スロベニアの古代末期の被葬者の家族関係

 スロベニアの古代末期の被葬者の家族関係を分析した研究(Pajnič et al., 2023)が公表されました。古代DNA研究はユーラシア西部、とくにヨーロッパで進んでおり(関連記事)、ヨーロッパでは古代DNAに基づく親族関係の分析も盛んです(関連記事)。古代DNA研究は先史時代だけではなく有史時代でも進められており、文献に基づいて古くから人類集団の大規模な移動が想定されていた「大移動」の頃についても、親族関係の分析も含めて研究が進められています(関連記事)。こうした研究は、今後歴史学を補完する役割も果たしていく、と期待されます。ヨーロッパ以外の地域でも古代DNAに基づく親族関係の分析が進められており(関連記事)、今後多くの地域で親族関係の解明が進められていくのではないか、と期待されます。


●要約

 共同墓地にともに埋葬された骨格間の家族関係は、過去の人口集団の埋葬慣行の理解に重要です。4点の骨格が、5~6世紀となるスロベニアのブレッド・プリスタヴァ(Bled–Pristava)埋葬遺跡の古代末期(関連記事)部分から発掘されました。それらの骨格は人類学的に、成人2個体(中年男性と若い女性)と非成人2個体(性別不明)とみなされました。層序学に基づいて、これらの骨格は同時に墓1基に埋葬された、と考えられました。本論文の目的は、骨格が親族関係にあったのかどうか、決定することです。

 錐体骨と歯が遺伝学的分析に用いられました。現在のDNAによる古代DNAの汚染を防ぐためとくに注意が払われ、除去データベースが構築されました。骨粉が、MillMix組織破砕機を用いられて得られました。Biorobot EZ1を用いてDNAを抽出するまえに、0.5gの粉末が脱灰されました。定量化にはPowerQuant System、常染色体縦列型反復配列(Short Tandem Repeat、略してSTR)決定にはさまざまに常染色体キットが、Y染色体STR(Y-STR)決定にはキット用いられました。すべての分析は二重に行なわれました。分析された標本から、最大で1g当たり28ngのDNAが抽出されました。

 4点の骨格全てからほぼ全ての常染色体STRが得られ、男性2個体の骨格から得られたほぼ完全なY-STRが比較され、家族関係の可能性が評価されました。陰性対照では増幅が得られず、除去データベースでは一致が見つかりませんでした。常染色体STRの統計的計算から、成人男性は非成人2個体と若い成人1個体の父親だった、と確証されました。男性(父親と息子)間の関係は、Y染色体ハプログループ(YHg)E1b1bに属する同一のY-STRハプロタイプによりさらに確証され、常染色体とY染色体のSTRの複合尤度比が計算されました。親族関係分析は高い信頼性(99.9%以上の親族関係の確率が3人の子供全員で算出されました)で、4点の骨格全てが同じ巣族に属していた(父親1人、娘が2人、息子が1人)、と確証しました。遺伝学的分析を通じて、共同墓地における同じ家族の構成員の埋葬が、古代末期におけるブレッド地域に暮らす人口集団の埋葬慣行として確証されました。


●研究史

 考古学では、過去の人口およびその動態や生物学や生活様式健康状態や社会的帰属意識へと最も情報をもたらす洞察の一部は、骨格遺骸により提供されます。法医学における分子遺伝学技術は、古代DNA分析で用いることができ、ヒトの過去についてのさまざまな問題は、人類学と考古学の調査結果とともに答えることができます。歴史上の一部の著名な人々は遺伝学的に特定されており、いくつかの歴史的な問題は遺伝学的検証を通じて解決されてきました。本論文では、スロベニアの古代末期における埋葬慣行についてより多くを判断するために、親族関係分析が用いられました。つまり、5~6世紀のブレッド・プリスタヴァ埋葬遺跡から4点の骨格が発掘され、層序に基づいて、個体は墓1基に同時に埋葬された、と考えられました。個体間の家族関係は、この地域に暮らしていた過去の人口集団の埋葬慣行の理解に重要です。したがって、本論文の目的は、これらの個体に親族関係があるのかどうか、判断することです。

