ネアンデルタール人とデニソワ人から現生人類へと伝わった遺伝子疾患
ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)から現生人類(Homo sapiens)へと継承された遺伝子疾患に関する研究(Toncheva et al., 2023)が公表されました。ネアンデルタール人とデニソワ人から現生人類へと伝わった遺伝子疾患は、ネアンデルタール人とデニソワ人、さらには初期現生人類が進化してきた自然および社会環境について知る重要な手がかりになるかもしれない、という点でも注目されます。こうした研究は以前から盛んでしたが(関連記事)、今後はますます精緻になっていく、と期待されます。
●要約
古代の解剖学的現代人(anatomically modern human、略してAMH、現生人類)は、6万年前頃にアフリカを離れてヨーロッパとアジアの全域に拡大したさい、他の古代のホモ属種、とくにネアンデルタール人やデニソワ人と遭遇しました。現生人類は他の古代のホモ属種と交雑し、現代人のゲノムにはこれらの交雑事象から継承されたDNAが保持されています。高品質(高網羅率)の古代型のヒト【絶滅ホモ属】のゲノムが最近配列決定され、個々の異型接合性の直接的な推定が可能となり、これら古代型のヒト集団における遺伝的多様性はひじょうに低く、小さな人口規模が示唆される、と示されました。
この研究では古代型のヒト10個体のゲノム規模データが分析され、その中には高網羅率で配列決定された4個体が含まれます。単一遺伝子疾患と関連する病原性変異についてこれら古代型のヒトのゲノム規模データが調べられ、個々の被験者において病原性変異の異常な集積が確認され、その中には、12万年前頃のネアンデルタール人におけるフェニルケトン尿症の状態と関連する、肺動脈性肺高血圧症(pulmonary arterial hypertension、略してPAH)遺伝子病原性多様体の4倍同型接合の事例が含まれます。病原性変異のそうした集積は現在の人口集団ではひじょうに稀で、古代型のヒトにおけるその存在は、より高水準の近親交配につながる小さな共同体の規模と組み合わさったさほど重度ではない臨床症状により説明できるかもしれません。本論文の結果から、稀な疾患と関連する病原性多様体は、他の古代型のホモ属種からの遺伝子移入の結果だったかもしれないので、古代の混合は現代人の疾患危険性に影響を及ぼした可能性がある、と示唆されます。
●研究史
AMHはアフリカに遅くとも20万年前頃には(関連記事)出現しましたが、アフリカ外の現代人はおもに7万~5万年前頃となるアフリカからの最も重要な拡大の波の子孫です(関連記事)。AMHはユーラシア全域に広がると、他の古代型ホモ属種、とくにネアンデルタール人およびデニソワ人と遭遇しました。この両集団は4万年前頃までユーラシアに生息していました(関連記事1および関連記事2)。核ゲノムに基づいて、デニソワ人およびネアンデルタール人と現生人類との分岐は80万年前頃で、デニソワ人とネアンデルタール人の分岐は64万年前頃と推測されましたが、ユーラシア人の遺伝子プールの古代型の構成要素が、ネアンデルタール人よりもデニソワ人の方と密接には関連していないことも推定されました(関連記事)。
これらの遭遇は、非アフリカ系現代人の有するネアンデルタール人とデニソワ人のゲノムの割合により証明されてきたように(関連記事)、交雑をもたらしました。ユーラシアにおける現生人類への遺伝子移入事象は、ネアンデルタール人とは65000~47000年前頃、デニソワ人とは54000~44000年前頃に起きた(関連記事)、と推定されています。現代人のゲノムのネアンデルタール人構成要素は非アフリカ系人口集団に遍在しており、平均的には2%程度です(関連記事)。
しかし、ネアンデルタール人祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の水準は人口集団でひじょうに異なり、たとえばヨーロッパ人と比較してアジア東部人では12~20%ほど高くなります【最近の推定(関連記事)ではこの差はもっと小さいとされています】。現代の人口集団におけるデニソワ人祖先系統は平均的にはずっと少なく、常染色体ゲノムの0.05%程度です。しかし、一部の現在のヒト、たとえば現在のメラネシア人は、その祖先系統の最大5%が古代型のデニソワ人に由来し、デニソワ人は後期更新世においてアジアに広がっていたかもしれない、と示唆されてきました(関連記事)。
ネアンデルタール人からの遺伝子移入は、ネアンデルタール人系統で出現した新たなアレル(対立遺伝子)をユーラシアの人口集団にもたらしました。現在のヨーロッパの人口集団において残っているアレルは、皮膚や免疫や精神神経疾患の危険性を含む多様体と関連しています(関連記事)。たとえば、免疫系応答と関連する遺伝子移入されたアレルは、経時的に変化する環境要因下で炎症もしくは自己免疫の危険性を高める可能性があります。過去の選択と現在の不適応との間のトレードオフ(交換)は、セリアック病の事例により示されています。ヨーロッパ人において、IL12AやIL18RAPやSH2B3など、セリアック病と関連する遺伝子のいくつかの危険性アレルは、過去の正の選択事象の結果と示されてきました。
先行研究は、恐らく初期ヨーロッパ人口集団における選択圧により維持された、セリアック病の危険性アレルに適合するケモカイン受容体(chemokine receptor、略してCCR)遺伝子ファミリーにおける、ネアンデルタール人からの遺伝子移入の証拠を見つけました(関連記事)。ヨーロッパ人の32%程に存在し、アフリカ人に存在しないZNF365D遺伝子の非同義多様体もネアンデルタール人から継承され、クローン病のより高い危険性と関連しています。同様に、ネアンデルタール人とデニソワ人から継承され、ヨーロッパ人とアジア人に存在する遺伝子クラスタ(まとまり)TLR6-1-10の多様体は、アレルギーへのより高い感受性と関連してきました(関連記事)。
古代型ホモ属との混合は、より古代的ではあるものの機能的なアレルがユーラシア人のゲノムへと再導入される経路としても機能しました(関連記事)。さらに、一部の遺伝子移入されたネアンデルタール人の派生的アレルは、アフリカ外の環境では適応的だったので、ユーラシアのAMHには有利でした(関連記事)。しかし、AMHと比較しての小さなネアンデルタール人の有効人口規模により、ネアンデルタール人系統で弱有害性のアレルが蓄積されたかもしれず、それは遺伝子移入事象において遺伝的対価としても現れました(関連記事)。
