ヨーロッパにおけるネアンデルタール人と現生人類の関係
21世紀初頭時点でのヨーロッパにおけるネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と現生人類(Homo sapiens)との関係は、55000年前頃以降にアフリカからユーラシアへと拡散した現生人類がその後ある程度経た後にヨーロッパにも侵出し、ネアンデルタール人は現生人類との1万~2万年間程度の最低限の混合を伴うかまったく混合しない共存の後で、3万年前頃までに現生人類に置換された、との見解が有力でした(Galway‐Witham et al., 2019、関連記事)。
この有力な見解は、ネアンデルタール人と現生人類との混合がさまざまな研究で明らかにされたこと(Reilly et al., 2022、関連記事)と、放射性炭素年代測定技術の発展により、修正されました。放射性炭素年代測定法では試料汚染により実際よりも新しい年代が出てしまうので、限外濾過法を用いて、試料となる汚染された動物の骨から汚染を受けにくいコラーゲンを精製し、年代を測定する方法が用いられるようになり、ネアンデルタール人は暦年代でおおむね4万年前頃までに絶滅した、との見解が有力になりました(Higham et al., 2014、関連記事)。ただ、4万年前頃以後にもイベリア半島など一部地域でネアンデルタール人が生存していた可能性は、まだ完全には否定できないと思います(Zilhão et al., 2017、関連記事)。
こうした新たな知見を踏まえてのヨーロッパにおけるネアンデルタール人と現生人類との関係は、現生人類が5万年前頃以降にヨーロッパへと拡散し、ネアンデルタール人と2600~5400年間ほど共存した後でネアンデルタール人が絶滅した、というものになりそうです。ただ、ネアンデルタール人が絶滅したとはいっても、非アフリカ系現代人はわずかながらネアンデルタール人由来のゲノム領域を継承しているので、形態学的・遺伝学的にネアンデルタール人的な特徴を一括して有する集団は絶滅した、と言うのがより妥当でしょうか。
ただ、近年の新たな知見からは、ヨーロッパにおけるネアンデルタール人と現生人類のもっと複雑な関係を想定しなければならないようです。とくに注目されるのは、フランス地中海地域のマンドリン洞窟(Grotte Mandrin)で、推定年代54000年前頃の現生人類と分類されている歯が発見されたことです(Slimak et al., 2022、関連記事)。このマンドリン洞窟の初期現生人類遺骸は、ネロニアン(Neronian、ネロン文化)に分類される石器と共伴しています。ネロニアンはレヴァント地域の初期上部旧石器(Initial Upper Paleolithic、以下IUP)との顕著な技術的類似性を有している、と指摘されています(Slimak et al., 2022)。このネロニアン集団の起源地はレヴァントだった可能性が高そうです。
考古学や化石や遺伝学などからその後のヨーロッパの状況を考えると(Stringer, and Crété., 2022、関連記事)、このマンドリン洞窟の個体により表されるヨーロッパ南部の初期現生人類集団は、絶滅したか、レヴァントなど他地域へと撤退したか、ネアンデルタール人に吸収された(ものの遺伝的にはほとんど影響を残さず、ヨーロッパの後期~末期ネアンデルタール人のゲノムでは検出されない)ことになりそうです。さらに、このマンドリン洞窟のネロニアンの担い手である現生人類集団は弓矢を使用していた可能性が高い、と最近になって指摘され(Metz et al., 2023、関連記事)、投射技術により現生人類がネアンデルタール人よりも優位に立ち、ネアンデルタール人は絶滅に追い込まれた、との有力な見解(Sano et al., 2019、関連記事)への疑問が示唆されています。
さらに言えば、広義の現生人類系統集団がヨーロッパへと拡散したのは、5万年前頃よりもずっとさかのぼる可能性が高そうです。ギリシア南部のマニ半島のアピディマ洞窟(Apidima Cave)では、現生人類的な脳頭蓋の後部が発見されており、その年代は少なくとも21万年前頃にまでさかのぼります(Harvati et al., 2019、関連記事)。20万年以上前にヨーロッパに現生人類が一時的だとしても存在した、との見解は、イスラエルのカルメル山にあるミスリヤ洞窟(Misliya Cave)で194000~177000年前頃の現生人類の上顎が発見されていること(Hershkovitz et al., 2018、関連記事)や、ネアンデルタール人系統において後期へと至るどこかの時点で片親性遺伝標識(母系のミトコンドリアDNAと父系のY染色体)が現生人類系統に近いものに置換されたこと(Petr et al., 2020、関連記事)や、現生人類系統からネアンデルタール人系統への30万~20万年前頃の遺伝子流動を想定する見解(Hubisz et al., 2020、関連記事)と整合的です。