 骨と歯はさまざまな環境に耐性があり、長期間よく保存されているので、ヒトの古代DNAを得ることができる考古学的遺骸の分析に最適な供給源として用いられてきました。しかし、ヒト遺骸が発見された環境と、不適な環境条件に曝された時間がDNAの保存に影響を及ぼすので、古代の骨から抽出されたDNAは通常、保存状態が悪いため、その質と量は分解とポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction、略してPCR)阻害物質の存在のため低くなります。さらに、現代のDNAによる汚染の例外的危険性は、調査に参加したか、骨格遺骸と接触した人々に由来する現代人のDNAの存在の可能性のため、古代DNA配列決定の成功を制約します。汚染に起因する偽陽性の結果の危険性を減少させるため、汚染防止と古代DNAの確実性検証のため、古代DNA研究ではいくつかの標準的な予防策を守らねばなりません。

 骨におけるDNAの収率は解剖学的領域により異なるので、最大のDNA回収を提供する骨格要素の種類の選択は、DNAの配列決定の成功を最大化するために重要です。さまざまな研究から、古代DNAは人体で最も硬い骨である側頭骨の錐体部で最も保存されている、と確証され、側頭骨の蝸牛殻を抽出するための詳細な実施要綱が構築されました。錐体骨は、その微細構造(厚くて密な骨とひじょうに少ない海綿骨)、高度に鉱化した燐灰石、顕著な血管網、高度の細胞性、再造形の欠如といった、独自の特賞を有しています。側頭骨の錐体部に加えて、歯も模範的な結果を産み出しており、古代DNA研究で広く用いられています。鉄器時代や中期青銅器時代や新石器時代のヒト遺骸が、歯を用いて分析されてきました。古代人の骨格のさまざまな骨格要素種類を分析した研究で、DNAは錐体骨と歯に最良に保存されている、と示されたことを考慮して、錐体骨と歯がブレッド・プリスタヴァ遺跡のローマ化した先住民の骨格の親族関係分析に用いられました。この研究は、スロベニア医療倫理委員会により承認され、除去データベースに入れられた個人は、納得診療を提供しました。


●標本と分析

 ブレッド・プリスタヴァ遺跡は、ひじょうに興味深い複数の期間にまたがるネクロポリス(大規模共同墓地)です。この年代は3~9世紀頃に使われていました。その被葬者は一部が先住民(3~6世紀)で、一部が移住してきたスラブ人です。したがって、このネクロポリスは、スロベニアではまだよく理解されていない激動の移住期にまたがっています。5~8世紀の(骨学的)資料(もしくはその徹底的な分析)が欠けています。したがって、先住民と新たに到来した人々との間の接触、および未解決の人口集団のさらなる進化に関して、多くの問題があります。本論文の4個体は5世紀末もしくは6世紀初頭のものです。物質文化に基づいて、この4個体は先住民を表しています。しかし、この4個体が埋葬された墓は、この遺跡の全ての他の墓地と完全に異なっています。複数個体が埋葬されているのはこの墓だけです。

 さらに、本論文の4個体は全て、ネクロポリスの端にある1基の墓に安置されていました。層序に基づくと、この4個体は同じ時に安置されており、同時に死んだことを意味します。人類学的分析では、栄養失調(眼窩篩、骨格の他の部分の多孔性、若い女性の歯の年齢と骨格の年齢との間の有意な違い)以外は明らかになりませんでした。したがって、この4個体の死因は不明なままです。骨格は人類学的に、成人2個体(中年男性と若い女性)および非成人2個体(性別不明)とみなされました。骨格1号は18歳頃の成人女性、骨格2号は35~45歳の成人男性でした。骨格3号および4号は非成人で、3号が13歳頃、4号が6歳頃でした。

 災害犠牲者識別(disaster victim identification、略してDVI)の指導は、可能な家具理、複数の骨格要素の同じ標本と収集の重複分析を推奨しています。分析の複製と結果の確証も、古代DNAの確実性基準の一つです。したがって、各骨格頭蓋から8点の錐体骨と1点の大臼歯が遺伝学的分析のため収集されました。最良の保存状態の大臼歯が、各頭蓋から標本抽出されました。骨格1号は左側第一大臼歯が、骨格2号および4号は右側第一大臼歯が、骨格3号は左側第二大臼歯が用いられました。排除データベース構築のため、調査対象の骨格と最近接触したり、人類学的および遺伝学的調査に参加したりした個人全員の頬から、綿棒でDNAが収集されました。