ネアンデルタール人のDNAは強い選択圧を経ており、それは現代ユーラシア人のゲノム全体で残っているネアンデルタール人のDNAパターンから明らかです。ネアンデルタール人とデニソワ人の祖先系統は、遺伝子近傍の枯渇に反映されているように、現生人類のゲノムに有害でした(関連記事)。ネアンデルタール人とデニソワ人両方の祖先系統のパターンは、X染色体と、他の組織よりも精巣で高度に発現している遺伝子の近傍でより顕著です。したがって、50万年を超えて分岐したヒト集団の混合の一般的特徴は、男性の繁殖能力低下だったかもしれません。
高品質の人類のゲノムにより、ネアンデルタール人およびデニソワ人の祖先と分離後の現生人類で固定するようになった置換を分析できます。これまで、古代の人類4個体のゲノムが高品質で配列決定されました。これらのうち最初のものは、2012年に刊行された、デニソワ人女性【デニソワ3号】の高網羅率(30倍)のゲノム配列です(関連記事)。このゲノムの品質により、デニソワ人の異型接合性の直接的推定が可能となり、これら古代型人類の遺伝的多様性はひじょうに低くかった、と示唆され、デニソワ人は現生人類と比較して過去数百年にわたって人口規模が小さかった、と推定できました。
2014年には、シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見された、12万年前頃と推定されるネアンデルタール人女性【デニソワ5号】の完全なゲノムが刊行され(関連記事)、その両親は半キョウダイ(片方の親のみを共有するキョウダイ)の水準で関連している可能性が最も高く、その遺伝的系統は近親婚の高い割合の証拠を示します。2017年には、クロアチアのヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)で発見された5万年前頃のネアンデルタール人女性が30倍のゲノム網羅率で配列決定され、この個体は上述のデニソワ洞窟で発見された12万年前頃のネアンデルタール人女性よりも、サハラ砂漠以南のアフリカ外に暮らす現代人の祖先と混合したネアンデルタール人とより密接に関連している、と判断されました(関連記事)。
これにより現生人類において、LDLコレステロール水準や統合失調症や他の疾患に関わる多様体を含む、現代人で特定されたネアンデルタール人のDNAは10~20%多く確認されることになりました。これらの中には、LDLコレステロールの血漿水準(rs10490626)、ビタミンD(rs6730714)、摂食障害(rs74566133)、内臓脂肪蓄積(rs2059397)、リウマチ性関節炎(rs45475795)、統合失調症(rs16977195)、抗精神病薬への反応(rs1459148)と関連する多様体があります。これは、ネアンデルタール人祖先系統が、とくに神経学・精神医学・免疫学・皮膚科学的な表現型と関連する現代人の疾患危険性に影響を及ぼす、という多くの証拠に追加されます。
2020年には、デニソワ洞窟と同じくアルタイ山脈のチャギルスカヤ洞窟(Chagyrskaya Cave)のネアンデルタール人女性の高網羅率(27倍)のゲノムが刊行され、その祖先は60個体未満の比較的孤立した人口集団で暮らしていた、と示されました(関連記事)。このゲノムが依然に配列決定されたネアンデルタール人2個体のゲノムとともに分析されると、脳の線条体がかなり変化した、と明らかになり、線条体はネアンデルタール人において独特な機能が進化したかもしれず、線条体遺伝子は現生人類へと導入された時に不利だったネアンデルタール人固有の変化を含んでいる可能性がある、と示唆されました。
この研究は、高品質で配列決定された4個体とその他の6個体(関連記事1および関連記事2)を含む、古代型10個体のゲノム規模データを分析し、単一遺伝子疾患と関連する病原性変異について、これら古代型のヒトのゲノム規模データを調べます。
●分析結果
分析された古代型のヒト10個体のゲノム規模データには、単一遺伝子疾患と関連していると確証されている5つの遺伝子に、9つの病原性変異がありました。それは、稀な遺伝性疾患であるフェニルケトン尿症と関連するPAH遺伝子の5つの変異、β重症地中海貧血を引き起こす各ヘモグロビン亜単位β(hemoglobin subunit beta、略してHBB)遺伝子の1つの変異、男性の性的発達障害と関連するステロイド5α還元酵素2(steroid 5 alpha-reductase 2、略してSRD5A2)遺伝子、カナバン病と関連するアスパラトアシラーゼ(Aspartoacylase、略してASPA)遺伝子、男性のみでブルーナー症候群と関連するモノアミン酸化酵素A(Monoamine oxidase A、略してMAOA)遺伝子です。これらは、こうした変異が確証された最古の事例です。
古代型人類の遺伝子型データの標本規模はひじょうに小さいにも関わらず、これらの多様体の時間的動態を説明するため、人類共同体における推定頻度が、古代のAMH共同体(52000~100年前頃)および/もしくは現在の人口集団(関連記事)の推定頻度と比較されました。これらの多様体の推定頻度は、古代AMH共同体の頻度と比較して最大で100倍となり、絶え間ない結果として起きる減少傾向を示唆します。図1では、古代人の標本における推定人口集団頻度の比率と、DisGeNetプラットフォームから得られた全ての疾患関連多様体の現在の頻度が示され、昇順比で並べられています。表3の9つの多様体のうち6つは古代と現在の人口集団間の頻度における最大の全体的な相対的低下にあり、じっさい、分析された多様体(26131)の上位0.1%内にあり、これら特定の変異が強い負の選択を受けてきた、と示唆されます。以下は本論文の図1です。
アルタイ山脈のネアンデルタール人【デニソワ5号】とデニソワ人(デニソワ3号)のゲノムには、HBB遺伝子(βグロビン遺伝子)のフレームシフト変異rs63749819があります。コドン6に位置する単一ヌクレオチドの欠失(delT)は、不完全もしくは欠如したHBBタンパク質および貧血症候群β地中海貧血症を引き起こす、未成熟終止コドンにつながります。SRD5A2遺伝子における病原性の同型接合変異rs9332964は、3点の分析された標本で確認されており、それはアルタイ山脈のネアンデルタール人【デニソワ5号】およびデニソワ人【デニソワ3号】とクロアチアのヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人です。これは、その構造(p.Arg227Gln)とステロイド5α還元酵素2の触媒活性を変え、これらの変化は、ジヒドロテストステロン(dihydrotestosterone、略してDHT)へのテストテトロンの変換に関わり、男性では男性の性的特徴の正常な発達に重要な役割を果たします。
