シャチの母親の生活史
シャチの母親の生活史戦略を検証した研究(Weiss et al., 2023)が公表されました。動物の繁殖戦略はさまざまで、母親が性成熟後の子供の世話をする事例も知られています。たとえばボノボ(Pan paniscus)は、娘よりも息子の世話に熱心で、息子の適応度を上げている、と報告されています(関連記事)。一方、ボノボと最近縁の分類群であるチンパンジー(Pan troglodytes)では、そうした傾向は見られませんでした。これは、繁殖戦略の進化が起きやすく、近縁な分類群間でも異なることを示唆しており、人類進化史の解明でもこうした観点が重要になってくるでしょう。
●要約
親は子供の生存を高めるために自身の将来の繁殖成功を犠牲にすることが多く、これは親の投資と呼ばれる現象です。いくつかの社会性哺乳類では、母親は子供の生存をその成人後も向上させ続けます。しかし、この長期の世話が母親の繁殖損失をもたらすのかどうか、したがって母親の投資を表しているのかどうか、よく理解されていません。本論文は、生涯の母親の世話が、魚を食べる「定住型」シャチ(Orcinus orca)における親の投資の一形態なのかどうか、検証しました。シャチの成体、とくに雄は、その母親から生存上の利益を受け取る、と知られています。しかし、これが母親の繁殖成功に負担をもたらしているのかどうか、分かっていません。
本論文は、「南部定住(southern resident)」集団の数十年の完全な個体群調査データを用いて、雌の生存している離乳した息子の個体数と、生存できた子供を産む年間確率との間に、強い負の相関を見つけました。この負の効果は息子が成長しても弱まらず、息子への負担は授乳の長期負担もしくは集団構成効果では説明できず、成体の息子への世話は繁殖的に損失である、という仮説を裏づけます。これは、多回繁殖性動物における生涯の母親の投資の最初の直接的証拠で、以前には知られていなかった生活史戦略を明らかにします。
●研究史
親が将来の繁殖を犠牲にして子供の生存を向上させる投資期間は、動物の生活史の基本的な特徴です。一部の種では、子供は離乳後も長く、時には生涯にわたって母親の存在から生存上の利益を得続けており、長期の生涯にわたるかもしれない母親の世話を示唆しています。この生涯にわたる世話が親の投資の一形態なのかどうか、よく分かっておらず、それは、母親の将来の繁殖成功に対するこの世話の負担(もしくはその欠如)が、ほとんど定量化されていないからです。ヒトを含む霊長類では、長期の母親と子供の絆が相互に利益をもたらし、母親の出産間隔を短縮したり、母親の生存を高めたり、妹弟の生存を高めたりするので、母親の世話を表しているかもしれないものの、必ずしも投資を表しはいないかもしれない、と一般的に考えられています。他の分類群における繁殖の負担もしくは延長された母親の世話の利益は、この生活史戦略がどう進化史のか、という理解を妨げます。
魚を食べる「定住型」シャチは、延長された母親の世話の極端な事例を示しています。これらの集団では、母親の世話の存在が、とくに雄で生涯にわたって生存を高めます。これらの利益は、採食における母親の生態学的知識および指導力と直接的な食料共有の少なくとも一部に由来する可能性が高そうです。母親がこの体系において子供に提供する生存上の利益は充分に確証されていますが、この行動が母親にとって繁殖上の負担なのかどうかは不明です。雌が子供を助けるために繁殖上の負担を払わないならば、この関係は一部の霊長類社会において母親と整体の子供との間で見られる相利共生関係と似ているかもしれません。しかし、子供への生涯にわたる世話が母親に繁殖上の負担を課すならば、この関係は生涯にわたる母親の投資の事例ではあり、多回繁殖性動物でまだ記録されていない戦略です。
本論文は、1976年以降の毎年の集団の完全な個体群調査で構成される、「南部定住」集団に関する長期の研究を用いて、シャチにおける生涯にわたる母親の世話の負担を調べました。生存している離乳した子がより多くいる雌は、その年に繁殖に成功する可能性は低くなり、これらの影響は、母親が優先的に息子を支援するため、雄の場合にはより大きくなる、と本論文は予測しました。本論文はさらに、これらの影響は息子の年齢とは関係しておらず、母親への雄の生涯にわたる依存を反映している、と仮定しました。
