大相撲春場所千秋楽

 今場所も横綱の照ノ富士関が全休となり、これで休場は4場所連続、全休は3場所連続となります。照ノ富士関がもう横綱昇進前後の強さを取り戻すことは難しいでしょうし、復帰しても横綱に相応しい成績を残せるのか不明で、正直なところ、このまま復帰できずに引退するのではないか、と懸念されます。横綱を長く務められないだろう、と照ノ富士関自身も横綱昇進当初から考えていたでしょうが、横綱として短命に終わったとしても、横綱昇進前後の強さは見事で、白鵬関が衰えて引退した後の横綱の権威を短期間とはいえ保ったのは賞賛に値すると思います。少なくとも、照ノ富士関は弱い横綱として批判されるべきではない、と私は考えています。

 照ノ富士関の休場により、出場力士では番付最上位となった大関の貴景勝関は、先々場所が12勝3敗で優勝同点、先場所が12勝3敗で優勝ということで、今場所横綱昇進に挑むことになりました。12勝以上の優勝もしくは13勝か14勝の優勝同点だと横綱昇進、12勝での優勝同点もしくは11勝での優勝だと議論になりそうかな、と場所前には予想していました。近年では混戦がすっかり恒例になりましたが、ここで貴景勝関が優勝するようだと、この混戦状態も少しは落ち着くのかな、という観点からも貴景勝関の相撲には注目していました。

 その貴景勝関は初日に翔猿関に負け、3日目には正代関に勝ったものの膝を痛めたようで、4日目以降はとても本調子ではなく、4日目の相撲を見て、私も含めて貴景勝関は休場すべきと考えた人は多いでしょうが、それでも貴景勝関が出場を強行し、3勝3敗となって7日目にやっと休場したのは、横綱昇進がかかっていることと共に、横綱と大関の出場者がいなくなってしまうことへの責任感もあったのかもしれません。私もこれまで、さすがに横綱と大関が誰も出場しない本場所を見た経験はなく、報道によると昭和以降では初とのことです。

 白鵬関が衰えて休場が多くなって以降、番付が機能しなくなってきた感は否めませんが、最近は機能不全状態に陥りつつあり、相撲協会の関係者や相撲関連の報道機関や相撲愛好者にこの状況を危惧している人は多いでしょう。私は、横綱と大関がいない混戦も面白いではないか、と考えていますが、これは大相撲に直接的な利害関係のない単なる一相撲愛好者の無責任な放言と指摘されても仕方ないかな、とは思います。懸念されるのは、この状況で相撲人気が低下することですが、確かに、昔からの相撲愛好者にはこの状況を苦々しく思っている人も少なくないかもしれません。ただ、そうした人々の多くは文句を言っても相撲を見続けるのではないか、とやや楽観しています。

 この状況を若手力士のだらしなさに求める見解は相撲関係者や愛好者の間で珍しくないようで、先々月(2023年1月)読売新聞に掲載された八角理事長(元横綱の北勝海関)への取材記事や、最近刊行された専門誌の論説によく表れていたように思います。つまり、現在の若手力士には稽古量や意欲が昔の力士と比較して足りないのではないか、というわけです。比較はなかなか難しそうですが、あるいは、そうした側面も否定できないのかもしれません。

 しかし、少子高齢化で以前よりも新弟子の素質が劣っているのだとしたら、高齢の関取が幕内で以前より活躍しており、若手力士が突き抜けられないことも頷けないわけではありません。また、以前よりも八百長が激減しているのだとしたら、体力の消耗度合いが大きくなり、負傷しやすくなるという意味で、大関に昇進するような成績を残すことは難しくなっているでしょうし、当然のことながら横綱昇進はそれ以上に難しいわけです。八百長が横行していた時代の基準を若手力士に求めてだらしないと批判するのは、公平ではないでしょう。