この分析は、PAH遺伝子における病原性変異の異常な集積を確証します。たとえば、アルタイ山脈のネアンデルタール人【デニソワ5号】における4倍同型接合の事例、ヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人における3倍同型接合の事例、ヨーロッパ・ロシアのメズマイスカヤ(Mezmaiskaya)洞窟のネアンデルタール人とデニソワ人の2倍同型接合変異です(図2b)。ベルギーのスピ(Spy)洞窟のネアンデルタール人は1倍同型接合変異の保有者です。これらの変異の現在の人口集団の頻度はひじょうに低く、0.0003から0.00003の範囲です。現在の人口集団では、これらの変異は同型接合の両アレルみしきは複合異型接合遺伝子型として臨床的に重要です(図2a)。以下は本論文の図2です。
PAH遺伝子の3つの病原性変異(rs76296470、rs5030850、rs5030846)は未成熟終止コドンを引き起こし、ナンセンス変異依存RNA分解(nonsense-mediated mRNA decay、略してNMD)をもたらします。残りの2つの変異(rs5030851、rs5030853)はミスセンスで、それぞれ同型接合の状態もしくは複合異型接合の状態で臨床的症状があります。
ASPA遺伝子の病原性変異rs28940279は古代型人類3個体で確証されていますが、現在の人口集団におけるその頻度はひじょうに低く、ƒ=0.0003です。この遺伝子は、N-アセチルアスパラギン酸(N-acetyl-L-aspartic acid、略してNAA)をアスパラギン酸と多くのタンパク質の必須部分と酢酸へと代謝する役割を果たしている、アスパルトアシラーゼ酵素を合成しています。このc.854A>C変異は、アスパルトアシラーゼの触媒ドメインにおいてp.Glu285Alaアミノ酸置換をもたらします。同型接合状態におけるこの変異は、ひじょうに低い酵素活性を含んでおり、NAAの蓄積は神経細胞のミエリン鞘への損傷を引き起こします。これは正常な脳の発達を妨げ、カナバン病を引き起こします。
MAOA遺伝子の変異rs72554632は、地理的に遠いアルタイ山脈とヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人2個体で確証されています。その現在の人口集団の頻度はきょくたんに低いと考えることができ、それは、gnomAD(関連記事)のゲノム第3.1.1版でこの多様体についての情報がないからです。MAOA遺伝子は、脳細胞のシグナル伝達が不要な時に神経伝達物質を不活性化する、モノアミン酸化酵素Aの合成を制御します。MAOA酵素は、出生前の正常な脳の発達と、その後の細胞の自然死の制御に重要です。rs72554632多様体はナンセンス変異(p.Gln296Ter)で、これは未成熟終止コドンと、したがって切断されたタンパク質をもたらします。
●考察
この研究では、古代型のヒト10個体から得られた一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)濃縮ゲノム規模データが、現在の人口集団における単一遺伝子疾患と関連する変異の存在について分析されました。現在のヨーロッパ連合(EU)の分類によると、発生率が10000人に5人未満ならば、その状態は稀な疾患です。分析された古代型のヒトのゲノム規模データでは、単一遺伝子疾患と関連する、同型接合状態での病原性多様体の異常な集積が確証されました。アルタイ山脈のネアンデルタール人【デニソワ5号】には、β地中海貧血症やフェニルケトン尿症やカナバン病やブルーナー症候群を引き起こす同型接合状態での変異がある、と確証されます。ヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人には、フェニルケトン尿症やカナバン病やブルーナー症候群を引き起こす同型接合状態での変異がある、と確証されます。デニソワ人個体には、β地中海貧血症やフェニルケトン尿症やカナバン病を引き起こす同型接合状態での変異がある、と確証されます。スピ洞窟とメズマイスカヤ洞窟のネアンデルタール人2個体には、フェニルケトン尿症と関連する変異がありました。
病原性変異のそうした組み合わせは現在の個体群ではひじょうに珍しく、それはとくに、これらの変異の現在の人口集団の頻度がひじょうに低いことに起因します。僅かな事例が、常染色体劣性(潜性)状態の近親交配個体で記載されてきました。病原性変異のそうした発生率増加は、古代型のヒト共同体の小さな人口規模に起因する近親交配の結果かもしれません。
SRD5A2遺伝子の病原性変異は現在の人口集団ではひじょうに稀ですか、分析された女性の古代型のヒト被験者(アルタイ山脈のデニソワ洞窟のネアンデルタール人およびデニソワ人とヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人)では同型接合状態で確証されており、恐らくは近親交配の結果です。この変異は女性では表現型的には発現しませんが、性的発達の障害は、男性の子供に常に現れます。モデル化の結果から、最年少の女性の繁殖率における単純な減少が人口動態にひじょうに重要な影響を及ぼすかもしれない、と示唆されており、本論文の分析からは、単一遺伝子欠陥により起きる男性の繁殖力減少もネアンデルタール人の消滅につながった可能性がある、と示唆されるかもしれません。分析された古代型のヒト被験者におけるこれら病原性変異の保有者から結果として生じる臨床像は、表4に要約されている深刻な臨床的症状をもたらします。
●貧血症
アルタイ山脈のデニソワ洞窟のネアンデルタール人とデニソワ人は、最も深刻な貧血である重症地中海貧血症(クーリー貧血)と関連するHBB遺伝子の、同型接合状態でのフレームシフト変異の保有者です。この変異の保有者も、生存率が低下しました。
●脳の損傷と脳機能の障害
