探索した。
分析の結果、アフリカゾウの場合、雄は、成体期にテストステロン値が上昇したが、それより若い時期には上昇しておらず、テストステロン値の上昇期が交尾の季節の発情期と一致していたことが明らかになった。テストステロン値は、同じ年の他の時期の最大20倍に上昇していた。雄のケナガマンモスの牙から採取されたサンプルでは、成体期のテストステロン値に同様の変動が見られたが、上昇率はアフリカゾウよりも低かった(他の時期の約10倍)。Cherneyらは、雄のケナガマンモスのホルモン濃度の上昇がアフリカゾウほど大きくなかった原因として、ホルモンのサンプルが分解していた可能性がある点を指摘している。一方、雌のケナガマンモスの場合には、テストステロン(とプロゲステロンとアンドロステンジオン)の濃度は、雄のマンモスとゾウよりも低く、雌のテストステロン値には、ほとんど変動が見られなかった。
Cherneyらは、以上の知見はケナガマンモスに発情期があったことを示す初めての内分泌学的証拠であることを報告している。Cherneyらは、今回の研究では、歯の成長記録から生活史上の出来事に関連したホルモンの変化が明らかになる可能性が示されたと結論付けている。
古生態学:牙のテストステロン記録から明らかになったケナガマンモスのマストの周期的発現
Cover Story:荒れ狂う雄:牙の成長の記録から明らかになった雄のマンモスにおけるテストステロンの急増
表紙は、2頭の雄マンモスが闘っている姿の想像図である。成熟した雄のゾウは、「マスト」と呼ばれる発情期の発現中、交尾のための攻撃や競争と関連したテストステロンレベルの上昇を経験する。今回M Cherneyたちは、雄のケナガマンモス(Mammuthus primigenius)にも、同様にマストの発現が見られたことを示している。著者たちは、象牙質の層から成長の記録が得られる牙に着目した。そして、液体クロマトグラフィーとタンデム質量分析法を使い、現生のゾウと有史以前のマンモスの牙から得られた象牙質を用いることで、ホルモンの記録の再構築が可能になった。得られた結果からは、雄のマンモスにも、雄のアフリカゾウの記録に見られるマストに伴うテストステロンの変動と同様の変動が見られることが明らかになった。
参考文献:
Cherney MD. et al.(2023): Testosterone histories from tusks reveal woolly mammoth musth episodes. Nature, 617, 7961, 533–539.
https://doi.org/10.1038/s41586-023-06020-9
この記事へのコメント