マリノアン氷期の海洋生息環境

 6億5400万年~6億3500万年前頃となるマリノアン氷期(Marinoan Ice Age)の海洋生息環境に関する研究(Song et al., 2023)が公表されました。マリノア氷期には、大陸の氷床が熱帯海洋に到達しました。複雑な生命体がマリノアン期の「スノーボールアース(地球全体が完全に氷に覆われた状態)」現象による氷河作用をどのようにして生き残ったのか、という問題に関して盛んな議論が続いています。好気性海洋真核生物がこの事象を生き延びるには、海洋退避地が存在したに違いなく、これは、中国南部の後期クライオジェニアン紀(Cryogenian)のナンツオ層(Nantuo Formation)の氷河期後期のNantuo層の氷河期のダイアミクタイトに挟まれた黒い頁岩に保存されている、ソングルオ生物相(Songluo Biota)の底生光栄養大藻により証明されています。しかし、これらの生物が繁栄するための環境条件はほとんど知られていません。

 本論文は、ナンツオ層の化石産出黒色頁岩とそれに隣接する砕屑岩から得られた炭素・窒素・鉄の地球化学組成データを報告します。その結果、鉄の化学種同定データは、底部水域における貧酸素・無酸素状態を記録し、窒素同位体は、おそらく表面水域における好気的な窒素循環を記録します。これらの結果は、マリノア氷期の衰退期に、生息可能な外洋条件が以前の推測よりも広く中緯度(北緯30~40度)の沿岸海域にまで拡大しており、真核生物の退避地避難場所となっていたことを示します。これは、当時の地球が「スノーボールアース」ではなく「スラッシュボールアース(地球上に氷が溶けた所もあった状態)」に近かったことを示唆します。複雑な生物は、地球の環境がもっと適応可能な条件に戻るまで、こうした退避地で生き延びた、と考えられます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


環境:生命体が「スラッシュボールアース」を生き残った時の環境条件

 6億5400万年~6億3500万年前のマリノアン氷期の地球において、最も初期の複雑な生命体が存在できた海洋環境が、これまで考えられていたよりも広範囲に及んでいた可能性のあることが判明した。今回の知見は、仮説上の「スノーボールアース」現象(地球全体が完全に氷に覆われた状態)が発生していた時期において、生命体が存在可能な外洋の条件が中緯度域まで広がっていた可能性を示唆しており、この現象がむしろ「スラッシュボールアース」(地球上に氷が溶けた所もあった状態)に近かったことを暗示している。これにより、ほぼ地球規模で氷点下だった時期においても生物が生存していたとされる。この研究を報告する論文が、Nature Communicationsに掲載される。

 複雑な生命体がマリノアン期の「スノーボールアース」現象による氷河作用をどのようにして生き残ったのかという論点を巡って、盛んな議論が続いている。マリノアン氷期の氷河作用によるスノーボールアース現象が起こった時、海洋生物が生き延びるためのレフュジア(避難地)が海洋上にあったと考えられている。しかし、海洋生物の生存を可能にした環境条件については、まだ十分に解明されていない。

 今回、Huyue Songたちは、中国南部にある後期クライオジェニアン紀のナンツオ層(6億5400万年~6億3500万年前の地層)で発見された化石を多く含む堆積物の地球化学組成を分析した。その結果、海底に生息する光合成藻類に似た生物の化石が見つかった。また、鉄の化学的性質を分析したところ、深層水に十分な酸素が含まれていなかったが、酸素を含んでいた表層水で好気的な窒素循環が起こっていた可能性の高いことが明らかになった。この堆積物は、最後の「スノーボールアース」氷河期に北緯30~40度に堆積したことが分かったが、その当時の凍結しなかった海洋の予想位置よりもかなり北側だった。

 Songたちは、こうした中緯度の外洋海域は、ほぼ地球全体が氷結した時代に複雑な生物が生き延びるための避難場所となり、そのおかげで、こうした生物が、地球の環境がもっと適応可能な条件に戻るまで生き残れたという見解を示している。



参考文献:
Song H. et al.(2023): Mid-latitudinal habitable environment for marine eukaryotes during the waning stage of the Marinoan snowball glaciation. Nature Communications, 14, 1564.
https://doi.org/10.1038/s41467-023-37172-x

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