中国北東部におけるマンジュ人と朝鮮人の遺伝的構造および混合

 中国北東部におけるマンジュ(満洲)人と朝鮮人の遺伝的構造および混合に関する研究(Sun et al., 2023)が公表されました。本論文は、現在中国北東部に暮らす少数民族であるマンジュ人と朝鮮人の遺伝的構造および混合の分析結果を報告しています。民族は遺伝的特徴により定義されるわけではありませんが、民族集団間の明確な遺伝的差異が多くの場合存在することも否定できず、こうした遺伝学的研究は民族の形成過程の解明に役立つと考えられ、今後は倫理的側面に配慮しつつますます盛んになっていくでしょう。


●要約

 マンジュ人と朝鮮人の微細規模の遺伝的特性および人口史は、不明なままです。本論文の目的は、マンジュ人と朝鮮人の人口集団の微細規模の遺伝的構造および混合を推測することです。遼寧省のマンジュ人16個体と吉林省の朝鮮人18個体が収集され、70万のゲノム規模一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)で遺伝子型が決定されました。主成分分析(principal component analysi、略してPCA)とFst(遺伝的距離)とTreeMixとf-statisticsとqpWaveとqpAdmを用いて、データが分析されました。

 マンジュ人と朝鮮人は、アジア北東部人との遺伝的類似性を示しました。中国の朝鮮人は、西遼河(WLR)の青銅器時代(BA)人口集団との長期の遺伝的連続性を示し、韓国および日本の朝鮮人との強い類似性を有しています。マンジュ人は、中国南部から追加の遺伝的影響を受けて以降、他のツングース系人口集団と比較してさまざまな遺伝的特性を有していますが、ユーラシア西部関連の混合を有していません。中国南部人が関わるマンジュ人の遺伝的形成は、マンジュ人と中国中央部および南部の人口集団間の広範な相互作用と一致しました。古代の西遼河農耕民と朝鮮人との間の大規模な遺伝的連続性は、朝鮮半島の移住において農耕拡大が果たした役割を浮き彫りにしました。


●研究史

 マンジュ人は中国で3番目に多い少数民族です。マンジュ人はおもに中国北東部、とくに遼寧省と吉林省に分布していました。さらに、マンジュ人は甘粛省や貴州省や湖南省など、中国全土に分散していました。歴史的にマンジュ人の起源は、周(Zhou)の粛慎(Sushen)、漢王朝(Han Dynasty)の英楼(Yinglou)、南北朝時代の無忌(Wuji)、隋(Sui)および唐(Tang)王朝の靺鞨(Mohe)、金王朝(Jin Dynasty)のジュシェン(Jurchen、女真)にたどることができます。明王朝(Ming Dynasty)の期間には、建州(Jianzhou)女真が現在のマンジュ人の領域で発展しました。マンジュ人の祖先の言語は女真語です。現在のマンジュ語はツングース語族のマンジュ語群に分類され、ツングース語族では最大の人口を有しています。ツングース語族はユーラシア東部と満洲で、マンジュ人やシボ人(Xibo)やオロチョン人(Oroqen)やホジェン人(Hezhen 、漢字表記では赫哲、一般にはNanai)やウリチ人(Ulchi)やエヴェンキ人(Evenk)やネギダール人(Negidal)など、ツングース系の人々により話されています。考古言語学的研究では、祖型ツングース語族の故地は、ロシアと中国の国境極東部であるハンカ湖(Lake Khanka)周辺地域だった、と示唆されました。

 常染色体の縦列型反復配列(Short Tandem Repeat、略してSTR)やY染色体ハプロタイプやX染色体のSTRを対象としたものも含めて、マンジュ人のこれまでの遺伝学的研究では、北方漢人とマンジュ人との間に小さな遺伝的距離がある、と示唆されました。ミトコンドリアDNA(mtDNA)では、マンジュ人はアジア東部の南北人々からの混合の兆候を有しており、近隣のモンゴル人や朝鮮人や遼寧省の漢人と近い遺伝的関係を示した、と示唆されました。父系のY染色体側では、マンジュ人における優勢な型はY染色体ハプログループ(YHg)O2(M122)で、その割合は42.6%です。Y染色体STR (Y-STR)により計算されたRst(遺伝的分化度)から、マンジュ人はチベット人やウイグル人のような一部の中国の人口集団とは有意に異なっていたものの、北方漢人やモンゴル人とは密接な類似性を有している、と示されます。遼寧省撫順市の新賓(Xinbin)自治県で収集されたマンジュ人93個体の高密度のゲノム規模SNPデータ定性的および定量的分析は、北方漢人との大規模な混合を示しました。マンジュ人は古代の靺鞨および鮮卑(Xianbei)の人々により表される北方の人口集団と、鉄器時代台湾人標本により表される南方人口集団との混合としてモデル化できます。