本論文は、1982~2021年まで、年齢が分かっている南部定住集団の雌(40頭)のデータを照合しました。雌が繁殖できなかったクジラ年(雌が性別不明の母系構成員を離乳させた年)の除外後、本論文のデータセットには636のクジラ年と67の記録された出生が含まれていました。この集団における高い新生児死亡率のため、本論文は、子供が生後1年を生き延びたならば、出産を「成功」とみなしました。67頭の出産のうち、54頭の子供が生後1年を生き延びたので、成功した繁殖の事例とみなされました。
本論文は、ベイズロジスティック回帰モデルを用いて、離乳した子供の世話の負担を分析しました。これらのモデルには全て、ベルヌーイ(Bernoulli)誤差構造があり、特定の年に雌が繁殖に成功したのかどうか、予測します。全てのモデルには、年齢別の繁殖結果、個体水準の差異、年間の傾向、年内の相関を説明する項が含まれていました。
●娘ではなく息子が母親のその後の繁殖成功を減少させます
本論文の最初のモデル(モデル1)は、雄と雌の子供が母親の将来の繁殖成功を減少させるのかどうか、検証しました。上述の項に加えて、モデルの予測因子として各年の生存している離乳した息子と娘雌の数が含められました。その結果、息子が生物学的に有意な繁殖負担を課している、という強い統計的証拠が見つかりました(図1)。対照的に、娘が母親の繁殖来航に影響を及ぼした、という証拠は見つかりませんでした。対比分析は、息子の影響が娘の影響よりも負だった、という明確な証拠を提供しました。以下は本論文の図1です。
●息子の影響は授乳負担もしくは集団構成では説明できません
本論文は、継続的な母親の投資なしでの息子の明らかな負担につながるかもしれない、2つの過程を検討しました。第一に、雄の集団構成員が一般的に負担であるならば、生き残っている息子の数と繁殖結果との間の相関が生じるかもしれません。雄にはより大きなエネルギーが必要で、強力的な行動をとる可能性が低いため、これはとくにありそうです。第二に、子供を離乳まで育てること自体、エネルギー的に負担となり、雌はこの初期の投資を息子に偏らせているかもしれません。この初期の投資が長期的影響を有するならば、継続的な投資がない場合でさえ、これは雌の息子の数と年間の繁殖成功との間に負の相関を生じさせるかもしれません。
これらの可能性を調べるため、年間の繁殖成功の予測因子として、生き残っている息子の数、以前に離乳したもののもはや生きていない雄の数、各雌の母系における他の離乳した雄の数を含むモデル(モデル2)が適合されました。生き残っている息子は、モデル1からの有効規模における減少なしに、母親の繁殖に負の影響を及ぼす、と再度明らかになりました。対照的に、もはや生きていない息子は繁殖に明確な影響を及ぼさず、小さくて不確実な正の推定影響がありました。同様に、雌の繁殖に対して、息子ではない雄の集団構成員の明確な影響は見つかりませんでした。死んだ息子の推定影響には高い分散があったものの、生き残っている息子が死んだ息子よりも強い負の影響を及ぼしている、という中程度に強い証拠が依然としてありました。息子の影響が他の雄の集団構成員よりも強かった、というひじょうに強い証拠もありました。
●息子は加齢とともに負担が低くなるわけではありません
次に、息が生涯にわたって負担をかけるままなのか、それともこれらは息子の加齢とともに減少するのか、確認が試みられました。後者が当てはまる場合、生涯にわたってではないものの長い母親の投資が示唆されるでしょう。これを調べるため、母親の年齢特有の繁殖率を考慮しながら、雄が加齢とともに変わる母親の繁殖成功に及ぼす影響を可能とするモデル(モデル3)が適合されました。その結果、息子が加齢とともにより負担ではなくなった、という証拠は見つからず、モデルは雄が年齢に関係なく一貫して負担だったことを示唆します(図2)。以下は本論文の図2です。
●考察
