ミトコンドリアDNAに基づく更新世におけるアメリカ大陸と日本列島への沿岸経路での人類の拡散

 ミトコンドリアDNA(mtDNA)に基づいて更新世におけるアメリカ大陸と日本列島への沿岸経路での人類の拡散を推測した研究(Li et al., 2023)が公表されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。現代人と古代人のmtDNAに基づいて、更新世における沿岸経路でのアメリカ大陸と日本列島への人類の拡散を推測した研究が公表されました。近年では、人類の進化および拡散の過程について核ゲノムに基づく研究が主流になっていますが、mtDNAの方が解析はずっと容易なので、今後もmtDNAに基づく研究は有用でしょう。ただ、人類の進化および拡散の過程をより詳しく解明するには、やはり核ゲノムの解析が必要になります。


●要約

 アメリカ大陸先住民(Native Americans、略してNA)の祖先はおもにシベリアに由来する、と広く認識されていますが、mtDNAハプログループ(mtHg)系統の、NAに典型的なD4h3aと、中国東部およびタイでのみでこれまでのところ見つかっているD4h3bとの間のつながりは、初期NAの祖先供給源が仮定されているよも多様だった可能性を提起します。本論文は、216個体の現代人(新たに配列決定された106個体が含まれます)のmtHg-D4hと以前に報告された古代人のmtHg-D4hのデータを分析します。その結果、中国北部沿岸におけるmtHg-D4hの2回の放散事象が明らかになり、一方は最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)、もう一方は最終退氷期で、この期間にアメリカ大陸と日本列島を含むさまざまな地域へのD4hの下位系統の拡散が促進されました。NA(mtHg-D4h3a)と日本列島(mtHg-D4h1aおよびD4h2)の沿岸部の分布は、中国北部とアメリカ大陸と日本列島の旧石器時代の考古学的類似性とともに、初期NAの沿岸拡散シナリオを裏づけます。


●研究史

 現生人類(Homo sapiens)が居住した最後の大陸であるアメリカ大陸への移住とその後のアメリカ大陸内の拡散は、遺伝学者の強い関心を集めてきました(関連記事)。先行研究では、NA(アメリカ大陸先住民)の祖先はアジアに起源があり、最も可能性が高いのはアジアの東部で(関連記事)、シベリア/ベーリンジア(ベーリング陸橋)を通って沿岸経路とおそらくは内陸部無氷回廊経由で複数の拡散によりアメリカ大陸に居住し、その後で下位集団への分岐が続いた(関連記事)、と示されてきました。

 初期NAの起源はこれまで、さまざまな起源地からの複数の拡散を含む複雑な過程と考えられてきました。かなりの調査により示唆されているように、広く任意記されたシベリア祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の他に、限定的ではあるものの、アジア北部および東部および南東部(関連記事)と、オーストラロ・メラネシア(関連記事)さえも特定されてきました。これらの観察と一致して、片親性遺伝標識(母系のmtDNAと父系のY染色体)の証拠はさらに、NA創始者型、たとえばmtHg-A2・B2・C1・C4c・D1などや、Y染色体ハプログループ(YHg)Q1b1a(L54)やその下位系統のZ780(Q1b1a2)・M848(Q1b1a1a1)・M4303、およびYHg-C2a(L1373)やその下位系統のMBP373により証明されてきたように(関連記事)、シベリアにその祖先供給源をたどることができます。対照的に、NAの母系創始者mtHg-D4h3aの姉妹系統、つまりmtHg-D4h3bは、これまで中国とタイのみで観察されてきており、初期NAの祖先の母系供給源はシベリアに限定されるのではなく、ずっと広いアジアの地理的範囲に由来した、と示唆されます。