 マンジュ人とは異なり、朝鮮人は国境を越えた民族集団と、朝鮮半島の主要な国民を構成します。中国の朝鮮人の最大の居住地域は、吉林省の延辺(Yanbian)朝鮮族自治州です。言語学的観点から、朝鮮語は未知の系統の孤立した言語として日本語に類似している、と考えられています。朝鮮語は文法の特徴の観点では、日本語やツングース語族やモンゴル語族との類似要素を有しています。日本語やマンジュ語と同様に、朝鮮語には多くの中国語からの借用語があります。しかし、朝鮮語の主語-目的語-動詞の構造はマンジュ語と同じで、中国語の主語-動詞-目的語の構造とは異なります。

 mtDNAの観点からは、朝鮮人は典型的なアジア東部人の特性を示します。YHg-O1b2(SRY465)から、祖型朝鮮人の起源は新石器時代(10000~9900年前頃以降)と青銅器時代(3450~2350年前頃)の中国北東部にたどることができる、と示唆されました。先行研究(関連記事)は現代韓国人88個体を報告し、シベリア東部とアジア南東部の2つの主要な遺伝的構成要素を見つけました。現代朝鮮人は、新石器時代アジア北東部人と鉄器時代アジア南東部人の混合として最適にモデル化できます。

 紀元後4~7世紀の三国時代にさかのぼる朝鮮半島の古ゲノムデータを報告した研究(関連記事)では、これら古代人のゲノムが、青銅器時代中国北部供給源(黄河_後期青銅器時代~鉄器時代もしくは遼河_青銅器時代)と縄文関連祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)との間の混合としてモデル化できました。しかし、中国の朝鮮民族に関して報告されたゲノム分析はありません。人口集団の形成は国境に関係ないことには要注意ですが、中国の朝鮮人の遺伝的多様性の調査は興味深いことです。

 本論文は、遼寧省錦州(Jinzhou)市に暮らすマンジュ人16個体と、延辺朝鮮族自治州安図(Antu)県の朝鮮人18個体のゲノム規模SNPデータを報告しました。先行研究は、遼寧省東部の新賓自治県のマンジュ人標本を収集して遺伝子型決定しましたが、本論文は遼寧省中央部~西部の錦州市のマンジュ人標本を収集して遺伝子型決定しましたがマンジュ人は遼寧省において大きな人口を有しているので、マンジュ人内のあり得る遺伝的下位構造を推測するには、より多くの標本の遺伝子型決定がより適切です。さらに、錦州市は遼寧回廊の東部に位置しており、この回廊は歴史的に、中国の北部と南東部との間の陸上交通のほとんどを接続してきました。錦州市北鎮(Beizhen)市における先住マンジュ人の民族的記憶は、その故地をチャンバイ山(Changbai Mountain、長白山、白頭山)と記録しました。安図県は、チャンバイ山脈の麓にある朝鮮民族自治区です。この研究は、中国北東部の少数民族の移住および混合事象に関するより詳細な情報の提供を期待して、この2ヶ所を標本抽出しました。


●標本と分析手法

 遼寧省錦州市の隣接する黒山(Heishan)県と北鎮市(県級市)のマンジュ人16個体(以下の分析では「マンジュ人_錦州」と分類されます)と、吉林省の延辺朝鮮族自治州安図県二道白河(Erdaobaihe)鎮の朝鮮人18個体(以下の分析では「朝鮮人_安図」と分類されます)の唾液標本が収集されました(図1)。全標本は、説明と同意を得て採取されました。参加者は厦門大学の医療倫理委員会により審査され、承認されました。717228のSNPを含むDNA標本が遺伝子型決定されました。KINGソフトウェアを用いて、3親等程度の関係の個体が削除されました。最終的に、マンジュ人15個体と朝鮮人18個体が確保されました。以下は本論文の図1です。
画像

