『卑弥呼』第108話「ふたつの密議」

 『ビッグコミックオリジナル』2023年6月5日号掲載分の感想です。前回は、ミマアキがヤノハに、中原で覇権を握る国に使者を送るよう、提言したところで終了しました。今回は、その5ヶ月前、暈(クマ)の国の夜萬加(ヤマカ)にて、チカラオ(ナツハ)が志能備(シノビ)犬に捕らえた兎を与えている場面から始まります。夜萬加に住むホデリとタマヨリという夫婦に、チカラオはヤノハとの間の息子であるヤエトを預けており、ホデリとタマヨリはヤエトをニニギと名付けて育てていました(第95話)。そこへ、志能備犬がチカラオから与えられた兎を夫婦に届けます。そこへ近所の男が現れ、厲鬼(レイキ)、つまり疫病を警戒して遠くから、近くを田油津日女(タブラツヒメ)が通るのでともに行かないか、とホデリを誘います。男は田油津日女を知らないホデリに、厲鬼を追い払ってくれる祈祷女(イノリメ)で、一目見るだけでご利益があり、次の日見子(ヒミコ)様になるとの噂もある、と教えます。チカラオは田油津日女(正体はアカメ)の一行を木の上から見下ろします。

 4ヶ月前、田油津日女の一行は暈の串岐(クシキ、現在の鹿児島県いちき串木野市でしょうか)にて、イ家のタケル王の前で厲鬼退散の祈祷を行なっていました。イ家のタケル王は田油津日女を館に招き、暈の日見子に迎えたい、と提案しますが、田油津日女は即座に断ります。田油津日女が山社(ヤマト)の日見子(ヤノハ)を気にかけていると考えたイ家のタケル王は、山社の日見子は近いうちに死ぬ、と伝えます。山社の日見子は日下(ヒノモト)に戦線布告したものの、負けるのは明らかで、落命するだろうから、即座に鞠智彦(ククチヒコ)は山社を攻め落とし、次に那(ナ)を制すだろうが、欲しいのは那の港で、それは日下が筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)に日下が攻め込むのを防ぐためだ、とイ家のタケル王は田油津日女に伝えます。田油津日女が配下の男性を介して、那の港を欲する理由を尋ねると、イ家のタケル王は、皆とを確保すれば韓(カラ、朝鮮半島)に船を出せ、韓を経て中原の大国に使者を送れる、と説明します。その目的は、この世で最強の国から「倭王」の称号をもらうことで、そうすれば日下もさすがに手を出せないだろう、というわけです。イ家のタケル王は、他の4家のタケル王と違い、鞠智彦との関係は悪くないので、きっと自分が初代倭王になる、と田油津日女に伝えます。田油津日女は配下の男性を介して、仮に那国の港を手に入れても、韓に使者を送るには、伊岐(イキ、現在の壱岐でしょう)国と津島(ツシマ、現在の対馬でしょう)国を経由しなくてはいけないはずだ、とイ家のタケル王に尋ねます。伊岐のイカツ王と津島のアビル王は山社の日見子様と和議を交わしているので、鞠智彦はこの2国と戦うつもりなのか、というわけです。するとイ家のタケル王は、アビル王は鞠智彦と通じており、アビル王が山社連合の王に語る海の向こうの情勢は全てでまかせだ、と答えます。すると田油津日女は、イ家のタケル王を針で殺害します。驚く配下の男性に、田油津日女(アカメ)は、知りたいことは聞いたからだ、と説明します。

 舞台は現在の暈国に戻り、アカメはチカラオとともに逃げていますが、暈の志能備に追いつかれたことを悟ります。自分は生きて日見子様(ヤノハ)にアビル王の謀叛を伝えねばならないのに、とアカメが言うと、チカラオは志能備犬を呼び寄せます。アカメはナツハ(チカラオ)が暈の追手を自分の代わりに迎え撃つと悟り、ナツハは命の恩人なので自分も逃げるわけにはいかない、と覚悟を決めます。その頃山社では、ミマアキが那のウツヒオ王の到着をヤノハに伝えていました。ウツヒオ王は、韓に最も近い国の王、つまり津島のアビル王を連れており、ヤノハに紹介します。ヤノハがアビル王に、海の向こうの大国の話をぜひ聞かせていただきたい、と要請したところで今回は終了です。


 今回は筑紫島の政治情勢の重要な情報が明かされ、今後の展開の重要な布石となりそうで、たいへん楽しめました。ナツハ(チカラオ)がアカメを救ったのは、ヤエト(ニニギ)の様子を見守り、子育てを密かに手伝っていたところ、田油津日女(アカメ)がヤノハに忠実な配下であることを偶然知り、ぜひ救うべきと考えたためでしょうか。とくにヤノハもしくは鞠智彦から指令を受けていたわけではないようです。ナツハとアカメが暈の志能備からどう脱するのか、注目されますが、すでにヌカデもヤノハからの命でアカメ救出に向かっており、ヌカデも合流して山社まで無事脱出するのでしょうか。この脱出劇も注目されます。津島のアビル王が鞠智彦と通じている、との情報は今後の展開でひじょうに重要と言えそうですが、鞠智彦に粛清されることになっていたイ家のタケル王からの情報なので、まだ裏があるかもしれず、アビル王がヤノハに海外情勢をどう語るのか、ヤノハがそれを聞いてどう判断するのか、たいへん楽しみです。九州と本州だけではなく、ユーラシア東部大陸部も本格的に描かれることになりそうで、ますます壮大な話になってきたので、今後の展開もたいへん楽しみにしています。

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