神経系と脳機能の障害を伴う単一遺伝子状態の集積から、これら古代型のヒトは脳の構造と機能に深刻な損傷を受けた、と示唆されます。フェニルケトン尿症(Phenylketonuria、略してPKU)は、肉や卵や乳製品など高タンパク質の食品を摂取したさいに起きる代謝障害です。PKUの症状は、経度から重度までさまざまと知られています。ネアンデルタール人とデニソワ人の被験者がどのような影響を受けたのかは不明で、それは、ネアンデルタール人とデニソワ人の食性がAMHとは異なっていたように見えるからだけではありません。たとえば、スペイン北部のエルシドロン(El Sidrón)洞窟に暮らしていたネアンデルタール人は、キノコやコケやマツの実を食べていたようで、肉を消費していた兆候はありません。ベルギーのスピ洞窟に暮らしていたネアンデルタール人は、野生の山岳ヒツジケブカサイを含む肉の多い植生だったようですが(関連記事)、他の研究では、イベリア半島に暮らしていた10万年前頃のネアンデルタール人はひじょうに多様な食性で、軟体類や二枚貝など海産物も含まれていた、と示唆されています。
本論文は、PAH遺伝子の病原性変異について、アルタイ山脈のネアンデルタール人【デニソワ5号】では4倍もの、ヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人では3倍、デニソワ人とメズマイスカヤ洞窟のネアンデルタール人では2倍になる、と確証しました。これらの変異はそれぞれ単独だけでPKUの臨床的症状と関連しており、そうした集積は本論文が把握する限りでは、現代人においてまだ見当たりません。
rs76296470変異はエクソン3に位置し、終止コドンp. (Arg111*)を生成して、タンパク質合成を停止します。PAH遺伝子の他の追加の変異(アルタイ山脈のネアンデルタール人【デニソワ5号】では3つ、ヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人では2つ、デニソワ人とメズマイスカヤ洞窟のネアンデルタール人では1つ)は下流(エクソンE7およびE8)に位置し、合成されたタンパク質はこの変異の保有者ではさらに影響を受けることはありません(図3)。以下は本論文の図3です。
病原性変異に起因するASPA遺伝子の機能障害は、カナバン病を引き起こします。それは、白質萎縮症として知られる微小な液体空間で穴だらけになった脳の海綿状組織へと編成し、脳神経細胞を損傷させます。
ブルーナー症候群は、X染色体上のMAOA遺伝子の1コピーのみの病原性変異rs72554632を有する半接合性の男性に現れる、X染色体関連の劣性(潜性)疾患です。この変異はアルタイ山脈のネアンデルタール人【デニソワ5号】とヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人の女性標本で確認されました。rs72554632のアレル頻度は現在の人口集団ではひじょうに低く、同型接合の女性の事例の記載はありません。したがって、ネアンデルタール人女性における症状は予測困難です。
ネアンデルタール人とデニソワ人の脳の詳細はまだ不明で、検討されたPAHおよびASPA,およびMAOA遺伝子の変異がこれら古代型のヒトにどのように影響したのか、推測は困難です。これらの変異はネアンデルタール人からの遺伝子移入の結果で、ヒトへの有害な影響により、これらの変異の現在の人口集団の頻度はひじょうに低くなった、と考えられます。ネアンデルタール人とAMHとの間で識別された脳形態には違いがありました(関連記事)。非アフリカ系現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人のDNAの遺伝子移入された断片から、1番および18番染色体上のネアンデルタール人由来のアレルは、神経発生と髄鞘形成に役割を果たす、ユビキチンタンパク質連結酵素E3組成N末端残基認識酵素4(ubiquitin protein ligase E3 component n-recognin 4、略してUBR4)およびPHドメインおよびロイシン多繰り返しタンパク質脱リン酸化酵素1(PH domain and leucine rich repeat protein phosphatase 1、略してPHLPP1)という近傍の2つの遺伝子の発現を変更する、と示されます。さらに、モザイク状には存在しない2つのタンパク質における現代人の3つのアミノ酸はより長い分裂中期を引き起こし、染色体が分裂するさいの誤りが少なくなる、と示されてきました。これにより、ネアンデルタール人の神経幹細胞よりも現代人の方で染色体分離の誤りが少なくなります。神経細胞は新皮質発達中の神経幹細胞に由来します。
●まとめ
古代型のヒトのSNSの豊富なゲノム規模データが、単一遺伝子疾患と関連する病原性変異の存在について分析されました。5つの遺伝子でそうした変異が確認され、その全てにはかなりの臨床的意味があります。これらの変異の最古の事例の記載とともに、本論文の分析は、現在の人口集団と比較して古代型のヒトにおいて以上に高い発生率を示唆します。より具体的には、フェニルケトン尿症と関連するPAH遺伝子では、病原性変異の2倍・3倍・4倍の同型接合保有者が論証されました。さらに、MAOA遺伝子における同型接合状態のナンセンス変異が、女性のネアンデルタール人被験者で見られます。
PAHおよびASPAおよびMAOA遺伝子における病原性変異は、古代型のヒトに固有の脳組織および機能性を反映しているかもしれない、と推測できます。本論文の分析は、単一遺伝子疾患と関連する病原性変異が、AMHが共存して交雑した他の古代型のヒト種から遺伝子とともに遺伝子移入されたかもしれない、ということも提案できるかもしれません。臨床と疫学と集団遺伝学の枠組みへの古代のゲノム規模データの統合は、ホモ属の適応史や、遺伝的および非遺伝的構成が、環境と文化的行動の変化とともに、建康と疾患両方の表現型の差異に影響を及ぼす方法への、新たな洞察を提供するでしょう。
参考文献:
Toncheva D. et al.(2023): Pathogenic Variants Associated with Rare Monogenic Diseases Established in Ancient Neanderthal and Denisovan Genome-Wide Data. Genes, 14, 3, 727.