このように、5万年以上前からヨーロッパに現生人類が存在した可能性はきわめて高そうで、後期ネアンデルタール人の所産とされる文化への現生人類の影響を考慮しなければならないでしょう。担い手がネアンデルタール人なのか現生人類なのか、議論になっている(Gravina et al., 2018、関連記事)シャテルペロニアン(Châtelperronian、シャテルペロン文化)について近年では、中部旧石器から上部旧石器への「移行期インダストリー」としての「過渡的性格」を見直すべきだ、との見解が提示されています(Sykes et al., 2022、関連記事)。シャテルペロニアンの担い手がネアンデルタール人だとしても、ネアンデルタール人の文化における「上部旧石器的要素」に現生人類の影響があった可能性を考慮しなければならないでしょう。
ネロニアンの担い手の現生人類集団の運命はまだ定かではなく、DNA解析が行なわれていないので、現生人類と断定できるわけではありませんが、5万年前頃以後のヨーロッパには、DNA解析により現生人類と確定された個体が少なからず存在します。まず、年代が確実なDNA解析された最初期のヨーロッパの現生人類遺骸はブルガリアのバチョキロ洞窟(Bacho Kiro Cave)で発見され、IUPと共伴しており、その年代は、直接的な放射性炭素年代測定により44640~42700年前頃と推定されています(Hajdinjak et al., 2021、関連記事)。一方、これらバチョキロ洞窟の初期現生人類より古い可能性は低くないものの、直接的に放射性炭素年代測定されたわけではなく、年代に曖昧さが残り、共伴する石器技術の分類も曖昧な初期現生人類遺骸は、チェコのコニェプルシ(Koněprusy)洞窟群で発見された成人女性のほぼ完全な人類頭蓋で、洞窟群の頂上の丘にちなんでズラティクン(Zlatý kůň)と呼ばれています(Prüfer et al., 2021、関連記事)。
バチョキロ洞窟IUP個体群が、非アフリカ系現代人の共通祖先集団とネアンデルタール人との混合以外に、恐らくはヨーロッパで追加のネアンデルタール人との混合を経た(Hajdinjak et al., 2021)のに対して、ズラティクン個体では追加のネアンデルタール人との混合の痕跡は見つかりませんでした(Prüfer et al., 2021)。ズラティクン個体がバチョキロ洞窟IUP個体群よりも古いとすると、ヨーロッパにおいて5万年前頃以降に現生人類とネアンデルタール人とが5000年間かそれ以上共存したとしても、両者の関係は一様ではなかった、と言えそうです。この理由は色々と考えられますが、そもそも当時は人口密度が低く、ネアンデルタール人と現生人類との遭遇確率は高くなかったのかもしれません。
バチョキロ洞窟IUP個体群の位置づけについては、見解が分かれています。旧石器時代のヨーロッパ狩猟採集民の大規模なゲノムデータを報告した最近の研究(Posth et al., 2023、関連記事)では、出アフリカ現生人類系統において、ズラティクン個体により表される系統がまず分岐し、次にバチョキロ洞窟IUP個体群により表される系統(仮にIUP系統)が分岐します(Posth et al., 2023の図2)。ヨーロッパ上部旧石器時代の狩猟採集民の一部は、IUP系統から遺伝的影響を3割弱ほど受けましたが、その痕跡はその後の混合により現代ではほとんど検出できません(Posth et al., 2023)。以下はPosth et al., 2023の図2です。
また、北京の南西56km にある田园(田園)洞窟(Tianyuan Cave)で発見された4万年前頃の男性個体(Yang et al., 2017、関連記事)も含めた位置づけ(Posth et al., 2023の拡張図4)では、田園個体は遺伝的に、IUP系統から50%、IUP系統が分岐した後に分岐したユーラシア東部系統(仮称)から50%の影響を受けた、とモデル化されています。シベリア西部のウスチイシム(Ust'-Ishim)近郊のイルティシ川(Irtysh River)の土手で発見された44380年前頃となる現生人類男性遺骸(Fu et al., 2014、関連記事)は、田園洞個体に遺伝的影響を残したIUP系統と分岐したIUP系統からの18%と、IUP系統と分岐した後のユーラシア東西の共通祖先系統から分岐した系統から82%とでモデル化されています(Posth et al., 2023の拡張図4)。以下はPosth et al., 2023の拡張図4です。