南部定住シャチの雌が息子に提供する長期の生存の利益は自身の繁殖成功に顕著な影響を及ぼす、と本論文の分析は論証します。本論文が把握している限りでは、これは多回繁殖性動物における生涯にわたる母親の投資の最初の直接的証拠です。
本論文の結果は、両性の定住制と集団外配偶の種における母親の投資および生活史の理論的予測と一致します。シャチでは、娘は母親の集団内で繁殖し、それは年上の世代の女性にとって負担となる繁殖競合につながる可能性があります。対照的に、息子の子供は通常、他の母系で生まれ(ただ、母系内配偶の稀な事例が記録されてきました)、そこでは雄の母親もしくはその親族と競合する可能性は低くなります。したがって、理論的予測は、援助を特定の子供に向けることができる場合、女性は優先的に息子に食料を供給するはずだ、というものです。成体の息子の生存を高める間接的な適応の利益は、雌のシャチにおけるより長い寿命の線体躯に寄与する可能性が高そうですが、娘との晩年の繁殖競合は繁殖寿命の延長に対して選択圧を及ぼします。本論文の結果はこのシャチの生活史進化の全体像を拡張し、息子の生存を向上させる間接的な利益が、生涯にわたる雌の繁殖成功への多大な負担を上回るほど充分に重要である、と示唆します。
本論文の分析は、息子を世話している雌の繁殖低下の根底にある正確な機序を解明できませんが、このパターンは少なくとも部分的には、直接的な獲物の共有を通じての息子への食料供給の負担により起きている、と仮定されます。この集団における雌の繁殖成功は、獲物の入手可能性と雌の栄養状態に強く依存しているので、獲物の共有に起因する食料摂取の減少は、雌の繁殖成功に顕著な影響を及ぼしている可能性が高そうです。子供の生涯にわたる母親の投資の水準を決定するさいの、資源の入手可能性と母親の状態の役割は、個々の身体状態と生理機能の分析、および他の集団、とくに近隣の「北部」定住集団および同所性のビッグス(以前には「短期滞在」)シャチ集団との比較によりさらに調査できます。これらの集団は南部定住型と類似の生活史を有していますが、資源はより少なくなっています。そうした分析は、母親の状態と性別の偏った母親の投資の理論的モデルからの予測が、生涯の投資の極端な事例に当てはまるのかどうか、検証できるでしょう。
南部定住型シャチは、1990年代初頭以降減少傾向にあり、本論文執筆時点では73頭が生存しています。本論文で報告された影響は、集団水準の繁殖率に重要な意味を有しているかもしれません。具体的には、繁殖年齢の雌の大半に1頭もしくは複数の生き残っている息子がいるならば、集団の繁殖能力の減少が予測されるでしょう。過去50年間で、少なくとも1頭の息子がいる繁殖可能な雌の割合は、30%未満から80%近くにまで変わっており、繁殖可能な雌の63%には2022年初頭の時点で息子がいます。将来の研究は、これらのパターンが過去の個体群統計の傾向に寄与したかもしれないのかどうか、これらの影響が将来の集団の生存力に影響を及ぼすかもしれないのかどうか、調べるべきです。以下は本論文の要約図です。
息子への大きな投資は、両性の定住制と集団外配偶の体系で予測されているので、生涯の投資は、ゴンドウクジラ属種(Globicephala spp.)やオキゴンドウ(Pseudorca crassidens)やのシャチ集団と同様の個体群など、定住型シャチ統計パターンのあるハクジラ類で起きるかもしれない、と予測されます。類似の個体群統計を有することに加えて、これらの種は定住型シャチのように顕著な性的二形を示し、それは雄のより高いエネルギー要求を満たすために、息子に対する母親のより大きな投資への選択に寄与したかもしれません。これらの種の生活史の研究は、雌がその成熟した子供の生存を高めるのかどうか、確証スカルだけではなく、雌がそのために繁殖の負担を払うのかどうか、確認しようとせねばなりません。成熟した子供が母親の存在から利益を得ると知られている他の種での小委らの研究は、同様にこの世話を提供する母親の繁殖負担を分析せねばなりません。生涯にわたる母親の投資の分類学的および生態学的分布に関するデータは、この極端な生活史戦略の進化を理解するのに重要でしょう。
参考文献:
Weiss MN. et al.(2023): Costly lifetime maternal investment in killer whales. Current Biology, 33, 4, 744–748.E3.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2022.12.057
●要約
親は子供の生存を高めるために自身の将来の繁殖成功を犠牲にすることが多く、これは親の投資と呼ばれる現象です。いくつかの社会性哺乳類では、母親は子供の生存をその成人後も向上させ続けます。しかし、この長期の世話が母親の繁殖損失をもたらすのかどうか、したがって母親の投資を表しているのかどうか、よく理解されていません。本論文は、生涯の母親の世話が、魚を食べる「定住型」シャチ(Orcinus orca)における親の投資の一形態なのかどうか、検証しました。シャチの成体、とくに雄は、その母親から生存上の利益を受け取る、と知られています。しかし、これが母親の繁殖成功に負担をもたらしているのかどうか、分かっていません。
本論文は、「南部定住(southern resident)」集団の数十年の完全な個体群調査データを用いて、雌の生存している離乳した息子の個体数と、生存できた子供を産む年間確率との間に、強い負の相関を見つけました。この負の効果は息子が成長しても弱まらず、息子への負担は授乳の長期負担もしくは集団構成効果では説明できず、成体の息子への世話は繁殖的に損失である、という仮説を裏づけます。これは、多回繁殖性動物における生涯の母親の投資の最初の直接的証拠で、以前には知られていなかった生活史戦略を明らかにします。
●研究史
親が将来の繁殖を犠牲にして子供の生存を向上させる投資期間は、動物の生活史の基本的な特徴です。一部の種では、子供は離乳後も長く、時には生涯にわたって母親の存在から生存上の利益を得続けており、長期の生涯にわたるかもしれない母親の世話を示唆しています。この生涯にわたる世話が親の投資の一形態なのかどうか、よく分かっておらず、それは、母親の将来の繁殖成功に対するこの世話の負担(もしくはその欠如)が、ほとんど定量化されていないからです。ヒトを含む霊長類では、長期の母親と子供の絆が相互に利益をもたらし、母親の出産間隔を短縮したり、母親の生存を高めたり、妹弟の生存を高めたりするので、母親の世話を表しているかもしれないものの、必ずしも投資を表しはいないかもしれない、と一般的に考えられています。他の分類群における繁殖の負担もしくは延長された母親の世話の利益は、この生活史戦略がどう進化史のか、という理解を妨げます。
魚を食べる「定住型」シャチは、延長された母親の世話の極端な事例を示しています。これらの集団では、母親の世話の存在が、とくに雄で生涯にわたって生存を高めます。これらの利益は、採食における母親の生態学的知識および指導力と直接的な食料共有の少なくとも一部に由来する可能性が高そうです。母親がこの体系において子供に提供する生存上の利益は充分に確証されていますが、この行動が母親にとって繁殖上の負担なのかどうかは不明です。雌が子供を助けるために繁殖上の負担を払わないならば、この関係は一部の霊長類社会において母親と整体の子供との間で見られる相利共生関係と似ているかもしれません。しかし、子供への生涯にわたる世話が母親に繁殖上の負担を課すならば、この関係は生涯にわたる母親の投資の事例ではあり、多回繁殖性動物でまだ記録されていない戦略です。
本論文は、1976年以降の毎年の集団の完全な個体群調査で構成される、「南部定住」集団に関する長期の研究を用いて、シャチにおける生涯にわたる母親の世話の負担を調べました。生存している離乳した子がより多くいる雌は、その年に繁殖に成功する可能性は低くなり、これらの影響は、母親が優先的に息子を支援するため、雄の場合にはより大きくなる、と本論文は予測しました。本論文はさらに、これらの影響は息子の年齢とは関係しておらず、母親への雄の生涯にわたる依存を反映している、と仮定しました。