 この問題に取り組むためには、ユーラシア全域を網羅する大規模なデータセットから得られた全ての利用可能なmtHg-D4hを統合する調査が必要です。mtHg-D4h3とその祖先型のD4hが現在の人口集団において比較的稀であること(0.5%程度)を考えて、合計でユーラシア人101319個体が調べられ、mtHg-D4h3およびその祖先分岐点であるD4hに分類されるmtDNAが特定されました。これらは、おもに超可変領域(hypervariable segment、略してHVS)の部分的な配列データが利用可能な60979点の標本と、完全な(もしくはほぼ完全な)ミトコンドリアゲノム配列のある40340点を含んでいます。この調査は、ミトコンドリアゲノム情報に基づいてmtHg-D4hに明確に分類できる110点のmtDNAと、HVSもしくは遺伝子型決定データに基づいてmtHg-D4hに分類される可能性が高い112点のmtDNAを確認しました。後者の112点のmtDNA、その完全な配列決定により、106点の追加のmtHg-D4hのミトコンドリアゲノムが明らかになりました。

 さらに、mtHg-D4hの進化史を再構築するため、インド・ヨーロッパ語族.eu(サイト)により集められた15460点の古代人標本、したがって事実上世界中で報告された全ての古代人のmtDNAと、アジア東部の追加の232点の最近報告された古代人のmtDNAでも、mtHg-D4hが検索されました。この調査は、古代人39個体のmtHg-D4h標本(完全なミトコンドリアゲノムでは30点、HVSデータでは9点)が得られ、古代におけるmtHg-D4hの希少性が反映されていました(図1)。したがって、本論文はこの希少なmtHg-D4hの古代人および現代人のデータを統合し、その起源と拡大史を完全に調べました。以下は本論文の図1です。
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●中国中央部と北部におけるD4h3とD4hの分化

 NAの創始者mtHg-D4h3aの起源を解明するため、その祖先であるD4h3が調べられました。本論文の調査結果により、mtHg-D4h3aの系統発生とその分岐の更新が可能になりました(図2A)。具体的には、本論文は混乱を避けるため、mtHgのD4h3aとD4h3bの名称を維持し、その上流の分岐点を暫定的に、それぞれ祖型D4h3aおよび祖型D4h3bと命名しました。NAの創始者mtHg-D4h3aとは異なり、D4h3の他の枝はおもに中国に分布しています。詳しくは、mtHg-D4h3b1(中国北部の河北省の祖型)が中国北部および中央部で見られる一方で、mtHg-D4h3b2(湖北省の祖型)はおもに中国中央部に分布しています。

 偶然にも、ユーラシアのさまざまな場所の報告された古代人のmtDNAでは、早くも15000~14000年前頃に、mtHg-D4h3に分類される古代人3標本が(中国北部北方に位置する)アムール川流域で見つかりました。これらのmtDNA標本のうち1点(NE-5)は年代が14000年前頃で、mtHg-祖型D4h3a に由来し、系統発生的にNAの創始者mtHg-D4h3aのミトコンドリアゲノムの最も近くに位置します。残りの標本2点、つまり14000年前頃のNE34と7000年前頃のNE18は、ともにmtHg-祖型D4h3bに分類されます。全体的にこれらの調査結果から、mtHg-D4h3のCPかの故地は中国中央部および北部である可能性が最も高く、このmtHg-D4h3の両方の支系は旧石器時代にそこに存在した、と示唆されます。これらの支系は中国中央部および北部に位置し、アメリカ大陸全体の創始者mtHgの1つであるD4h3aとの最も密接なアジア側の母系を反映しています。以下は本論文の図2です。
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 次に、mtHg-D4h3の最終共通祖先である、mtHg-D4hに注意が移されました。NAのmtHg-D4h3aを除いて、他のmtHg-D4hは圧倒的に中国で見つかり、その中でもおもに北部(150点の現代人の標本のうち48点、地理情報が不明な4点は破棄)と中央部(150点の現代人の標本のうち44点)でした。mtHg-D4hの比較的少ない数は、中国の北西部(14点)および南西部(16点)および南部(5点)と日本(13点)とアジア南東部(7点)とアジア北部(2点)でも確認されました。興味深いことに、古代人のmtHg-D4h標本の大半は中国の北部地域で検出されており(図1)過去における同様のmtHg-D4hの分布が裏づけられます。さらなる系統発生分析から、同じ地域の古代人および現代人の標本は、同じ下位支系でともにクラスタ化する(まとまる)、と明らかになりました。たとえば、D4h1aやD4h1cやD4h1dやD4h3です。