 これら新たに収集された標本は、以前に刊行された現代および古代の人口集団のゲノム規模SNPデータと統合されました。本論文では、その後の遺伝的分析のため、以下の3つの参照データセットが生成されました。(1)古代人と現代人が含まれる、1233013ヶ所の部位でのショットガン配列決定データもしくは溶液内標的捕獲により得られた124万データセットSNPで、統合後に206105ヶ所のSNP部位が確保され、qpWaveおよびqpAdm分析で用いられました。(2)597573ヶ所の部位があるヒト起源(Human Origins)配列(HO)で、現在の個体群と統合された124万データセットです。69659ヶ所のSNP部位のあるこの「HO」統合データセットには、より多くの現代人個体が含まれ、f統計とTreemix分析で用いられます。(3)貴州省と遼寧省から得られた以前に刊行されたゲノム規模データが、上述の124万およびHOデータセットと統合され、その後で42912ヶ所の部位が残りました。このデータセットは、Fst値を計算するためにPCAとADMIXTUREで用いられました。

 PCAでは、現代の参照人口集団を用いて主成分の2軸(PC1とPC2)が計算され、次に古代の個体群がPC1とPC2に投影されました。ADMIXTUREでは、まず連鎖不平衡のSNPが取り除かれ、最終的に42192個の多様体のうち4611個が除去されて、K(系統構成要素数)=2~8でADMIXTUREが実行され、それぞれの交差検証(cross-validation、略してCV)誤差が検証されました。最小CV誤差で最適モデルが選択され、各個体の割合が可視化されました。以前に刊行されたマンジュ人のデータが統合され、人口集団の分化と遺伝的距離を測定するFstが計算されました。Treemix(第1.13版)が用いられ、一連の人口集団について最尤系統樹が構築されました。アフリカの人口集団であるムブティ人は外群とみなされ、根源人口集団として設定されました。

 異なる2形式の3集団検定(f3統計)がその後の分析で用いられました。まずは、f3形式(調査対象の人口集団、参照人口集団;外群)の外群f3統計で、これは調査対象の人口集団と選択された参照人口集団との間の外群からの分岐以降の共有された遺伝的浮動を計算します。ムブティ人が外群として用いられました。これに続いて、f3形式(供給源1、供給源2;調査対象の人口集団)の混合f3統計が実行され、調査対象の人口集団が選択された参照人口集団の供給源1と供給源2で混合だったのかどうか、検証されました。Z得点が-3未満の有意な負のf3値は、2つの供給源人口集団が調査対象の人口集団の遺伝的な祖先と関連している可能性を示唆します。

 4集団検定(f4統計)は、f4形式(ムブティ人、B;C、D)で計算され、外群としてムブティ人が使用されました。3を超えるZ得点の有意な正のf4統計値は、人口集団BとDとの間の遺伝子流動の可能性を示唆します。逆に、Z得点が-3未満の有意な負の統計値は、人口集団CとDとの間の遺伝子流動の可能性を示唆します。Z得点の絶対値が3未満で0に近いf4値は、BがCおよびD両方と類似の数のアレル(対立遺伝子)を共有していることを示唆します。

 qpAdmによる混合係数モデル化では、qpWaveおよびqpAdmプログラムが、上述の「124万統合」データセットで用いられました。124万データセットにおける以下の10人口集団が外群として用いられました。それは、アフリカのムブティ人4個体、台湾の先住民集団であるタイヤル人(Atayal)1個体、オセアニア人口集団であるパプア人1個体、アファナシェヴォ(Afanasievo)文化の青銅器時代草原地帯人口集団(ロシア_アファナシェヴォ)の23個体、アンダマン諸島のオンゲ人15個体、アジア南東部(マレーシア)の後期新石器時代人口集団1個体、北京の南西56km にある田园(田園)洞窟(Tianyuan Cave)で発見された4万年前頃となる中国の後期旧石器時代1個体、日本列島の狩猟採集民(日本_縄文)6個体、新石器時代人口集団ではアムール川流域の前期新石器時代(EN)の(AR_EN)2個体とモンゴル南部の黄河(YR)流域の中期新石器時代(MN)廟子溝(Miaozigou)遺跡(廟子溝_MN)の3個体です。