本論文は、1982~2021年まで、年齢が分かっている南部定住集団の雌(40頭)のデータを照合しました。雌が繁殖できなかったクジラ年(雌が性別不明の母系構成員を離乳させた年)の除外後、本論文のデータセットには636のクジラ年と67の記録された出生が含まれていました。この集団における高い新生児死亡率のため、本論文は、子供が生後1年を生き延びたならば、出産を「成功」とみなしました。67頭の出産のうち、54頭の子供が生後1年を生き延びたので、成功した繁殖の事例とみなされました。
本論文は、ベイズロジスティック回帰モデルを用いて、離乳した子供の世話の負担を分析しました。これらのモデルには全て、ベルヌーイ(Bernoulli)誤差構造があり、特定の年に雌が繁殖に成功したのかどうか、予測します。全てのモデルには、年齢別の繁殖結果、個体水準の差異、年間の傾向、年内の相関を説明する項が含まれていました。
●娘ではなく息子が母親のその後の繁殖成功を減少させます
本論文の最初のモデル(モデル1)は、雄と雌の子供が母親の将来の繁殖成功を減少させるのかどうか、検証しました。上述の項に加えて、モデルの予測因子として各年の生存している離乳した息子と娘雌の数が含められました。その結果、息子が生物学的に有意な繁殖負担を課している、という強い統計的証拠が見つかりました(図1)。対照的に、娘が母親の繁殖来航に影響を及ぼした、という証拠は見つかりませんでした。対比分析は、息子の影響が娘の影響よりも負だった、という明確な証拠を提供しました。以下は本論文の図1です。
●息子の影響は授乳負担もしくは集団構成では説明できません
本論文は、継続的な母親の投資なしでの息子の明らかな負担につながるかもしれない、2つの過程を検討しました。第一に、雄の集団構成員が一般的に負担であるならば、生き残っている息子の数と繁殖結果との間の相関が生じるかもしれません。雄にはより大きなエネルギーが必要で、強力的な行動をとる可能性が低いため、これはとくにありそうです。第二に、子供を離乳まで育てること自体、エネルギー的に負担となり、雌はこの初期の投資を息子に偏らせているかもしれません。この初期の投資が長期的影響を有するならば、継続的な投資がない場合でさえ、これは雌の息子の数と年間の繁殖成功との間に負の相関を生じさせるかもしれません。
これらの可能性を調べるため、年間の繁殖成功の予測因子として、生き残っている息子の数、以前に離乳したもののもはや生きていない雄の数、各雌の母系における他の離乳した雄の数を含むモデル(モデル2)が適合されました。生き残っている息子は、モデル1からの有効規模における減少なしに、母親の繁殖に負の影響を及ぼす、と再度明らかになりました。対照的に、もはや生きていない息子は繁殖に明確な影響を及ぼさず、小さくて不確実な正の推定影響がありました。同様に、雌の繁殖に対して、息子ではない雄の集団構成員の明確な影響は見つかりませんでした。死んだ息子の推定影響には高い分散があったものの、生き残っている息子が死んだ息子よりも強い負の影響を及ぼしている、という中程度に強い証拠が依然としてありました。息子の影響が他の雄の集団構成員よりも強かった、というひじょうに強い証拠もありました。
●息子は加齢とともに負担が低くなるわけではありません
次に、息が生涯にわたって負担をかけるままなのか、それともこれらは息子の加齢とともに減少するのか、確認が試みられました。後者が当てはまる場合、生涯にわたってではないものの長い母親の投資が示唆されるでしょう。これを調べるため、母親の年齢特有の繁殖率を考慮しながら、雄が加齢とともに変わる母親の繁殖成功に及ぼす影響を可能とするモデル(モデル3)が適合されました。その結果、息子が加齢とともにより負担ではなくなった、という証拠は見つからず、モデルは雄が年齢に関係なく一貫して負担だったことを示唆します(図2)。以下は本論文の図2です。
●考察
南部定住シャチの雌が息子に提供する長期の生存の利益は自身の繁殖成功に顕著な影響を及ぼす、と本論文の分析は論証します。本論文が把握している限りでは、これは多回繁殖性動物における生涯にわたる母親の投資の最初の直接的証拠です。