 一方で、mtHg-D4hのほとんどの下位ハプログループは、中国北部/中央部において優勢か(つまり、D4h1bとD4h1dとD4h1eと祖型D4h3b)、中国北部/中央部と他地域との間のつながりを示しており、中国西部(D4h1cとD4h4)と日本(D4h1aとD4h2)とアメリカ大陸(D4h3a)さえ含まれます(図2および図3A)。さらに、中国の南部および南西部および北西部とアジアン東部とアジア北部の標本は、全mtHg-D4hによたって散発的に分布し、おもに末端の支系な位置しており、遺伝子流動の結果である可能性が最も高そうです。最後に、特定の系統の特異な分布、たとえば日本のD4h1aや中国南西部のD4h1c(図2Aおよび図3A)は、創始者効果を示唆している可能性が高そうです。

 文献のミトコンドリアゲノムデータの一部が人口集団ではなく系統発生の研究に由来していることと、シベリアからのミトコンドリアゲノムが相対的に少なく、系統発生にかたよりをもたらすだろう、と考えて、集団研究のmtDNAのHVSデータが収集され、分析されました。mtHg-D4hの可能性がある標本は北アメリカ大陸の4176点の標本ではわずか数点しか見つからず、たとえばT16172CおよびC16174Tにより定義されるmtHg-D4h1dに分類される2点と、C16174TおよびA16343Gにより定義されるmtHg-D4h1eに分類される1点で、アジア北部におけるmtHg-D4hの希少性を裏づけます。

 HVSデータに基づく中央結合ネットワークは、代わりにアジアにおけるmtHg-D4hのずっと広範な分布を明らかにしました。じっさい、アジアのmtHg-D4h(合計228点)の大半は中国の中央部(58点、25.43%)と北部(44点、21.05%)にあり、それに続くのが中国南西部(35点、15.35%)、中国北西部(15点、6.57%)、日本(29点、12.72%)、アジア南東部(11点、4.82%)、中国南部(6点、2.63%)、アジア北部(9点、3.94%)です。さらに、主要な支系の祖型、たとえばmtHg-D4h1b・D4h1c・D4h1d・D4h1e・D4h3bは、おもに中国中央部および北部で見られますが、末端の支系はおもに他地域の標本を含んでおり、たとえば、中国南西部および北西部やアジア南東部および南部および中央部です。最後に、mtHg-D4h1aとD4h2は日本とその周辺地域に限定されており、創始者効果が裏づけられます。

 まとめると、これらの結果から、mtHg-D4hの系統発生文化は中国の中央部もしくは北部のどこかで起き、中国の北部沿岸に地理的に近い地域で起きた可能性が最も高い、と示唆されます。じっさい、中国北部/中央部の標本では、半数以上(92点のうち64点、69.57%)が中国北部沿岸の河北省や遼寧省や天津市や山東省や江蘇省や上海や浙江省、もしくはその近くの黒竜江省や吉林省や北京や安徽省や江西省で見つかりました。したがって本論文は、中国北部沿岸がmtHg-D4hおよびその下位ハプログループの分岐と拡大に重要な役割を果たしたかもしれない、と提案します。