 まず、モデル化において単一の供給源として、WLR_BAにより表されるアジア北東部、もしくはYR_MNにより表される黄河の古代の農耕民と、古代朝鮮半島の数人が用いられました。ADMIXTUREとf統計の結果に基づいて、次に台湾の漢本(Hanben)遺跡の個体により表される鉄器時代(IA)アジア東部南方人が、2方向混合モデルの供給源として追加されました。歴史的要因を考慮して、古代の人口集団である黒水(Heishui)_靺鞨とモンゴル_匈奴が3方向混合モデルで調査対象の人口集団に寄与したのかどうかも調べられました。


●人口集団の遺伝的構造

 人口集団の遺伝的構造を定性的に推測するため、まずPCAが実行されました(図2)。地理および言語学とよく対応する2つの遺伝的勾配が、最初の2主成分(PC)で観察されました。アジア東部の南北の勾配には、タイ・カダイ語族話者やオーストロネシア語族話者やオーストロアジア語族話者やミャオ・ヤオ語族話者や中国語話者や一部のチベット・ビルマ語派話者が含まれます。他の勾配はおもに、アジア北東部のツングース語族とモンゴル語族話者人口集団です。調査対象のマンジュ人と朝鮮人の標本は、これら2勾配間の位置していました。マンジュ人が漢人や一部のユグル人(Yugur)と密接にクラスタ化する(まとまる)のに対して、安図県の朝鮮人(朝鮮人_安図)は韓国の朝鮮人や日本字線や西遼河の青銅器時代人口集団と密接にクラスタ化しました。以下は本論文の図2です。
画像

 さらに、教師なしモデルに基づくADMIXTUREクラスタ化分析が実行され、K=4で最小CV誤差が観察されました(図3)。調査対象の両集団であるマンジュ人と朝鮮人は4つの祖先構成要素で構成されており、それはチベット人もしくは漢人(桃色と黄色)とアジア南東部人(黄色)とアジア北東部人(橙色)で豊富でした。マンジュ人は北方漢人と類似の遺伝的特性を示しましたが、朝鮮人_安図は韓国の朝鮮人と遺伝的に類似しており、これはPCAの結果と一致します。調査対象の朝鮮人_安図は錦州市のマンジュ人よりも橙色の構成要素が多く、朝鮮人がより多くのアジア北東部関連祖先系統を有しているかもしれない、と示唆します。以下は本論文の図3です。
画像


●参照されたアジア東部現代人の間の人口集団の関係

 マンジュ人は地理的に広範囲に拡大した少数民族です。中国の北部と南部でマンジュ人における遺伝的下位構造が観察されました。中国北東部の遼寧省のマンジュ人、つまりマンジュ人_錦州およびマンジュ人_新賓と、中国南西部の貴州省のマンジュ人、つまりマンジュ人_畢節(Bijie)とマンジュ人_金沙(Jinsha)は、遺伝的に不均質でした(図4)。PCA図(図2)では、調査対象のマンジュ人はマンジュ人_新賓とクラスタ化したものの、貴州省のマンジュ人とは明らかに分かれています。貴州省のマンジュ人は、南部漢人やミャオ・ヤオ語族話者や在来の貴州省モンゴル人(モンゴル人_畢節)の方とより密接です。以下は本論文の図4です。
画像

 PCAおよびADMIXTUREの結果と一致して、朝鮮人と日本人は両方とも調査対象の朝鮮人_安図と高い外群f3値および低いFst値を示し、日本人および朝鮮人との朝鮮人_安図の遺伝的類似性が示唆されます。外群f3値とFst値は両方とも、調査対象のマンジュ人と朝鮮人との間の密接な関係を示唆しました。さらに、朝鮮人と日本人と調査対象の朝鮮人_安図は、Treemixにより推測された最尤系統樹ではともにクラスタ化します。アジア北東部のツングース語族話者人口集団から朝鮮人と日本人のクラスタへの遺伝子流動も検出されました(図5)。以下は本論文の図5です。
画像