一方、遺伝学と考古学の統合から初期現生人類のアフリカからの拡散と分岐を推測した研究(Vallini et al., 2022、関連記事)では、出アフリカ現生人類系統において、ズラティクン個体により表される系統がまず分岐し、次にユーラシア東西系統が分岐して、バチョキロ洞窟IUP個体群もウスチイシム個体も田園洞個体もユーラシア東部系統に位置づけられます(Vallini et al., 2022の図1)。Vallini et al., 2022では、ユーラシア東部系統集団がIUPの担い手と想定されています。以下はVallini et al., 2022の図1です。
どちらも、ズラティクン個体をネアンデルタール人と混合した後に非アフリカ系現代人の共通祖先と分岐した系統と位置づけており、ズラティクン個体は現代ではほぼ完全に絶滅した集団を表している可能性はきわめて高そうです。どちらがより妥当なのかは、新たな古代人のゲノムデータにより今後解明されていくかもしれませんが、Posth et al., 2023の方が複雑で、これまで現生人類やネアンデルタール人など後期ホモ属の進化が想定よりも複雑だった、と明らかになる傾向があるように思われるだけに、Posth et al., 2023の方が適切なのかもしれません。ただ、仮にそうだとしても、じっさいの人口史はもっと複雑なのでしょう。
人類の進化を系統樹的に表すことには問題があり、とくに、混合を経たような集団間の系統関係はかなり複雑になります。たとえばパプア人は、ブラジルで発見された古代人のゲノムデータを報告した最近の研究(Santos et al., 2022、関連記事)で、遺伝的には出アフリカ現生人類でもユーラシア東西の共通祖先集団と分岐した系統に位置づけられていますが、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)からパプア人の祖先集団への遺伝子流動を考慮すると、パプア人は一貫してユーラシア西部現代人よりもユーラシア東部現代人の方と密接にまとまる、と指摘されています(Yang., 2022、関連記事)。非アフリカ系現代人の共通祖先集団と分岐した系統を表していると推測されているズラティクン個体も、ユーラシア西部現代人の祖先集団の遺伝的に異質な集団との混合を考慮しなければ、ユーラシア東部現代人の方と遺伝的に近い、との結果が示されます(Prüfer et al., 2021)。
ネアンデルタール人と現生人類との間でさえ複雑な混合がありましたから(Reilly et al., 2022)、出アフリカ現生人類間ではもっと複雑な混合があったてじょう。一方で、現生人類がアフリカから世界の広範な地域へと拡散した時には、人口密度が低く、後期更新世は完新世と比較して気候が不安定だったので、最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)などでの孤立により現生人類は遺伝的に分化しやすい状況にあった、と考えられます。その意味で、出アフリカ現生人類集団間の関係を系統樹的に表すことには、一定以上の合理性がある、と言えるでしょう(関連記事)。
ヨーロッパにおけるネアンデルタール人と現生人類の関係はもはや、現生人類のヨーロッパへの拡散から数千年後にネアンデルタール人が絶滅した、というように単純に考えることはできません。ヨーロッパの初期現生人類について、現代のユーラシア西部系集団とは遠い関係にあるバチョキロ洞窟IUP個体群的集団やズラティクン個体的集団の遺伝的および石器技術的痕跡の消滅もしくは顕著な影響低下と、ネアンデルタール人の絶滅とがほぼ同時期だったことに注目した研究(Vallini et al., 2022)も踏まえると、現生人類がヨーロッパへと5万年以上前に拡散しながら絶滅もしくは撤退したか、ネアンデルタール人に吸収された可能性や、ヨーロッパの初期現生人類もネアンデルタール人とともにその後でヨーロッパに到来した現生人類集団にほぼ置換されたなど、さまざまな想定が必要になるでしょう。考古学でも形質人類学でも遺伝学でも、他地域の非現生人類ホモ属と現生人類との関係よりもはるかに研究が進んでいるでしょうが、まだ不明なところが多々あり、今後も研究の進展が注目されます。
参考文献:
Fu Q. et al.(2014): Genome sequence of a 45,000-year-old modern human from western Siberia. Nature, 514, 7523, 445–449.