●中国北部沿岸の2回の放散事象はNAと日本人の遺伝子プールに寄与しました

 BEASTの先端年代測定を用いての古代人標本の較正放射性炭素年代により更新された合着(合祖)年代推定から、mtHg-D4h系統の放散は、32390年前頃、最高確率密度(highest probability density、略してHPD)95%で41450~24040年前となり、おもに2期間内に起きた、と示唆されます(図3B)。最初の期間はLGM(26500~19000年前頃)に収まり、その期間にD4h3(26390年前頃、95% HPDで33210~20190年前)と祖型D4h3b(21550年前頃、95% HPDで27940~16180年前)とD4h1(21830年前頃、95% HPDで29080~15560年前)とD4h2(20050年前頃、95% HPDで29480~12120年前)が別の下位mtHgへと分化しました。以下は本論文の図3です。
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 これらの下位mtHgのうち、D4h3aはさらに拡散し、NAのアメリカ大陸全域のmtHgの1つになりました(図4A)。この放散は23000~20000年前頃のアジア東部古代人からの基底部アメリカ大陸支系の分岐(関連記事)とよく一致しており、それはアジアの北部地域におけるLGMの住みにくい気候に起因した可能性が高そうです。LGMの後となる最終退氷期(19000~11500年前頃)には、mtHg-D4hのうち、D4h4(18110年前頃、95% HPDで24280~12670年前)やD4h1a(15590年前頃、95% HPDで20920~11430年前)やD4h3b(13220年前頃、95% HPDで19930~7550年前)やD4h1c1(12770年前頃、95% HPDで17790~8210年前)やD4h1e(12100年前頃、95% HPDで17500~7160年前)により記録されているように(図4B)、第二の放散が中国北部沿岸近くのどこかで起きました。以下は本論文の図4です。
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 この系統発生放散と一致して、15000年前頃となるmtHg-D4hの有効人口規模の急速な増加が、拡張ベイズスカイラインプロット(extended Bayesian skyline plot、略してEBSP)で観察され(図3C)、これは恐らくLGM後の気候改善に起因します。これらの結果は、LGMと最終退氷期における中国北部沿岸の以前には知られていなかった人口集団の拡散の2つの波を明らかにしており、これはさまざまなmtHg-D4h系統の起源と拡大につながりました(図4)。渤海と黄海と中国の東海の周辺地域は、完新世の前には中国北部沿岸の陸地により依然としてつながっており、恐らくはこれらの拡大が起きることを可能にしました。

 興味深いことに、2つのmtHg、つまりD4h1a1(12240年前頃、95% HPDで15870~6720年前)とD4h2(20050年前頃、95% HPDで29480~12120年前)は、日本列島において広く分布しており(図2および図3A)、中国の北部沿岸からの拡大も日本では影響を及ぼした、と示唆されます。嫩江(Nenjiang)流域の11000年前頃と年代測定された古代人標本におけるmtHg-D4h1aの発見は、少なくとも11000年前頃における日本に近い地域での出現をさらに裏づけます。同様に、mtHg-D4h2は、日本列島における旧石器時代の移住者の子孫と考えられている縄文時代の古代人(縄文人)で観察されてきました。中央結合ネットワークから、mtHg-D4h2の1つの支系(つまりD4h2a)が中国とアジア南東部にある一方で、と他の支系(つまりD4h2b)はシベリア人とアイヌ集団と古代「縄文人」集団(日本列島の先住民、標本50点のうち3点)に分布している、と示されました。これは、中国からアジア南東部人や古代日本人などさまざまな人口集団への遺伝的寄与をさらに裏づけます。したがって、おそらくはmtHgのD4h1a1とD4h2は両方、LGM後に中国から日本へと拡散し、恐らくそれは12000年前頃まで中国と日本列島をつないでいた陸橋経由でした。


●Y染色体データからの裏づけの可能性

 NAの中国北部沿岸におけるmtHg-D4hの起源は、アジア北部の低地帯におけるYHg-C2a(L1373)の分化ともよく一致します。YHg-C2aは、NA創始者系統であるC-MPB373やC-P39(C2a1a1a)の祖先系統です。YHg-C2aの潜在的な放散中心地をさらに評価するため、23魔法生物工学社(23Mofang Biotechnology Co., Ltd)のY染色体遺伝子型決定データ(遺伝子型決定された33000のY染色体の一塩基多型がある合計458805個体)に基づいて、中国のさまざまな州におけるYHg-C2aとその下位系統の頻度が評価されました。YHg-C2aの基底型(YHg-C2a∗)は中国北部(北京市では0.020%、天津市では0.031%、河南省では0.004%、黒竜江省では0.030%、吉林省では0.063%、遼寧省では0.071%、陝西省では0.035%)と中国北西部(甘粛省では0.016%)でしか検出されませんでした。