 中国のカザフ人やキルギス人やエヴェン人(Even)など、アジア東部北方のテュルク語族およびツングース語族話者集団(図6A・B)と比較して、外群f3およびf4形式(ムブティ人、マンジュ人/朝鮮人;アジア東部1、アジア東部2)での対でのf4統計で示されるように、マンジュ人と朝鮮人_安図は、漢人やミャオ・ヤオ語族話者やタイ・カダイ語族話者や日本人や朝鮮人の方と多くの遺伝的浮動を共有しています。以下は本論文の図6です。
画像

 マンジュ人はf4(外群、X;マンジュ人_錦州、他のツングース語族話者)の値で示されるように(Xはアジア東部人口集団を表します)、他のツングース語族話者人口集団と遺伝的に異なっていました(図7)。同様のパターンは、朝鮮人_安図で見ることができます。f4値は他のツングース語族話者集団と比較してのアジア南東部もしくは東部とマンジュ人との間のより密接な関係を示し、それはユーラシア西部から他のツングース語族話者集団への遺伝子流動と中国南部からマンジュ人への遺伝的影響により起きた、と思われます。ユーラシア草原地帯の青銅器時代のロシアのアファナシェヴォ文化牧畜民を用いて、調査対象のマンジュ人およびツングース語族話者の3人口集団、つまりホジェン人とオロチョン人とシボ人におけるユーラシア西部人の影響の可能性が推測されました。マンジュ人ではユーラシア西部関連の影響の有意な証拠は検出されませんでしたが、他のツングース語族話者3人口集団では低い割合(4~6%)のユーラシア西部祖先系統が見つかりました。以下は本論文の図7です。
画像

 
●古代の人口集団間の関係

 外群f3(調査対象の人口集団、古代人、ムブティ人)で示されるように(図6C・D)、マンジュ人と朝鮮人は、黄河の古代人およびヤンコフスキー(Yankovsky)_IA(極東の鉄器時代の古代人)の祖先系統と最も近い類似性を有しています。調査対象の人口集団は、チベット人やミャオ・ヤオ語族話者やタイ・カダイ語族話者他の南部および北東部人口集団とよりも、黄河および西遼河流域の古代人の方と多くの遺伝的浮動を共有しています(図7B・C)。しかし、マンジュ人と朝鮮人は、漢人と比較して、黄河および西遼河流域の古代の人口集団と類似の量の遺伝的浮動を共有していました。

 朝鮮人は朝鮮半島と中国北東部に転がっています。韓国の朝鮮人は本論文の調査対象の朝鮮人と遺伝的に均質と分かりました。一方、歴史上の朝鮮半島人、つまり三国(Three Kingdoms、略してTK)時代の朝鮮人(朝鮮人_ TK)は、本論文の調査対象の朝鮮人とより多くの遺伝的浮動を共有しています。しかし、他の新石器時代の他の朝鮮半島古代人は、他のアジア東部人と比較して、共有された遺伝的浮動に有意な違いがありません(図7)。

 漢人との観察された関係を考慮して、f4(ムブティ人、古代人;マンジュ人/朝鮮人、アジア東部)で漢人集団に焦点が当てられました(図7)。アジア東部の古代の人口集団は、マンジュ人および河南省や山西省や山東省の北部漢人と類似の量のアレルを共有していました。しかし、マレーシア_LN(後期新石器時代)などアジア南東部の古代の人口集団は、マンジュ人よりも四川省および福建省の南部漢人と多くのアレルを共有していました。f4統計は、マンジュ人の位置に朝鮮人を置き、「古代人」としてアジア東部北方とシベリアの古代人集団を用いると、有意な正のZ得点を示し、朝鮮人は漢人よりもアジア東部北方もしくはシベリア南部の関連祖先系統を多く有している、と示されます。


●調査対象のマンジュ人と朝鮮人の混合モデル

 標的人口集団とマンジュ人と朝鮮人、可能性のある供給源とアジア東部と南東部全域の全ての現代の人口集団を用いて、混合f3統計が計算されました。チベット_チャムド(Chamdo)かウリチ人かナナイ人(Nanai)を北方供給源として、アミ人(Ami)もしくはタイ・カダイ語族話者集団を南方供給源とすると、マンジュ人の混合モデル化で上位の負のf3値を生成できます。朝鮮人を標的として用いると、ムーラオ人(Mulam)やマオナン人(Maonan)などタイ・カダイ語族話者とのナナイ人もしくはウリチ人などアジア北東部人は、上位の負のf3値を生成しました。負のf3値は、マンジュ人と朝鮮人両方の遺伝的形成が、恐らくは南北の供給源間の混合を含んでいた、と示唆します。次にqpAdmを用いて、マンジュ人と朝鮮人の遺伝的形成がモデル化されました(図8)。以下は本論文の図8です。
画像