https://doi.org/10.1038/nature13810
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Galway‐Witham Y, Cole J, and Stringer C.(2019): Aspects of human physical and behavioural evolution during the last 1 million years. Journal of Quaternary Science, 34, 6, 355–378.
https://doi.org/10.1002/jqs.3137
関連記事
Gravina B. et al.(2018): No Reliable Evidence for a Neanderthal-Châtelperronian Association at La Roche-à-Pierrot, Saint-Césaire. Scientific Reports, 8, 15134.
https://doi.org/10.1038/s41598-018-33084-9
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Hajdinjak M. et al.(2021): Initial Upper Palaeolithic humans in Europe had recent Neanderthal ancestry. Nature, 592, 7853, 253–257.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03335-3
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Harvati K. et al.(2019): Apidima Cave fossils provide earliest evidence of Homo sapiens in Eurasia. Nature.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1376-z
関連記事
Hershkovitz I. et al.(2018): The earliest modern humans outside Africa. Science, 359, 6374, 456-459.
https://doi.org/10.1126/science.aap8369
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Higham T. et al.(2014): The timing and spatiotemporal patterning of Neanderthal disappearance. Nature, 512, 7514, 306–309.
https://doi.org/10.1038/nature13621
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Hubisz MJ, Williams AL, Siepel A (2020) Mapping gene flow between ancient hominins through demography-aware inference of the ancestral recombination graph. PLoS Genet 16(8): e1008895.
https://doi.org/10.1371/journal.pgen.1008895
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Metz L, Lewis JE, and Slimak L.(2023): Bow-and-arrow, technology of the first modern humans in Europe 54,000 years ago at Mandrin, France. Science Advances, 9, 8, eadd4675.
https://doi.org/10.1126/sciadv.add4675
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Petr M. et al.(2020): The evolutionary history of Neanderthal and Denisovan Y chromosomes. Science, 369, 6511, 1653–1656.
https://doi.org/10.1126/science.abb6460
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Posth C. et al.(2023): Palaeogenomics of Upper Palaeolithic to Neolithic European hunter-gatherers. Nature, 615, 7950, 117–126.
https://doi.org/10.1038/s41586-023-05726-0
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Prüfer K. et al.(2021): A genome sequence from a modern human skull over 45,000 years old from Zlatý kůň in Czechia. Nature Ecology & Evolution, 5, 6, 820–825.
https://doi.org/10.1038/s41559-021-01443-x
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Reilly PF. et al.(2022): The contribution of Neanderthal introgression to modern human traits. Current Biology, 32, 18, R970–R983.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2022.08.027
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Sano K. et al.(2019): The earliest evidence for mechanically delivered projectile weapons in Europe. Nature Ecology & Evolution, 3, 10, 1409–1414.
https://doi.org/10.1038/s41559-019-0990-3
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Santos ACL. et al.(2022): Genomic evidence for ancient human migration routes along South America's Atlantic coast. Proceedings of the Royal Society B, 289, 1986, 20221078.
https://doi.org/10.1098/rspb.2022.1078
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Slimak L. et al.(2022): Modern human incursion into Neanderthal territories 54,000 years ago at Mandrin, France. Science Advances, 8, 6, eabj9496.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abj9496
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Stringer C, and Crété L.(2022): Mapping Interactions of H. neanderthalensis and Homo sapiens from the Fossil and Genetic Records. PaleoAnthropology, 2022, 2, 401–412.
https://doi.org/10.48738/2022.iss2.130
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Sykes RW.著(2022)、野中香方子訳『ネアンデルタール』(筑摩書房、原書の刊行は2020年)
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Vallini L. et al.(2022): Genetics and Material Culture Support Repeated Expansions into Paleolithic Eurasia from a Population Hub Out of Africa. Genome Biology and Evolution, 14, 4, evac045.
https://doi.org/10.1093/gbe/evac045
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Yang MA. et al.(2017): 40,000-Year-Old Individual from Asia Provides Insight into Early Population Structure in Eurasia. Current Biology, 27, 20, 3202–3208.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2017.09.030
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Yang MA.(2022): A genetic history of migration, diversification, and admixture in Asia. Human Population Genetics and Genomics, 2, 1, 0001.