 YHg-C2a∗の最高頻度が、全て中国北部沿岸に近い、遼寧省と吉林省と天津市と北京市で観察されたことは、強調に値します。さらに、YHg-C2aの下位系統の大半は、YHg-C2a1a1a(P39)の姉妹支系であるYHg-C-FGC28903を含めて、中国北部でその最高頻度となります。さらに、アジア南部および中央部やヨーロッパなどのような他地域におけるYHg-C2aに分類される標本は、散発的に見つかるか、おもに末端の支系を占めていました(関連記事)。この証拠から、YHg-C2aはmtHg-D4hと同様に、中国北部、とくに沿岸に近い地域で分化した、と強く示唆されます。

 さらに、14000年前頃となる中国北部の松嫩平原(Songnen Plain)の古代人2標本は、mtHg-D4h3でYHg-C2aと明らかになったので、中国北部沿岸におけるNAの母系と父系両方の祖先的系統共存が明らかになります。興味深いことに、YHg-C2-M217(39300年前頃、95% HPDで44500~34700年前)とmtHg-D4h(32390年前頃、95% HPDで414500~24040年前)は類似の合着年代で、YHg-C2aの分岐年代(21600年前頃、95% HPDで24400~19100年前)はこの研究で推定された最初のmtHg-D4hの放散年代と類似しており、この地域の祖先人口集団がNAの母系と父系両方の遺伝子プールに寄与した可能性が高そうです。

 じっさい、mtHg-D4hとYHg-C2(M217)の系統を除いて、かなりの母系および父系もこの地域で観察されてきました。たとえば、YHg-C-F106744とmtHg-A5・D4a・D4b・D4e・N9aなどで、そのほとんどはLGM前に生じました。これは、この地域がLGM後のアジア東部における分化の中心であり、この分化はおそらくmtHg-D4h3とYHg-C2aを含むさまざまな系統の拡大を促進した、というシナリオを裏づけます。一方、YHg-C2も他の日本人よりアイヌ(15%)においてより高い頻度で観察されてきました。さらに、mtHg-D4h3とYHg-C2の共存は、南アメリカ大陸の同じ遺跡(8000年前頃)でも報告されてきました。これらの観察からまとめて、mtHg-D4hとYHg-C2を有する中国北部に由来する祖先人口集団は、アメリカ大陸と日本列島へも拡大した、と示唆されます。


●考察

 この研究では、事実上ユーラシア全体を網羅する大規模なデータセットから得られた古代人と現代人のミトコンドリアゲノムの統合により、稀なNA創始者1系統の祖先が、渤海および黄海周辺の中国北部沿岸の低地帯にたどれました。この地域は、mtHg-A2・B2・C1・D4b1a2a1aなど共通の母方構成要素によりこれまで仮定されてきた、シベリアの地理的起源とは異なります。したがって本論文は、母系の観点からシベリアを越えてNAの祖先の追加の祖先供給源を明らかにしました。この祖先は、NAのmtDNAの遺伝子プールに低い割合でしか寄与していないものの、初期NAの起源の歴史の全体像を補完するうえで重要でしょう。