https://doi.org/10.3390/genes14030727
●要約
古代の解剖学的現代人(anatomically modern human、略してAMH、現生人類)は、6万年前頃にアフリカを離れてヨーロッパとアジアの全域に拡大したさい、他の古代のホモ属種、とくにネアンデルタール人やデニソワ人と遭遇しました。現生人類は他の古代のホモ属種と交雑し、現代人のゲノムにはこれらの交雑事象から継承されたDNAが保持されています。高品質(高網羅率)の古代型のヒト【絶滅ホモ属】のゲノムが最近配列決定され、個々の異型接合性の直接的な推定が可能となり、これら古代型のヒト集団における遺伝的多様性はひじょうに低く、小さな人口規模が示唆される、と示されました。
この研究では古代型のヒト10個体のゲノム規模データが分析され、その中には高網羅率で配列決定された4個体が含まれます。単一遺伝子疾患と関連する病原性変異についてこれら古代型のヒトのゲノム規模データが調べられ、個々の被験者において病原性変異の異常な集積が確認され、その中には、12万年前頃のネアンデルタール人におけるフェニルケトン尿症の状態と関連する、肺動脈性肺高血圧症(pulmonary arterial hypertension、略してPAH)遺伝子病原性多様体の4倍同型接合の事例が含まれます。病原性変異のそうした集積は現在の人口集団ではひじょうに稀で、古代型のヒトにおけるその存在は、より高水準の近親交配につながる小さな共同体の規模と組み合わさったさほど重度ではない臨床症状により説明できるかもしれません。本論文の結果から、稀な疾患と関連する病原性多様体は、他の古代型のホモ属種からの遺伝子移入の結果だったかもしれないので、古代の混合は現代人の疾患危険性に影響を及ぼした可能性がある、と示唆されます。
●研究史
AMHはアフリカに遅くとも20万年前頃には(関連記事)出現しましたが、アフリカ外の現代人はおもに7万~5万年前頃となるアフリカからの最も重要な拡大の波の子孫です(関連記事)。AMHはユーラシア全域に広がると、他の古代型ホモ属種、とくにネアンデルタール人およびデニソワ人と遭遇しました。この両集団は4万年前頃までユーラシアに生息していました(関連記事1および関連記事2)。核ゲノムに基づいて、デニソワ人およびネアンデルタール人と現生人類との分岐は80万年前頃で、デニソワ人とネアンデルタール人の分岐は64万年前頃と推測されましたが、ユーラシア人の遺伝子プールの古代型の構成要素が、ネアンデルタール人よりもデニソワ人の方と密接には関連していないことも推定されました(関連記事)。
これらの遭遇は、非アフリカ系現代人の有するネアンデルタール人とデニソワ人のゲノムの割合により証明されてきたように(関連記事)、交雑をもたらしました。ユーラシアにおける現生人類への遺伝子移入事象は、ネアンデルタール人とは65000~47000年前頃、デニソワ人とは54000~44000年前頃に起きた(関連記事)、と推定されています。現代人のゲノムのネアンデルタール人構成要素は非アフリカ系人口集団に遍在しており、平均的には2%程度です(関連記事)。
しかし、ネアンデルタール人祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の水準は人口集団でひじょうに異なり、たとえばヨーロッパ人と比較してアジア東部人では12~20%ほど高くなります【最近の推定(関連記事)ではこの差はもっと小さいとされています】。現代の人口集団におけるデニソワ人祖先系統は平均的にはずっと少なく、常染色体ゲノムの0.05%程度です。しかし、一部の現在のヒト、たとえば現在のメラネシア人は、その祖先系統の最大5%が古代型のデニソワ人に由来し、デニソワ人は後期更新世においてアジアに広がっていたかもしれない、と示唆されてきました(関連記事)。
ネアンデルタール人からの遺伝子移入は、ネアンデルタール人系統で出現した新たなアレル(対立遺伝子)をユーラシアの人口集団にもたらしました。現在のヨーロッパの人口集団において残っているアレルは、皮膚や免疫や精神神経疾患の危険性を含む多様体と関連しています(関連記事)。たとえば、免疫系応答と関連する遺伝子移入されたアレルは、経時的に変化する環境要因下で炎症もしくは自己免疫の危険性を高める可能性があります。過去の選択と現在の不適応との間のトレードオフ(交換)は、セリアック病の事例により示されています。ヨーロッパ人において、IL12AやIL18RAPやSH2B3など、セリアック病と関連する遺伝子のいくつかの危険性アレルは、過去の正の選択事象の結果と示されてきました。
先行研究は、恐らく初期ヨーロッパ人口集団における選択圧により維持された、セリアック病の危険性アレルに適合するケモカイン受容体(chemokine receptor、略してCCR)遺伝子ファミリーにおける、ネアンデルタール人からの遺伝子移入の証拠を見つけました(関連記事)。ヨーロッパ人の32%程に存在し、アフリカ人に存在しないZNF365D遺伝子の非同義多様体もネアンデルタール人から継承され、クローン病のより高い危険性と関連しています。同様に、ネアンデルタール人とデニソワ人から継承され、ヨーロッパ人とアジア人に存在する遺伝子クラスタ(まとまり)TLR6-1-10の多様体は、アレルギーへのより高い感受性と関連してきました(関連記事)。
古代型ホモ属との混合は、より古代的ではあるものの機能的なアレルがユーラシア人のゲノムへと再導入される経路としても機能しました(関連記事)。さらに、一部の遺伝子移入されたネアンデルタール人の派生的アレルは、アフリカ外の環境では適応的だったので、ユーラシアのAMHには有利でした(関連記事)。しかし、AMHと比較しての小さなネアンデルタール人の有効人口規模により、ネアンデルタール人系統で弱有害性のアレルが蓄積されたかもしれず、それは遺伝子移入事象において遺伝的対価としても現れました(関連記事)。
ネアンデルタール人のDNAは強い選択圧を経ており、それは現代ユーラシア人のゲノム全体で残っているネアンデルタール人のDNAパターンから明らかです。ネアンデルタール人とデニソワ人の祖先系統は、遺伝子近傍の枯渇に反映されているように、現生人類のゲノムに有害でした(関連記事)。ネアンデルタール人とデニソワ人両方の祖先系統のパターンは、X染色体と、他の組織よりも精巣で高度に発現している遺伝子の近傍でより顕著です。したがって、50万年を超えて分岐したヒト集団の混合の一般的特徴は、男性の繁殖能力低下だったかもしれません。