 その結果、朝鮮人は西遼河の青銅器時代農耕民(WLR_BA)での単一の供給源に由来するものとして最適にモデル化できる、と分かりました。朝鮮半島の新石器時代もしくは青銅器時代の古代人、つまり前期新石器時代の安島(Ando)遺跡個体(非較正で紀元前6300~紀元前3000年頃)もしくは青銅器時代のTaejungni個体は、調査対象のマンジュ人および朝鮮人両方の単一の供給源としてモデル化でき、西遼河地域と朝鮮半島における長期の遺伝的連続性を示しています。しかし、マンジュ人は、中国南部から追加の遺伝的影響を受けた、と示唆されました。2方向モデルでは、マンジュ人は鉄器時代台湾人関連祖先系統17%とWLR関連祖先系統83%の混合としてモデル化できます。この2方向モデルは、北方祖先供給源が鉄器時代黄河上流集団(黄河上流_IA)に置換されても維持されることに要注意で、黄河上流_IAとWLR_BAの区別において現時点で利用可能なデータの解像度の限界が示唆されます。

 黒水_靺鞨もしくはモンゴル_匈奴を3方向モデルで第三の供給源として追加すると、マンジュ人は、台湾_漢本(鉄器時代)関連祖先系統7.5%、黄河_LN関連祖先系統84%、残りの黒水_靺鞨関連祖先系統8.5%としてモデル化できます。本論文の標的集団と密接に関連する集団との間の違いを比較するため、次に朝鮮人とマンジュ人を含めて近隣人口集団の形成がモデル化されました。同じ供給源と外群では、現代朝鮮人はWLR_BA(85%)と台湾_漢本(15%)の混合としてモデル化できます。マンジュ人は、台湾_漢本関連人口集団からはより少ない南方祖先系統であるものの、鮮卑もしくは靺鞨などアジア北東部人からのより多くの祖先系統でモデル化できる、と観察されました。


●各個体の父方と母方のハプログループ遺伝子型決定

 補足表5で、調査対象のマンジュ人と朝鮮人の母系となるmtDNAハプログループ(mtHg)と父系となるY染色体ハプログループ(YHg)が示されます。マンジュ人における優勢なYHgは、北部漢人と同様にO2a1c1です。一方、母系ではさまざまなmtHgが特定され、調査対象のマンジュ人ではB4・C4・D4・F1・F2・M8・N9が含まれており、これらの母系のほとんどは漢人でも優勢です。意外なことに、調査対象のマンジュ人でmtHg-U5が見つかりました。mtHg-Uはユーラシア西部人で広く分布しています。マンジュ人におけるmtHg-Uの存在は、マンジュ人の形成におけるユーラシア西部人の遺伝的影響を示唆します。

 吉林省延辺朝鮮族自治州安図県の調査対象の朝鮮人は、韓国の朝鮮人と類似の母系の遺伝的特性を有しており、mtHg-D4系統が優勢ですが、他のアジア東部人のように、mtHg-A5・B4・F1・G1・M7・M9・N9・Y1もあります。安図県の調査対象の朝鮮人6個体のYHgはO1とO2とC2で、全て漢人および朝鮮人で一般的に見られる系統です。


●考察

 かつて大きな影響力のある政権を確立した少数民族として、マンジュ人は何世紀にもわたって多くの民族集団と統合し、相互作用してきました。マンジュ人は創設した清王朝(ダイチン・グルン)において、漢人と大規模な通婚を行ないました。過去数世紀、中国北東部から遼東回廊を通っての中元への大規模な移住、および中国語では「闖関東(Chuang Guandong)」として知られているアジア北東部への勇敢な旅は、マンジュ人と中国中央部および南部の人口集団との間の広範な相互作用をもたらしました。それらの歴史的理由は、マンジュ人と、本論文における北方のシナ・チベット語族話者集団と南方のタイ・カダイ語族話者集団もしくはミャオ・ヤオ語族話者集団を含む中国全土の他の人口集団との間の、遺伝的類似性を説明できるかもしれません。さらに、北部漢人とマンジュ人との間の密接な関係は多くの先行研究は、で証明されてきており、この研究で再び確証されました。