 さらなる裏づけはYHg-C2(M217)に由来し、これはmtHg-D4hの1つと類似した合着年代(4万年前頃)で、恐らくは(YHg-C2aにより示唆されるように)LGMに中国北部沿岸で放散し、この頃にmtHg-D4hの最初の放散が起きました。興味深いことに、これら片親性遺伝標識の祖先は、アジア東部人とシベリア人とNAを26000年前頃に産み出した(関連記事)、アジア東部における古代の祖先系統と一致します。一方で、40000~23000年前頃に「縄文人」の祖先がアジア東部の古代の祖先系統から分岐したことも推測されてきました(関連記事)。この証拠は、アジア東部人や「縄文人」やシベリア東部人やNAなどを含む人口集団に寄与した、40000~23000年前頃生じた古い祖先系統供給源存在を強く裏づけます。mtHg-D4hはこれら人口集団の分岐と拡大の証拠となる母系の1つだった、と本論文は提案します。しかし、シベリア東部にかなり寄与したこのアジア東部祖先系統とは異なり、mtHg-D4hはこの地域では滅多に見られません。一つの説明は、遺伝的浮動もしくは母系置換による拡大中のmtHg-D4hの喪失です。シベリアからのより多くのデータが、この拡大過程のさらなる評価に役立つでしょう。

 さらに、更新世の中国とアメリカ大陸と日本における遺伝的つながりは、これらの地域間の早くも更新世における考古学的類似性と一致します。たとえば、末期更新世には、日本の細石刃(18000~17000年前頃)は中国北部を含むアジア北東部との類似性を示し、縄文時代草創期の遺跡(15500年前頃)で発見された同時代の有茎尖頭器との共通性を示します。重要なことに、有茎尖頭器は日本から南アメリカ大陸まで環太平洋地域に分布しており、相互に密接な類似性があります。北アメリカ大陸のクーパーズフェリー(Cooper’s Ferry)遺跡の16000~15000年前頃となる有茎投射尖頭器に関する最近の調査結果は、日本の溝のない有茎投射尖頭器とアジア北部のそれとのより密接な類似性を示します(関連記事)。旧石器時代技術におけるこの類似性は、中国とアメリカ大陸と日本のmtHg-D4hの下位系統の系統発生関係と同様に、これらの地域間の更新世のつながり可能性に帰せられます(図4B)。以下は本論文の要約図です。
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 本論文の結果は、アメリカ大陸への初期NAの拡散経路にも光を当てます。mtHg-D4hが環太平洋地域沿岸と地理的に近い中国北部沿岸から放散したことを考えると、mtHg-D4hは太平洋東部沿岸のLGMとLGM後の拡散を記録する、と推測されます。これは、無氷回廊が閉ざされていた時の、太平洋沿岸経路でのmtHg-D4h3aの拡散とよく一致します(関連記事)。同様に、恐らくはmtHg-D4h と並行して放散したYHg-C2aも韓国人およびニヴフ人(Nivkh)で報告されてきたので、中国北部沿岸から始まった沿岸の人口拡大シナリオへの裏づけとなります。これは、太平洋の旧石器時代の文化的類似性(たとえば有茎尖頭器)や、海洋拡散の古生態学的実行可能性(たとえば、海藻交通路仮説)とともに、初期NAの沿岸経路仮説のさらなる裏づけとなります。


●この研究の限界

 稀なNA創始者系統の起源の分析により、本論文は中国北部沿岸におけるNAと日本人両方の祖先的根源を明らかにしました。しかし、この地域からアメリカ大陸へのいくつかの詳細な拡大は、さらに分析する必要があります。第一に、古代人および現代人両方の標本からmtHg-D4hに関するより多くのデータ、とくに比較的少ないミトコンドリアゲノムの数が評価されてきたシベリアからのデータが、この系統の詳細な拡大の解明に必要です。第二に、大規模な人口集団データセットから得られたYHg-C2aの高解像度のY染色体データが、父系の観点からこの放散の証明に役立つでしょう。第三に、ミトコンドリアゲノムとY染色体と常染色体ゲノムを統合した調査も、母系と父系と常染色体の遺伝標識間に違いがあったのかどうか、調べるのに不可欠で、したがってNAの起源の歴史の全体像を補完します。


参考文献:
Li YC. et al.(2023): Mitogenome evidence shows two radiation events and dispersals of matrilineal ancestry from northern coastal China to the Americas and Japan. Cell Reports, 42, 5, 112413.
https://doi.org/10.1016/j.celrep.2023.112413

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