https://doi.org/10.47248/hpgg2202010001
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Zilhão J. et al.(2017): Precise dating of the Middle-to-Upper Paleolithic transition in Murcia (Spain) supports late Neandertal persistence in Iberia. Heliyon, 3, 11, e00435.
https://doi.org//10.1016/j.heliyon.2017.e00435
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この有力な見解は、ネアンデルタール人と現生人類との混合がさまざまな研究で明らかにされたこと(Reilly et al., 2022、関連記事)と、放射性炭素年代測定技術の発展により、修正されました。放射性炭素年代測定法では試料汚染により実際よりも新しい年代が出てしまうので、限外濾過法を用いて、試料となる汚染された動物の骨から汚染を受けにくいコラーゲンを精製し、年代を測定する方法が用いられるようになり、ネアンデルタール人は暦年代でおおむね4万年前頃までに絶滅した、との見解が有力になりました(Higham et al., 2014、関連記事)。ただ、4万年前頃以後にもイベリア半島など一部地域でネアンデルタール人が生存していた可能性は、まだ完全には否定できないと思います(Zilhão et al., 2017、関連記事)。
こうした新たな知見を踏まえてのヨーロッパにおけるネアンデルタール人と現生人類との関係は、現生人類が5万年前頃以降にヨーロッパへと拡散し、ネアンデルタール人と2600~5400年間ほど共存した後でネアンデルタール人が絶滅した、というものになりそうです。ただ、ネアンデルタール人が絶滅したとはいっても、非アフリカ系現代人はわずかながらネアンデルタール人由来のゲノム領域を継承しているので、形態学的・遺伝学的にネアンデルタール人的な特徴を一括して有する集団は絶滅した、と言うのがより妥当でしょうか。
ただ、近年の新たな知見からは、ヨーロッパにおけるネアンデルタール人と現生人類のもっと複雑な関係を想定しなければならないようです。とくに注目されるのは、フランス地中海地域のマンドリン洞窟(Grotte Mandrin)で、推定年代54000年前頃の現生人類と分類されている歯が発見されたことです(Slimak et al., 2022、関連記事)。このマンドリン洞窟の初期現生人類遺骸は、ネロニアン(Neronian、ネロン文化)に分類される石器と共伴しています。ネロニアンはレヴァント地域の初期上部旧石器(Initial Upper Paleolithic、以下IUP)との顕著な技術的類似性を有している、と指摘されています(Slimak et al., 2022)。このネロニアン集団の起源地はレヴァントだった可能性が高そうです。
考古学や化石や遺伝学などからその後のヨーロッパの状況を考えると(Stringer, and Crété., 2022、関連記事)、このマンドリン洞窟の個体により表されるヨーロッパ南部の初期現生人類集団は、絶滅したか、レヴァントなど他地域へと撤退したか、ネアンデルタール人に吸収された(ものの遺伝的にはほとんど影響を残さず、ヨーロッパの後期~末期ネアンデルタール人のゲノムでは検出されない)ことになりそうです。さらに、このマンドリン洞窟のネロニアンの担い手である現生人類集団は弓矢を使用していた可能性が高い、と最近になって指摘され(Metz et al., 2023、関連記事)、投射技術により現生人類がネアンデルタール人よりも優位に立ち、ネアンデルタール人は絶滅に追い込まれた、との有力な見解(Sano et al., 2019、関連記事)への疑問が示唆されています。
さらに言えば、広義の現生人類系統集団がヨーロッパへと拡散したのは、5万年前頃よりもずっとさかのぼる可能性が高そうです。ギリシア南部のマニ半島のアピディマ洞窟(Apidima Cave)では、現生人類的な脳頭蓋の後部が発見されており、その年代は少なくとも21万年前頃にまでさかのぼります(Harvati et al., 2019、関連記事)。20万年以上前にヨーロッパに現生人類が一時的だとしても存在した、との見解は、イスラエルのカルメル山にあるミスリヤ洞窟(Misliya Cave)で194000~177000年前頃の現生人類の上顎が発見されていること(Hershkovitz et al., 2018、関連記事)や、ネアンデルタール人系統において後期へと至るどこかの時点で片親性遺伝標識(母系のミトコンドリアDNAと父系のY染色体)が現生人類系統に近いものに置換されたこと(Petr et al., 2020、関連記事)や、現生人類系統からネアンデルタール人系統への30万~20万年前頃の遺伝子流動を想定する見解(Hubisz et al., 2020、関連記事)と整合的です。