高品質の人類のゲノムにより、ネアンデルタール人およびデニソワ人の祖先と分離後の現生人類で固定するようになった置換を分析できます。これまで、古代の人類4個体のゲノムが高品質で配列決定されました。これらのうち最初のものは、2012年に刊行された、デニソワ人女性【デニソワ3号】の高網羅率(30倍)のゲノム配列です(関連記事)。このゲノムの品質により、デニソワ人の異型接合性の直接的推定が可能となり、これら古代型人類の遺伝的多様性はひじょうに低くかった、と示唆され、デニソワ人は現生人類と比較して過去数百年にわたって人口規模が小さかった、と推定できました。
2014年には、シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見された、12万年前頃と推定されるネアンデルタール人女性【デニソワ5号】の完全なゲノムが刊行され(関連記事)、その両親は半キョウダイ(片方の親のみを共有するキョウダイ)の水準で関連している可能性が最も高く、その遺伝的系統は近親婚の高い割合の証拠を示します。2017年には、クロアチアのヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)で発見された5万年前頃のネアンデルタール人女性が30倍のゲノム網羅率で配列決定され、この個体は上述のデニソワ洞窟で発見された12万年前頃のネアンデルタール人女性よりも、サハラ砂漠以南のアフリカ外に暮らす現代人の祖先と混合したネアンデルタール人とより密接に関連している、と判断されました(関連記事)。
これにより現生人類において、LDLコレステロール水準や統合失調症や他の疾患に関わる多様体を含む、現代人で特定されたネアンデルタール人のDNAは10~20%多く確認されることになりました。これらの中には、LDLコレステロールの血漿水準(rs10490626)、ビタミンD(rs6730714)、摂食障害(rs74566133)、内臓脂肪蓄積(rs2059397)、リウマチ性関節炎(rs45475795)、統合失調症(rs16977195)、抗精神病薬への反応(rs1459148)と関連する多様体があります。これは、ネアンデルタール人祖先系統が、とくに神経学・精神医学・免疫学・皮膚科学的な表現型と関連する現代人の疾患危険性に影響を及ぼす、という多くの証拠に追加されます。
2020年には、デニソワ洞窟と同じくアルタイ山脈のチャギルスカヤ洞窟(Chagyrskaya Cave)のネアンデルタール人女性の高網羅率(27倍)のゲノムが刊行され、その祖先は60個体未満の比較的孤立した人口集団で暮らしていた、と示されました(関連記事)。このゲノムが依然に配列決定されたネアンデルタール人2個体のゲノムとともに分析されると、脳の線条体がかなり変化した、と明らかになり、線条体はネアンデルタール人において独特な機能が進化したかもしれず、線条体遺伝子は現生人類へと導入された時に不利だったネアンデルタール人固有の変化を含んでいる可能性がある、と示唆されました。
この研究は、高品質で配列決定された4個体とその他の6個体(関連記事1および関連記事2)を含む、古代型10個体のゲノム規模データを分析し、単一遺伝子疾患と関連する病原性変異について、これら古代型のヒトのゲノム規模データを調べます。
●分析結果
分析された古代型のヒト10個体のゲノム規模データには、単一遺伝子疾患と関連していると確証されている5つの遺伝子に、9つの病原性変異がありました。それは、稀な遺伝性疾患であるフェニルケトン尿症と関連するPAH遺伝子の5つの変異、β重症地中海貧血を引き起こす各ヘモグロビン亜単位β(hemoglobin subunit beta、略してHBB)遺伝子の1つの変異、男性の性的発達障害と関連するステロイド5α還元酵素2(steroid 5 alpha-reductase 2、略してSRD5A2)遺伝子、カナバン病と関連するアスパラトアシラーゼ(Aspartoacylase、略してASPA)遺伝子、男性のみでブルーナー症候群と関連するモノアミン酸化酵素A(Monoamine oxidase A、略してMAOA)遺伝子です。これらは、こうした変異が確証された最古の事例です。
古代型人類の遺伝子型データの標本規模はひじょうに小さいにも関わらず、これらの多様体の時間的動態を説明するため、人類共同体における推定頻度が、古代のAMH共同体(52000~100年前頃)および/もしくは現在の人口集団(関連記事)の推定頻度と比較されました。これらの多様体の推定頻度は、古代AMH共同体の頻度と比較して最大で100倍となり、絶え間ない結果として起きる減少傾向を示唆します。図1では、古代人の標本における推定人口集団頻度の比率と、DisGeNetプラットフォームから得られた全ての疾患関連多様体の現在の頻度が示され、昇順比で並べられています。表3の9つの多様体のうち6つは古代と現在の人口集団間の頻度における最大の全体的な相対的低下にあり、じっさい、分析された多様体(26131)の上位0.1%内にあり、これら特定の変異が強い負の選択を受けてきた、と示唆されます。以下は本論文の図1です。
アルタイ山脈のネアンデルタール人【デニソワ5号】とデニソワ人(デニソワ3号)のゲノムには、HBB遺伝子(βグロビン遺伝子)のフレームシフト変異rs63749819があります。コドン6に位置する単一ヌクレオチドの欠失(delT)は、不完全もしくは欠如したHBBタンパク質および貧血症候群β地中海貧血症を引き起こす、未成熟終止コドンにつながります。SRD5A2遺伝子における病原性の同型接合変異rs9332964は、3点の分析された標本で確認されており、それはアルタイ山脈のネアンデルタール人【デニソワ5号】およびデニソワ人【デニソワ3号】とクロアチアのヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人です。これは、その構造(p.Arg227Gln)とステロイド5α還元酵素2の触媒活性を変え、これらの変化は、ジヒドロテストステロン(dihydrotestosterone、略してDHT)へのテストテトロンの変換に関わり、男性では男性の性的特徴の正常な発達に重要な役割を果たします。
