イラン東部における更新世人類の痕跡

 イラン東部における更新世人類の痕跡の予備的調査結果を報告した研究(Sadraei et al., 2023)が公表されました。イランは現生人類(Homo sapiens)の人類の拡散において重要な役割を果たしてきたと考えられますが(関連記事)、それは非現生人類ホモ属でも同様だったかもしれません。最近では、イラン南部の更新世人類の証拠について、予備的な調査結果が公表されています(関連記事)。


●要約

 イラン東部における更新世のヒト居住の追跡計画は、2020年と2022年に2回の野外期に開始されました。本論文はこの現地調査の結果を提示します。この現地調査では、176ヶ所の旧石器時代の場所が特定され、フェルドゥース・サラーヤーン・カエン(Ferdows-Sarayan-Qaen)平原における下部旧石器時代と中部旧石器時代のヒト居住の存在が論証されました。


●研究史

 最近10年間で、イラン高原はアジア中央部および南部への更新世人類集団拡散に重要だった、と示されてきました。ほとんどの研究はザグロス高原に、および時としてアルボルズ(Alborz)州の中央部に焦点を当ててきました。しかし、イラン高原東部の研究は限定的でした。

 イラン高原東部は、南西部のホルムズ海峡から南東部のインド亜大陸まで、イランの北岸(カスピ海沿い)からアジアの中央部平原まで伸びており、人類の居住と移住の観点ではとくに重要となります(図1)。イラン東部における更新世ヒト居住追跡計画は、イラン高原東部の更新世の居住のさまざまな側面と、この地域がアジアへの人類集団の拡散に果たした役割を解明しようと試みます。以下は本論文の図1です。
画像


●FSQ平原における包括的調査

 2020年と2022年に行なわれた現地調査では、約7000km²に及ぶルート砂漠(Lut Desert)の北東端に焦点が当てられました(図2)。調査区域の規模のため、最大限可能な範囲を網羅するために集中的な歩行調査が用いられ、山麓と斜面が主要な焦点とされました。プラヤ(雨季に水が溜まる平野)湖の存在、この地域の高度が比較的低いこと、玄武岩と安山岩の豊富な資源のため、更新世の人口集団をこの地域に惹きつける独特な条件が形成されました。

 調査では、この景観内で176ヶ所の新たな旧石器時代地点が明らかになりました。遺跡の最も一般的な種類は開地で、167ヶ所から構成され、残りの9ヶ所は岩陰と洞窟でした。特定された遺跡の全てには石器が含まれ、具体的な期間を決定するさらなる研究のため標本抽出されました。たんいつ地点から収集された石器数の最多は280点で、一方で最少は30点でした。平均して1ヶ所の遺跡につき40点の石器が記録されました。以下は本論文の図2です。
画像

 これらの遺跡のうち24ヶ所には、最小で30点から最大で82点の石器が含まれており、それらは、アラビア半島とインドではアシューリアン・インダストリーに相当する礫器や大型剥片や多面体石器や大型削器や両面石器で構成される、下部旧石器に分類されます(図3)。これらの石器は一般的に、玄武岩と石英から作られており、遺跡は玄武岩の石材供給源に近いことが特徴です。以下は本論文の図3です。
画像

 合計114ヶ所の遺跡で、中部旧石器との類似性を有する人工遺物が見つかりました。これらはおもに、泥炭地の高台の斜面に位置し、1ヘクタール未満から数十ヘクタールの範囲にわたります。燧石と燵岩が主要な石材で、一部の区域では、何千もの石器が表面で特定できます。ルヴァロワ(Levallois)技術と尖頭器の存在がこれらの石器インダストリーを特徴づけ(図4)、これらの石器はイラン高原中央部で特定された地域性に相当します。以下は本論文の図4です。
画像

 8ヶ所は、再加工された石刃を伴う、竜骨型(carinated)および小石刃の石核により特徴づけられる上部旧石器時代に分類されました(図5)。さらに30ヶ所は背付き石器や拇指甲刮削器(thumbnail scraper)を含んで続旧石器時代との類似性があり、ザグロス地域における続旧石器時代に相当します。これらの石器群は石材の多様性増加を示し、碧玉や玉髄や一部の事例では石英を含みます。以下は本論文の図5です。
画像


●まとめ

 旧石器時代の研究はイランの西部と中央部に焦点を当ててきましたが、この計画は、イラン高原東部がアジア中央部および南への人類集団の拡散に果たした重要な役割を認識する第一歩となります。さまざまな旧石器時代区分に分類される176ヶ所の特定された遺跡により論証されるように、この地域の石材利用の容易性やプラヤ湖の存在やより標高の高い北東部地域と比較して相対的に標高が低いことは、狩猟採集民集団にとってこの地域を魅力的なものとしています。

 インドやアラビア半島のアシューリアン・インダストリーとの類似性を有する両面石器インダストリーと、旧石器時代後期に特徴的な石器の存在は、イラン東部がアジア中央部および南部への更新世人類集団の拡散に果たした役割の研究に新たな窓を開き、アジアにおける石器インダストリーと関連する複雑さのより明確な理解を提供する、この地域の可能性を論証します。しかし、発見物が表面採集の状況のため、これらの遺跡の石器群がさまざまな期間の上書きを較正している可能性はあります。ダグ・ジャジーレ(Dagh Jazireh)など重要な遺跡における層序的発掘によってのみ、より詳細に本論文の調査結果を調べることが可能でしょう。


参考文献:
Sadraei A. et al.(2023): Tracking Pleistocene occupation on the Eastern Iranian Plateau: preliminary results. Antiquity, 97, 391, e1.
https://doi.org/10.15184/aqy.2022.157

この記事へのコメント