このように、5万年以上前からヨーロッパに現生人類が存在した可能性はきわめて高そうで、後期ネアンデルタール人の所産とされる文化への現生人類の影響を考慮しなければならないでしょう。担い手がネアンデルタール人なのか現生人類なのか、議論になっている(Gravina et al., 2018、関連記事)シャテルペロニアン(Châtelperronian、シャテルペロン文化)について近年では、中部旧石器から上部旧石器への「移行期インダストリー」としての「過渡的性格」を見直すべきだ、との見解が提示されています(Sykes et al., 2022、関連記事)。シャテルペロニアンの担い手がネアンデルタール人だとしても、ネアンデルタール人の文化における「上部旧石器的要素」に現生人類の影響があった可能性を考慮しなければならないでしょう。
ネロニアンの担い手の現生人類集団の運命はまだ定かではなく、DNA解析が行なわれていないので、現生人類と断定できるわけではありませんが、5万年前頃以後のヨーロッパには、DNA解析により現生人類と確定された個体が少なからず存在します。まず、年代が確実なDNA解析された最初期のヨーロッパの現生人類遺骸はブルガリアのバチョキロ洞窟(Bacho Kiro Cave)で発見され、IUPと共伴しており、その年代は、直接的な放射性炭素年代測定により44640~42700年前頃と推定されています(Hajdinjak et al., 2021、関連記事)。一方、これらバチョキロ洞窟の初期現生人類より古い可能性は低くないものの、直接的に放射性炭素年代測定されたわけではなく、年代に曖昧さが残り、共伴する石器技術の分類も曖昧な初期現生人類遺骸は、チェコのコニェプルシ(Koněprusy)洞窟群で発見された成人女性のほぼ完全な人類頭蓋で、洞窟群の頂上の丘にちなんでズラティクン(Zlatý kůň)と呼ばれています(Prüfer et al., 2021、関連記事)。
バチョキロ洞窟IUP個体群が、非アフリカ系現代人の共通祖先集団とネアンデルタール人との混合以外に、恐らくはヨーロッパで追加のネアンデルタール人との混合を経た(Hajdinjak et al., 2021)のに対して、ズラティクン個体では追加のネアンデルタール人との混合の痕跡は見つかりませんでした(Prüfer et al., 2021)。ズラティクン個体がバチョキロ洞窟IUP個体群よりも古いとすると、ヨーロッパにおいて5万年前頃以降に現生人類とネアンデルタール人とが5000年間かそれ以上共存したとしても、両者の関係は一様ではなかった、と言えそうです。この理由は色々と考えられますが、そもそも当時は人口密度が低く、ネアンデルタール人と現生人類との遭遇確率は高くなかったのかもしれません。
バチョキロ洞窟IUP個体群の位置づけについては、見解が分かれています。旧石器時代のヨーロッパ狩猟採集民の大規模なゲノムデータを報告した最近の研究(Posth et al., 2023、関連記事)では、出アフリカ現生人類系統において、ズラティクン個体により表される系統がまず分岐し、次にバチョキロ洞窟IUP個体群により表される系統(仮にIUP系統)が分岐します(Posth et al., 2023の図2)。ヨーロッパ上部旧石器時代の狩猟採集民の一部は、IUP系統から遺伝的影響を3割弱ほど受けましたが、その痕跡はその後の混合により現代ではほとんど検出できません(Posth et al., 2023)。以下はPosth et al., 2023の図2です。
また、北京の南西56km にある田园(田園)洞窟(Tianyuan Cave)で発見された4万年前頃の男性個体(Yang et al., 2017、関連記事)も含めた位置づけ(Posth et al., 2023の拡張図4)では、田園個体は遺伝的に、IUP系統から50%、IUP系統が分岐した後に分岐したユーラシア東部系統(仮称)から50%の影響を受けた、とモデル化されています。シベリア西部のウスチイシム(Ust'-Ishim)近郊のイルティシ川(Irtysh River)の土手で発見された44380年前頃となる現生人類男性遺骸(Fu et al., 2014、関連記事)は、田園洞個体に遺伝的影響を残したIUP系統と分岐したIUP系統からの18%と、IUP系統と分岐した後のユーラシア東西の共通祖先系統から分岐した系統から82%とでモデル化されています(Posth et al., 2023の拡張図4)。以下はPosth et al., 2023の拡張図4です。