 ブレッド・プリスタヴァ墓地遺跡で発掘された4個体の家族関係を検証するため、常染色体STRが配列決定され、Y-STRの結果は父子関係の検証に用いられました。17の遺伝子座が調査され、骨格1号と4号の錐体骨出は16、骨格3号では15、骨格2号では14の遺伝子座が正常に増幅されました。増幅に成功したSTRの数は、歯で有意に少ない、と分かりました。骨格間の複合常染色体特性の比較から、男性骨格2号と他の骨格全ての間に共有アレル(対立遺伝子)多様体が観察され、骨格2号と他の骨格3点との間の父子関係の可能性が示唆されました。骨格2号を父親、他の骨格をその子供とする親族関係仮説と、あらゆる親族関係仮説が統計的に評価され、骨格2号が父親、他の3点の骨格がその子供と確認されました。Y-STRでも骨格2号と骨格4号の親子関係が示され、両者のYHgはE1b1bです。


●考察

 ブレッド・プリスタヴァ墓地遺跡で発掘された4点の骨格で、歯よりも錐体骨の方でDNAの量が多かったのは、錐体骨と比較して歯の保存状態が悪かったためかもしれません。古代DNAの抽出には、歯では歯根領域のセメント質が適している、と示されていますが、この研究では、成人男性である骨格4号は、その保存状態の悪さのため歯根だけの標本抽出ができませんでした。一方、高密度の錐体骨は、DNAの損傷と分解を減らすため古代DNAの保存に適しており、ブレッド・プリスタヴァ墓地遺跡で発掘された4点の骨格では、錐体骨から得られたDNAのみが、増幅可能でした。

 性別は個体の確立された生物学的特性の重要な部分です。性別は、肉眼的手法が分子的手法を用いて評価できます。亜成体の性別評価の形態学的手法は充分には正確でなく、現時点では得策ではありません。本論文では、分子遺伝学的手法により、形態学的に推定された成人2個体の性別(女性の骨格1号と男性の骨格2号)が改めて確認されるとともに、非成人2個体の性別(女性の骨格3号と男性の骨格4号)も決定されました。性別決定のDNA手法は、人類学的には性別未決定の非成人個体の性別も可能とします。

 ブレッド・プリスタヴァ墓地遺跡で発掘された4点の骨格のうち、男性骨格(2号と4号)ではYHg-E1b1bがよそ記されました。バルカン半島地域の男性では、亜系統のYHg-E1b1bが最高頻度の「新石器時代ハプログループ」です。スロベニアの人口集団で行なわれた研究では、YHg-E1b1bが7.3%で検出されました。最近刊行された結果によると、このYHgの頻度は、ボスニア・ヘルツェゴヴィナとクロアチアの最も近い人口集団よりもスロベニアではわずかに低い、と示されています。ヨーロッパ外では、YHg-E1b1bはモロッコとソマリアにおいて80%以上の頻度で見られ、エチオピアでは40~80%、アルジェリアとチュニジアでは60~70%、エジプトでは40%、レバノンとパレスティナとヨルダンでは17.5~25%です。YHg-E1b1bはヨーロッパでは、コソボにおいて最も集中しており(45%以上)、それに続くのは、アルバニアとモンテネグロ(27%)、ブルガリア(23%)、北マケドニアとギリシア(21%)、キプロスとシチリア島(20%)、イタリア南部(18.5%)、セルビア(18%)、ルーマニア(15%)です。

 YHg-E1b1bの系統樹は、旧石器時代の紅海地域で始まります。YHg-E1b1b(以前はE3bとして知られていました)は、アフリカからヨーロッパへの最後の顕著な直接的移動を示します。YHg-E1b1bは26000年前頃にアフリカの角で現れ、旧石器時代後期と中石器時代に近東およびアフリカ北部へと拡散した、と推定されています。この古代ヨーロッパのハプログループは、イベリア半島およびアジア西部からのヨーロッパの再植民と関連している、2つの異なる供給源人口集団からの二重起源の可能性を示します。


●まとめ

 本論文の結果は、古代末期のブレッド地域に暮らす人口集団での、同じ家族の構成員の共通する墓の埋葬慣行を確証しました。さらに、YHgの予測から、男性は最近のスロベニアの人口集団では7.3%の頻度で見られるYHg-E1b1bに分類される、と明らかになりました。ローマ化した先住民の5~6世紀の骨格のこの遺伝的分析の成功が、標準的な法医学の試薬や標準的な法医学技術は古代末期の骨格などひじょうに困難な標本の遺伝学的調査にも使用できることを証明した、と言えるでしょう。


参考文献:
Pajnič IZ et al.(2023): Kinship analysis of 5th- to 6th-century skeletons of Romanized indigenous people from the Bled–Pristava archaeological site. Forensic Science International: Genetics, 65, 102886.
https://doi.org/10.1016/j.fsigen.2023.102886

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