この分析は、PAH遺伝子における病原性変異の異常な集積を確証します。たとえば、アルタイ山脈のネアンデルタール人【デニソワ5号】における4倍同型接合の事例、ヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人における3倍同型接合の事例、ヨーロッパ・ロシアのメズマイスカヤ(Mezmaiskaya)洞窟のネアンデルタール人とデニソワ人の2倍同型接合変異です(図2b)。ベルギーのスピ(Spy)洞窟のネアンデルタール人は1倍同型接合変異の保有者です。これらの変異の現在の人口集団の頻度はひじょうに低く、0.0003から0.00003の範囲です。現在の人口集団では、これらの変異は同型接合の両アレルみしきは複合異型接合遺伝子型として臨床的に重要です(図2a)。以下は本論文の図2です。
PAH遺伝子の3つの病原性変異(rs76296470、rs5030850、rs5030846)は未成熟終止コドンを引き起こし、ナンセンス変異依存RNA分解(nonsense-mediated mRNA decay、略してNMD)をもたらします。残りの2つの変異(rs5030851、rs5030853)はミスセンスで、それぞれ同型接合の状態もしくは複合異型接合の状態で臨床的症状があります。
ASPA遺伝子の病原性変異rs28940279は古代型人類3個体で確証されていますが、現在の人口集団におけるその頻度はひじょうに低く、ƒ=0.0003です。この遺伝子は、N-アセチルアスパラギン酸(N-acetyl-L-aspartic acid、略してNAA)をアスパラギン酸と多くのタンパク質の必須部分と酢酸へと代謝する役割を果たしている、アスパルトアシラーゼ酵素を合成しています。このc.854A>C変異は、アスパルトアシラーゼの触媒ドメインにおいてp.Glu285Alaアミノ酸置換をもたらします。同型接合状態におけるこの変異は、ひじょうに低い酵素活性を含んでおり、NAAの蓄積は神経細胞のミエリン鞘への損傷を引き起こします。これは正常な脳の発達を妨げ、カナバン病を引き起こします。
MAOA遺伝子の変異rs72554632は、地理的に遠いアルタイ山脈とヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人2個体で確証されています。その現在の人口集団の頻度はきょくたんに低いと考えることができ、それは、gnomAD(関連記事)のゲノム第3.1.1版でこの多様体についての情報がないからです。MAOA遺伝子は、脳細胞のシグナル伝達が不要な時に神経伝達物質を不活性化する、モノアミン酸化酵素Aの合成を制御します。MAOA酵素は、出生前の正常な脳の発達と、その後の細胞の自然死の制御に重要です。rs72554632多様体はナンセンス変異(p.Gln296Ter)で、これは未成熟終止コドンと、したがって切断されたタンパク質をもたらします。
●考察
この研究では、古代型のヒト10個体から得られた一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)濃縮ゲノム規模データが、現在の人口集団における単一遺伝子疾患と関連する変異の存在について分析されました。現在のヨーロッパ連合(EU)の分類によると、発生率が10000人に5人未満ならば、その状態は稀な疾患です。分析された古代型のヒトのゲノム規模データでは、単一遺伝子疾患と関連する、同型接合状態での病原性多様体の異常な集積が確証されました。アルタイ山脈のネアンデルタール人【デニソワ5号】には、β地中海貧血症やフェニルケトン尿症やカナバン病やブルーナー症候群を引き起こす同型接合状態での変異がある、と確証されます。ヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人には、フェニルケトン尿症やカナバン病やブルーナー症候群を引き起こす同型接合状態での変異がある、と確証されます。デニソワ人個体には、β地中海貧血症やフェニルケトン尿症やカナバン病を引き起こす同型接合状態での変異がある、と確証されます。スピ洞窟とメズマイスカヤ洞窟のネアンデルタール人2個体には、フェニルケトン尿症と関連する変異がありました。
病原性変異のそうした組み合わせは現在の個体群ではひじょうに珍しく、それはとくに、これらの変異の現在の人口集団の頻度がひじょうに低いことに起因します。僅かな事例が、常染色体劣性(潜性)状態の近親交配個体で記載されてきました。病原性変異のそうした発生率増加は、古代型のヒト共同体の小さな人口規模に起因する近親交配の結果かもしれません。
SRD5A2遺伝子の病原性変異は現在の人口集団ではひじょうに稀ですか、分析された女性の古代型のヒト被験者(アルタイ山脈のデニソワ洞窟のネアンデルタール人およびデニソワ人とヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人)では同型接合状態で確証されており、恐らくは近親交配の結果です。この変異は女性では表現型的には発現しませんが、性的発達の障害は、男性の子供に常に現れます。モデル化の結果から、最年少の女性の繁殖率における単純な減少が人口動態にひじょうに重要な影響を及ぼすかもしれない、と示唆されており、本論文の分析からは、単一遺伝子欠陥により起きる男性の繁殖力減少もネアンデルタール人の消滅につながった可能性がある、と示唆されるかもしれません。分析された古代型のヒト被験者におけるこれら病原性変異の保有者から結果として生じる臨床像は、表4に要約されている深刻な臨床的症状をもたらします。
●貧血症
アルタイ山脈のデニソワ洞窟のネアンデルタール人とデニソワ人は、最も深刻な貧血である重症地中海貧血症(クーリー貧血)と関連するHBB遺伝子の、同型接合状態でのフレームシフト変異の保有者です。この変異の保有者も、生存率が低下しました。
●脳の損傷と脳機能の障害