 正直なところ、八百長なしで1場所15日間(関取)、年間6場所は肉体的にかなりきついと考えるべきで、それで八百長が横行していた頃の大関や横綱に相応しい安定した成績を要求するのは酷ではないか、とも思います。ただ、1場所の日数や年間の場所数を減らせば、相撲関係者の待遇も悪くなるわけで、ますます身体能力の高い若者が入門してこなくなるでしょうから、何とも難しい問題だとは思います。現役時代に八百長をしなかった、と自負している元力士が、ひたすら八百長撲滅を叫び、真剣勝負ならば客を呼べる、というようなことを正論として主張するのには、かなり違和感があります。だからといって、八百長が横行してよい、というわけでもないのが、難しいところです。

 今場所も、10日目の時点で三役経験のない翠富士関が全勝で、星二つの差をつけて単独首位に立ったことで、またしても番付崩壊かと思われましたが、翠富士関は11日目から5連敗してけっきょく10勝5敗で終わり、終盤には優勝争いは三役の力士陣を中心に展開したので、横綱と大関が全員休場とはいえ、番付崩壊とまでは言えないように思います。翠富士関の終盤の5連敗は、緊張もあったのでしょうが、地力の差が出たかな、といった感もありました。

 優勝争いは、14日目を終えた時点で2敗の小結の大栄翔関と、3敗の関脇の霧馬山関に絞られました。両者は結びの一番で対戦し、大栄翔関が押し込んでいったものの、土俵際で突き落とされて敗れ、両者ともに12勝3敗で優勝決定戦となりました。優勝決定戦では、大栄翔関が本割と同様に攻め込んだものの、土俵際でまたしても突き落とされ、際どいので物言いとなったものの、霧馬山関の足が残っており、霧馬山関が勝って初優勝を果たしました。霧馬山関は小結で9勝→8勝→11勝で、新関脇の今場所が12勝3敗での初優勝となり、直近3場所は三役で合計31勝となります。かつて、琴風関が関脇で9勝→10勝→12勝3敗での初優勝で大関に昇進したことがあり、この時は横綱が3人いたものの大関不在だったので、現在1横綱1大関で当時より番付上位が深刻に見えるので、今場所後の大関昇進もあるいはあるかな、と思いましたが、今場所は見送りで、来場所に大関昇進がかかることになりました。正直なところ、まだ大関昇進に物足りない成績である感は否めないので、これでよいと思います。

 横綱と大関が全員休場した中で、他の三役陣も健闘しており、関脇の豊昇龍関は10勝5敗、小結の若元春関は11勝4敗、小結の琴ノ若関は9勝6敗でした。次の大関の最有力候補は霧馬山関で、来場所後に大関に昇進する可能性は高そうですが、それに続くのが豊昇龍関で、若元春関と琴ノ若関にも大関昇進の可能性はでてきたように思います。貴景勝関が来場所で大関から陥落することになっても、照ノ富士関が引退するまでは番付上で大関2人をそろえられそうですし、豊昇龍関が霧馬山関の後で大関に昇進すれば、しばらくは番付上で大関2人をそろえられないような事態にはならないでしょう。

 関脇の若隆景関は相変わらず序盤に弱く初日から5連敗で、その後に巻き返して13日目に勝って7勝6敗としたものの負傷し、どうもかなりの重傷だったようで休場となり、負け越してしまいました。若隆景関は来場所の出場も危ぶまれ、たいへん心配です。今場所の成績からも、若隆景関は大関への昇進は難しそうですが、回復すれば長く三役を務めることはできそうです。それだけに、いつ復帰できるのか、気になります。

 十両では逸ノ城関が14勝1敗で優勝し、朝乃山関が13勝2敗で、ともに幕内に返り咲くことになるでしょう。逸ノ城関には、今後再び幕内で優勝するよう期待しています。朝乃山関の出場停止6場所は、多くの人が思っているでしょうが、重すぎる処分だったように思います。まあ、阿炎関を出場停止3場所としたので、大関だった朝乃山関にはそれ以上の処分をしないわけにはいかなかった、という相撲協会の事情はあるのでしょうが。復帰後の相撲を見ていると、朝乃山関が大関に返り咲くことは難しそうですが、幕内上位で長く活躍できそうです。

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