一方、遺伝学と考古学の統合から初期現生人類のアフリカからの拡散と分岐を推測した研究(Vallini et al., 2022、関連記事)では、出アフリカ現生人類系統において、ズラティクン個体により表される系統がまず分岐し、次にユーラシア東西系統が分岐して、バチョキロ洞窟IUP個体群もウスチイシム個体も田園洞個体もユーラシア東部系統に位置づけられます(Vallini et al., 2022の図1)。Vallini et al., 2022では、ユーラシア東部系統集団がIUPの担い手と想定されています。以下はVallini et al., 2022の図1です。
どちらも、ズラティクン個体をネアンデルタール人と混合した後に非アフリカ系現代人の共通祖先と分岐した系統と位置づけており、ズラティクン個体は現代ではほぼ完全に絶滅した集団を表している可能性はきわめて高そうです。どちらがより妥当なのかは、新たな古代人のゲノムデータにより今後解明されていくかもしれませんが、Posth et al., 2023の方が複雑で、これまで現生人類やネアンデルタール人など後期ホモ属の進化が想定よりも複雑だった、と明らかになる傾向があるように思われるだけに、Posth et al., 2023の方が適切なのかもしれません。ただ、仮にそうだとしても、じっさいの人口史はもっと複雑なのでしょう。
人類の進化を系統樹的に表すことには問題があり、とくに、混合を経たような集団間の系統関係はかなり複雑になります。たとえばパプア人は、ブラジルで発見された古代人のゲノムデータを報告した最近の研究(Santos et al., 2022、関連記事)で、遺伝的には出アフリカ現生人類でもユーラシア東西の共通祖先集団と分岐した系統に位置づけられていますが、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)からパプア人の祖先集団への遺伝子流動を考慮すると、パプア人は一貫してユーラシア西部現代人よりもユーラシア東部現代人の方と密接にまとまる、と指摘されています(Yang., 2022、関連記事)。非アフリカ系現代人の共通祖先集団と分岐した系統を表していると推測されているズラティクン個体も、ユーラシア西部現代人の祖先集団の遺伝的に異質な集団との混合を考慮しなければ、ユーラシア東部現代人の方と遺伝的に近い、との結果が示されます(Prüfer et al., 2021)。
ネアンデルタール人と現生人類との間でさえ複雑な混合がありましたから(Reilly et al., 2022)、出アフリカ現生人類間ではもっと複雑な混合があったてじょう。一方で、現生人類がアフリカから世界の広範な地域へと拡散した時には、人口密度が低く、後期更新世は完新世と比較して気候が不安定だったので、最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)などでの孤立により現生人類は遺伝的に分化しやすい状況にあった、と考えられます。その意味で、出アフリカ現生人類集団間の関係を系統樹的に表すことには、一定以上の合理性がある、と言えるでしょう(関連記事)。
ヨーロッパにおけるネアンデルタール人と現生人類の関係はもはや、現生人類のヨーロッパへの拡散から数千年後にネアンデルタール人が絶滅した、というように単純に考えることはできません。ヨーロッパの初期現生人類について、現代のユーラシア西部系集団とは遠い関係にあるバチョキロ洞窟IUP個体群的集団やズラティクン個体的集団の遺伝的および石器技術的痕跡の消滅もしくは顕著な影響低下と、ネアンデルタール人の絶滅とがほぼ同時期だったことに注目した研究(Vallini et al., 2022)も踏まえると、現生人類がヨーロッパへと5万年以上前に拡散しながら絶滅もしくは撤退したか、ネアンデルタール人に吸収された可能性や、ヨーロッパの初期現生人類もネアンデルタール人とともにその後でヨーロッパに到来した現生人類集団にほぼ置換されたなど、さまざまな想定が必要になるでしょう。考古学でも形質人類学でも遺伝学でも、他地域の非現生人類ホモ属と現生人類との関係よりもはるかに研究が進んでいるでしょうが、まだ不明なところが多々あり、今後も研究の進展が注目されます。
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