本論文の結果は、両性の定住制と集団外配偶の種における母親の投資および生活史の理論的予測と一致します。シャチでは、娘は母親の集団内で繁殖し、それは年上の世代の女性にとって負担となる繁殖競合につながる可能性があります。対照的に、息子の子供は通常、他の母系で生まれ(ただ、母系内配偶の稀な事例が記録されてきました)、そこでは雄の母親もしくはその親族と競合する可能性は低くなります。したがって、理論的予測は、援助を特定の子供に向けることができる場合、女性は優先的に息子に食料を供給するはずだ、というものです。成体の息子の生存を高める間接的な適応の利益は、雌のシャチにおけるより長い寿命の線体躯に寄与する可能性が高そうですが、娘との晩年の繁殖競合は繁殖寿命の延長に対して選択圧を及ぼします。本論文の結果はこのシャチの生活史進化の全体像を拡張し、息子の生存を向上させる間接的な利益が、生涯にわたる雌の繁殖成功への多大な負担を上回るほど充分に重要である、と示唆します。
本論文の分析は、息子を世話している雌の繁殖低下の根底にある正確な機序を解明できませんが、このパターンは少なくとも部分的には、直接的な獲物の共有を通じての息子への食料供給の負担により起きている、と仮定されます。この集団における雌の繁殖成功は、獲物の入手可能性と雌の栄養状態に強く依存しているので、獲物の共有に起因する食料摂取の減少は、雌の繁殖成功に顕著な影響を及ぼしている可能性が高そうです。子供の生涯にわたる母親の投資の水準を決定するさいの、資源の入手可能性と母親の状態の役割は、個々の身体状態と生理機能の分析、および他の集団、とくに近隣の「北部」定住集団および同所性のビッグス(以前には「短期滞在」)シャチ集団との比較によりさらに調査できます。これらの集団は南部定住型と類似の生活史を有していますが、資源はより少なくなっています。そうした分析は、母親の状態と性別の偏った母親の投資の理論的モデルからの予測が、生涯の投資の極端な事例に当てはまるのかどうか、検証できるでしょう。
南部定住型シャチは、1990年代初頭以降減少傾向にあり、本論文執筆時点では73頭が生存しています。本論文で報告された影響は、集団水準の繁殖率に重要な意味を有しているかもしれません。具体的には、繁殖年齢の雌の大半に1頭もしくは複数の生き残っている息子がいるならば、集団の繁殖能力の減少が予測されるでしょう。過去50年間で、少なくとも1頭の息子がいる繁殖可能な雌の割合は、30%未満から80%近くにまで変わっており、繁殖可能な雌の63%には2022年初頭の時点で息子がいます。将来の研究は、これらのパターンが過去の個体群統計の傾向に寄与したかもしれないのかどうか、これらの影響が将来の集団の生存力に影響を及ぼすかもしれないのかどうか、調べるべきです。以下は本論文の要約図です。
息子への大きな投資は、両性の定住制と集団外配偶の体系で予測されているので、生涯の投資は、ゴンドウクジラ属種(Globicephala spp.)やオキゴンドウ(Pseudorca crassidens)やのシャチ集団と同様の個体群など、定住型シャチ統計パターンのあるハクジラ類で起きるかもしれない、と予測されます。類似の個体群統計を有することに加えて、これらの種は定住型シャチのように顕著な性的二形を示し、それは雄のより高いエネルギー要求を満たすために、息子に対する母親のより大きな投資への選択に寄与したかもしれません。これらの種の生活史の研究は、雌がその成熟した子供の生存を高めるのかどうか、確証スカルだけではなく、雌がそのために繁殖の負担を払うのかどうか、確認しようとせねばなりません。成熟した子供が母親の存在から利益を得ると知られている他の種での小委らの研究は、同様にこの世話を提供する母親の繁殖負担を分析せねばなりません。生涯にわたる母親の投資の分類学的および生態学的分布に関するデータは、この極端な生活史戦略の進化を理解するのに重要でしょう。
参考文献:
Weiss MN. et al.(2023): Costly lifetime maternal investment in killer whales. Current Biology, 33, 4, 744–748.E3.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2022.12.057
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