神経系と脳機能の障害を伴う単一遺伝子状態の集積から、これら古代型のヒトは脳の構造と機能に深刻な損傷を受けた、と示唆されます。フェニルケトン尿症(Phenylketonuria、略してPKU)は、肉や卵や乳製品など高タンパク質の食品を摂取したさいに起きる代謝障害です。PKUの症状は、経度から重度までさまざまと知られています。ネアンデルタール人とデニソワ人の被験者がどのような影響を受けたのかは不明で、それは、ネアンデルタール人とデニソワ人の食性がAMHとは異なっていたように見えるからだけではありません。たとえば、スペイン北部のエルシドロン(El Sidrón)洞窟に暮らしていたネアンデルタール人は、キノコやコケやマツの実を食べていたようで、肉を消費していた兆候はありません。ベルギーのスピ洞窟に暮らしていたネアンデルタール人は、野生の山岳ヒツジケブカサイを含む肉の多い植生だったようですが(関連記事)、他の研究では、イベリア半島に暮らしていた10万年前頃のネアンデルタール人はひじょうに多様な食性で、軟体類や二枚貝など海産物も含まれていた、と示唆されています。
本論文は、PAH遺伝子の病原性変異について、アルタイ山脈のネアンデルタール人【デニソワ5号】では4倍もの、ヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人では3倍、デニソワ人とメズマイスカヤ洞窟のネアンデルタール人では2倍になる、と確証しました。これらの変異はそれぞれ単独だけでPKUの臨床的症状と関連しており、そうした集積は本論文が把握する限りでは、現代人においてまだ見当たりません。
rs76296470変異はエクソン3に位置し、終止コドンp. (Arg111*)を生成して、タンパク質合成を停止します。PAH遺伝子の他の追加の変異(アルタイ山脈のネアンデルタール人【デニソワ5号】では3つ、ヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人では2つ、デニソワ人とメズマイスカヤ洞窟のネアンデルタール人では1つ)は下流(エクソンE7およびE8)に位置し、合成されたタンパク質はこの変異の保有者ではさらに影響を受けることはありません(図3)。以下は本論文の図3です。
病原性変異に起因するASPA遺伝子の機能障害は、カナバン病を引き起こします。それは、白質萎縮症として知られる微小な液体空間で穴だらけになった脳の海綿状組織へと編成し、脳神経細胞を損傷させます。
ブルーナー症候群は、X染色体上のMAOA遺伝子の1コピーのみの病原性変異rs72554632を有する半接合性の男性に現れる、X染色体関連の劣性(潜性)疾患です。この変異はアルタイ山脈のネアンデルタール人【デニソワ5号】とヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人の女性標本で確認されました。rs72554632のアレル頻度は現在の人口集団ではひじょうに低く、同型接合の女性の事例の記載はありません。したがって、ネアンデルタール人女性における症状は予測困難です。
ネアンデルタール人とデニソワ人の脳の詳細はまだ不明で、検討されたPAHおよびASPA,およびMAOA遺伝子の変異がこれら古代型のヒトにどのように影響したのか、推測は困難です。これらの変異はネアンデルタール人からの遺伝子移入の結果で、ヒトへの有害な影響により、これらの変異の現在の人口集団の頻度はひじょうに低くなった、と考えられます。ネアンデルタール人とAMHとの間で識別された脳形態には違いがありました(関連記事)。非アフリカ系現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人のDNAの遺伝子移入された断片から、1番および18番染色体上のネアンデルタール人由来のアレルは、神経発生と髄鞘形成に役割を果たす、ユビキチンタンパク質連結酵素E3組成N末端残基認識酵素4(ubiquitin protein ligase E3 component n-recognin 4、略してUBR4)およびPHドメインおよびロイシン多繰り返しタンパク質脱リン酸化酵素1(PH domain and leucine rich repeat protein phosphatase 1、略してPHLPP1)という近傍の2つの遺伝子の発現を変更する、と示されます。さらに、モザイク状には存在しない2つのタンパク質における現代人の3つのアミノ酸はより長い分裂中期を引き起こし、染色体が分裂するさいの誤りが少なくなる、と示されてきました。これにより、ネアンデルタール人の神経幹細胞よりも現代人の方で染色体分離の誤りが少なくなります。神経細胞は新皮質発達中の神経幹細胞に由来します。
●まとめ
古代型のヒトのSNSの豊富なゲノム規模データが、単一遺伝子疾患と関連する病原性変異の存在について分析されました。5つの遺伝子でそうした変異が確認され、その全てにはかなりの臨床的意味があります。これらの変異の最古の事例の記載とともに、本論文の分析は、現在の人口集団と比較して古代型のヒトにおいて以上に高い発生率を示唆します。より具体的には、フェニルケトン尿症と関連するPAH遺伝子では、病原性変異の2倍・3倍・4倍の同型接合保有者が論証されました。さらに、MAOA遺伝子における同型接合状態のナンセンス変異が、女性のネアンデルタール人被験者で見られます。
PAHおよびASPAおよびMAOA遺伝子における病原性変異は、古代型のヒトに固有の脳組織および機能性を反映しているかもしれない、と推測できます。本論文の分析は、単一遺伝子疾患と関連する病原性変異が、AMHが共存して交雑した他の古代型のヒト種から遺伝子とともに遺伝子移入されたかもしれない、ということも提案できるかもしれません。臨床と疫学と集団遺伝学の枠組みへの古代のゲノム規模データの統合は、ホモ属の適応史や、遺伝的および非遺伝的構成が、環境と文化的行動の変化とともに、建康と疾患両方の表現型の差異に影響を及ぼす方法への、新たな洞察を提供するでしょう。
参考文献:
Toncheva D. et al.(2023): Pathogenic Variants Associated with Rare Monogenic Diseases Established in Ancient Neanderthal and Denisovan Genome-Wide Data. Genes, 14, 3, 727.
https://doi.org/10.3390/genes14030727
この記事へのコメント