 マンジュ人はツングース語族で最大の人口を有していますが、マンジュ人の遺伝的特性は、オロチョン人やホジェン人やシボ人など他のツングース語族話者集団とは異なります。他のツングース語族話者集団ではユーラシア西部関連構成要素が少ない割合で見つかりましたが、マンジュ人では見つかりませんでした。マンジュ人は西遼河および黄河流域の古代の人口集団と密接な類似性を有しています。マンジュ人は青銅器時代西遼河農耕民と鉄器時代の台湾_漢本の混合としてモデル化でき、マンジュ人の形成における南北の混合が示唆されます。先行研究はでは、マンジュ人の祖先系統は、靺鞨古代人の32.4%と、残りは黄河流域の農耕関連の古代の人口集団の祖先系統に由来するとモデル化できる、と明らかになりました。

 しかし本論文では、供給源として黒水_靺鞨での2方向モデルは失敗しました。その理由は、124万データセットと統合後に約20万ヶ所のSNP部位を有したことかもしれず、これは先行研究(ほぼ12万ヶ所の部位)よりも8万ヶ所ほど多くなります。より多くのSNPがあれば、より高い解像度を得ることができ、より多くのSNPは、より少ない数のSNPでは見つけることができない、モデル化の失敗につながる微妙な遺伝的違いを検出できるかもしれません。別の理由は、本論文におけるマンジュ人のより小さな標本規模と、標本抽出地の違いかもしれません。本論文の標本は錦州市で収集されましたが、先行研究では新賓自治県でした。

 先行研究(関連記事)では、紀元後4~5世紀の朝鮮半島南部人口集団は先住の縄文関連祖先系統をさまざまな割合で有しており【この縄文関連祖先系統は、新石器時代から続いていた可能性が確かにありますが、古墳時代の日本列島からもたらされた可能性もあると思います】、この縄文関連祖先系統は現在の朝鮮人では残っていない、と示されています。先行研究と一致して、本論文では現在の中国の朝鮮人で縄文関連祖先系統は検出されませんでした。本論文で調べられた吉林省の朝鮮人は、韓国の現代人と強いつながりを示し、中国の朝鮮人の起源は朝鮮半島からの最近の移住にたどることができる、と裏づけています。中国の朝鮮人は、WLR_BAと関連する単一の供給源に祖先系統が由来する、とモデル化でき、それは中国北東部から朝鮮半島、さらには日本列島への農耕の伝播経路を構成します。

 先行研究では、マンジュ人と朝鮮人は言語と歴史と文化において対応する、と示されてきました。マンジュ人と朝鮮人には言語学的つながりがあり、それは、朝鮮語には多くのマンジュ語からの借用語があり、両者は同じ文法構造だからです。さらに、中国のマンジュ人と朝鮮人は漢人文化に深く影響を受けており、漢人と遺伝的交流を行なってきました。錦州市北鎮における先住マンジュ人の歴史的記憶は、その起源地をチャンバイ山と記録しました。本論文では、マンジュ人はチャンバイ山の朝鮮人と遺伝的に類似している、と分かり、これはマンジュ人と朝鮮人との間の言語学的つながりと一致します。

 中国北東部における遺伝的特性のさらなる調査のためには将来、この地域のマンジュ人と朝鮮人のより多くの下位集団が収集されるべきです。さらに、現代の人口集団の参照データセットは、おもにアフィメトリクス社ヒト起源(Affymetrix Human Origins)配列を介して生成されました。ヒト起源データセットとの統合後の分析では、わずか約7万ヶ所の部位しか残っておらず、これは本論文の限外です。


参考文献:
Sun N. et al.(2023): The genetic structure and admixture of Manchus and Koreans in northeast China. Annals of Human Biology, 50, 1, 161–171.
https://doi.org/10.1080/03014460.2023.2182912

この記事へのコメント